DQ6 | ナノ
 3-1

 青い空に白い雲。広い荒野に緑の草原。そして、むさくるしい男が二人と馬一匹。
 季節は春真っ盛り。暖かい気温は大半の生き物にとっては過ごしやすく、色とりどりの蝶や虫達が自然に咲いた花畑に舞っている。
 それを見て子供みたいにはしゃぎたくなる時期も過ぎ、ただただ毎日見る単調な景色にいい加減飽き飽きしていた。どこまで歩いても草原ばかり。目新しいものなんてここ数日は見かけない。
 なんだか旅というものは思ったより大変と思う時もあれば、退屈な時もある。今はその退屈な時だろうか。想像していたものとは違う。旅と言うものはもっと男の浪漫をあふれさせたものだって。その浪漫とやらの具体的なものは説明できないが、こんな退屈すぎる旅は自分達にとってはよくない。いや、その前に旅自体に夢を描きすぎだとは思うけれど…。

「はあ〜…どうしたもんかねえ」
「どうしたもんかねえ、じゃねえだろ!文句があるならお前だってどうするか考えろよな」
 二人は不貞腐れていた。







――三章 幻の大地――







 あれから、レックとハッサンはすぐに旅立った。
 馬車付きのファルシオンを仲間に入れ、たくさんの携帯食料を積み、レイドック周辺から北東の方へ馬車で進んだ。
 北東には関所があり、国境を守っている兵士が何人かいた。関所の向こうはレイドックの管轄外。統治外なので気をつけて行くようにと言われた。その言葉通り、見たことがない魔物と何度か遭遇する。
 しかし、レックもハッサンも実力的には申し分なく、行く手を阻む魔物たちは二人の相手にならない。
 魔物を倒しつつ東へ向かう。順調に旅は進んでいるものと思いきや、旅の目的であるラーの鏡の手がかりが全くないのである。
 世界中に兵士を派遣したと聞いたにも関わらず、情報が全く入ってこない。おかげで、旅立った頃は穏やかだった空気も徐々に険悪になっていく。情報が得られない中での捜索は次第に二人の士気を大いに下げ、ケンカしあったり、だらけさせる原因となってしまうのだ。

 そんな二人は苛立ちを隠せないまま、荒野やら森やらをあてもなく進んでいる最中。
 この先にはたいして町や城など見当たらない。そもそも本当にラーの鏡はこの世界に存在するのだろうか。そんな疑問でさえ抱いてしまう有り様だ。

「手がかりが何もないんじゃ探しようがないよなあ。これじゃあ見つけるのに何年かかるやら」
 おまけに、大量にあった食料も尽きようとしている。大食い二人の胃袋にかかれば、数か月分の食料もあっという間に空になってしまうのだ。ここまで来て今更レイドックへ帰るわけにもいかず、どうするべきかと悩む。
「せめて今はどこかで休める所があればいいんだけど……ん」
 レックが何かを見つけた。
「どうしたんだよ」
「あんなところに民家がある」
 ひっそりと森に囲まれた場所に、ぽつんと小さな民家が一軒建っていた。どこにでもあるようなログハウスだ。
 あんな日も当たらないような深い森の場所に民家とは珍しい。何か手がかりはないかと尋ねてみる事にした。
「ごめんくださーい」
 レックの声に玄関口に現れたのは、レックの身長半分程度の小さな男であった。兜のような帽子をかぶり、もじゃもじゃの黒ひげにやけに筋肉質で、顔は大きい。
 見た感じ、人間ではなくてドワーフのようである。
「なんだお前たちは」
「あのー僕達…通りすがりの旅人ですけど、聞きたいことがありまして…ついでに食料も分けてほしいなーとやってきたんですが」
「わしは忙しい。お前らに構っている暇などない。とっとと帰れ人間」
 男はそっけなくドアを閉めようとする。せっかく見つけた民家を前に、ここでおめおめ引き下がるわけにはいかない。
 レックは咄嗟にドアの隙間を足で挟んで引きとめた。
「まぁまぁまぁ。あの、頼みごとがあってですね〜」
「図々しい奴だな。ここはわしの家でお前らの家ではない。そうだな?」
「そうですけど…」
「どうしても頼み事があるなら聞いてあげてもいい。ただし、先にわしの頼みごとをきいてもらってからだ。いいな?」
「わ、わかりました。それはなんですか?」
「わしと一緒に小屋を建てるのじゃ」
「はい?」

