DQ6 | ナノ
 19-4

「ターニア!」
 レックが勢いよく扉を開ける。
 目の前には、天井に頭が付きそうなくらい大きな魔物がそこにいた。
 黒光りの兜をかぶり、ぎょろっとした目、腕は左右二本ずつあり、それぞれに恐ろしい武器を持っている。おぞましい姿の敵だ。油断ならない。
 そんなイーザはそいつを前にガタガタ震えながら、ターニアを背後に守っていた。
「ほほお、夢の片割れがきたようだな。このまま弱虫の屑から葬ってやろうと思っていたが、順番が逆になりそうだ」
「何者だ…貴様は!」
 レックが剣を構える。
「ふふふ、わしは魔王の使い。あいたかったぞ、レック。貴様があのムドーを倒した夢の存在だろう?そちらの臆病なクズとは違って骨がありそうだ」
「魔王の使いだと…っ!貴様がこの村を襲った首謀者だな?」
「さよう。下僕共とけしかけたのはこのワシ。どちらか片方を倒せば、お前たちは存在できずに両方とも死ぬ。勇者というふざけた存在は魔族にとって脅威だからなあ?ここで力をつける前に抹殺すれば、我らが魔族の天下も同然」
「くっ…俺のために…この村を襲いやがってッ!」
 レックが怒りを滲ませる。
 瞳の色を漆黒からブルーに染め、勇者モードに覚醒する。
「お前は所詮、その臆病なクズの夢に過ぎない。まあ、仮に合体できても、そんなクズが本体になっちゃあ、先が思いやられるのも目に見えている…」
「………」
 イーザは唇をかみしめている。
「くくく…何にせよ、お前らに未来などない。死ぬのが早まるだけ。この場でひと思いに殺してくれるわ!」
 魔王の使いは恐ろしい武器を持った右手を振り下ろす。
 咄嗟にレックは受け止めたが、腕が多い分相手の方が有利で、その隙にもう片方の腕を振り下ろされる。
「うぁっ…!」
 間一髪避けてまともに受けなかったものの、脇腹と腕の方をかすめて流血する。
「死ねっ」
 そして、その隙を狙って二人めがけてべギラゴンを唱えた。
 レックは咄嗟に破邪の剣で炎をやり過ごそうとするが、炎の勢いがすごい。
 その威力は普通のべギラゴンとは段違い。ミレーユの全力のマジックバリアも、破邪の剣でさえも、持ちこたえられない。マホステを唱える隙もなかった。
「うわああ!」
「きゃああ!」
 熱さで体がいう事をきかない。燃え盛る炎に焼かれながら、二人は家の壁をぶち破って外へ吹っ飛んだ。ミレーユが咄嗟にヒャドを自分とレックにかけて炎を消したが、全身に受けた火傷は残ったまま。
 強い――…!
