DQ6 | ナノ
 2-4

 山賊たちが捕まえた暴れ馬は、近くの洞穴の中の大きな檻の中に閉じ込められていた。ひどい事をされたのか、レックたちを見るや否やすっかりおびえて隅に移動している。人間なんか信じられないとでも言うように。けれど、とても暴れる馬のようには思えない。普通の馬より倍以上はでかく、白くてとても綺麗だった。おとぎ話にでてくるような美しい白馬そのものだと。

「可哀想に…相当震えてるよ」
「ひでー事しやがるぜ。どうせこの馬を他国にでも売って金儲けするつもりだったんだろうな。人間って時には自分勝手な奴らで腹が立つぜ」
 何度か口笛を吹いておいでおいでとハッサンが手招きしても来るはずもなく、殺気に満ちた目で威嚇してくる。
 それ以上近づけば突進して踏み殺してやると言わんばかりに、馬は戦慄したままだった。
「怖くないよ」
 そんな中で、レックは慈愛をもった微笑みで近づいた。背中の剣をその場に捨て置き、丸裸になったつもりでゆっくりと歩く。
「お、おいレック」
 心配するハッサンをよそに、レックはあっぴろげにおかまいなしに進む。
「…怖がらせてごめんな。でも、おまえに危害をくわえたいわけじゃない。おまえと話をしにきたんだ。あまりにも綺麗だからさ」

 太陽の光のせいなのか、レックの瞳が漆黒の黒から角度によっては真っ青な天上の蒼色に見えている。清廉というのか、レックのまわりに漂う空気が何だかものすごく透き通っていて、何一つ穢れがない雰囲気を彼自身が醸し出している。ハッサンは凝視し、目を何度も疑った。

「さっきの人間たちがひどい事をして、お前はとても怖い思いをしたんだね。大丈夫、ここにはお前をいじめるやつなんていないから」

 互いの距離が縮まるにつれて、暴れ馬はさらにぶるぶる震えだす。近づいてくる無防備で命知らずなレックを本当に踏み殺してやろうかと勢いをつける。が、レックは逃げも隠れもせずに、菩薩のように穏やかに語りかけてくる。普通の人間なら、これだけ威嚇した目を見せつければ怯えて逃げてしまうというのに、少年は怖気づく様子を全く見せやしない。
 ならば望み通り踏み殺して…と、足を振り上げようにもあがらなかった。
 吸い込まれるような邪心のない瞳と少年のまっさらな雰囲気がそうさせるのか、殺気に満ちていた感情が薄れていく。魔法にかかったように、この少年にはどうしてか危害をくわえられない…と。

「俺はお前の敵じゃない。仲間だ」
 その言葉に流されるようにおずおずと馬は近づく。
 本当に信じていいのか?と、問うように。
「大丈夫…さあ、俺を信じて」

 疑問は確信へと変わった。一瞬で心を鷲掴みされたように、レックに鼻をすりよせてきた。傍観していたハッサンも茫然としている。
 暴れ馬はレックにすっかり心を許したようだ。

「やっぱり綺麗だね、お前。なぜだろう…お前とはずっと前にあった事がある気がする」
 頭をそっと撫で、馬の耳のあたりをそっと掻く。
「それにおまえは暴れ馬なんかじゃないね。暴れ馬なんてよばれているけど、ただどうしていいかわからずにここらを彷徨っていただけなんだろう?ううん、さみしかったんだろうな、お前は。大丈夫、今日からお前も俺たちの仲間だ。一緒に…一緒にきてくれるか?」
 馬はうなずくように甲高く咆哮する。
 ヒイイインとあたりに響き渡った。
「すげー…レックって魔物使いかなんかか?」
 遠くで見ていたハッサンがもう大丈夫だろうとやってきた。
「へ?なんで?」
「あんなあっさりとこの馬を手なずけちまったじゃん」
 それに、あの蒼い瞳は一体なんだったんだろう?今は元の漆黒の瞳に戻っている。
「いや、俺もよくわからないんだけど、警戒心を解かせるには丸裸になったつもりで、まずは自分から歩み寄らなきゃって思ったんだ」
「不思議な奴だなーお前」
 初めて見た時から普通の若者ではないと思っていたが、レイドック最強の男を倒し、こんな馬鹿でかい馬をあっさり仲間にしてしまうあたり、何か特別な力でも秘めているのかもしれない。驚異的な身体能力のほかに、人を惹きつける能力。だれでさえも興味を抱かれる。
「あ、せっかくだからこの馬に名前をつけてやろうぜ」
「名前か。なにがいいかな」
「えーとファルシオンってどうだ?」
「え」
 思わずレックも馬もかたまった。
「な、なんだよその顔はっ!」
「いや、見かけによらずしゃれた名前が思い浮かぶなあってビックリした。厨二病みたいな名前だけどまあいいか」
「なっ、厨二病ってどういう意味だこら!」
「まあまあ。よし、お前の名前はファルシオン。ファルシオンだ。名付け親のハッサンとも仲良くしてくれよな」
 ファルシオンはまた大きく咆哮した。




