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ガタガタ動いて時折石を踏むのかゴットンと大きく揺れる。酔いそう。そして向かいでトントントントントントンと磨かれた靴のつま先を鳴らし続けるイライラボーイの様子を伺う。何をそんな怒ってんだか。思春期か?……思春期だったわ、真っ盛りだわ。

「……実家で何かあった?」
「やっと口を開いたと思えばそれか。挨拶くらい出来ないのか?ああ猿には難しかったか、すまない」
「ハイハイ絶好調ね。ノットくん、こんにちはぁ〜!」

幼児番組イメージでご挨拶をすればマイナス温度の視線をいただいた。そんな怒るなら人を馬車へ連れ込むんじゃありません。大体なんでいきなり引っ張られたんだ私は。布かけられて連れ込まれるとかマジで誘拐かと思ってクソビビッたしガチで命の危険を感じたぞ。人は本当に怖いと叫び声も出なくなるんだね、ナマエ学んだ。あと荷物サーシャたちのところなんですけど。しかもノットくんはまた黙りこくってしまった。ぽりぽりと頬をかきながら、仕方なしに口を開く。空気読めるナマエちゃんえらい。

「ところでこの布なに?いつまで被ってりゃいいの」
「布はマグル避けのようなものだ」
「ここ魔法使いだらけなんだよなあ」
「透明マントを真似て作られたものだ。お前と同乗しているのを見られたら厄介だからな」

透明マントってなに?魔法使いジョーク全然面白くねえな。私だけかけられてるのって不公平じゃないか?と思いながら布端をひらひらさせていればスッと手で抑えられてしまった。ご不快でしたかサーセン。

「じゃあ質問を変えます。これは?この変な馬なに?キメラ?こっわいんだけど」
「セストラルだ。アレが見え──ああ、見えるだろうな、あなたは両親の死を見ている」
「は?」

親関係の話は3年次から地雷なんですが??だが私が口を挟む間もなくノットくんが語り出した。
セストラル、というのは魔法生物らしい。天馬の一種で、魔法省認定の危険生物。でもその存在は死を目撃した人にしか見えないらしい。ついでに魔法界でも不吉な存在なんだとか。

「そんなんに馬車引かせてるホグワーツやっべー」
「2年の頃から見続けているが、見目の悪いただの馬でしかない。所詮馬だ、何を怖がる」
「認定されてる危険生物ってだけで十分ヤベーし、そもそも見た目がキメーってハナシ……うっおごめんなさい前言撤回するんで安全運転でお願いします!」

うるさい?ごめん。話してる途中で馬車が飛ぶように揺れたもんだから小心者がビビって叫びました。危険生物たん落ち着いて。愚かな人間にご容赦下さいマジすみませんでした。謝る私を鼻でせせら笑うノットくんに怒りも湧きません。

「俺は以前母の死を目の前で見ている。だから見える、が、ドラコやザビニたちには見えていない」
「ほーん。……で、私が親の死を見ている、って?」
「ああ。見ているだろう、14年前シリウス・ブラックの魔法によって吹き飛ばされた両親とその死を」
「まってえぐい」

なんだそれ初耳。……え?マジ?シリブラの事件云々は聞いてたけど、そんな感じだったの?私の親そんな風に殺されてたの?いや親じゃないんだけど、両親は普通に実家で暮らしてるはずなんだけど。
私の親もどきについてこんな冷静に話を聞いたのは初めてで、なんと言っていいかわからず狼狽してしまった。そりゃあんなに心配されるわけだ、トラウマもんだぞ。吹っ飛んだ身体なんて──と考えたところで以前に見た血濡れの私がフラッシュバックした。
ヒールに手を伸ばしたあの時の私も、吹っ飛んでいたよな。

「…………オエ……きもちわる……」
「馬車酔いと心因性どちらだ」
「繊細なガラスのハートがアウチ」
「そうか、お大事に」

スーパークールドラァイ!とかふざけていられる場合ではない心境。だが、私は一旦首を振って忘れることにした。
とにかく今必要なものじゃないだろ。私がセストラルを見える理由、ってだけだ。芋づる式に思い出すようなことじゃないし、重要性もない。
気分と記憶を脳の中の引き出しにしまうイメージで心を落ち着かせる。深呼吸を1回、スーハー…………。

「ヨシ!元気!」
「夏休みの間に、聖マンゴ病院まで見舞いに行った」
「……ほう?」

チラリと私を見てから、ノットくんは懐からアンティークな懐中時計を出して時間を見る。ふむ、とひとつ頷いてから、私と目を合わせた。

「面会謝絶だったがコネを使ってな。あなたは死んでいた」
「は?……いや、どういうこと?」
「正確には、身体がだらんと力をなくして、瞳は開いているのに何も映さず、まるで吸魂鬼に魂を吸われた身体のような──死んでいるようだった」
「は?????」

先程しまったはずの物がボロボロ出てくる感じだった。ザッと顔が青くなる。お前まじ急にぶっ込んでくるなよって去年あんだけ言ったじゃん!え?混血に配慮する義理はない?アッハイすみませんマグルなもんで……いやいやいや。
ここにきて私が聖マンゴにいた事を知らされて、更に容態を教えられてしまったわけだけど、感想も何も信じられないとしか言えない。重度精神病棟把握。私の記憶が無い状態の私ってそんな風になってるんですか。でもノットくん曰く、去年校内で記憶ぶっ飛び時の様子とは大きく異なるらしい。……なんでだ?
これは一旦真面目に整理しないとダメかなあ、とぼんやり思う。思い出したくないし嫌なんだけど、やらなきゃいけない気がする。深いため息を吐くと、車内は沈黙した。どこか気まずくてギャルっぽく髪先をいじいじしながら適当に話す。話題変換。

「……そういや、私の祖母について聞いた件覚えてる?あのあと友達から七不思議に関係してるって聞いて、何か知ってる風だったムーディ教授に聞きに行ったんだけど、そしたら意味わからんこと言って追い返されちゃったんだよね」

しーん。天使が通った。
え、なに?ダメな話題でした?向かいを見ると、ノットくんは眉間に皺を寄せて何か考え込んでいた。しばらくして口を開く。

「あなたを信用して言うが……」

俺たちが1年師事していたムーディ教授は、クラウチJr.がポリジュース薬を飲み扮していたようだ。

「………はい!?」
「おそらく、その話を聞くに故ミョウジ教授に関することを知り得ていたのはクラウチJr.なのだろうが……当人も昨年学期末後に死亡した。いや、死亡というより、吸魂鬼とキスを交わしたらしいが」

………ウ、ウッワー!なんだそれ!なんだその話!な、なんっ、え、なんで、え、えぇー……そんなことってある……?思わず頭を抱えた。吸魂鬼とキスって魂吸われるとかいうやつでしょ!?それもう死んでるよ普通に!道理で真・ムーディ教授にあんなこと言われるわけだ!なーんで新学期早々モヤモヤだらけにならないといけないんだか。セストラルは不吉とかいうのは案外間違ってないのでは?心の中でそう八つ当たりしたとき、またガタンッと馬車が揺れて即謝った私であった──。手のひらクルックルワイパー。

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