1990-2

「ううん…どうしたものか…」
「どうかしたの先生」
「あれ、チャーリー。どうしたの」

 さて、ダンブルドア先生に頼まれて次のマグル学の先生を探すという課題が私に追加されてから数日。試験の内容はしっかり考えて既に準備済み。実はデキる女な私だ。
 本来なら各所に色々な方法で募集をかけて、また知り合いに当たったりするものだがここは英国。ホグワーツではパソコンを含む電子機器は全く使えないし(電波とかいう問題じゃなくそもそも立ち上がらない。ショック。)、私の知り合いは生憎日本人しかいない。しかも残念なことに私はこっちに来てから3年くらいになるけど、ずっとホグワーツにいたのでこっちの就職環境とかも知らないし。生徒の進路のパンフレットみたいなのは見たけど、ああいう企業とかとは違うし。
 当たり前だが今までこんなことやったことないもんで、どうしたもんかと頭を悩ませながら返却用のレポートを整理していると教室の扉からひょこりと生徒が顔を覗かせた。燃えるようという表現がぴったりな赤毛に、アツい心を持ったチャーリー・ウィーズリーだ。どうでもいいけど彼の兄貴であるビルくんは去年卒業して見事グリンゴッツ銀行に就職したハイスペック野郎である。

「質問をしに来たんだ」
「ほいほい、入っといでよ」

 丁度私がホグワーツに来たときチャーリーは2年生だった。しかしそんな彼も今や6年生、数年間であっという間に背は抜かれてしまった。こうして子供に触れるようになってから、初めて発見することが日々増えた気がする今日この頃。
 おいでーと手招きをして、机の上のレポートたちをどかす。杖を振って椅子を作り、チャーリーに勧める。

「俺ニホンチャってやつ飲みたい」
「おっとリクエストしよる。煎茶しかないけどいい?」
「センチャ? よくわかんないけど、センベイってのも食ってみたい」
「えぇー…あんまり特定の生徒への特別感は良くないんだけどなー」
「秘密にするって。いいだろナマエ」
「せめて先生つけようぜチャーリー。ったくしょうがないなあ……」

 秘密だよ、とわくわくした顔のチャーリーに念押しをして、教室の扉をガッチリ閉める。異性の生徒と密室になるっていうのもダメなんだろうけど、贔屓にしてるようにみられるのも良くない。ここはパパッと食べさせてパパッと答えてパパッと帰らせるに限る。
 杖を一振りしてお湯を沸かし、湯呑みと急須、そしてこっそり隠しておいたお煎餅を取り、こちらへ寄せる。ちなみにここまで私は杖の一振りしかしていない。疲れたんです、怠けたっていいじゃないの。
 お湯が沸いたのを確認して急須の蓋を開け、棚から茶壺を取り出すとチャーリーに「なにそれ」と聞かれたので、キュッと小さく音を立てて蓋を開けて中身を見せる。(「日本茶の茶葉だよ」「へえ…。なんか、不思議な香りがする」「良い香り?」「良い香り」)小さく急須にお湯を注ぎ、お湯を急須から湯呑みに注いで落とすと、またもやチャーリーから「何してんだ?」と聞かれた。

「こうして急須と湯呑みを軽く温めるんだよ。なんだっけな、温度を均一にして、旨みを出すとかなんとか。紅茶もするでしょ?」
「ああ…ビルがやってたような気がする。……俺は紅茶淹れるの下手だからな」

 少し明るい性格に似合わぬ翳りのある表情を一瞬し、すぐに苦笑に変わった次男坊の頭を片手でぐしゃぐしゃと撫でる。仲の良い家族でもやはりそういうものはあるものらしい。なんだよ、と目を丸くした後、擽ったそうに笑うチャーリーに「じゃあ煎茶なら上手く淹れられるかもね」と言うと、ナマエが教えてくれるなら、と言うので「飲みたくなったらおいで」と笑う。贔屓は良くないが、生徒のメンタルケアだって必要だと思うんですよ。言い訳上等、……出来る上を持つと、どうしたって下は別に見られたりするのだ。ま、逆もしかりだけど。

 急須の蓋を開けて茶葉を入れて、再度お湯を注ぐと煎茶の良い香りが漂う。私はどちらかというと渋めが好みだけど、初めて飲む人にはやはり甘めからだろうなあ。すぐに湯呑みに注ぐと、鮮やかな若草色が湯呑みの内側を染めていく。おお、と小さく感嘆が聞こえて、なんだか嬉しくなった。
 ついでに、とお茶請けのお皿にお煎餅と、もし口に合わなかったときの為に秘蔵の金平糖を乗せて出す。
 煎茶と醤油の香りが鼻腔に入ってくる。疲れた体に最高の休息。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。 ……でもなんか、思ってたのとは違うな」
「えっ」
「なんか、図書館の本にはこう、深いスープ皿を丸めたような器に濃い薄緑の、粟立ったやつがあった」
「……濃い薄緑の粟立った…ああ! 抹茶か!」
「マッチャ?」

 確かに抹茶の方が有名か。納得してごめんごめんと笑う。不思議そうな顔をして、チャーリーは何がだ? と言う。

「これは煎茶って言って、えーと、グリーンティーになるのかな。で、多分チャーリーの言ってるやつ、抹茶はまた別なんだよね。えーと、確か茶葉が違って、抹茶は碾茶って言う種類の茶葉を粉末状にしたもので、煎茶よりも結構苦いよ。ついでにちょっと高級品」
「へえ! よくわかんねえけど美味いのか?」
「人によるかなー。私は好きだけど、慣れてないとね。日本人でも好み別れるし。この煎茶、結構甘めに入れたけど、これでダメだったら美味しくないかも」
「そうなのか」

 よくわかんねえ、という顔をしたチャーリーに苦笑しながら、とりあえず今は煎茶飲んでみて、と声を掛ける。一つ頷いて煎茶をまじまじと見つめる青年をちらりと見つつ、抹茶も仕入れるか、とのんびり考える。

「……なんかさらっとしてるな。ほんのり甘いって言うか、飲みやすい」
「おお、いい食レポ。美味しい?」
「うーん……美味いかはわかんない」
「あれま」

 くすくすと笑いながら自分も煎茶を飲む。これこれ、この味だよ。もう慣れたようで、普通にお茶を飲みながら「しょっぱいけど美味いな」と言いながら遠慮なくバリバリお煎餅を頬張る青年に金平糖も進めて、さて、と話を切り出した。
 お茶もお煎餅もクリアしたし、本題だろう。

「質問があったんでしょ?」
「……ああ、そうだ、そうだった。あー、その……進路について、なんだけど」

 微妙に言いにくそうな様子と、その内容に目を丸くした。えっ、それ私に聞くやつ?

「私に聞くの?」
「マクゴナガルには聞きにくくて」
「先生な」
「あー……実は、」

 クィディッチのプロチームから、スカウトが来てるんだ。

 クィディッチ大好き青年には嬉しいであろう内容のはずが、なにやら微妙な顔で告げられたことにおや、と思いつつ、先を促す。若干だけど話が見えてきた。

「でも、俺やりたいことがあって」
「うん」
「でも、皆なんかもうそう決まってる、みたいなとこあるから、言い出しにくくて」
「そっか」
「……特に、マクゴナガルもかなり喜んでるから」
「ああ、なるほど」

 学生時代自身も選手だったらしいし、今でもクィディッチの熱狂的なファンのマクゴナガル教授からしたらそりゃもう大喜びだろう。事実チャーリーは強いし、上手いし、皆が期待するのもわからなくはない。知らなかったら私もその一人だったかもしれない。
 しんみょりと悩んでます感がハンパ無いチャーリーに、さて何と答えたらいいのやら。

「6年生だからねえ、進路に悩むのもわかるよ」
「……おう」
「でも確か、チャーリーっていもり試験、受けるんだったよね。ふくろう試験もO・優とれるようにすごい頑張ってたし」
「……」
「その、チャーリーが考えてる将来の夢に関してはとやかく言うつもりはないよ。別に、クィディッチの選手にならずともいいと思う」
「……」
「実際、私はならなかったしね」
「……えっ?」

 段々俯いて言っていた赤い頭がバッとあがり、透き通った瞳が私を凝視する。それにぱちん、とウィンクをして、秘密だよ、と前置きしてから、自分の過去を話す。恥ずかしいな、これ。

「私も学生時代、クィディッチの選手だったんだよ。ビーターでさ、親友の相棒と組んで、結構強かったんだよ」
「し、知ってる、ジャパンの箒の技術はすげえって有名だ!」
「はは、落ち着きなって。でさあ、卒業するとき、ビーター2人、相棒と揃ってスカウトされたんだよ」
「ジャ、ジャパンのチームって言ったらトヨハシテングだろ!?」
「よく知ってるね。思ったよりそっちはマイナーじゃないのか」
「当たり前だろ! リーグ戦でいつも見てる!」
「熱狂的だな。 …ま、なんだけど、私はやる気なくてね。相棒は入ったけど、私はお断りしたんだ。色々あったし」

 私も今こんなんだけど後悔はしてないし、チャーリーもまだ若くて、夢があるんだったら好きに生きた方が良いよ。

 へらりと笑ってそう言うと、チャーリーはぽかん、と口を開けた後、少し溜めてからそうだな、と小さく返事をした。

「俺、マクゴナガルに言うよ」
「先生な。うん、そうしな」

 スッキリしたような顔に、眩しさを感じて少し目を細めながら頷く。彼の兄のビルもエリート街道に入ったからか、なんだかんだで重圧はあったのだろう。いくら夢と言えども、周りの重圧だってきついものがある。私は選手をやっていたけどチャーリー程クィディッチが好きだったわけじゃないし、どちらかというと箒に乗って飛ぶのが好きなのであってクィディッチとは別だったから。クィディッチが大好きなチャーリーは、好きだからという思いもあったのだろう。

 早速行って来る、と言うチャーリーにうん、と答えて送り出す。
 グリフィンドールの赤い色は勇猛果敢の印らしい。チャーリーにはぴったりだと思うその色が、眩しく廊下を進んでいく姿を見て、やっぱり少しさびしくなった。

「あ、ナマエ! 俺、ドラゴン使いになる!」

 おい、ちょっと待て勇猛果敢。

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