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「みんな…大丈夫…か?」
うつろな瞳で微笑むレック。その場に力なくしたように座りこんだ。
覚醒によって気絶はしなくなったが、それでも疲労の色は隠せない。
蒼い瞳が元の平常時の漆黒に戻っていく。
「すげえなお前!あんなすげー魔法でやっちまうなんて」
バンバンっと、レックの背中を叩くハッサン。
「……ちょっと、疲れちまったけどな…」
「あれは…勇者だけが使える魔法ですね。ムドーの時にも見せていましたが、あれとは比べ物にならないくらい凄まじい魔力でした」と、回復したチャモロ。
「あー…たしかにムドーの時にも使ったけど、あれはまだ未完成なものさ。今のが本当の精霊魔法ってやつ」
すべては一つになったからこそできた。
半人前の自分がいくらそれを放ったとしても、所詮は未完成のもの。奴にはあまり効果がなかっただろう。
「それにしても、あなたはレックなんだよね?イーザは…」
バーバラがしゃがみこんで訊いた。
「きっといるよ…ここに」
レックは胸を押さえた。
「俺は…あいつが見たもの、聞いたもの、記憶したものを引き継いだんだ」
「でも、今は夢の方のレックさんですよね」
アモスが顔を窺う。
「…そう、夢の俺だよ。合体した時、あいつは…イーザは俺に言ったんだ。自分の大半を…今までの記憶をあげるって…君はここで消えちゃいけないって。本当に消えるべきだったのは夢である俺だったのに、夢の俺が…レックがこうして意識として存在してる。消えてしまったあいつの事を思うと悲しいようで、自分が消えなくて嬉しいようで…複雑でさ…」
「…レック…」
現実のイーザを消してしまったという罪悪感は消えない。この先、それをずっと背負っていくことになるのだろうか。
しんみりした空気の中で、さらに追い打ちをかけるように、妹であった彼女がそばに寄ってきた。
「イーザ…お兄ちゃんは…いなくなったの?」
「ターニアっ…」
レックは疲れた体に鞭打って立ち上がる。
「あなたもお兄ちゃんと同じ姿をした人…でも、どこか違う。雰囲気も…顔つきも…別人…」
彼女は悄然としたまま泣きそうな顔をしている。
「………っ」
レックは胸が痛くなるのを禁じ得ない。
「よくわからないけど、なんとなくわかった。私の知っているおにいちゃんは…もういないんだ…そっか…」
「違うよターニア」
レックは慌てたように顔を横に振る。
「あなたはレックって名前で…レイドックの王子様…なんでしょう?さっき、聞いた…」
ターニアは自然と後ずさりをする
それにめげず、レックは訴えた。
「イーザはここにいるよ」と――。
「たしかに、この俺は君が知っているお兄ちゃんじゃないかもしれない。優しくて、臆病で、おっちょこちょいのイーザじゃないかもしれない。それでも、俺は君の兄だよ。なんだろうと、どうだろうと…ずっと。だって、こことは別の世界では…俺と君は本当に血の繋がった兄妹だったんだ。君が…俺の事を兄だったらいいのにって夢見てくれたおかげで…。俺はそう思ってくれた君に、すごく感謝しているんだよ」
「………」
「だから…これからも…俺の事を…兄って呼んでくれないかな?こんな別人の俺に、そう思うのは時間がかかりそうだけどさ…兄らしくないかもしれないけど…」
「……いいの…?」
静かに、おずおずと問うように訊いた。
「え…」
「いいの?そう、呼んでも…」
今度ははっきり訊いた。
「ああ…当たり前じゃないか。たとえ、血は繋がっていなくても、身分は違っても、君と付き合ってきた時間の中で、今更それは変えられないよ。俺とおまえは兄妹さ」
レックは兄らしく柔和に微笑んだ。
それに対し、ターニアは胸を打たれて涙腺が緩む。
「…おにいちゃん…レックお兄ちゃんっ!ありがとう…これからも…お兄ちゃんて…呼んでいいんだね」
涙ぐんだ顔で、ターニアはレックに抱きついた。
「何言ってるんだよ…兄妹なのに当然だろう」
「うええ…お兄ちゃーん…」
胸の中で泣きじゃくるターニア。見ていたハッサンなど感動してぼろ泣きで鼻をすすり、アモスもハンカチを取り出して「兄妹っていいものですね」と、涙を拭っている。
他の仲間達も微笑んで見守っていた。