 数分後、住居の裏手に連れて来られて、なぜか大工仕事をする羽目になった。早々にいきなり金槌やノコギリ、カンナ等の道具を手渡され、倉庫用の小屋を作れとの事。設計図を見てもさっぱりわからない。
 レックは大工仕事など素人で、椅子や机を作る程度の日曜大工くらいしかした事などない。

「おーいハッサンも手伝ってくれよ」
 危なかっしい不慣れな手つきで金槌を叩くレック。
「うるせえな。なんで俺達が大工仕事なんかしなけりゃなんねーんだよ。俺達はレイドックの兵士だぜ?大工仕事なんてダッセーだろ。俺は手伝わないからな!やるなら勝手にしてくれ」
 ハッサンはふてくされてファルシオンの馬車の中でごろ寝をしている。
「ったく、手伝ってくれればメシにありつけるのに。あんのボケ筋肉が」
 手伝ってくれないと食料はよこさないと言われてしまった以上、従わないわけにはいかない。ここまで来て、レイドックへ引き返したくもない。
 それでも、レックは大工仕事には自身がなかった。丸太を切る作業は得意の剣術で斬ればあっという間だが、それ以外の細かい作業はまるで駄目である。何からどんな作業をすればいいかの工程さえもわかっていないので、作業が捗る筈がない。いちいちわからない所を聞いては作業をしているので、ただ時間だけが無情に過ぎていく。
「…お前のような出来の悪い奴は初めてだ。人間はたしかにわしらドワーフよりかは不器用だと知っているが、ここまでとは先が思いやられるぞ」
「あははは…」

 打ち込んだ釘は斜めにまがりくねっているわ、カンナをかけた丸太はデコボコだわ、組み立てた木材は見当違いな骨組みになっているわで散々である。
 ドワーフも呆れるレックの不器用ぶりには、深いため息しか出てこない。そんなレックも申し訳なさに乾いた笑いで返すのみ。そばで時折見にきていたハッサンもイライラが募っていた。

「大工仕事ってほとんどした事がないもんで…ね。畑仕事や木を切る作業とかなら得意なんですけど、こういう細かい作業はどうも苦手で…っイッテェエーッ!!」
 よそ見をしたせいで、親指に金槌がクリーンヒットした。
「あーーもうへったクソだな!!」
 ついにイライラが頂点にのぼりつめたハッサンが立ち上がる。
「ハッサン?」
「もういい」と、一言。
「じれったいから俺がやる。ちょっと離れててくれ」
「へ、お前が…か?」
 レックが目を丸くした。
「よーしいっちょうやってやるか」
 手をぶんぶんとまわし、ハッサンが大工道具を手に持った。どこか手慣れたような持ち方で、ひょっとして……。じっくり見ていると、そこから怒涛の手際のよさと器用さが発揮されるのであった。


「な、なんと」
「うそー…」

 半刻ほど経った頃、そこには立派な小屋が建っていた。
 それはそれは最初の工程作業から見ていると、金槌やカンナをはじめとする扱い方がまるでプロなんじゃないかという手さばき。骨組みを立て、柱をくみたて、屋根をかぶせ、ドアを設置して、始めから終わりまでは、華麗な流れ作業のようにえらく早く過ぎていった。骨組み自体がしっかりしているので頑丈で、黴対策もばっちりで、ちょっとやそっとの暴風や悪天候では吹き飛ばされない。なんとも立派な小屋である。

