DQ6 | ナノ
 18-2

「って言っても…俺が実体を取り戻した時、俺自身がどうなってるかわかんないけどさ」
 レックは髪をかきあげながら自嘲気味に笑う。
「…でも、きっと俺が本当の実体を取り戻しても、俺が俺じゃなくなっても、マダンテは使わせないようにするから。絶対、約束する」
 そこには、レックの優しさがあふれていた。
 彼の周りだけ明るくて、温かい場所のように思えて、不思議な包容力にバーバラは包まれる。なぜか彼にそういわれると、自然と勇気がわいてくるのだ。
 自分は一人じゃないんだっていう孤独感が薄れていく気がする。
「……変な奴…だね、あんた」
 バーバラが顔をあげる。
「あんたがそう言ってくれたら、本当に使わないで済むように思えてくるよ」
「…バーバラ…」
「それに頼らないで倒せる方法なんて…いくらでもあるもんね。たしかに…自分の記憶を思い出して、大魔女だとか長だとか言われて戸惑って、すべてから逃げ出してたあたしは怯えてた。それは…あたしが今まで一人で全部を抱えてたからなんだろうって。でも、今はみんながいる」
 少しずつ、バーバラの瞳に元気が戻る。
「みんながいてくれるなら…あたし…頑張れるかもしれない。それに…あんただって……レックだっていてくれるし…仲間がいるなら…なんだってできるもんね」
 バーバラはレックの胸に抱きついた。
「ちょ…!」
 レックの頬が赤く染まった。抱きつかれて手のやり場に困る。
「しばらく…こうさせてくれるかな?」
 バーバラは逞しいレックの胸の中で顔を埋めている。
「……っ」
「少しの間だけでいいの」
 ぎゅっとさらにバーバラの腕が強くなった。
「しょ……しょうがねーなっ…」
 レックは今回だけだと言って胸を貸す。
「…アリガト」
 しばらく、ずっとそうしていた。
 彼女の気が済むまで。彼女が元の自分に戻れるまで。
 バーバラは思ったより華奢で、もろくて、繊細で、とてもけな気だった。
 自分以上にしたたかで、重い物を背負った人間かもしれない。五千年程前のカルベローナの人間であり、今はずっと精神体でもあり…
(あ…!)
 まてよ。という事は、彼女も…魂だけの存在。もしかして、バーバラの実体は…もう滅ぼされて…
「あたしね」
「え…」
 知らない所で意識が飛んでいた。
「レックの事…認めてたよ。あんたとケンカしてる時が一番楽しいのは変わらない。…もちろん…こうしている時も…」
「…バーバラ…お前…」
「あたしね……」と、顔をあげる。
「レックの事が…ずっと前から……」
 バーバラの真剣な眼差しに、レックは目が離せない。
「好き…な、わけないじゃぁ〜〜ん!ばっか
じゃないのぉ〜あっはっはー!」
 ぱっと間抜け顔に表情を変えると、レックはずるっとバランスを崩した。
「お、おまえなあ!」
「いや〜好きだけど、仲間としての好きだからね!勘違いしないでよねっ!あーやっぱりあたしに辛気臭いのはにあわんねー。でも、たまにこういうのしてみたかったんだ。だから、満足したし、思いっきり吐き出せた」
「…大丈夫なのかよ」
「うん。あんたおかげで」
「…なら、いいけどさ」
「じゃあ、戻ろう。みんなところに…。あたし、もう逃げない。あんたがそう言ってくれただけで、肩の荷がめちゃくちゃおりたからさ。マダンテを受け継いでも…使わないに越した事ないもんね」
 バーバラは清々しい笑顔を見せていた。
 迷いがなくなったような、先ほどの辛気臭さは微塵も感じられなかった。
「ねえ、レック。最後にひとつ質問いい?」
「あん?」
「レックってさ、ミレーユの事…好き?」
 突拍子もない場違いな質問にレックは言葉につまった。一体なぜそんなことを。
「な、なにいってんだよ突然お前は」
「いいから答えて。好きなんでしょ?」
 バーバラはまた真剣になって問い詰める。
 その真剣さに免じてレックは静かに口を割った。
「…ああ…好きだよ、彼女が…ミレーユが」
 自覚したのは最近だ。出会った時から多分惹かれていただろうと思う。
 あの彼女の悲しそうな瞳がずっと気になっていたから。少女のような所が守りたくなるから……惹かれていた。
 それを聞いて、バーバラは納得したように「がんばってよね」と笑顔を見せた。


