DQ6 | ナノ
 11-2

 真夜中の深夜、巨大な紫色の化け物が町中を徘徊していた。
 虎の牙もビックリな大きな牙に、どこを向いているのかわからない狂気の真っ赤な瞳。鋭くとがった奴の足は、鉄をもえぐり裂く鋭利な爪を持っている。
 化け物は吠えながら激しく足踏みをすると、周辺の樹木は倒れ、地面はぐにゃりと波打つように亀裂が走る。大木は倒れ、畑は荒らされ、家にはひび割れが起きる。
 町中は奴のせいでひどく荒らされていた。
「はやく、あいつをなんとかしないと、町がめちゃくちゃになっちまうぜ」
「ああ。いくぞみんな」
 全員屋根から飛び降り、レックはすらっと剣を抜いた。
 切り込み隊長としてハッサンの蹴りから戦闘開始すると、レックが袈裟に斬りつけ、チャモロもモーニングスターを振り回す。紫の化け物は男性陣の攻撃をまともに受けてもんどりうつと、バーバラが鞭で叩きつける。
「ていうか、寝間着じゃ動きづらい〜!」
「…ですね」
 バーバラやチャモロの動きがぎこちない。
 続いてミレーユが最近覚えたメラミを披露し、魔物は炎上。
 熱さに苦悶の声をあげて、のたうちまわっている。そこへチャモロがバギを唱え、バーバラもギラを唱え、徐々に弱っていく魔物。
 そろそろ決着がつくだろうという所で、町人達が血相を変えてやってきた。
「やめてください!この人は違うんです!」
 宿屋の店主が必死に両手を横に広げて魔物の前に仁王立つ。
「え…この人?」
「何…!?」
「ど、どゆこと?」
 一同は手を止めて、目をぱっちくりさせて呆然としている。
「どうかどうか…この魔物を殺さないでください。この人は…この人は…アモス様なんです!」
 店主が泣きながら訴えた。
「え…あも、す?」
「アモスって…あのアモスさん?…うそ…」
 アモスといえば、この町の英雄だ。
 こんな恐ろしい邪気を放っている姿を見ればそんな馬鹿なと疑いたくなるが、町人のこの態度を見れば、まさか本当に彼なのか…と、仲間達は放心したように立ち尽くす。
 魔物から白い煙があがり、外に流れ出て徐々に人間の形態に姿を変えていくと、本当に元の英雄の姿に戻っていく。彼はひどく傷だらけで、そのままその場に倒れて気絶した。町人がアモスを担架で運んでいく。ひどく痛々しい姿だ。
 今の魔物がアモスであった事に全員は愕然とし、茫然自失に陥るのだった。

 事件から翌日、宿屋の待合室で町の人々とレック達が深刻な顔で話し合っている。
 重苦しい空気は拭えるはずもなく、ある者はすすり泣き、またある者はレック達を荒んだ目で見てくる。その視線が痛くてたまらない。罪悪感が胸に突き刺さる思いだ。
 仲間達は町の人々の顔をまともに見ることができないでいた。
「アモス様があのような病気になってしまったのは、数か月前の事でした。町に凶暴な魔物が現れ、町の者が逃げまどっている中、アモス様だけが町のために戦ってくれたのです。私の息子も魔物に襲われそうだった所をアモス様に救っていただいたのですよ。しかし、不運にもそこで魔物にお尻をかまれてしまい、それがもとで病気の原因となってしまいました。それ以来、夜になるといつもあのように理性を失った魔物へと豹変してしまうのです」
 店主が赤い目で涙ながらに語っている。
「そんな町の英雄の彼を、私たちは決して外へ追い出す事なんでできません。いや、できるわけがないのです。町を救ってくれた彼を、どうして追い出すことができましょうか!そんなアモス様を町の者は魔物であろうとなかろうと、みんなが大好きなのですからっ」
「どうか旅の方、昨晩の事はこれっきり忘れて、この町を後にしていただきたいのです。おねがいします…」
 そこで話は終わり、レック達は黙ってその場を後にした。とぼとぼ町の入口付近に来ては一様に暗い顔を浮かべている。
 あの魔物がアモスだったという驚きと、魔物と勘違いして彼を攻撃してしまったショックに、全員の落ち込み様は半端ではなかった。
――無理もない。
知らなかったとはいえ、危うくこの町の英雄を殺そうとしてしまったのだ。
「……今度ばかりは相当こたえたぜ…」
 珍しく弱弱しいハッサン。
「ねえ、なんとかならないのかな。あれじゃあ町の人もアモスさんも…可哀想だよ」
 明るいバーバラも沈痛な面持ちだ。
「くそ…ぼくが怨霊を祓う術や、シャナクという魔法をおぼえていたらアモスさんを助けられるのにっ」
 チャモロはもどかしさと苛立ちを隠せない。
「…仕方…ないわ。この町の事は忘れて…私たちのするべき事をしなければ…」
 そんなミレーユも気だるそうな顔を浮かべている。本当はこのままでいいわけないと言いたげで。
「…でも…このままじゃ…」
 今度ばかりはあまり気分が乗らない。
 このまま本当に旅に出られるのかという釈然としない気持ちを抱いている。いずれはひどく後悔する事が明白だ。どうにもならないとしても、後味の悪さだけは消えない。
 そんな時、ある老人が声をかけてきた。
「あんた達…旅の者だって聞いとるが、腕はいい方か?」
「え?」
「この町の北の方に山があってのぅ。その頂上に、理性の種というものが落ちているという。わしの若い頃も夢遊病にかかってのぅ、それで治したことがある。アモス様の病気も夢遊病みたいなもんじゃないだろうか。だが、北の山は魔物だらけでのぅ…今じゃ誰も取りに行けなくなってしまったわい」
「理性の…種…理性の…それだ!」
 チャモロの目に見る見るうちに希望が宿る。
「知ってるのか…?チャモロ」
「はい!それなら…アモスさんの病気を治せる可能性が高いんですよ。今まで読んだ古い文献で見た事があるのですが、理性の種をすりつぶして飲むと、どんな病気にも効果があると言われています。もちろん、理性の種という名前ですので、魔を祓う効果もありますし、夢遊病などには効果抜群です」
 その説明を聞いて、全員にも希望が伝播する。
「そうか…!それがあればアモスさんを助けることができるわけだなっ」
 レックの瞳に輝きが戻る。
「おっしゃあ!なんか希望がでてきたぜ」
「うん!はやく行こうよ北の山へ」
 落ち込んでいたハッサンやバーバラも立ち上がる。
「ありがとう、おじいちゃん。私達、必ず理性の種をとってきますわ」
 全員は北の山を急いで目指した。