 今までの敵とは段違いに…と、思った。
「ふははは!どうだ!我が魔族の魔法は、人間どもが放つモノより数段上なのだ」
「っ…うぅ…だいじょうぶか…ミレーユ…」
「……レック…私は…へい…き」
 なんとか立ち上がろうとしても、体が焼け付く痛みに麻痺して立ち上がれない。
 自分はともかく、ミレーユは気絶寸前だ。
「レックさん!ミレーユさん!大丈夫ですか!」
 アモスや他の仲間達が駆けつける。
「ベホマッ!」
 チャモロがすぐ二人に回復魔法をかけた。しかし、二人の傷はなかなか回復しない。
「っ…あれ?回復が…効いてないっ!?」
「うそーなんでっ」と、焦るバーバラ。
「ふははは!バカめ!我らが放つ攻撃魔法は、骨の髄まで染み渡る効果があるのだ。それは回復時間を遅らせるほどの威力を持つという事。効くようになるまでしばらくは時間がかかるだろう。その間にケリをつけてくれるわ!マヒャドォ!」
 炎に続いて、今度は恐ろしい猛吹雪魔法が吹き荒れる。
「ま…マジックバリアッ!」
 咄嗟にチャモロが全力で魔法障壁を張る。
 あのグラコスが唱えたマヒャドとは比べ物にならないくらい魔力が強い。そのまま猛吹雪に持ちこたえられず、チャモロは凍傷を受けながら吹っ飛んでもんどりうつ。
「「チャモローッ!」」
 ハッサンやバーバラが叫ぶ。
「くっ…強敵ですね!なんとかして魔法さえ封じることが出来ればいいのですが…」
 自分以上の魔力を持つ相手にマホトーンは効かないだろう。
 しかし、このままでは本当にやられてしまう。
「みんな…私がなんとかしてレックさんが回復するまでの間、時間稼ぎをします!それまで…頼みました!」
 アモスは剣を持って走る。
「俺も行くぜアモス!バーバラはレック達を頼む!」
「う、うん…!」

(ぅぅ…はやく…なんとかしないと…みんなが…)
 朦朧とする意識の中で、仲間達が戦っているのがぼやけて見えていた。
 奴の強さは半端なく、仲間達が次々と傷ついていく様子がわかる。アモスも、ハッサンも、焦って飛び出したバーバラも必死にくらいついている。彼らは立っているのがやっとだ。どんどん傷ついていく。
 なんとかしなければならないという焦燥感がわいても、体が思うように動かないっ。このままでは…全滅してしまう…。奴に…負けてしまう。
「レック!レック!しっかりするんだ!」
 声が聞こえる。
 この声は、もう一人の現実の俺…!
 まだターニアと逃げていなかったのか。
「こうなったら、ボク達が合体するしかない。本当のボクらの力を見せるしかないんだ。でないと、奴には…勝てない」
「…いー…ざ…」
 ぼやけて姿はあまり見えないが、声だけははっきり聞こえる。
「ねえ、レック。最後に約束してほしい」
 イーザが真剣な声で言った。
「君とボクが一つになっても、ボクの心がもし消えても、ターニアの事を見守っていてほしいんだ。君がやるべきことを終えてからで構わない。この先ずっと…」
「……イーザ…」
「ターニアを…頼む」
「…あたり…まえだ…」
 傷だらけでレックは返した。
「ありがとう…これで…心置きなく君に体を預けられる。ボクはレイドック王子イズュラーヒン・クルス・レイドック。父と母の呪いをとくために魔王ムドーの島へ。しかし、まやかしに敗れ、心と体は離れてしまった」
「お兄ちゃん!」
 そこへ、嫌な予感を感じたターニアが走ってくる。
「ターニア。ボクは記憶を取り戻したんだ。レイドック王子だって」
「え…」と、茫然としているターニア。
「だから…さよならだ…。少しの間だったけど、可愛い妹ができて幸せだったよ」
「何を…言っているの…イーザお兄ちゃん…?」
「さあ、レック!」
 イーザがレックの手を握る。
 途端、二人の間にまばゆい光があふれ、光の粒子が自分達二人を囲む刹那の奇跡。
 自分の体が何千という微細に変化し、ぐにゃりと視界が歪んだ。魂となりて、現実の自分の体に吸い込まれるように伝播する。
 そして、融合――…。
 視界は真っ白で見えないが、感じる事はできた。足りなかった部分が埋められていくように、レックとイーザの人格が混ざる。温かいものが体全体を覆い、傷ついた体も消え失せて、忘れかけていた心奥底に秘められし強力な精霊魔法が脳裏に浮かんだ。真の勇者だけが唱えることができる浄化の稲妻を――。
 元の三年前の自分とは違う改めて生まれ変わった若者は、もう半人前ではない。これが分離する前の自分…いや、それ以上の力に目覚めた本当の自分なんだとわかった。
(…もう…負けない…!)
