▼ 9-3
「レック!」
雑魚すべてを倒した仲間たちが駆け付けた。
チャモロがさっと火傷だらけのレックにべホイミをかける。
「サンキューチャモロ。助かった」
四人は本領発揮とばかりに、一斉にムドーを睨みつけて構える。
仲間がいれば怖くない。これからが勝負である。
「ふふふ、仲間が来てくれて命拾いしたようだな。だが、安心するのは早い。死ぬのが少し伸びただけ。雑魚すべてを葬った褒美として見せてやろう。わしの真の力を…!本気になったフルパワーをな!ぬおおおお!」
ムドーがぐっと両手に気合をいれると強い風力が巻き起こり、瓦礫の残骸などが無造作に吹き飛ぶ。まるで台風のように。
レック達もムドーの波動に持ちこたえられずに吹っ飛ばされた。
「うわあ!」
「ぐええ」
「きゃあ!」
「ううっ…!」
全員、壁やら半壊した城の外の木などにぶち当たってもんどりうつ。
「うおおおお…真の力を解放するのは一千年ぶりの事。運がいいな、貴様ら…」
ムドーの黒い衣が剥がれた途端、夢の世界で見た緑色のふくよかな皮膚に、黒い二本のツノ、そしておぞましい真っ赤に染まった瞳を光らせて、とうとう真の姿を見せた。
夢で見たことがあるというのに威圧感と迫力感が半端ではない。次元が違うとはこの事。レック達は震えた。
「ついに…正体を現したな…」
ハッサンが瓦礫をどかしながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「あ、あれが…ムドーの真の力…なんて凄まじい…」
チャモロはふっとばされて痛めた腕を抑えて立ち上がる。
「さあ、くるがよい!地獄の苦しみを味あわせてくれよう!死ねーッ!!」
ムドーはレック達向けて凍りつく息を吐いた。
どっと押し寄せる冷気が広範囲に広がる。
「あぶない!ヒャドーっ!!」
咄嗟にミレーユが両手を地面に向けて放った。ヒャドの壁が氷を受け流す。しかし、完全な壁とは言えず、すぐに氷の壁はもろくも崩れる。全員の体が見る見るうちに足元から凍りついた。
「さ、寒いいいい!うああ」
「うぐぐ…このままじゃ…全身が凍りついてしまいます…」
ピシピシと氷結が足先から下半身を覆い、上半身にも及ぼうとする。
「く、くそ…なんとか…なんとかっ!」
レックは焦燥した。このままじゃ全身が凍りついてしまう。氷像を砕こうにも力が入らない。
万事休すと誰もがそう思った時、持っていた武器、破邪の剣に熱がこもっていた。
「…破邪の剣が…」
よく見ると、飾りの宝玉が光っている。
そっと剣を揺り動かすと剣は炎に姿を変え、ムドーの息だけでなく、凍りついていく仲間たちの体を熱さを感じない炎で包んだ。
火傷すらせずに一瞬にして凍りついた体を蒸発させたのだった。
「す、すごい…破邪の剣にこんな力が隠されてるなんて」
驚いている面々。
「なんだと!わしの息をかき消しただと!ならばもう一度!」
ムドーは再び冷気を吐いた。
「頼む…破邪の剣よ。俺達を護れ。お願いだっ!」
レックは強く破邪の剣の柄を握り締めて念じた。
その声に呼応し、再度頼もしい炎が現れて冷気を相殺させる。
「なっ…!」
自慢の冷気を破られ、ムドーが初めて驚愕の顔を見せた。
「よし!ムドーがショックを受けている今がチャンスだみんな!総攻撃をしかけろッ!」
レックが叫ぶと、ハッサンが先に躍り出た。
「おっしゃあ!今度こそ俺のとっておきの必殺技を見せてやるぜ」
ハッサンが構えの体勢を取った。
足を肩幅で開き、腰を深く落とす。深く深呼吸をし、右の拳に全身全霊を込める。
「はああああ…くらえ!これが俺様の正拳突きだあ!」
ムドーのブヨブヨした大きなどてっ腹めがけて地面を蹴り、凄まじい気合いをこめて突きを放った。
「ぐはああああ!」
ムドーの腹に風穴が開き、紫色の血しぶきと痰を吐く。
今度はチャモロとミレーユが待ってましたと言わんばかりに両手を掲げ、ムドー向けて同時に唱えた。
「バキマッ!」
「イオーっ!」
竜巻と爆発が同時に巻き起こる。
「ぐはああ!」
そして、トドメと言わんばかりにレックが走りこんで高らかに飛んだ。
渾身の力をこめて弧を描くように、ムドーの肩から腹にかけての部分を斬りつけた。続けざまに放たれる波状攻撃に、さすがのムドーも大量に出血する。
致命的なダメージは確実に負わせたはずだが、さすがの魔王だけあってしぶとく立ったまま悶絶している。
「お、おのれええ…虫けらどもがああ」
初めての屈辱を味わい、完全に怒りに我を忘れた顔を見せた。腹から流れる血を両手で押さえ、目をギラギラ光らせている。かつて見たことがないムドーの顔だった。
「ちっ、しぶとい野郎だぜ。まだ立ってられるとは…」
「もう一度総攻撃をしかければ、今度こそ奴は滅びるでしょう」
「よーし!ならばもう一度だ!」
ハッサン達が再び攻撃を仕掛けようと飛び出す。
「だ、だめだ!今はよせみんな!」
レックがムドーの不穏な空気に感づく。
「ムドーは頭に血が上ったままだ。このまま奴をさらに怒らせてしまえば…」
その言葉通り、ムドーは目を怪しく光らせた。
丁度近くにいたミレーユの目と合うと、ヘビに睨まれたカエルのように彼女はピタリと硬直した。
