DQ6 | ナノ
 18-1

 グラコスが倒れたことにより、魔法都市カルベローナの封印は解けた。
 今までは海にポカリと空いた大穴だったのが、カルベの孤島が上昇してそこはふさがる。
 何か大いなる秘密が隠されたこの国に、魔王についての真実が隠されている気がする。一同はすぐさまルーラで向かった。
 その秘密をなぜか知っているようなバーバラは、よみがえりつつある記憶の整理の真っ最中。封印が解かれたと同時に、彼女の記憶の鎖が解かれ始めていた。
 失われた記憶と、はるか昔に封印された都市…そして究極の大魔法。それらの隠された秘密が判明されるまであと少しの事。





――第十八章 カルベローナと伝説の武具 ――




 カルベローナの町全体が魔法力に包まれていた。
 澄み切った空気に、空気中に舞う虹色の結晶、漂う甘いローズの香り。季節は春を連想させるものがあって、運河が流れるそばで魔力の花がそこら中に咲いている。魔法都市と呼ばれている所以は、きっとこの町全体が魔法力で出来ているからだと知った。いろんな人々が日常的に魔法を操って生活している。あんな小さな子供達でさえも、魔法で火を焚いたりして遊んでいるではないか。魔法と共に育った彼らにとって、それは至極当たり前の事なんだろう。
 なんだかとてつもなく古い…いや、生まれたばかりの町の様に思えて、景色すべてが新鮮に見えた。
「ようこそ…カルベローナへ。勇者様とその仲間達、そして…バーバラ様」
 門の前にいた老人に話しかけられ、自然とバーバラに視線が集中する。
「あなたは…」
「申し遅れました。私はエピステトス。長老の弟子の一人にございます。そして、ここはバーバラ様…あなたの故郷です」
 エピステトスがにっこりと答えた。
「…あたしの…ふる…さと」
 茫然としている彼女。
「よく、ここまで成長されました…バーバラ様」
 感極まったようにエピステトスをはじめ、たくさんの人々がバーバラを取り囲む。
「バーバラ様」
「バーバラ様ぁ」
「ああ…バーバラ様。帰ってきてくださったんですね」
 未だによくわかっていない彼女は、どうしていいかわからない。
「え…あの…あたし…」
「私にはわかりますよ。あなたがどんな思いで旅を続けていたか。グラコスによってこの町が封印されていても、私たちは心の目であなたを追っていました。祈る思いで、バーバラ様の成長を見守っていたのですよ」
「ごめん…あたし……まだ…よく覚えていなくて…」
 バーバラはまだここが自分の故郷だという実感がわかないでいる。記憶は蘇りつつあるというのに、まだ完全に整理ができていない。
「さあ、ここではなんでしょう。ブボール様の家で詳しく話しましょうか」
「ブボール…?」
 バーバラは聞いたことがあるような名前だと思った。