「人間何か一つは取り柄ってもんがあるもんだなぁ」
 文字書きや頭を使う事が苦手なハッサンが、まさか大工仕事が得意だなんて意外な一面だ。ただの筋肉バカではなかったらしい。
「いやーこいつはたまげたわい」
 ドワーフは喜びにぴょんぴょん跳ねて、すぐに出来立ての小屋の中へ行ってしまった。
「驚いたか?俺にもどうしてかわからないんだけどさ、なんか大工仕事すると体が自然に動いちまうんだよ」
 一仕事を終えたハッサンがどかりとレックのとなりに座り、汗をぐいっと拭っている。
「驚いたもなにもすごいじゃんか。兵士なんかよりも大工仕事でメシ食ってけるくらいプロみたいだったよ」
「バカ言え。俺は旅の武道家兼王宮兵士だ。大工仕事が得意だなんて格好悪くて誰にも言えねーよ。これからもそうだし、それが変わる事なんてないからな」
「ふーん…勿体ないなあ。せっかくの隠された特技なのに」

 それから小屋を建ててくれたお礼にと家へ呼ばれた。御馳走をたんまり頂く事となり、ドワーフ特製の山と森の幸をふんだんに使ったシチューと、鶏肉のソテーを猛烈な勢いで喉へかきこむ。
 ハッサンはもちろんの事、レックも行儀の悪さを自覚しつつもシチューを貪る。相当空腹だったのかおかわりを遠慮なく繰り返して、ひたすら腹が満たされるまで堪能した。
「ふう、ごちそうさまでした」
「あー食った食った!うまかったぜ、おっさん」
 二人は腹をぽんぽん叩いて満足げである。
「だろう?わしの得意料理だからな。それにしても…お前たちバカみたいに食うのだな…二人で五十人前は平らげて…びっくりじゃわい」
「俺はともかく、レックはアホみたいな胃袋してる大食いなんですよ。食費がバカみたいにかかって…いやーこの先いつ食料が尽きるか不安で不安で…」
「テメーも人の事言えねぇーほど大食いだろうが」
「まあまあ、それはさておき。お前たちは何かわしに聞きたいことがあったんじゃなかったのか?」
「ああ、そうそう。それでさっきも訊きましたけど、ラーの鏡について知りませんか?ドワーフのおじさんなら人間より長生きですし、知識も豊富でしょ?」
「ま、まあな。ラーの鏡…ラーの鏡…か。むぅ…うーん…えーと…その…すまん!」
 ドワーフは考えに考え抜いて謝罪した。
「本当にすまなんだ!そんな鏡は聞いたことがない」
「な、そりゃあないぜおっさぁん!」
 ハッサンが椅子から勢いよく立ち上がった。
「まてまて、乱暴はいかんぞ。よし、代わりにいいことをおしえてやる」
 ドワーフが焦ったように人差し指を立てて別の話題を持ち出した。
「いいこと?」
「ダーマ神殿じゃ。ダーマ神殿について教えよう。ダーマとラーってなんとなく似てないか?」
「「………は?」」
 どこが?と言いたげに二人はじと目を向けた。
「そんな顔をするでない!まあ聞け。これはわしのヒイ爺さんの話でだな、ここから東の大きな川を越えて、さらに東へ行って森を越えた所に神殿があるんだ。それがダーマ神殿という噂だ」
「ダーマ神殿…ねぇ」
 どうも信憑性が薄い。自分達も聞いたことがない神殿だし、地図にも載っていない神殿だ。
「それからもう一つ!森の中の砂地に川を越えることができる抜け道があるんだ。砂に埋まっている場合があるから見つけにくいがな」
「じゃあ、その川の抜け道を越えることができたら、新たな大陸に渡れるわけだな」
「とにかく行ってみるか」
「まあ、今日は疲れたじゃろう。出発は明日にして泊まっていけ」
 言葉に甘えて、レックとハッサンはドワーフの小屋で一夜を過ごすことになった。




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