DQ6 | ナノ
 3-3

 なかなか酒瓶を放さないハッサンを酒場から連れ出す事に成功して数十分後、二人は乗船場に来ていた。
 船がいくつか入れるほどのスペースも、今は船が一隻もないので殺風景で淋しい。遠くの方でうみねこがむなしく閑古鳥の様に鳴いている。例の酒場で聞いたレイドック行きの定期船は、入口前の貼り紙によると数日後に運航するらしい。まだ時間に余裕がある。さて、どうするべきか。

「レイドック行きに行けばなにかわかるかもしれないな」
「おい、レイドックに行くって言っても俺達透明人間だぜ」
「そうなんだよなー密航なんてさすがにするわけにはいかないし。犯罪だからさー」
 そんな時、背後から人の気配を感じた。
「あなたたち、レイドックへ行くつもりなのね」
「え?」

 振り向くと、見知らぬ背の高い女が立っていた。
 長い金髪を背中に一纏めにして、薄い絹のような紺と白の衣服を重ね着し、額には魔力がこもったサークレットをはめている。顔は人形のように整った顔で、肌は粉雪の様に白い。吸い込まれるような切れ長の翡翠は、何もかも見透かしてしまいそうな雰囲気を漂わせている。

 今まで見た中でも相当な美女だと思った。とにかく綺麗で、一目見て神秘的という言葉が妥当だろうか。レックより少し年上のようで、クールで大人びた雰囲気。茫然として容姿に見とれていると、二人ははっと気づく。自分たちは他人からは見えないはずだ。
「ふふ、これは決して独り言なんかじゃないわ。あなたたちに言っているの。なぜ私があなた達の姿が見えるかおどろいているようね」

「あんた…だれだ?」
 レックは驚いたまま問う。
「私はミレーユ。ミレーユ・アズ・ジェーン。あなた達がくるのをずっと待っていたわ」
「ずっと待ってたって……なんで」
「知りたかったらついてきて。大丈夫、私はあなた達の敵ではない事は断言できるわ」
 女は髪をなびかせながら踵を返してゆっくり歩いていく。
「お、おい、行っちまうぜ」
 ハッサンがレックとミレーユを交互に見遣っている。
「ついて行ってみる価値はあるだろう」
 レックはいたって冷静である。
「いいのか?全く得体がしれないぜ。綺麗な女ほど油断ならねーってよく言うじゃねえか」
「なぜだか…悪い女にも思えないんだよ」
 このままこうしていても何もわからずじまいなら、自分たちで探しに行くほかあるまい。
「なんでそう言い切れるんだよ。お人よしな奴だな。はは〜ん、もしかしてあの女に惚れちまったのかぁ?」
 ハッサンの顔が悪戯っぽくなる
「惚れる…?なんで?仮に危険な女でも、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ。騙すより騙されろだ」
「あー……お前はそっち系は全然無知だったな…そういえば」
 ハッサンは鈍感少年を前に苦笑いを浮かべた。


 町の外へ出ると、ミレーユが門の前で待っていた。
 そこらで歩いている町の男達が彼女に見惚れている様子が目に入る。彼女は男共の熱い視線をあっさり避けるように無視し、さっと御者台に座り込む。サンマリーノの南東に行けばわかるらしく、道案内をしながら草原や森の奥へ突き進んだ。ここからそう遠くない場所に館が存在するらしい。

「そういえばさ、あんたが馬車に乗ってたら、他の人からはあんた一人だけ動いててびっくりしてそうだな」
 レックが手綱を操りながら話しかけた。
「ふふ、大丈夫よ。この馬車自体が実体はないようだから」
「実体じゃない?」
「実体じゃないものは精神体というの。いわゆる魂だけの存在よ。気配は感じ取れても普通の人間の目には絶対見えない。でも精神体だからと言っても、鏡に自分が写らなくても、そこに自分は存在する。この馬車も他の人からは見えないけれど、たしかに存在するものだから、私も馬車の中に隠れていて見えないようになっているのよ」
「ってことは…物質には触れられるけど、俺達は魂だけで生きてるって事か」
 魂だけとはいえ、なぜか魔物には自分たちが見えるのがよくわからない。
「詳しくはおばあちゃんにきいて。もうすぐ着くわ」


 深い森の中に一軒のレンガ造りの家がたっていた。
 最近手入れがされたばかりの植木鉢が、そこらじゅうに飾り置かれている。周辺の森はかなりの樹齢を誇る立派な木々がそびえたっていて、屋敷とこのまわりだけ魔物が近づけないような聖なる力を感じた。馬車を止めて、ミレーユが一番先に降りる。
「ここら辺は結界が張ってあるから魔物は入って来れないのよ。だから、この子も安心して休ませてあげられるわ」
「結界ってなんだ?」
 レックが問う。
「魔物が入って来れないようにするバリアみたいなもの。旅をしている魔法を扱う者なら心得ている術の事よ。ここらでかけたものはおばあちゃんだけど、私も一応できるわ」
「ほー…それは便利だな。見張りもいらなくなるし」