 北の険しそうな山々は、天気がいいものの凍えるように寒い。
 旅人が時折、理性の種を取りによく訪れているようだが、魔物がウヨウヨしているので、なかなか頂上までたどり着けずに逃げ帰る場合が多いとか。
 そんな魔物達など恐るるに足らず、レック達はあっさりと魔物どもを一蹴して山をのぼった。
 アモスを助けたいという強い意志の前で、レック達の敵ではない。全員は今まで以上に活力にわいていた。
「ひー寒いっ!頂上付近は空気も薄いし…」
「ここらへんに落ちているはずなんですけど…」
 頂上にたどり着き、草むらの中をくまなく探していると、おかしな太い葉っぱが地面に生え伸びている。
「なんだこれ」
 ハッサンが見つけ、ぎゅっとひっこぬく勢いで引っ張る。
「いでででで!」
「へ…?」
「いま、この葉っぱから声きこえなかったか?」
「え、聞こえたっけ」
「こら!きさまら」
 今度ははっきり仲間の誰でもない第三者の声が、葉っぱから聞こえてきたではないか。
「わしを引っこ抜こうとするとはどういうつもりじゃ!このおタンコナスのすっとこどっこいめが!」
「げ…やっぱり草がしゃべってるし…」
「きめえ…」
 ハッサンとバーバラはドン引きしている。
「きめえとはなんだ!この筋肉めが!お前らが探しているのは理性の種だろう?わしは種でなくて葉っぱじゃ馬鹿者!さっさと種もって帰るがよい」
「あ、そ、そうでした。こりゃあ失礼しました。葉っぱさん」
「すみません…」
 ご丁寧に深々と頭を下げるレックとチャモロ。
「ごめんなさいね、すぐに種を拾って帰りますので」
 ミレーユもぺこりとお辞儀をする。
「わかればいいのじゃ。ふふん。それにしてもおぬし、とても綺麗な女性じゃのぅ。こんな美しい女性がいたなんてはやく言わんかい、このいけず共が。むふふ。で、いくつじゃ?スリーサイズは?」
 葉っぱのくせに綺麗な女には目がないようである。
「え、あの…す、スリーサイズって…」
 ミレーユが頬を赤くして引きつらせている。
「おい、どさくさに紛れてスリーサイズ聞いてんじゃねーよ!このスケベ葉っぱ野郎!」
「そーよそーよ!変態よっ」
 ハッサンとバーバラが勢い立つ。
「うるさいわい!貴様らはだまっていろ。ぐふふふ」
 どこぞのスケベなお代官の様に、葉っぱは気持ち悪く笑っている。
「…あ、あのー…」
「初々しいのぅ。美女でおまけに女の子らしいなんて、余計にそそるわい」
「そんな…女の子らしいだなんてっ」
 女の子らしいと言われて、ミレーユが柄にもなく高揚している。
そんな彼女を見て、レックはジト目で話しかけた。
「なあ、あんた…なんで葉っぱ相手にデレデレしてんのさ。そんなに女の子扱いしてもらえてうれしいのかい」
「な…ど、どこが!してないわよっ」
「へー…どうだか。なんか顔赤いぜ?葉っぱなんかに言われて何がいいんだか」
「だからしてないって言ってるでしょ!」
「いいんだよ、否定しなくても。誰に対しても女の子扱いしてくれる奴があんたは好きなんだろ」
 腕を組んだまま、レックはプイっとそっぽを向く。
「レックったら…何怒ってるのよ」
「怒ってないさ、別に。ただ、ちょっと意外だなあって」
「そんなに…意外…?」
「だって、あんた…あんまり感情を表に出さないタイプじゃないか。今まで冷たい冷血女かと思ってた」
「冷血女で悪かったわね…」
 たしかにこんな性格と雰囲気だから、誤解されやすいと自覚はしているけれど…。
「つーかよ、この葉っぱ…大人の美女なら誰だっていいんじゃね?」
「でしょうね!葉っぱのくせに好みにはうるさそうだし!このあたしの可愛さに目もくれないなんて、おっかしーよ!」
「要するに、この葉っぱはお前みたいなガサツなロリガキは趣味じゃねーンだろ。やっぱ清楚なアダルトじゃねえとな!あっはっは」
「死ね、ベギラマ」
「ぎゃあ!」
 容赦ないハッサンの一言に、バーバラが天誅を食らわしたのだった。



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