「ふふ、ほら、泣くやつなんてあるか。もう、しょうがない子だな」
ポケットからハンカチを取り出し、そっとターニアの涙を拭う。
「だって…っ嬉しくて…。私、ずっとお兄ちゃんがほしいって思ってたんだよ…。崖の下であなたを見つけた時、本当に運命を感じたんだから。この人が兄だったらどんなにいいかって…でも、これからは…本当の兄妹のように…接するからっ」
ターニアは満面の笑みを見せた。
「それでターニア…俺は旅にでなきゃいけない。やらなきゃいけない事があるんだ。なかなかここへ帰ってこれないかもしれない…。しばらくは…おまえのそばにいてあげられない。だから…」
「大丈夫だよ。こうしてお兄ちゃんとわかりあえただけで、私すごくうれしい。お兄ちゃんはしなければならない事が山ほどあるもんね。だから、待ってる。元気でまたここに帰ってくるのを…」
「ありがとう、ターニア」
自分探しという大きな試練が一段落し、翌日からは村で魔物に荒らされた家の復興作業を手伝った。
全焼した家もあったが、そこは大工仕事ならお手の物なハッサンの力を借り、みんなで新しい家を作って建て直した。すべての復興が完了した時には茜空が広がっていて、みんなで夕食をとる。
その夜はターニアや村人はもちろんの事、仲間達も酒を持って加わり、小さな宴会となった。村祭り以来の大きな盛り上がりとなり、深夜遅くまでそれは続く。
「まさかお前があそこまで強かったとはな。んで、レイドックの王子で勇者とか…ぶったまげたぜ。あんなでっけー魔物を一人でぶっ倒してしまうんだもんな」
宴の席でランドが話しかけてきた。
「ランド…お前に頼みがある」
逆にレックがグラス片手に改まった。
「な、なんだよ。今までボコボコにしてきた仕返しとかはなしだからな」
「そんな器の小さい真似すると思うのか。まあ、テメーがどうしてもしてほしいって言うんなら、今までの倍返ししてもいいが?」
レックが手をボキボキさせながら、恐ろしい鬼の顔で微笑む。
「ひっ!し、してほしいわけあるか!じょ、冗談だ!そ、それより頼みって…」
ランドはすっかりレックにビビりまくっている。
数日前とは立場が大違いだ。
「ああ、ターニアの事を頼むって事」
「ターニア?お前…やっぱり旅に出ちまうのかよ」
「ああ。やらなきゃならないことがあるから。兄として面倒見てやりたいが、そうもいかないんだ。だから、頼むな。あ、そうそう。もし、俺がいない間に妹に変な真似したら…わかってるよな?」
ニコニコ顔なのに、目は笑っていない。
ぶっ殺す…と、言いたげだ。
「っ…りょ、…了解…シマシタ」
翌日村人やターニア達に見送られながら、村を発ったのだった。
「いい村だったね。最初はよそもんは帰れって印象だったのに」
バーバラがお土産のライフコッド饅頭を食べている。
一同は魔法の絨毯で上空を彷徨っていた。
「すっかりあの村が大好きになっちゃいましたよ、私」
アモスも一緒になって食べている。
「ねえ、一度、レイドックへ帰ってみない?」
ミレーユが提案した。
「そうだな…実体を取り戻したら帰るってシエーラさん…ううん…母さんと約束したし…」
レックが風で乱れる髪をかきあげながら言った。
「あの超美人の優しそうなシエーラ様だろ?いいよなーあんな美しくて優しい母さんがいて。俺の母ちゃんなんかすぐ鬼の様に怒るんだよな。そんでもって、よく悪い事したら、頭のグリグリ攻撃や、ケツ叩かれて、晩飯抜きだとかも言われたもんだぜ」
「あはは!それは悪い事したハッサンが悪いんでしょ」
バーバラが面白おかしく笑っている。
「そうですね。私も小さい頃はよくやんちゃして、死んだオフクロさんに怒られましたよ。ハッサンみたいに、お尻叩きなんてのもされました。あの頃は嫌でしたけど、どれも親の愛がこもってるんですよね〜。いや〜懐かしい」
アモスが懐かしさに浸っている。
「ぼくも悪い事をした時は、よく懲罰室に入れられて、断食と正座を24時間させられました。おじいさまが怒ったときは、身の毛がよだちますよ」
「懲罰室で24時間正座と断食って…さすがゲント族…厳しい…」
十九章 完
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