 ファルシオンを小さな小屋の中へ誘導して繋いだ。家へ入ると、不思議なお香のにおいが漂っている。少ないロウソクの明かりだけで少し薄暗く、奥には細長いテーブルの上にガラス玉を大きくした水晶。壁際には奇妙な仮面などの骨董や絵画が飾られてある。
 まるで占い屋敷のようだ。

「ミレーユ、帰ってきたようだね。おかえり」
 すぐ近くの部屋から、ドワーフ並に小柄な老婆が現れた。
 紫色のとんがり帽子に、同じ色のマントを羽織っている。よく見れば、彼女はどんな魔力を使っているのか足元が浮遊しているではないか。
 レックとハッサンは幻覚でも見ているのだろうと目をぱっちくりさせて擦った。何度擦っても幻覚ではない。やはり浮いている…と。
「ただいま、おばあちゃん」
「どうやら、例の二人をなんとか連れてきてくれたようだね」
 曰くありげに答える老婆は、すべてお見通しと言わんばかりな態度だった。宙に浮いたままレック達の前までやってくると、にっこりと微笑む。
「おばあちゃんが言った通りにあの場所にいたわ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。これも決まっていた事だからね。ああ、申し遅れたね。わたしゃあ夢占い師のグランマーズじゃ。以後よろしくな。と言っても、いきなりここへ連れてこられて何が何だかわからないと思うけど、あたしやミレーユはあんた達の味方じゃ。これだけはわかっておくれ」
「…味方…ねえ…」
 たしかに邪気も感じないし、悪い人のようではなさそうだが…。
「グランマーズばあさん…か。占い師って自体がまた胡散くせぇよなあ」
「お、おいハッサン」
 ハッサンが何食わぬ顔で言った一言で、グランマーズの眉根が動く。
「くくく、そこのでくの坊。信用できない気持ちもわからなくはないが、言葉には気をつけろよ」
 先ほどの甲高い優しげのある声が、急にどすのきいた恐ろしい声根に変わった。
「あたしゃ、お前達の事ならなんだってわかるんだ。そこのでくの坊が酒場で何も見えないのをいい事にタダ酒を飲んだ事。お前が今穿いているステテコの色。お前が懐に隠し持っているエロ本の存在の事もじゃ」
「ゲッ…」
 ハッサンはなんでわかるんだという顔で、こめかみから汗が一滴流れた。
「そんでもって、お前は今はこの老い耄れババアは本当に信用できるのか。宙に浮いているから妖術師か魔物が化けているんじゃないかとも考えているな」
「ゲゲゲ!」
 さらに汗を滝のように流すハッサン。
「失礼な奴じゃ。こう見えても若いころは絶世の美女じゃったのに。それはもう世の男どもをひれ伏させるくらいにモテとったわい。まあともかく、お前…今余計な事をばらされたくなければ口を慎むことだな。お前の恥ずかしくて隠したい事実は、わしの神通力にかかればいろいろわかるんだからのぅ。くくく…たとえばお前が小さいころに初めて寝小便を垂れた映像をも今すぐ出すことができるぞ?」

 グランマーズの恐ろしい不敵な笑いに、ハッサンは青ざめてぞっとした。冗談だろうとみても、彼女の顔は冗談には思えない。人差し指から魔法力を発しているグランマーズの目は本気である。

「うぐ…す、すいませんでしたァ!もう余計な事は言いましぇんっ」
 観念して、ハッサンは土下座した。レックもミレーユも苦笑する。
「ふむ…あたしの占いの力の恐ろしさを知ったようだな。何事も見た目で判断するなよ?なんでも目で判断して見くびるのはお前の悪い癖じゃ。ちなみに私がこうやって浮いておるのは、ルーラの応用で出来るトベルーラという魔法の一つ。修行を積めばお前たちもそのうちできるじゃろうて。なら話をもどしてあっちで話そうかね。丁度昼食ができたばかりなんじゃ」
 別の部屋へ移動して昼をごちそうになった。おいしそうなチャーハンがテーブルに並んでいる。グランマーズお手製のようだ。
「うめぇうめぇ。こんな料理食べた事ないぜー!」
 ハッサンは勢いよくチャーハンを喉へかきこんでいる。
「それは魔イモリのチャーハンでな、こっちは子ウサギとマムシの中華スープじゃ」
「ま…魔イモリ…?ま、マムシ…?」
 活発に動いていた手かられんげがこぼれ落ちる。
「魔イモリ…た、食べちゃった」
 レックとハッサンは途端に青ざめた。
「ふぉっふぉっふぉ。大丈夫じゃ、毒なんかはいっていないぞ。魔イモリと言っても栄養がたっぷり入っておる。すべてあたしが絶妙な味付けと、栄養バランスを考えて体にいいものをたんまり使って作ったものだからね」
「ま、まあ…うまけりゃあなんだっていいや…ははは」
 ハッサンは気にせず食べることを再開した。
「ふふ、おばあちゃんの料理は最初は私もびっくりしたんだけど、すごく栄養があって、病や気にも効いて、食べるうちに好きになったのよ。虚弱体質だった私も病気にかからなくなったし」
「へぇ…」
 このミレーユは随分とグランマーズの家でお世話になっているようである。



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