DQ6 | ナノ
 5-2

 そういえば昨日、アモールへ着く前に妙な老人と洞窟付近で遭遇した。老人は旅人風の格好をしており、洞窟の前で切なげな顔で溜息を吐いてばかりだった。
 倒れている木の丸太の上に腰かけ、川をじっと見つめている。
『おじいさん、どうかしたんですか』
 レックが疲れた顔で声をかけた。
『別になんもせんよ。ちょっとここで思い出していただけじゃ。昔、ここの洞窟にはカガミの鍵が眠る洞窟と言われとってだな、わしも若い頃はこの洞窟で鍵を探しに来たもんじゃ』
『カガミの鍵って…!』
 おそらくラーの鏡の在り処に繋がる鍵の事だ。
『じゃが、そんな物はもうここにはないという噂じゃ。あったとしても、中は塞がっておってはいれはせんよ』
 理由を聞くと、洞窟は五十年以上も前に落盤で塞がってしまったらしい。
『…そんな…』
『落盤事故が起こったのは、よそもんの若い男女のせいじゃと言われている。若い男女はひどく愛し合っておってのぅ…男の名前は伏せるが、女の方は疾風のジーナじゃったか。そう、ジーナじゃ。その二人の泥棒が、宝のために入ってから戻ってきた直後に落盤事故が起きた。戻ってきたのは女だけ。ジーナだけが悲しそうに泣いて戻って来ておったと聞いた。そんな悲しい悲恋の伝説が、この洞窟にはあったんじゃよ』
『…そうでしたか』
 それを聞いて、レック達はどうするべきか考えあぐねながらアモールへ向かって行ったのだった。まさか、その過去に本当に飛んでしまったというのか。


「もしかして、その疾風ってのがあの掃除婦のジーナおばあさん…なのか」
「なんか信じられねえや」
 二人は頭がこんがらがっている。
「信じられないと思うけど、おそらくそうだわ。町の人の話や昨日の話を聞いて確信できる要素はたくさんある。まあとにかく、赤い川の原因を探るために上流部分の洞窟へ行ってみましょう」
 三人は血の川が流れてくる方向へ向かうように、洞窟へと走った。


