DQ6 | ナノ
 13-1

 よく晴れた昼間の事。
 旅の洞窟の魔物が倒され、落盤で塞がっていた通商ルートもすっかり通れるようになった事で、大勢の商人や旅人が街道沿いを行き来するようになっていた。
 そのうちの魔王退治を使命とする勇者一行も、馬車で街道沿いを走っている。
 のどかな花畑や草原続きで、魔物もそれほど出てこない。
 様々な色鮮やかな風景を、荷車に寝そべりながらレックは眺めていた。
 春のような温かい日々が続き、柔らかな太陽がポカポカ自分達を照らし、この頃はとても過ごしやすい。寒くもなく、暑くもない。丁度いい気温だ。
 そばではチャモロが静かに本を読み、そのまた隣にはハッサンとバーバラがトランプゲームに興じ、ミレーユは綻びたボタンの縫物をしている。
 御者台にはアモスが手綱を握っていて、ファルシオンを眠たそうに操っている。
 ひま、というわけではないが、「平和だなあ」とレックはあくびをした。このまま、何事もなく平和であったならどれだけいいだろうか。
 旅は好きだけれど、魔王退治という重大な使命がなければ呑気に日々を過ごす事だってできたというのに。






――第十三章 幸せの国 ――







 四日ほど馬車を走らせていると、向こうの方で三軒ほどの小屋が建っているのを発見した。
 小さな人里の集落のようだ。
 どの家の煙突からもモクモクと煙が立ちのぼっている。
「ごめんください」と一軒のレンガの家に声をかけると、貴族のような格好の男が勢いよく出てきた。
「また貴様らか!いい加減に……って、なんだ旅人か。また幸せの国への誘いの人かと思ったよ」
 鬼の形相だった男は、拍子抜けして静まり返ったようにため息を吐いた。
「幸せの国ってなんですか?」
「ああ。最近よく変な人が幸せの国に行かないかって勧誘しに来てだな、うんざりしていた所なんだ」
「そんな国…あるんですか」
 いかにも胡散臭そうな名前だと誰もが思った。
「しかも、その者はどういうわけか西の方から来たと言うんだ。西といえば広い海を越えない限り何もない場所だろう?詳しく話を聞いていると、西に天へ続くような階段があるから、そこから幸せの国へ行けると言うんだ。わしゃあ怒ったよ。そんな夢みたいな話があるか!と、な」
「西の方に階段って…不思議ですね」
「それ以来、頻繁に勧誘がきては追い返しとるんだ。まったく、わしをなめとるのか…ぶつぶつ」
「お…お疲れ様です」
 二軒目は、人魚の肉を欲しがっているご婦人が住んでいたが、幸せの国にある物の押し売りにうんざりしている愚痴をこれでもかと聞かされた。幸せの国の者とやらは、この地方にはよく顔を出すらしい。
 三軒目は、素朴な農夫の家だった。
 農夫から話を聞くと、近頃、眠ったまま死んでしまうという病気が流行っているらしいとの事。幸せそうに眠っていたかと思えば急に苦しみだし、そのままこと切れたかのように亡くなるという。
 これももしかして幸せの国と関係があるんじゃないかと一同は疑問に思い始めた。
「あっちの方角から天へ続く階段だって。ねえ、本当だとしたら、夢の世界に繋がってるのかも」
 バーバラが西の方を眺めた。
「だろうな。それに、幸せの国って名前からして可笑しいし」
 レックも腕を組んで怪しさを感じている。
「何やら悪いものを感じますね」と、チャモロ。
「名前からしてありえねーよな。捻りさえもねーし」
 ハッサンでさえ、ネーミングセンスにあきれているほどだった。
「調べてみる価値はありそうだわ」
「行ってみましょうか。その夢の世界…いえ、幸せの国とやらに」
 アモスが言うと、一同は頷きあった。


 噂通り、西には天へと続くような長い階段がそこにはあった。
 顔を見上げると、階段の上の方から上の世界の陽光が差し込んでいる。
 夢と現実の地図を重ねてみると、案の定、そこは夢と現実が折り重なる接点の場所。夢の世界の入り口である。階段は結構長そうだ。登り始める前から心折れそうなほどに。
 一同は億劫な顔を浮かべつつ、一日かけてその階段をひたすら登り続けるのであった。
「あーーつかれたあ。もー足いたああい!もう何段階段のぼったかわかんないよ」
 バーバラはへとへとに疲れて地面に座り込んだ。
「どうやら、やはり夢の世界のようですね」
 チャモロが眼鏡をくいっとあげて辺りを見渡した。
「久しぶりの夢の世界も天気はいいようだなあ」
「空気がやはり上と下とじゃあ全然違いますね」