「う…!か、からだが…う、うごかな…」
神経から骨の髄まで動けなくするムドーの奥の手であった。
ミレーユの動きが空気に縫い付けられたように、一寸たりとも動けない。
「まずは女から灰にしてくれるわ」
バギマで開けた穴から、いつの間にか上空に雷雲が集まっていた。
ムドーが「ラナリオン」と叫ぶと、雷雲の稲妻がバチバチと放電して今にも落ちようとしている。彼女の脳天に。
「ッ……!」
ハッサンとチャモロも血の気が引いたようにどうすることもできない。走っても間に合わない。
――ずしゃああん
大きな音がした直後、一瞬だけ辺りは恐ろしい程しんと静まり返る。
いくら待っても痛みは感じないし、熱さも感じない。
災いが降りかからないのを不思議に思い、ミレーユが恐る恐る目をあけると、目の前には火傷だらけの逞しい胸板が見えた。見覚えのある姿が。
ぷすぷすと焦げ臭いにおいと煙が充満している。
「あ……」
「だ、大丈夫…かよ…」
レックが身を挺して、自分の盾となっていた。
衰弱したような瞳で薄く微笑むレック。
焼けつくような痛みにあちこちから皮膚が裂け、赤い血がだらだらと流れ落ちているせいかミレーユの視界を真っ赤に染めた。
「っ…レック…」
茫然自失のミレーユ。
ハッサンとチャモロも同じだった。
「平気な…ようで…よかった…よ」
そのまま、静かに昏倒した。
「いや…いやぁあああ!!」
ミレーユは錯乱したかのように悲痛に叫んだ。
「ばかめ。死に急ぐためにその女を護るとは、クズにもほどがあるぞ小僧。くくく。まあ、わしを本気で怒らせ、この屈辱を味あわせた報いだ。絶対に許さぬ。一人残らずぶち殺してくれるわ!」
ムドーは非情に笑いながら、完全に怒り狂っていた。
「く、くそ…よくもレックを…!」
ハッサンが拳をわなわな震わせている。
「チャモロ!はやく…はやく回復をっ!はやくしてぇっ!」
ミレーユはいつもの冷静さをなくし、泣きそうな顔で訴えている。
「わ、わかっています!」
チャモロの掌からベホマの光がレックに注がれる。しかし、なかなか彼の傷は回復しない。それどころか、顔色は悪くなるばかりで反応も示さない。チャモロもミレーユも蒼褪め、ぞっとする。
このままレックは――………
脳裏に絶望的な状況がよぎる。
「レックさん…目を…目をあけてくださいっ!こんな所であなたは…あなたはいなくなってはいけない人なんです!」
チャモロが必死で呼びかける。
「レック…しっかり…しっかりしてっ…目をあけてっ!ここで…ここでいなくなるなんて…許さないんだからっ…お願いよ…!」
ミレーユも半泣きでありったけの回復魔法を注いだ。
「うう…」
暗くて真っ暗な空間。
レックは別次元に放り出されたように、闇に漂いながらふと気が付いた。辺りは何も見えない。自分以外何も存在しない。
「あれ…俺、どうしちゃったんだろう。体が…動かない。真っ暗で何も見えない。このままじゃ、みんながムドーにやられちゃうじゃないか。俺が、奴を仕留めなきゃならないのに…はやく戻らなきゃ」
『…我が勇者の子孫よ…』
どこからともなく不思議な男の声が聞こえる。
聞いたことが一度もない声だというのに、妙に懐かしさを感じた。
「だれだ…お前は…」
『私は…お前の先祖に当たる者…暁の御子…とでも呼んでもらおう』
声だけが真っ暗闇の中響きわたり、姿は見えない。
「暁の御子って…」
レイドックの先代の王の敬称だったはず…。
『今、お前は奴の攻撃にあい、一時的に仮死状態に陥っている。放っておくと死ぬのも時間の問題。このまま終わりたくはないだろう?』
「っあたりまえだ!奴を…ムドーを倒さないと!皆を置いて死ぬなんて嫌だ!」
レックは燃え滾る闘志を抱きながら咆える。
『ならば…お前の体に眠るもう一人の自分を目覚めさせよう。暁の御子の子孫として、生まれ変わりとして、祖先の力を今こそ覚醒させる時。さあ、私が力を貸す。目覚めよ勇者レックよ』
天から数多の光が自分に注がれる。
「温かい光…これ…知ってる…。俺は…暁の…御子…」
胸の鼓動が激しくなる。
体が熱い。
どんどん懐かしい気持ちがむせあがってくる。
これが…眠っている力………暁の御子…!
「ふははは!さあ、残りの虫けらにとどめをさしてやる」
ムドーが上空の稲妻を再び呼び寄せようとする。
レックが眠っている間、ハッサンが命がけでムドーの攻撃をやり過ごしていたが、もう立っているのがやっとで、満身創痍のボロボロである。
「くそ…どうしたら…どうしたらいいんだよォ!レックが目を覚まさねえ上に…この状況は…絶望だろ。正拳突きもよけられちまうし…」
傷だらけのハッサンはフラフラで、チャモロも魔力がつきて打つ手なし。
「もう…完全に八方ふさがりです…」
ハッサンとチャモロは悔しそうにムドーを睨んだまま唇をかみしめている。
本当にもう打つ手なしなのだろうか。
「レック…っねがい…目をさましてっ…レックッ」
ミレーユが涙をこぼしてひたすら祈っている。
そばで眠るレックの頬に涙が零れ落ちた。
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