 落盤事故が起きる前の北の洞窟は、滝が流れでている影響かひんやり湿っていた。
 赤い川はまだ洞窟の奥まで続いている。一体どこまで続いているのかと赤い川の流れを辿っていくと、奥に気配を感じた。
 呻くように何かをブツブツつぶやいている。
「…落ちない…落ちないよ…」
 生気がない女の声に、三人は一旦立ち止まった。
「げ…お、お化けか!?」
 ハッサンがぶるりと震えた。
「いや違う。お化けなら気配なんてしない」
 気配と空気を読むレック。
「おそらく…」
 ミレーユが言いながら声の主に近づく。
「ジーナさんよ」
 断定的に言った。川の岸辺には、細身の女性が短刀を洗っている。嗚咽をこらえるようにして、ぼろぼろと絶え間なく涙をこぼしていた。
 短刀には人間の血らしき赤い液体が付着していて、川の水に混じる様に流れ出ている。
「ジーナはあたしだけど、あんた達…この先へ行っても何もないよ」
 三人に気づいたジーナが悄然と物憂い顔でこちらを見つめた。とてもあのしわくちゃ顔のばあさんとは思えないくらい美人でスタイルも抜群で。それでもひどく絶望しきっているせいか顔色は悪く、貧相に見える。
 短刀にこびりついた血は、洗っても洗っても次から次へと流れ出ては止まる事を知らない。ジーナの頬から流れる涙のように、赤い液体はひたすら川を濁していた。
「すべては終わってしまった。お宝なんてない。あるのは冷たくなった愛しい恋人イリアの死体だけ。あたいが…あたしがこの手で殺してしまったのよ」
「殺したって…まじかよ」
 ハッサンがぞっとする。
「…もう、あたしの事は放っておいて…何も聞かないで。…ああ…落ちない…落ちないよ…」
 それだけ言うと、ジーナは一心不乱にまた剣を洗い始めた。
 いくら洗っても、それは決して落ちない呪いのように、洗う時間がこのまま永遠に続くように思えた。
「ジーナさん…可哀想だ」
 レックが悲しげに見ている。
「ていうか、なんで一人分の血なのに川がこんな真っ赤になってんだ?しかも、全然血が落ちる様子がねえし」と、ハッサン。
「…これは…ジーナさんが見ている想像…ううん、夢だからよ」
 ミレーユがわかっているような口ぶりで言った。
「…?どういう事だよ。過去の想像だとかさっきも言ってたけど」
「いい?簡単に説明するけど、ジーナおばあさんや眠りの王様がいる方の世界は、あなた達が幻の大地と呼んでいるわね?」
「ああ、そうだよ」
「でも、その世界こそが実は現実世界なのよ。反対にこの今の若いジーナさん達がいる世界は夢の世界」
「…え…ここが…?」
「現実世界?夢の世界…?え?」
 レックはともかくとして、ハッサンはパニックに陥っている。
「えーとね…あなた達は夢見のしずくをかける前は精神体だったでしょう?夢の世界というのは、世界全体が精神でできているんだけど、その原理は夢を見る事によって作られているのよ」
「夢?夢って寝てから見る夢か?」
「うーん…ちょっと似ているけど、それとは違うわね。執念、妄想、理想、空想などの心に抱く方の夢の事よ。夢の世界はそうした想像と強い思いが具現化してできた世界というわけ。あなた達が幻の大地と呼んでいる世界こそが実体…本当の現実の世界なの」
「てことは…俺たちは夢の世界の住人って事か」
 レックは少々納得したようで、ハッサンはまだ脳裏にハテナマークがたくさん飛んでいる。
「そうね。現実世界と夢の世界は違うようで似ている。あなた達が持っている二つの世界の地図を重ねてみるとわかりやすいかも」
「世界地図だな。わかった」
 レックは現実と夢の二つの世界地図を重ねてみた。地図は魔法のように薄く重なりあい、世界の点々としたあらゆる場所が光っている。
「わお、すげえ」
「この点滅している場所は…」
「点滅している場所こそが、大陸や国が二つの世界と丁度重なりあう接点の場所。二つの世界を行き来するための出入り口よ。あなた達が夢の世界から現実世界へやってこれたのも、二つの世界が丁度重なった場所へ飛び込んだからよ」
「たしかダーマ神殿があった場所だったな。ダーマの場所もやっぱり光ってら」
「ダーマか…あの頃は怖かったなあ。大穴に飛び込んでよ…」
 ハッサンが大穴に落ちたことをシミジミ懐かしんでいる。
「この重なり合う場所っつーか、井戸に入れば元いた世界に戻れるんだろ?」
「そうね。その点滅した箇所にある井戸に飛び込めばね。まあ井戸とは限らない場所もあるんだけれど…」
 アモールの教会だったり、大穴がその特殊なケースの一例だ。
「あ、もしかして…ここが夢の世界なら、あの血が水で洗っても全然流れ落ちないのは、これがジーナさんの見ている夢(想像)だからって事だろ?」
 レックがミレーユを見ながら訊いた。
「その通りよ。昔、イリアという男を殺してしまった事に深い悲しみを抱き、いつまでも忘れられないからその思いが強く夢に現れてしまった。つまりは現実世界で誰かが強い思いを抱いたり、こうでありたいという願いは、夢の世界に確実に影響を与えているという事。でも、現実が変われば見る夢も変わる。きっと、ジーナさんは毎日この夢を見ているんでしょうね…忘れられないからこそ、夢の中で苦しみ続けている」
「うわー…それえげつねえな…毎日同じ夢なんてよ」
 ハッサンが顔をしかめる。
「…毎日あんな悲しい夢を見ているのか…そんなの…苦痛以外のなんでもないよ。なんとかできないのか?」
「夢を変えるにはやはり現実を変える事。運よくジーナさんの過去の夢に飛ばされたのだから、奥にいけばジーナさんが恋人に刃を向けた理由がわかるはず」
「じゃあ、行ってみよう!」
 レックが先陣を切る様に走った。
「あ、おい待てよ!そんな急がなくても……ったく、ほんと、お人よしっつーか、レックは困っている人を放っておけないよなあ」
 ハッサンが急ぐレックの背中を見ながら微笑む。
「でも、ああいう所がレックのいい所だと思うわ」
「だな。ああいうタイプは嫌いじゃないっつーか俺も同類だからよ」
 ハッサンとミレーユもレックの後に続いた。


階段を下りた先から何度か戦闘にあった。
モコモコ獣だったり、おなじみのベビーゴイルだったり、レアな魔物のメタルスライムだったり、三人はいつものように連携攻撃で蹴散らした。性懲りもなく現れる魔物との戦闘を重ねていくうちに、ミレーユが新しい魔法を編み出したり、ハッサンの飛び膝蹴りの威力があがったりと、確実にレベルアップしていった。
 戦ったり、やり過ごしたり、壁のくぼみに隠れたり、この洞窟の雰囲気にもなれた頃、大きな川が流れているフロアに出た。
 小舟に乗って移動しなければならないほど流れが速く、ここを渡るのは大変そうだ。ハッサンが近くに落ちていた丸太を拾い、縄でしばって簡素なイカダを作ると、三人はその小舟に乗り込み、向こうの方にある地下への階段を目指す。
 イカダは狭く、三人がやっとくっついて乗れる大きさと幅だ。
「ほ…ほら、もっとくっつかないと落ちちゃうだろ」
「わ、わかってるわよ」
 レックがミレーユの手を引いて寄せる。二人の距離はもはや肩が触れる程度だ。
 「さ、出発するぜ」
 ハッサンが木の棒でこぐ。川の流れは急で、激しく揺れたり水しぶきが飛ぶ。
 何度か振り落とされそうになったり、大きな水しぶきがかかって全身ずぶ濡れになったりと大変であった。
 途中に大きな揺れが起きると、反動でミレーユがレックに抱きついてしまう体勢になったりという珍騒動もあった。
「あの、さっきはごめんなさい」
「い、いいよ。不可抗力って言うんだもんな」
 二人はどうしてか赤くなっている。
「おーい何してんだ二人とも。はやく来いよ」
 先に歩いて行ってしまったハッサンが呼ぶと、二人は気を取り直した。



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