DQ6 | ナノ
 13-2

 幸せの国の事を詳しく聞くと、満月の夜の西岸の方でプカプカひょうたんのような小さな浮き島が現れるという。
 広さは小さな村一つ分の大きさで、そこから幸せの国へと導く連中が定期的に町へやってきて、度々勧誘してくるらしい。勧誘していく連中も胡散臭さが漂う。
 なんの苦労もなく、なんの心配もいらず、一生遊んで暮らせるという都合の良い口車で引っかけると、たちまち意志の弱い人間や、欲望が強い人間はほいほい騙されてついて行くという。
 そして、海の彼方へ連れて行かれた数多の人々は、いずこかへ消え、消息不明となる。どこへいったのかは未だにわかっていない。当然ながら、今まで誰一人として帰ってきた者はいないのである。こんな胡乱な話を鵜呑みにし、盲信してしまうのは大変危険だ。何としてでも、謎を解き明かさなければと一同は夜になるのを待った。
「今夜が丁度満月でよかったです」と、チャモロ。
「なら、今日くるだろうな…その浮島が。腕がなるぜ」
 ハッサンが拳に力を込めた。
「やっちゃいましょう!幸せの国だなんて胡散臭い国の謎を解き明かすんですよ」
「そうだそうだー!あたし、今度ばかりは堪忍袋の緒が切れちゃいそうだったもん」
 アモスとバーバラは先ほどのケティルの涙を見て、やる気に燃えていた。
「レック」と、ミレーユが呼ぶと、彼が目線を合わせて頷く。
「よし!西の方へ行くぞみんな」


 満月が美しく輝く夜、レック達は砂漠を西に進んだ海岸線の方へ急いだ。
 正常とはバレないようにして、全員ポンチョで身を隠しながらだらしない顔を演じる。既に西の突先の浜辺には、幸せの国の噂を聞きつけた大勢の人々が集まっており、今か今かと待ちわびている。
 小波の上に満月の光がうつり始め、向こうの方からぼんやりとした黒い影が見えてくると、人々は一様にざわつき始めた。
 噂に聞いたひょうたん島とやらの到着で、影が大きくなるにつれて人々は拍手と口笛を吹き、今宵の余興に盛り上がる。
 ひょうたん島が完全に目の前の岸に停泊すると、露出度の高いバニー姿の女が出てきた。
「ようこそ〜みなさん!はるばるこの西の岸までよくやって来てくださいました〜!今宵はこの幸せの国へと私たちが誘導しまぁーす。もう今後は苦しむことも悩むこともありませーん。これからは幸せしかありませんから、たーーーっぷり楽しんでってねん」
 バニーが片目をウインクしてセクシーポーズをとると、大半の男達が鼻の下を伸ばしてデレデレし始めた。
「うわー…あきらかに演じてるぶりっこじゃん。今時こんなのに騙される男ってよっぽど能無しの単純バカよねー。時代錯誤もいい所〜」と、バーバラ。
「おお、胸も尻もでけえ〜!俺っちのタイプだ…うへ〜〜でれでれ」
 ハッサンがさっそくバニーの色気につられていた。
「たはー…単純バカが一匹ここにいたわ。ほんっと、こういう男ってだらしないったらありゃしない」
 バーバラが頭を押さえている。
「修行で雑念を消す事は大事だという事がよくわかりました」
 チャモロが鼻の下を伸ばしている男どもを、哀れみの目で見ている。
「まあ、たしかにあのバニーちゃんは色気あると思いますけど、頭隠して尻隠さずって感じですよね〜」
 アモスがバニーのお尻がウサギの尻尾ではなくて、魔物の尻尾な事に気づいた。
 気配からでも分かる通り、正体は魔物である。普通の一般人じゃ感づけない邪気がバニーから漂っているのである。
「あなたはああいうのには興味ないのよね」
 ミレーユがレックを横目に見た。
「へぇ…あんた、俺がああいうのが好きだって言いたいわけ?」
 レックが猫の様に目を細めて睨む。
「いいえ、ただ聞いてみただけよ。あなたは大丈夫どころか、ウブなお子ちゃまだものね」
「はー?なんだよそりゃあ。お子ちゃまってどーゆー意味だよッ。俺がガキだってばかにしてる言い方みたいでさっ。ていうかこら、置いてくなーっ!」