 光の中から、一つになった勇者の若者が現れて目をあけた。
 一片の淀みなく傷は全回復している。
 魔王の使いは、依然として傷だらけのハッサン達と攻防を繰り広げていた。
「合体…したのね…。気分は…どう?」
 やっと回復魔法が効きつつあるミレーユが、彼の方を見て恐る恐る訊いた。
 その彼は、レックなのか、イーザなのかを確かめるように。
「…おかげで清々しい気分だ。前の自分とは比べ物にならないくらい、力がわいてくる。もう負けやしない」
 少し以前と違う部分もみられたが、この雰囲気は紛れもなく夢のレックである。
 夢(理想)が現実になるとはこの事で。ミレーユは彼を頼もしそうに見つめ、感慨深い顔になった。
 彼の周りだけとても空気が透き通っており、今まで以上に聖なるオーラを感じる。
 それでも心配は拭えない。いくら強くなったと言えど、奴は…魔王の使いは強敵だ。
「大丈夫なの…?」
「…心配するな。言っただろう?負けないって。後はオレがあいつを一人で仕留める。…そこで見ていろミレーユ」
 レックはとても落ち着いていた。彼の蒼い瞳は穏やかである。
「…とうとう融合したようだな。さて、その力はどれくらいかみせてもらおうか」
 ハッサン達を一捻りした後、魔王の使いはレックに向き直る。
「…そうだな。すぐに見せてやるよ…貴様の顔が恐怖に歪んだところを」
「生意気な事を…ほざけ!」
 べギラゴンを唱えた。
 燃え盛る炎にレックは逃げも隠れもせず、掌で受け止める。
 そのままぐっと力を込めると、炎をあっさり消し去ってしまった。
「なんだと…べギラゴンがっ!ならば…物理攻撃で仕留めてくれる」
 魔王の使いはレックに向かって突進し、右手の腕二本を勢いよく振り下ろした。が、片手の素手でレックはあっさり二本とも受け止める。振り下ろした腕を動かそうとするもびくともしない。レックの凄絶な力が勝っている。
「なっ!」
「この程度か…?魔王の使いよ。貴様の力は随分ひ弱なようだな」
 素手で受け止めたまま、レックは巨体を肩にかけて背負い投げた。
「ぐぎゃあ!」
 魔王の使いは井戸の方に飛ばされ、叩きつけられるともんどりうつ。
「く…おのれえ…」
 叩きつけられた衝撃で、ガタガタになった体のまま魔王の使いは怒りに震えて立ち上がる。
 合体してから、あの勇者の若者は相当な力を手に入れたらしい。
 先ほどとはまるで別人のようだ。魔族が恐れていたことが真実になったのか。
 勇者を本気にさせてはならないという言葉は本当だったのか。
 魔王の使いは我を忘れたまま再び突進した。
「…天なる雷よ…我に力を…」
 レックは目を伏せて小さくつぶやき、流れるように片手をあげた。
 掌からは、空気中の数多のエネルギーが集約される。そして、いつの間にか青空上空に、雷雲がゴロゴロと轟きながら集まってくる。
「しねええー勇者ぁああ!」
 魔王の使いの鈎爪が迫る。
 レックはかっと目を見開き、片手を勢いよく下した。
「ラ、イ、デ、イィィーーンッ!!」
 ズシャアンと天空を裂くような聖なる雷が、魔王の使いの脳天を貫いた。
 見ていた全員が驚愕する。
 真の勇者の目覚めと、凄まじい稲妻の破壊力に。
「グギャアアアアーーっ!!」
 稲妻は魔物をバチバチと放電させ、持っていた武器や鎧や兜などを吹き飛ばす。
 顔や手や足はボロボロと砕け散り、全身は浄化され、数十の骨やしゃれこうべとなって地面に崩れ落ちた。そのしゃれこうべも灰となって風に飛ばされて消えていく。
 一瞬、あたりはしんと静まり返った。
「レックー!」
 仲間達が駆け寄る。



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