「…決意…されたのですね、バーバラ様」
 屋敷の周辺で、エピステトスが待ち構えていたように姿を見せた。
「はい…」
「では、再びこちらに。瞑想を終えたブボールさまがお待ちです」
 再び屋敷に入り、地下へ誘導された。
 下りた先には小さな木の扉があって、床にはキラキラとした粉砂糖のような砂が散らばっている。
「さあ、バーバラ様。これを…」
 エピステトスが小さな可愛らしい小瓶を手渡した。
「これ…砂の器だ…!懐かしいな…」
「大魔王の魔力から身を守るために、時の砂をまいたのです。さあ、これで…」
 バーバラがビンの蓋をあけて念じると、床の砂が流れるようにビンの中へ吸い込まれていく。そして、何の疑いもなく彼女は扉をあけた。
「…ブボール…」
「バーバラ、みなさん…よくきましたね」
 紫色のとんがり帽子にストールを羽織った小柄な老婆が、奥で椅子に腰かけていた。
 まるで衰弱してしまいかねないくらい弱っており、とても貧相だった。髪の色や眼元が、どことなくバーバラに似ている。彼女らは魂に置いても血縁においても繋がっているのだろう。大魔女バーバレラの血を引く一族なのだから。
 部屋の中はとても殺風景で、椅子と本棚くらいしか置いていない。ずっとここで静かに瞑想をしていたらしい。魔法の残り香りがする。
「本当はこの世界の事、大魔王の事をいろいろお話したかったのですが、私には残された時間がありません」
「…そんな…」
 バーバラは悲しげな表情を浮かべる。
「そんな顔をしないで。これも役目を終えた長のサダメ。人一人には必ず役割というものがあるのですよ。その役割のために、私は長としてその役目を終えるだけ。こちらへいらっしゃい、バーバラ」
「…はい」
「知ってのとおり、これは大魔女バーバレラが編み出し、わが歴代の長が守ってきた究極の魔法です。あなたにマダンテの極意を継承します。さあ、急いで手を出して。大魔王も心の目で私たちを追っているはず」
 バーバラが手を出し、ブボールがそれを握り締めた。
 掌からめくるめく紫色の光が二人を包み、バーバラの全身が逆立つ。一瞬のうちに、バーバラの脳裏にマダンテの極意が受け継がれた。
――その刹那、どこからともなく黒い稲妻がブボールの脳天に突き刺さる。
「ブボール!!」
 気が付けばバーバラは叫んでいた。
 レック達も突然の事に茫然としている。
「ブボールってば!」
 倒れ、黒く焦げた老婆の体を、彼女が必死に揺さぶっている。
「心配…いりませんよ…こうなる事はわかっていたのですから。そして…私の役割も無事終わりました。大魔王の魔の手も…あと一歩及ばなかったようですね」
「そんなの…やだァ!やだよおお!ブボールっ!」
「新しい命よ…新しい力よ…頼みましたよ…みなさん…バーバラ………」
 ブボールは傷だらけでうっすら微笑んでいた。
 空気中に溶け込んでいくように、見る見るうちに透明になっていく。そっと瞼を閉じると、ざあっと風が頬をかすめ、完全に消えてなくなった。
「ブボール!ブボールぅうう…っわああああ…!」
 バーバラは床に手をついて、震えながら激しく泣いた。
 重苦しい沈痛な空気に、誰もかける言葉が見つからない。バーバラを除いた一同は呆然と立ち尽くす。
 しばらく甲高くむせび泣く声だけが響いていた。
「今の黒い稲妻は…奴の…大魔王の仕業か…」
 ハッサンが拳を震わせている。
「…許せないわ」と、怒りを滲ませているミレーユ。
「そういえば、どうして大魔王は直接我々を狙ってこないんでしょうか?ブボール様を狙うのもわかりますが…」と、アモスが疑問に思った。
「我々にはいつも神のご加護があります。特に勇者であるレックさんには聖なるバリアで護られています。それによって、大魔王は易々と手出しができないのでしょう」
 チャモロが答えた。
「なあ……しばらく、一人にしておこう。大丈夫…あいつなら…すぐに元に戻るさ…」
 レックは優しげな目でそう言った。


 その夜、バーバラはやはり帰ってこなかった。
 いくらしたたかな彼女でも、そう簡単に大きな悲しみを拭えるほど心は単純な作りではなかった。レックはそれをわかっていた。
 しかし、翌日の朝にはすっかり元通りの彼女ができあがっていた。
「レックおっはよーん!」
 寝室の扉を勢いよく蹴り開けたバーバラがズカズカ入ってきた。
「うるせーなあ…お前…まだ朝の四時だろうが」
 レックは眠そうな声でシーツを頭までかぶる。
「いーじゃないの。なんかすっきりしちゃってさ、昨晩はちょっとしか寝れなかったんだよね。でね…そのちょっとしか寝れなかった時に夢を見たんだ」
「…夢ぇ?」
 シーツをかぶったまま返事をするレック。
「うん。夢の中でね、ブボールとポセイドン様って人が現れて、伝説の武器と防具を探せってあたしに語りかけてきたんだ!その武器と防具は必ずや今後のために必要だって言っててさ、すごくない?なんかリアルみたいで驚いちゃった」
「ぶぼーるさまに…ポセイ丼様に…伝説のぶきとぼーぐ…ねぇ」
 まだ眠気で思考力がうまくまわらないレック。
「それを探せば…新たな道は開けるだろうって。きっとその夢は本物だよ。まず、防具の一つの盾は、ガンディーノの王様が情報を知ってるらしいって言ってた」
「…ガンディーノか。ちょっと考えてみるか。ふあああ〜」
 バーバラに起こされたせいで、すっかり起きることになったレックは、髪がひどくぼさぼさだった。
「レックの髪めっちゃぼっさぼさじゃん。それに…髪がストレートになってるとこ…久々に見たかも」
 


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