 島の中は鮮やかな緑の芝生に、派手で下品なネオンがあちこち輝き、南国にあるようなヤシの木や植物が整然と並んでいる。
 奥には高級な民宿を連想させるコテージが建っていた。
 集められた人々はコテージに誘導され、豪華な食べ物とお酒を用意された。テーブルいっぱいに御馳走が並んでいる。見たことがない程の贅を凝らしたものばかりで。人々はよだれが垂れそうなほど美味しそうだと目を輝かせている。
「あなた方は実に正しい選択をされました。もう世を拗ねたり、人を憎むこともありません。なんの不安も心配もなく、あるのは明るい未来だけ!さあ、幸せの国へ到着するまで、今宵は飲み食いしながら楽しんでいってください」
 人々は歓声をあげて、酒と豪華な食事に食い付いた。
「いや〜幸せの国に行ってよかったです。こんな豪華な食事と酒にありつけるなんて何年ぶりでしょうか。カルカドに住んでいた頃は、毎日食べる物もろくになく、生活におびえる毎日でした」
「おれもだぜー。幸せな国って怪しいと思ったから乗り込んではみたが、こんないい待遇だなんて…怪しいと思った自分が恥ずかしいぜ。マハメド一生の不覚だ」
 町の人々は、この待遇の良さにすっかり騙されていた。
「みんな気をつけろよ…何があるかわからないからな…ってハッサン!オメー何酒飲んでんだよ」
 ハッサンはいつの間にか酒瓶を片手にふらついている。
「あり〜?レックちんじゃないか。ふへへへ、レックちんが何人にもみえるんだけどよ〜〜ていうか、この酒ちょーうまいぜ。もー眠たくなるぐらい。ひっく」
 すっかり酒乱状態ができあがっていた。
「バカっ!てめーという奴は……うっ…やべ…!」
 怪しげな香りと煙が漂ってきた。
 匂いを嗅いだだけで、急激に眠気が襲ってくる。寝てはいけないというのに、瞼が重い。この部屋全体にラリホーマがかけられている事に気づいたのも手遅れで、そのままレックを含む全員が眠りについてしまった。
 魔物たちがくすくす笑う声が聞こえた気がした。


 次に目を覚ます頃、突然頭に大きな衝撃が走った。
 何事かとふと目を開けた途端、今度は腹を勢いよく蹴られた。
「ぐ…っ」
 痛みに顔をゆがめるレック。
「いつまで寝てやがる、ギギ。はやくオキロギギっ」
「ぅ…げほっ…いってぇ…くそ」
 腹を思いっきり蹴られたせいで、むせ返り、胃がひっくりかえりそうになった。
 なんとか状況を判断しようと起き上がると、数匹の魔物達がこの場を占拠していた。不穏な空気が漂う中で、次々と乱暴に叩き起こされている人々。凶暴そうな魔物を見るなり、町の人々は恐怖におびえ、悲鳴をあげて逃げ惑う。しかし、逃げ場なんてあるわけがなく、すぐに捕えられて暴力に従わされている。そんな様子を面白おかしく笑って見ている他の魔物たち。
 あまりに横柄な態度に、レックは怒りで取り乱しそうになったが、傍にいたミレーユに抑えられてじっと我慢した。
 ハッサンは未だに意識があるのかないのか、寝ぼけた様子である。
「結構な力で蹴られてたけど、大丈夫?レック」
「あ…ああ、平気だよ。あんたこそ…魔物どもに変な事されなかったのか」
「ええ、平気よ…。ぶたれるくらい慣れてるから。それに、それ以上の事は何もされなかったし」
「なら、いいけど」
 しばらくして、ある場所に島がたどり着いた。
「さあさあ人間どものお客さんよ、貴様らお待ちかねのユートピアとやらに着きましたぜ、ケケケ」
「これから我が偉大なる支配者の元へ、貴様らを連行するギギ。殺されたくなかったら、おとなしくしているんだなギギっ」
「偉大なる…支配者…?」


