DQ6 | ナノ
 5-1

 ファルシオンの馬車で街道沿いに進んで、数日後の夕刻に清き水の町アモールへ到着した。
 人口はおおよそサンマリーノの半分程度。町中に川が年中流れ続けており、民家がそれを囲んでいる。
 滝の音が象徴するように、川の流れる水がとても綺麗で透き通っている。薬草や薬替りになるほどアモールの水は怪我や病気によく効くとされ、町人の長寿の秘訣と言われているほどだった。
 そんな水の噂を聞きつけ、世界中からアモールの水を求めて観光客や旅人が毎日大勢訪れている。世界遺産の観光名所にも登録されており、数年に一回は開催される世界長寿番付というイベントでは、必ずアモールの町人が上位を独占するのだそうな。
 レック達はファルシオンを馬小屋へ繋ぎ、疲れた体に休息をとろうと宿屋へ向かった。…が、運がなかった。











――第五章 カガミの鍵―― 










「え、部屋が一つも空いてないんですか?」
 困った顔のレックが店主に聞き返した。
「はい、すいません。この時期になりますと、毎年アモールの水を買いに大勢のお客さんが訪れて、予約が一杯になっちゃうんですよ」
 宿屋の店主が言う。
「どうする?ここ数日はずっと野宿で魔物と戦いづくしだったからな。野宿はさすがに勘弁だぜ…っていうか、マジで俺ァ腹減ったぁ」
 ハッサンの腹の音が盛大に鳴っている。レックもミレーユも空腹と疲労でクタクタであった。もう一歩も歩けないほどに。一度も町へ戻らずに一週間ほど戦闘と歩き通しは辛いものがあった。
「うーん…他の宿屋を探してみましょうか」
 三人が宿屋の前へ出てどうするべきか話し込んでいると、通りすがりの神父に声をかけられた。この町の者のようである。
「旅の方々、泊まれる場所がないとお困りのようですね」
「ええ、まあ…」
「よろしければ、今晩私の教会の客間が一室開いていますので、そちらで一泊しますか?少々狭いですが…」
「いいんですか?」
 三人の目がキラキラ輝く。
「ええ。わざわざ遠い所からこのアモールへおいでになさったのです。これも神の導き。どうぞこちらへ」
 神父に案内され、この町の由緒正しき礼拝堂の中へやって来た。
「綺麗な教会ね」
「ああ」
 なんとなく、この教会全体から不思議な力を感じた。


 教会の隣の客間へ案内され、テーブルに座った。三人で寝泊まりするには十分な広さで申し分ない。
 すぐに出来立ての料理が運ばれてきて、数日ぶりのまともな食事にありつけると思うとよだれがあふれてくる。
 料理を作ったのは教会で掃除婦として働いているおばあさんだそうで、どれもおいしそうな御馳走だ。三人そろっていただきますと言うと、途端にハッサンやレックが勢いよく喉へかきこんだ。ミレーユは静かにゆっくり召し上がっている。
 レックもハッサンも遠慮なく食べ、何杯目かのお代りをしつづけ、あっという間に積み重ねられていく皿の数。10人前はあっという間に平らげていた。
「もう、ゆっくり食べないと喉に詰まるわよ」
 ミレーユが隣で苦笑している。
「いやーめちゃくちゃ腹減ってたんだよ。あーうまいうまい。水も綺麗でうまいしさ。昨日からザリガニとかヘビとか食うのはもう懲り懲りだったんだ。あんただってそうだろミレーユ」
「ふふ、そうねぇ」
 美味しくいただくレックを微笑ましく見ているミレーユ。
 そんな時、案の定彼は苦しげに声をあげた。
「んーーーうーーー!」
 レックが青い顔をしてどんどんと胸を叩いている。
「ほら言わんこっちゃない。急いで食べるから。はい、水」
 ミレーユがコップに入った水を差しだすと、それを奪い取る様に受け取り、一気に飲み干した。
「ぐはーー死ぬかと思ったー」
 やっと苦しみから解放されたという顔で、再び茶碗を持つ。
「急いで食べないの!ほら、口の周りがソースだらけじゃないの」
「いいよこんなの。食った後で拭くから」
「みっともないでしょ。おとなしくなさい」
 ミレーユがレックの口の周りをハンカチで拭った。
「くすくす。こういう所はまだまだ子供ね…」
「う、うるさいな」
 これじゃあ本当に子どもみたいで恥ずかしい。お子ちゃま同然じゃないか。
(それに……)
 ミレーユの綺麗な顔が至近距離にあって、不意にどきっとまでしてしまって。どうしてか頬が熱い。
 今まであんまり気にしていなかったけれど、ミレーユは本当に綺麗な女だと思った。こんな綺麗な女と旅をしていたという自覚がなかったために、今改めて至近距離で彼女を見つめて、妙にドキドキを感じたのである。女性特有のいい香りがふんわり鼻について、ますます胸の高鳴りがおさえられない。なんだかおかしい。顔が…熱い。レックは初めて異性というものをまともに意識したのはこの時だった。
「どうしたの?」
 かたまっているレックは箸を止めていた。
「い、いや…ちょっと便所に行ってくる」
 茶碗を置き、逃げるようにその部屋を飛び出して男子トイレへかけこんだ。洗面台の鏡をじっと見て、自分自身の顔色を窺う。
(どうしちゃったんだろ俺…なんかへんだなぁ。ミレーユにドキドキしてるなんて…今更なんで…。今までこんな事なかったのに)
「おい」
 そこへ、突然腰が曲がったままの老婆が、気配を感じさせないで現れた。レックは油断していたためか盛大に驚き、腰を抜かしそうになった。
「う…えっと、ぼく達に料理を振舞ってくれた掃除婦の人ですか」
「そうだ。掃除婦ばあさんと言えばこのあたしジーナだよ。お前がいきなり今晩泊めることになった旅人共か」
 見かけは腰が悪くなったクシャクシャの顔の老人だが、元気たっぷりで、頑固そうな印象だった。
「もう空腹で死にそうだったんで…神父様のお言葉に甘えたんですけど…あ、そういえば料理おいしかったです。ありがとうございました」
「ふん。礼ならあの神父にいいな。あたしは知らない旅人を泊めるなんていやだって言ったんだけど、あの神父は人がよすぎるからね」
 突っ張った言い方で返した。
「は、はあ…」
「迷惑だと思うならさっさと寝ちまって、明日の朝にとっととここを発つことだね。あたしゃ毎日毎日嫌な夢見て機嫌が悪いんだ。余計な仕事を増やさんといておくれよ」
 ぶつくさ言いながら、ジーナはトイレのドアを強く閉めて出て行った。
「ていうかここ…男子トイレだったんだけどなあ…」
 