「この家の主ブボール様は今、別の場所で瞑想中です。しばらくおまちくださいね」
 一見、普通の屋敷に案内され、広い会議室へ入る。
 細長いテーブルに、レック達とカルベローナの賢者たちが向かい合うように座る。変わった桃色の紅茶を出され、それを一口飲むと、頭が妙にすっきりした気分になった。
「その前に…これまでのカルベローナと大魔王の因果関係について話しておきましょうか」
 エピステトスが真剣になる。
「大魔王って…!」
 レックが声をあげる。
「ええ。あなた方がいつか倒さなければならない悪の元凶です。このカルベローナにも…ある一人の大魔女が大魔王の軍団と戦いました」
「大魔女様…そんな勇敢な方が…」
 チャモロが嘆声をもらす。
「あなた方も見られたとは思いますが、この町の中心部に立っているあの女神像こそが、数千年に一度の大天才にして大魔女バーバレラ様の魂が宿っています。百年に一度、その女神像からこの町の長になる者が生まれてくる。そう…バーバラ様、あなたもですよ」
「へえ…像から人間がでてくるなんてすげーな」と、ハッサン。
「あたしが…この町の長…」
 まだいろいろと半信半疑だった。
「バーバラ様…あなたはその昔、このカルベローナを大魔王が封印した時、あなたの魔法力だけが反発し、あなたの心だけは封印されずに違う場所へ飛ばされてしまったのです。その反動で、あまりに大きな力が迸ったため、記憶を失われてしまったのでしょう。そして、勇者が目覚めるこの時代がくるまで、あなたは眠りについていた」
「…だから、あたしは記憶がなかったんだ」
 太古の昔に建てられた馴染みの深い月鏡の塔で、自分は心だけがその場所で眠りについていた。
 なんとなく、どうしてあの場所にいたのかがどんどんわかってくる。
 でもそれは…思い出したくない心の傷の中枢部分の一つ。
(そうだ…。逃げたのよ…あたし…)
 何もかもから逃げ出したくてたまらなかった。大魔王という存在からも、大魔女の血を引いているという自身からもすべて、逃げたかった。
 怖くて、悲しくて、封印されていくカルベローナを見て、深いショックが大きすぎて、自分は知らぬ間に記憶を封印していた。すべての記憶を失えば、何もかも綺麗さっぱりなかったことにできると思ったから。
 でも、こうして全てを思い出してしまえば、あの時の恐ろしさと罪悪感がわきあがる。自分は弱いままで、すべてから逃げ出した臆病な人間だって改めて思い知ってしまった。
「私たちの町は、大魔王に二度滅ぼされたと言ってもよいでしょう。一度目は…五千年前の事。現実世界のカルベローナを、永劫消えない地獄の炎で焼き尽くされました」
「五千年前かよ…すげえ」と、ハッサン。
 気が遠くなるような歳月だと誰もが思った。
「しかも地獄の炎だなんて…恐ろしい」と、アモス。
「その時、私たちは肉体から精神を解き放ち、魂だけの存在として、夢の世界へ逃げ込みました。しかし、大魔王の力は夢の世界にまで及んだのです。それが一千年ほどまえの事。この夢の世界で築き上げたカルベローナを、島ごと封印してしまったのです」
「島ごと……では奴らは何を恐れてこの町を焼き尽くし、夢の世界までも島ごと封印したのですか?」
 ミレーユが訊いた。
「この町には、大魔女バーバレラ様が編み出した究極の魔法が眠っているからです」
「究極の…魔法…って…」
 グラコスもその名前を言っていた気がする。
「マダンテ…と、いいます。かつて、大魔女バーバレラ様も、その魔法を大魔王相手に使用した事があります。現実のカルベローナが滅ぶ五千年ほど前の戦いで、一度だけ。効果は自分の持っている魔法力を一瞬のうちにすべて解き放ち、そのまま相手にすべてぶつけるというもの。その威力は凄まじいもので、大陸一つを跡形もなく吹っ飛ばすほどと言われています」
「そいつはすげぇな…」
 驚く面々。
「そんなすごい魔法があったなんて…知らなかったわ」
 ミレーユもその凄まじさとスケールの大きさに驚いている。
「でも、バーバレラ様のマダンテは…大魔王相手には効かなかったんですね…?」
「いえ、確実にダメージは与えたでしょう。それでも、大魔王にはあと一歩通じなかった。一方で、そのマダンテ自体がまだ完成されたものではなかったため、バーバレラ様の体に恐ろしいほどの負担がかかってしまった。大魔王はダメージを負って逃げ、傷ついたバーバレラ様の魔力は底をつき、マダンテを子孫に受け継ぐことを決め、いつか完成されたマダンテで大魔王を倒してくれると子孫達を信じ、そのままあの女神像と一体化しました。ただ一度でも唱えてしまうと、自らの魔法のエネルギーは途絶えてしまいます」
「という事は、一度でも使うと…二度と魔法力がなくなってしまうわけか」
「シビアな魔法ですね。一度でも使うと魔力がなくなるなんて…たしかに強力だとは思いますが…」
「でも、そいつがありゃあ大魔王を倒せるかもしれないんだろ?」
 ハッサンが煽ると、悄然とバーバラが重苦しく口を開いた。
「ねえ…みんなはあたしに…マダンテなんて…そんな恐ろしい魔法を使えって言うの…?」
「え、いや…そういうわけじゃ…」と、仲間達が黙る。
「大陸一つを吹っ飛ばすような魔法を?このあたしが?あははは…冗談でしょ…」
 バーバラは泣きそうな顔を浮かべている。
「でも、マダンテは大魔王に対抗するために必要な魔法なのです。バーバラ様…あなたもバーバレラ様の血を引く長となる身。それがあなたにも受け継がれる時が来たのです」
「いやだよそういうの!」
 顔を横に振って拒絶した。
「もうみんながあの時みたいに…大魔王にやられていくの…見たくない!長にならなきゃだとか、大魔女だとか、マダンテとかそういうのたくさんなんだよ!どうしてあたしがそんな役目を担わなきゃならないの?どうしてあたしが…そんな魔法を……いやっ!絶対いやなんだからっ!」
 バーバラは勢いよく席を立ち、部屋を飛び出した。
「「「バーバラ!」」」
 レックが追いかける。
 仲間達も後を追おうとするが、ミレーユが手で制止した。
「大丈夫。レックに任せましょう。彼は…このパーティのリーダーなんだもの」


 カルベローナのはずれの森は穏やかだった。鳥のさえずりが聞こえ、おとなしい魔物が徘徊している。そんな高台の方までやってくると、バーバラは近くで震えてうずくまっていた。
 レックが背後から近づくと、彼女はぴくりと反応する。
「ここにいたんだな…探した」
レックはバーバラの隣に座る。
「………」
「おまえはさ…いつも頑張りすぎてると思う。いつだって笑顔で、仲間を笑わかして、パーティのムードメーカーだったよ。それがどんなに仲間達の励みになってたか…今ならよくわかる。お前自身が頑張りすぎてて、無理してたからなんだって」
「………」
「俺…お前がうらやましい。だって、ちゃんとここへ戻って自分を見つけることができたじゃないか。俺なんか…自分の実体を取り戻した時、自分は自分じゃなくなるんじゃないかって不安でしょうがないのにさ、お前は…ちゃんと自分が自分だったって受け入れられてるじゃないか」
「……あたし…そんな強くないよ…」
 ぼそりとやっとバーバラが口にした。
「ただ、弱いとこみせたら…あたしがあたしじゃなくなるじゃん?…でも…今は…もう…だめだよ。本当は…だれよりも臆病なのよ、あたし…。何からも逃げちゃうんだ。カルベローナが封印されそうな時だって…怖くてみんなを見殺しにして…逃げたようなもので…」
「…バーバラ…」
「そんな臆病なあたしが…マダンテなんて…魔法…扱えるはずないよ。ていうか…使いたくない」
「なら、マダンテなんか使わなくていい」
 レックがきっぱり言った。
「え…」
 バーバラが顔をあげる。
「怖いなら…使わなくてもいい。いや、使わないほうがいいんだ。むしろ、俺が使わせないけどな。たしかに強力な魔法だけど、それを使うことによって、お前がお前じゃなくなるなら…取り返しのつかない何かの犠牲を生むなら…使わなくたっていい。俺は…何かを失う方が…ずっとずっと怖いと思うから。それが…逃げだとしても、人間…時には逃げたくなる時だってあるんだからさ」
「レック…」



prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -