DQ6 | ナノ
 9-4

 そんなミレーユの祈りが届いたように、突然レックの指がピクリと動いた。目をカッと勢いよく開け、むくりと彼は起き上がる。
 そしてゆっくり立ち上がり、そばに転がっていた破邪の剣を右手に持った。
 受けた傷はチャモロやミレーユの回復が効いてきているのか徐々に良くなっている。

「レック…!」
 仲間達は茫然としている。
「何だと。あの小僧…まだ死んでいなかったのか。あれほど稲妻のダメージを受けたというのに」
 ムドーもしぶといレックに動揺している。
「よかった。目覚めたのね…」
 ミレーユは涙を拭う。
「………」
「レック?」
「………」
 声をかけてもレックは返事をせず、ひたすら前を見据えている。
「なんだかあいつ、様子がおかしいぜ」
「私たちがわからないのでしょうか」
「ねえ、レック!大丈夫なの?」
 再度ミレーユが声をかける。
「…離れてろ、ミレーユ。巻き添えを食うだろうが」
 少し振り向いて、いつもより低く掠れたしゃがれ声で言った。
 声はレックそのものなのに、まるで雰囲気が別人であった。今までのあどけなさや甘さが微塵にも感じられず、成人した寡黙で精悍な男性のように思える。
 彼の周り一帯に透き通った空気が漂っていて、聖なる力を感じた。
「でも…あなた一人じゃ…」
「奴はオレ一人で仕留める…。心配するな」
 ムドーの方へ一人歩み寄る。
 そんな彼の不思議なまでな自信と、落ちついた物腰に、三人は彼を怪訝そうに見つめた。
「あいつ…どうなっちまったんだ。本当にレックか?」
「見てください」
 チャモロが何かに気づく。
「レックさんの目の色が…真っ蒼になっています」
 普段の彼の瞳は鮮やかな漆黒なはず。しかし今は、空よりも蒼いセレストブルーに変色していた。
「何者だお前は…先ほどまでの小僧とは違うようだな」
「……」
 レックは鋭利な刃物の様にムドーを睨みつけている。
「まあいい!一気に灰にしてくれるわ!死ねええ!」
 上空の雷雲が轟く。
「げっ…やべえ!にげろレック!」
「レック!」
 近くにいたハッサン達が叫ぶも、レックは逃げも隠れもしない。
 無防備な棒立ち状態で、彼はすっと破邪の剣を上空へ掲げた。まさか剣で受け止めようというのか…と、一同。雷雲から稲妻が放電し、ピシャリと落雷。
 案の定、脳天に落ちてくる激しい稲妻を剣先であっさり受け止め、地面に逃がしてしまった。
「な、なんだと!」
 見ていた仲間達も驚きの連続。
「ムドー…貴様の悪事もここまでだ」
 レックが静かにしゃべる。
「今度はオレが貴様に引導を渡す…覚悟するんだな」
 そう言うと、すっと左手の人差し指を天に向けて掲げた。雷雲が轟くと同時に、勢いよく人差し指を振り下ろす。ピシャンと青い稲妻がムドーの脳天に落雷した。
「ぐぎゃああああーー!」
 断末魔のような叫びをあげ、ムドーは真っ黒に焼け焦げる。今のはムドーが放つ邪悪な激しい稲妻とは違い、選ばれし者だけが放てる聖なる雷。
「魔物を浄化するという勇者の雷です…!」
 チャモロが驚きの声をあげた。
 そして、そのままレックは第二撃目に移るために走った。ムドーめがけて一直線に。
 彼の颯爽とした剽悍な動きに仲間達は目が離せない。
 高らかに飛翔し、破邪の剣を振り上げる。
「とどめだ」
 剣が弧を描いて振りおろされた。
 腕に感じた手ごたえはたしかで、致命的な大きな斬り傷を負わせた。
 ムドーは昏倒し、驚愕な顔をしたままぴくぴくと痙攣をおこしている。
 放っておいてもこのまま息絶えるだろう。しかし、魔王はまだ言い残すことがあるのか、力の限り口を開いた。
「ふ、…はははは…よ、よく…やった…と言いたいが…これで終わると思う…なよ…勇者の…小僧。これは…これから…はじまる…地獄の…幕開けに…すぎぬのだから…な」
「な、なんだと!どういう事だ!」
 ハッサンが声を荒立てた。
「ようは…わしは…もっとも強き…魔族の者の…ひとつの…手ごまに…過ぎぬという…事だ。その意味は…分かる…な?」
「………」

 レックは鋭い目で睨み下ろしたまま黙っている。ハッサンは「うそだろ…」と顔をしかめ、ミレーユとチャモロは深刻な顔になった。
 ムドーのほかに、凶悪な魔王がまだいるという事。それどころか、ムドーは最も強き魔族の手駒にすぎないという事。
 まさかの展開に一同は絶句した。
「せいぜい…抗ってみせるがいい…。どうせ…貴様ら人間共は…あの方において…絶滅させられる…運命なのだからな…」
 魔王の巨体が消えていく。空気中に溶け込むように、スーっと。
 途端、しんと静まり返った。
「とりあえずは…勝ったんだよな…」
 疲れた顔でハッサンがふーっと息を吐いた。
「……そう、ですね」
 チャモロはその場にぺたんと座り込んだ。
「それにしても…他にも魔王がいるのね…」
 ミレーユは疲れた顔で懸念を抱く。
「ムドーが言っていたあの方って…何者なんでしょうか…」
「考えても仕方ねえさ。とりあえずは…ムドーを倒せたことを喜ぼうぜ…な、レック」
 ハッサンがレックの方を見ると、彼は力なくしたようにうつ伏せに倒れた。
「「「レック(さん)!」」」
 すぐさま三人が一斉に駆け寄る。
「…大丈夫です。ただ気絶しているだけのようです…」
 チャモロが脈拍を確認して安堵するように言った。
「よかった…」
 ミレーユがレックの手を握り締めて涙ぐむ。
「レックがいなきゃ…やられちまってたな…」
「ええ。それに…やはりレックさんが勇者だったという事もわかりましたし」
「…とりあえず、帰ろう。みんなの所へ」
「ムドーを倒したことをちゃんと報告しなくちゃ…」
「はい、行きましょう」
 これからも旅は終わらない。
 邪悪な者を葬り去るまでは――…。



九章  完




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