短編 | ナノ


 その日、生徒会室は妙な沈黙を保っていた。
 いつも真っ先に作業に厭きて喋り出す男が今日は一度も仕事から脱線していないのだ。訝しげに思った副会長は、件の男・嘉早音をチラリと視界に入れて石像のように固まった。

「………嘉早音君、何か良いことでもあったの?」

 思わず口に出して聞いてしまうほど、嘉早音が上機嫌だった。
 今まで見たことないとろけた表情。熱に浮かされた瞳で笑みを絶やさず、周りには花が飛んでいる。デスクに飾られた小さな猫の人形が楽しそうに踊っているのが証拠だ。親衛隊が見たら卒倒するんじゃないか。

「…わかる?」
「わかりやすすぎなくらいだね」

 聞いてほしいとばかりに笑みを深めた嘉早音に、和水は苦笑して筆を置いた。
 休憩にもちょうどいいだろう。嘉早音の隣のデスク、和水の目の前に座る犬汰はすでに聞く体制に入っているし、上座の龍聖もブレイクタイムにするようだ。

「えっとさぁ、二学期から編入してきた子わかる?」
「確か、烏羽と濡羽の?」
「そう! その烏羽のほうの、あやちゃんて俺は読んでるんだけどねー、あやちゃんがさ、可愛すぎて」

 おや、と首を傾げたのは龍聖。犬汰も不思議な顔をしている。
 珍しくあの嘉早音が一人の人物に執着しているとは。可愛い可愛いと愛でることは多々あるも、あそこまでとろけた表情で語るのは珍しい。
 余談だが、生徒会メンバーは全員幼馴染みだ。

「あやちゃんさぁ、今まで『外』に出たことがなかったらしくってぇ、なぁんにも知らないの。そのくせ頭はいいし博識だから面白いよねぇ」

 今時珍しい『秘愛児』とは驚いた。
 格式の高い古くからの華族である烏羽家なら確かにありえる。しかしあそこには二十を越したばかりの長男と、中学生の次男がいたはず。ということは、中学生の次男が三男で、今回編入してきた秘愛児が次男ということになるのか。

「嘉早音」

 話を遮り短く名前を呼んだ龍聖にムッと眉を寄せる。何を言いたいのかは長年幼馴染みをしていれば大体わかる。

「みんなには見せたげないかんね!」

 前もって釘をさすあたり本当に文梓を気に入っている嘉早音。
 ただそれが、厄介なものにならなければいいのだがと願う。
 興味あるもの以外への関心が全くないのに比べ、一つのモノへの執着心が酷い。幼馴染みへの親愛、人形への愛着、親衛隊への博愛。依存しているとも言えた。

「たださ、大事に大事に育てられたあやちゃんには優秀な濡羽の双子従者がついててさ、糞忌々しいのなんのって」

 かくん、と糸が切れたようなくず折れた人形の首がもげる。綿が飛び出したそれにゾッとした。
 嘉早音は能力『人形劇』だ。巧みにヒトを操る道化師。自分の思い描いたシナリオをほんとうにする、チートとも言える。好んで人形を操ることが多い嘉早音だけれど、実力は本物、その気になれば人間も意のままに操れる。
 ……いとも簡単に命を絶えさせることができる。

「あやちゃんが『ほんとうに』欲しくなっちゃったら、俺どーなるんだろうなぁ」

 空虚な響きの呟きは小さく、生徒会室の床に溶けてなくなった。



*****

 第一章完結祝いに。
 暗く重くなってしまいました。

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