 それから、何がなんだかわからない様子で、人々は囃したてられて魔物どもによって島を強引に降ろされた。
 外はあれから何日経ったのかわからないが、深夜遅い時間帯で、赤い月が昇っている。
 人々は桟橋を渡り、見知らぬ暗い荒地を歩かせられ、岩山を登らせられ、ひたすら未開の地を進めと命令された。しばらく歩かせられた先は、大きな禍々しい神殿であった。
 中へ入れと蹴とばされて門をくぐった先には、おびただしい数の魔物達が客席から向こうの方の祭壇に向かって歓声をあげている。
 スライムやデビルアーマー、レッサーデーモンなど、おなじみの魔物だけじゃなく、見たことがない魔物までウヨウヨいる。
 祭壇の真上の壁際には、鳥のような彫刻飾りが彫られてあり、石舞台の上には何千と死に絶えた人間の血潮がしみこんでいて、不気味なほど赤黒く染まっていた。
「おい、新しい生贄を連れてきたぜギギ」
 魔物がレック達を石舞台の前にいる魔物に引き渡す。
「おお、いい女もいるじゃねえかギギ。とくに、そこの金髪の女が特になギギ」
「その女をジャミラス様が人間どもの魂を食らう儀式のための生贄にしろいギギ」
「そりゃあいい考えだギギ」
 唐突に生贄に選ばれたミレーユは、石舞台に寝ろと命令される。
 レックは取り乱しそうになったが、ミレーユが目線で「大丈夫だから」と訴えた。
 一同は仕方なく従うふりをし、石舞台の前に座らせられる。祭壇に寝かせられたミレーユは、背中の冷たさと周辺の薄気味悪さにぞっとしたが、ここは生贄のふりをして、黒幕が出てくるのを待とうと決意した。
 客席にいる魔物どもは、今宵の人間の女はなんて美しくて綺麗なんだろうかと、舌舐めずりしている様子が目に入る。気持ちが悪い。魔物と言ってもオスの本能丸出しだ。
 その時、魔物たちの歓声が一際大きくなった。
 上空から声がきこえてくる。
「今夜もいい人間どもの魂がとれそうだな」
 巨大な鳥の化け物が飛んで現れ、石舞台の前にどすんと着地する。
「見よ、この滑稽な生き物である人間どもを!己の欲望のままに生き、幸せの国などという甘言にやすやすと騙される愚か者を!」
 捕まったばかりの人間たちの表情が、恐怖から絶望へと変わっていく。
「たとえムドーが滅びようとも、このジャミラスがいる限り、この世の魔族は滅びぬ!我を崇めよ、我を讃えよ!」
 冷酷なジャミラスの哄笑に、客席にいる魔物たちの歓声が最高潮になる。
『ジャミラス、ジャミラス、ジャミラス、ジャミラス』
 魔物たちの咆哮が神殿中に反響する。
「そして今ここに、我らが黒き神々に生贄を奉らん!」
 ジャミラスがミレーユの顔を覗きこむ。
 彼女は薄気味悪いジャミラスの瞳から必死に逃れたい衝動を我慢している。蛇に睨まれたカエルの心境がわかる気がした。
「ほほお…美しい生贄の女だな。今までで最も極上な美女ではないか。どれ、その美しい顔もよいが、まずはハラワタを引き裂き、血肉を食らいつくしてくれようぞ。さあ、もがくがよい!おろかな人間どもよ」
 ジャミラスの爪がミレーユの身体に及ぼうとしたその時、レックは我慢ならなくなった。
「ミレーユに触るな!化け物めっ!」
 背中の破邪の剣を抜き、近くにいた魔物を左に薙ぎ払った。
「なんだ貴様は」
 突然現れた正気のままの人間に、魔物たちがどよめきを起こしている。
 他の仲間達もここぞとばかりに矢継ぎ早に躍り出た。



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