DQ6 | ナノ
 3-2

 翌日、ありったけの食料をドワーフから分けてもらい、小屋に別れを告げた。ドワーフが言っていた川の抜け道とやらを目指して、東へ馬車を走らせる。
 途中、雑魚モンスターと遭遇し、倒してわずかな旅の支度金を手に入れる。こうしたお金は旅には欠かせないので、貯金するに越したことはない。
 しばらくして、規模は大きくないが砂地にはいった。風で砂嵐が時折巻き起こり、いろなものが飛んでは砂地に埋もれている。

 埋もれていたものは、主に折れた木材や岩などの残骸や魔物の骨、そして例の抜け道であろう洞窟の入口だった。
 砂を掘り返し、邪魔な木材をどかして入口へ馬車ごと突き進む。

「狭いなあ。馬車がやっと通れるくらいの狭さだ」
「こんな場所で魔物にあったら面倒くせーぜ」

 嫌々魔物との交戦を何度か経験し、数時間かけてやっとこさ出口につくと、見知らぬ大地に足を踏み入れる。地平線がずっと草原続きで、蒼穹の青空が広がっていた。そんなに洞窟の中へはいなかったはずなのに、随分と遠く離れた場所に出たらしい。

「広い場所に出たな。たしか東の方にその神殿があるんだっけ。ダーマって言ってたけど」
「おい、あそこに立札があるぜ」
 古びた立札には文字が擦れて消えかかっているが、これより東ダーマ神殿ありと記されていた。
「あのおっさんが言っていたことは本当かもな」
「行ってみよう」



 たどり着いた先は神殿はなくて、レックがいつぞやに見た巨大な大穴だった。
 マルシェで見た大穴とは形は違うが、あの時見たものと大差ない大きさ。大穴の下には以前見た時は真っ暗で見えなかった大陸がはっきりと見えている。
 噂に聞いた幻の大地が鮮明に二人の視線を捉えた。

「大穴の下に大陸が見える…」
 ハッサンが驚いている。
「お前にも見えるんだな?ハッサン」と、ちらりと相棒の顔を覗く。
「ああ…見えてる。つーかあのおっさんが言ってたなんとかって神殿どこにもなかったな」
「きっと、その神殿はこの下にあるんじゃないかな」
 レックが大穴の真下を指さす。
「なんでそう言い切れるんだよ。たしかに大陸は見えるが…」
「この手の大穴には一度落ちたことがあるからさ」
 レックが目線を大穴へ向けたまま答えた。穴の下から生暖かい風が流れ込んでくる。
「げ、落ちたことがあるってマジだったのかよ」
「聞いてただろ?王様に俺が幻の大地に行った事話してるの。大丈夫。落ちても怪我なんてしなかった。下には世界が広がっているんだ…幻の大地が…。井戸があれば戻って来られるみたいだし…たぶん」
「そ、そんな事言ってもよ…」
「じゃ、落ちてみようか」
 レックはさも平然と自殺行為を口にした。
「はあァ!?」
 ハッサンが口をあんぐりあけた。
「ば、ばか言ってんじゃねえよ!俺ァこっから落ちてまだ死にたかねえからな」
「だから怪我なんてしないって言ってるだろうが。落ちても死なないんだよ。俺は行ってきたんだ。落ちて下の世界に。きっとこの大穴の下もそうだ。幻の大地に繋がってる」

 レックにはたしかな確信があった。以前の幻の大地へ行ってきた経験がそうさせるのか、この下へ行くべきなんだと誰かに導かれているような気がした。
 それに世界中を探しているはずのラーの鏡の情報が未だに入ってこないとなると、この世界にはもはや存在しないのかもしれない。“この世界”には。だとすれば………

 もうあの時の様に恐怖はない。
もちろん不安はあるが、行かなければならないような気がしてならないのである。その反面、ハッサンは冗談ではないとますます拒絶する。(当然の反応だが)

「か、確信もねえのにマジで冗談じゃねえって!行きたかったらお前一人で行って来いよ!俺は行かないからな!それじゃ…」
「いいからテメーも落ちるんだ……よッ!」
 レックは踵を返そうとするハッサンの背中に容赦なく蹴りを入れて突き落とした。
「ぎいやあああ〜〜〜〜!!」
 ハッサンが叫びながら落ちていくのを見計らい、レックも飛ぶ。
「来い、ファルシオン!」
 命令しながら大穴へ躊躇いもなく飛び込む。ファルシオンも何の疑いも抵抗もなくレックへ続いた。
 一同は幻の大地の入口へと消えていった。



 数多の雲を突き抜けて落ちていく二人と一匹。
 風が気持ちいいなあと呑気に考えているレックと、絶望しきった顔で失神寸前のハッサン。そして、すました様子のファルシオン。
 思った通り、落下速度は落ちて次第に緩やかになっていく。あの時もこうやって落ちてきたんだろう。自分たちの体は徐々に透明に透けはじめてきた。
 上空を見上げると、もう落ちた大穴は下からは見えない。

「ひーーやだーしぬー絶対しぬーーー!おれはしぬー!ぎゃーーー!」
 落ちるスピードがスローになっても、まだハッサンはうるさく奇声やら叫び声をあげている。足やら手をばたつかせて、まるで大きな子供のようだ。
「おい、ハッサンいい加減に気づけよ」
 呆れ果てた顔でわめいている大男を見つめる。
「うるせぇな。俺は今天国に行くところで…」
「だから天国じゃねえよ。たった今たどり着くんだよ、幻の大地に」
 着地した二人と一匹は無事幻の大地とやらに到着した。
「う、うそだ!天国じゃねえのか?」
「天国なら地面の重みを感じないだろ。たしかに体は幽霊みたいに透けてるが、頭の上に金色の輪っかもない。どうしても信じられねーなら本気で頬でもつねってな」
「頬をか…?」
 ハッサンが力いっぱい頬をつねってみた。恐ろしく痛かったのだった。