 就寝時間、部屋を男女別のカーテンでしきり、床に就いた。隣で盛大にイビキをかいて眠るハッサンに、レックは耳をふさぎながら寝られない時間をしばらく過ごしたが、なんとか微睡む事ができた。へとへとに疲れていたから今日は朝まで熟睡できるだろう。どんな夢を見られるだろうか。


「キャアァァ!」
 翌朝、朝日がのぼったと同時に事件は起こった。女性の甲高い悲鳴が外から響く。
「な、なんだぁ!?」
 一瞬でレックの目は覚めた。
 何事だろうとがばっと上体を起こし、毛布を蹴とばし、剣を持って勢いよく外へ飛び出した。ミレーユも走って出てきて、ハッサンはまだ寝ぼけ顔でフラフラしている。
 外へ出ると、悲鳴をあげた女性が川の方を向いて腰を抜かして座っていた。他の人々も同様に怯えた様子である。
 その川をレック達も見ると、赤いものが漂っている。しかも、川全体にそれが広がりはじめていた。
「こ、これは…血!?」
 水をすくってみると、やはり赤い液体が水に混じりこんでいる。絵具ともペンキともいえない。やはり血だろうか。
 赤い川の上流の方を見ると、随分遠くからこの赤い液体は流れてきているようだ。
「た、祟りじゃ!あいつらが来たから町が怒ったんじゃ」
 通りすがりの町の老人が吼える。
「あの若い二人でしょ?ジーナとイリアっていう盗賊風の」
「あいつら二人がきてから、確かにロクナ事が起こってないよなあ」と、町の人々の声。
「あのー…ジーナって夕べ食事を作ってくれた掃除婦さんじゃないんですか?」
 レックがたまらず教会の中にいた農夫に声をかけた。
「はて?おめーさんたづ誰だ?なしてここにおる?」
「え?あ、あのーぼく達、昨日の夜ジーナさんに泊めてもらって…」
「はあ?なに言ってるかわかんねーべ。ジーナっつう掃除婦なんか知らんよ。最近宿屋に泊ってった疾風のジーナって娘っ子ならしっとるがよお。若くて美人だったなあ」
 農夫が別次元のジーナを思い浮かべてうっとりしている。
「…疾風のジーナ…」
 レックは掃除婦のジーナと疾風のジーナをただの偶然には思えなかった。何かの関連性を匂わせた。
「ここは私たちが知っている世界じゃないようね」
 ミレーユが背後からレックに近づいた。
「ミレーユ、ここは…」
「過去にとばされたのよ。いや…過去の想像…かしら」
 断定的な言い方だった。
「過去っの妄想って…」
 ミレーユの言っている意味がよくわからない。
「昨日のアモールへ着く前の事覚えてる?」
 ミレーユが昨日の事を遡った。



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