 馬車を走らせて数日、カルカドという町へ通じる洞窟を経由し、そこを出ると砂地だけが目立つようなみすぼらしい町に到着した。
 一面、砂漠の景色が広がっており、ひどく殺風景で、人々は口には出さないまでも、一様に暑さに対する苦痛な顔を浮かべている。
 セミが狂ったように鳴き続け、炎のような太陽が自分たちを焦がし、ゆらゆらと陽炎がのぼる。
 閑散とした町の中では子供が一人ぽつんと遊んでおり、余計にむなしさを感じる。
 草木がほとんど生い茂っておらず、井戸も枯渇寸前なのか、町全体が干上がった大地のように思えた。濁った砂の空気が風に舞い、ここ何日も雨が降らないので、人々は迫りくる飢えに苦しんでいるようだ。
 見たところ、町として機能しているかと思えばそうでもなく。異常なほど人口が少ないと感じた。町というよりかは廃墟寸前の村に近いかもしれない。
「なんだか寂れた町ですね」
「静かというか…がらんとしているというか」
 営業している店も、常に閑古鳥が鳴いている状態だった。
 周囲の人々に話を聞くと、噂の幸せの国のせいで人口が半分以下に減少したそうだ。こんな寂れた町にいるよりかは幸せの国へ行って、思う存分楽して暮らしたいという人間の願望がそうさせているらしい。
 夢の世界だというのに、随分と人々が悲しげで淋しげである。
「けっ、みーんな幸せの国とやらに行っちまいやがった。俺のカカアも俺を置いて行くなんてよ…あーやってらんねーぜ、ひっく」
 荒くれ風の男が昼間から酒を煽っている。
「あのーちょっと聞きたいんですけど」と、レック。
「あん?昼間っから酒飲んじゃいけねーっつーのか?ひっく」
 顔を真っ赤にさせて、酒の匂いをぷんぷん口から漂わせている。
「いや、そうではなくて…」
「まー忠告ありがとよ。酒やめようと思ってもよ、行っちまったカカアの事考えるとさみしくてよ…うっうっ…俺も行こうかな…幸せの国に」
 どの人々に話しかけても、幸せの国の話題は尽きなかった。
 行くか行かないかで迷っている者や、身内の物資確保のために行く者、嫌な事ばかりから逃げ出すために行く者、育った故郷を捨てるわけにもいかずに始めから行かない事を決めている者など、いろんな事情を抱えているようだった。
「お兄ちゃん…旅の人?」
 六歳くらいの男の子がレックに声をかけてきた。
 先ほど外でぽつんと遊んでいた子供だ。服はみすぼらしくボロボロである。レックはしゃがみこんで子供目線にあわせた。
「そうだよ。さっき来たばかりだ。きみはこの町の子かい?」
「…うん。ぼく、そこの孤児院に住んでるケティルっていうんだ」
 向こうの方にあるあの小さな礼拝堂がその孤児院だろう。
「でも…ひとりぼっちなの」
 ぽつりとつぶやいた。
「どうして…?」
「父ちゃん…母ちゃんが病気がちだから、幸せの国で薬を買ってくるって言って行ったきり。もう一年経ってるのに帰ってこないんだ。それで母ちゃん最近死んじゃった。だからひとりぼっち」
 ケティルの言葉に、一同が何も言えなくなったように押し黙る。沈痛な雰囲気が漂い、言葉が出てこない。
「どうして父ちゃん帰ってこないのかなぁ?幸せの国って…なんでもあるんでしょ?…薬だって食べ物だって…ぜーんぶ。でも、帰ってこないの」
 ケティルの頬から涙が一筋こぼれる。
「うそつきだよ…幸せの国なんて。嘘っぱちだよぉ…。だって…だって父ちゃん…返してくれないんだもん。帰ってこないんだもん。みんなだれ一人帰ってこないし…母ちゃんもいなくなっちゃって…ぼく…みなしごの一人ぼっち…っうあぁあああ」
 とうとうむせび泣き始めたケティルを、レックは苦しげな表情でたまらず抱きしめた。レックの胸の中で、思いっきり寂しさと悲しみを吐き出し続ける。背中をさすりながら、落ち着くまでずっとそうしてあげる。親がいない子供の寂しい気持ちは計り知れない。一人取り残されたままなら尚更。仲間達も沈痛な面持ちで見つめ、幸せの国に対して不信感と怒りを募らせた。
 この涙に報いるためになんとかしてやりたいと、幸せの国の謎を明かしてやろうと強く決意した。
「…幸せの国…絶対に秘密があるな」
 ハッサンが唇をかみしめている。
「いくら薬を買いに行くと言っても、こんな小さな子供を置き去りにして行ってしまうなんて…」
 アモスが拳を震わせた。
「ねえ、君は…幸せの国がどこにあるのか知っているかい?」
 落ち着いてきたケティルにレックが訊いた。
「…知ってるよ。でも、お兄ちゃんたちも行っちゃうの?行ったら、父ちゃんみたいになっちゃうよ。止めた方がいいよ…。お兄ちゃん達まで行っちゃったら…本当に戻ってこれなくなっちゃうよ…?」
 子供は不安でたまらない顔をしている。
「大丈夫」と、レックの瞳が空より澄んだ蒼に変わっていく。
「お兄ちゃん達はな…悪い奴を退治するためにここに来たんだ。みんなを守るために…」
 子供の頭を撫で、優しげな表情で言った。
「…悪い、やつを?もしかして……勇者様なの?最近、勇者様が魔王を倒したって聞いたけど……お兄ちゃんが…?」
「さあ…どうかな。でも、言えることは、悪い奴を退治しながら旅をしているって事だよ」
「じゃ、じゃあ…悪い奴を…やっつけてきてよ。幸せの国なんか…うそだって…証明してきて…っ」
「…ああ。約束するよ。必ず…必ず嘘を明かしてくるさ」
 レックと子供は指切りをしあった。


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