「ここはどの辺りなんだろう。近くになにかないだろうか」
 落ちた場所は深い森に囲まれていた。陽光が木と木の間から無数に差し込んでいる。
美しい神秘的な自然現象を前に、周囲に目配せすると何かの建物を見つけた。
「おい、あそこに神殿があるぜ」
 やっと恐怖から立ち直ったハッサンが建物を見つけた。
「やっぱり。ダーマ神殿ってやつだろう」
 神殿はえらく廃墟と化していた。
 あちこちで何かの攻撃を受けた生々しい爪痕が今でも残っている。滅びる前は見事なまでの神殿であったのだろう。滅びた廃墟からでさえ神聖さが漂ってくる。それでもほとんどが瓦礫の残骸ばかり。何世紀も放置された木の枝が神殿内を覆いつくし、草木が神殿内まで生え及んでいる。ドワーフが言っていた通り、ダーマ神殿とやらは存在していたようだ。
「ぼろぼろだな。なんのためにあった神殿だったんだろ」
「おい、あそこにだれかいるぞ」
 ハッサンの視線が指す方向には、一人の男がウロウロしている。
「くそっ。いいお宝なんてやっぱこんな廃墟の神殿にはねえな。薄気味わるいとこだしこんな場所とっととズラかって…」
「あのー」
 レックが何気なく声をかけた。
「ひっ!い、今たしかに声がきこえたっ。ま、まさか成仏できねえ霊がここに彷徨って…きゃ嗚呼ああああーーおばけー!!」
 男は血相変えて一目散に去って行った。
「幽霊と勘違いして行っちまったな、あいつ。俺達が見えないのか?」
 ハッサンが半笑を浮かべている。
「あ、そうだった。俺達はなぜかこの世界では他人からは見えないんだった」
「げ、まじか。それじゃあホンマもんの幽霊じゃねえか」
 今頃ハッサンは自分が透明な事に気づいた。
「まあなんとかなるっしょ。物には一応触れられるみたいだし。ほら、これとか」
 レックはそこらに落ちていた巻き物をほどいてそれを広げた。途端、絵が魔法の様に浮かび上がってくる。地形や山などが勝手に記され、どうやらこの世界全体の地図のようだ。くっきりと今いる場所まで示されている。
「いつの間に手に入れたんだよそれ」
「さっき偶然落ちていたのを見つけたのさ。これ、すごい地図だよなあ。今いる場所を示してくれるし、行った事がない場所はまだ塗りつぶされていない。魔法の地図ってやつだ」
「今後の便利アイテムだな」
「お、ここから西へ行った所に町がある。行ってみよう」



 港町サンマリーノという賑やかな町に着いたのは先ほど。
 要塞のような土台をベースにした町内は、広くて迷いやすかった。人口の程はマルシェの二倍で、レイドックよりかはやや少ない。港町という事で魚介類が豊富に取れ、市場では魚が通常より安く売られている。

 町の裏通りには酒場やカジノも存在し、おまけに定期船も不定期ではあるが運航しているようで、どこへ向かうかはその時によるという。
 レックとハッサンは誰からも姿が見えないので、ひたすら幽霊のように町の様子を探る事にした。当たり前のように人々がごく普通に生活し、日々を生きている。別にとりたてて変わった事はないし、上の世界の町の雰囲気となんら変わりない。

 見えない利点をいかして人々をじっと観察していると、無邪気に遊んでいる子供たちもいれば、隠れて50Gを拾ったと喜ぶ者がいたり。愛犬を溺愛する町長がいたり、どこぞの物語にありそうな一人の男を巡っての泥沼三角関係があったりと、いろんな町の人々の顔を見せてくれた。

「ねえマスター聞いてる?」
「聞いてるよビビアンちゃん。例の剣士の事でしょう」
 こじんまりとした酒場にて、マスターと常連客の女が会話をしている。
「そうそう。かっこよかったわーあの人。東の森でモンスターに襲われそうになったところを助けてくれたのよねえ。なんでも世界一の剣を探して旅をしてるって言ってて…あーもう一度会いたいわ」
「ビビアンちゃんはその人に恋しちゃってるんだねー」
「そうねえ、恋かも。あーかっこよかったわァ。せめて名前でも聞いとけばよかったわよ。あ、そういえば、もうすぐレイドック行きの定期船が運航されるのよね。レイドックって大都会だから、あたしも気分転換に行ってこようかしら」
 そんな会話をそばで聞いていたレックとハッサンは驚いていた。
「おい、今レイドックって言わなかったか?あの女」
 ハッサンがテーブルの下に隠れて酒を飲みながらレックに聞く。
「言ってたな。どういう事だろう。レイドックってあのレイドックか?」
「この世界にレイドックがあるってのかな。そんなばかな…。死ぬ思いしてあの大穴に落ちたのによ」
「それも気になる事だが、それにしてもハッサンよ」
 レックが改めてハッサンをにらむ。
「呑気に酒飲んでんじゃねーよ。見つかったらどうすんだ」
「見つかったらって俺たちの姿見えないだろ」
「バカか。姿じゃなくて、お前が持ってる酒瓶が動いてるの見つかっちまうだろ」
 どういうわけか先ほど手に入れた地図だけは、レック達が手荷物として持つと見えなくなるようである。
「まー堅い事言いなさんなって。せっかく姿がみえねーんだからここはぱーっとな。どうせならレックも飲めよ」
 ハッサンが赤い顔で酒瓶を差し出す。
「ふざけんな。俺達は酒飲みにきたんじゃねーんだよ。つーか俺はまだ16だから飲めんわい」




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