「おおおお、これはなんとも立派な馬じゃ!これならこの馬車をひけるぞい。勇姿をもう一度見る事ができる…うっ…くぅ」
 馬を探していた老人は感動して泣いている。
「よかったな、じいさん大喜びのようだぜ」
「ファルシオンも馬車を気に入ったみたいだしな」
「見事だ」
 背後から第三者の声が響いた。
「そ、ソルディ兵士長」
「そなたの働きをしかと見届けた。暴れ馬を手なずけ、旅人を苦しめていた山賊をもひっ捕らえてくるとはレックの働き見事である。さすがだ」
 兵士長が嘆声をもらした。
「いえ、ソルディ兵士長。ぼくだけじゃなくて、このハッサンも暴れ馬を探すために助力してくれたんです。ハッサンがいなければぼくはこの馬、いえファルシオンを見つけられなかったですし、山賊も捕まえられなかったでしょう」
「おお、そうであったか。たしかにハッサンとやらも兵士に志願していたな」
「それで、どうかこいつも兵士にしてもらえないでしょうか」
 レックが頼み込む。
「うむ、まあいいだろう。私の責任でハッサンも王宮兵士として十分な資格を持っているようだな。試練の塔では惜しくも脱落してしまったようだが、能力は十分なようだし。ハッサンよ、お前も王宮兵士として存分に働くように」
「はい!よっしゃあ、やったぜ!」
 ハッサンが喜びのガッツポーズを見せた。
「これこれ、あまりうかれるな。すでに聞き及んでおると思うが、王は寝る間も惜しんで魔王ムドーを倒すために働いておられる。なんとか王の手助けをするべく、兵隊の中でも特にプロだけを集めた特殊部隊を結成させた。その特殊部隊にお前たちも加えようと思う。さあついてきたまえ。お前たちを陛下をあわせよう」

 兵士長に連れられて、広大な城の三階へかけあがり、赤絨毯が敷かれた長い廊下を歩く。三階はレックやハッサンでさえまだ足を踏み入れた事がない領域。一、二階とくらべ、装飾や古さに重みと歴史が感じられる。

「おい、ついに王様だってよ」
 ハッサンが横に並んでレックに小声で話しかけた。
「あ、ああ…ついに王様にあえるんだ」
「なんだよ、嬉しくないのか?お前、王様にあれだけあいたかったんだろ」
「まあ…そうなんだけど。いざ会うと何話していいか頭が真っ白になりそうだなーって」
「あちゃー…王様の御前で恥かくなよ。田舎もん」
 リラックスした顔で鼻をほじっているハッサンの足も震えていた。
「お前がな!」


 長い廊下の先にはいくつかの部屋があった。
 どれも会議室や執務室類のもので、一番大きな執務室の前にやってくると、ソルディが二度ほどノックをする。中から「入りたまえ」と、若々しくも威厳に満ちた声。
 失礼しますと三人が入ると、広々とした書斎に大きな四角い立派な机と椅子があって、椅子に座っているのは非常に顔が整った金髪の青年。あまりにも忙しいのか、着崩したシャツにぼさぼさな髪のまま。それでも、町娘の女が見ればたちまち見とれて黄色い声援がわくだろう。

 彼こそがレイドック城の国家元首。400代以上続く現レイドック王陛下である。
 机の上には王冠とマントが無造作に置かれ、乱雑に積まれた書物と書類があちこちに散乱している。つい今しがたまでペンを走らせていたようで、羽ペンにはインクがついたままだ。

 この人がこの城の王様か…と、レックもハッサンも緊張のあまり声が一瞬出なかった。


「陛下、新米の兵隊を連れてまいりました」
 ソルディが恭しく畏まる。
「おお…して、その者達が?」
「はっ。一人は試練の塔を制覇し、レイドック黒の部隊のネルソンを打ち負かしたレック。もう一人は暴れ馬を手なずけ、城下を騒がしていた山賊をこらしめたハッサンにございます」
「ほぉ、あのレイドック最強のネルソンをか。それに、近頃民衆や旅人を困らせている山賊をこらしめるとは相当な腕のようだ」
 王が二人の緊張をほぐすために微笑むと、張りつめた空気も幾らか和らいだ。
「あ、あの、ぼく…ら、ライフコッド村からやって来たレック・フォン・アルベルトと申します!王様に聞きたいことがあるんです!村祭りで冠を買いに行く途中、巨大な大穴をマルシェの北西で見つけまして…それでその下には未知の世界が広がってて、幻の大地って言うみたいですけど…」
 たまらずレックが堰を切った勢いで幻の大地の事を話はじめて、ハッサンもソルディもぽかんとしている。
「これ、レック。陛下の御前であるぞ。もう少しゆっくりと話せ」
「いや、構わないよソルディ。それで幻の大地とな?」
「は…はい!それで、その幻の大地に落ちてその世界を見てきたんです」

――レックは話した。今までの出来事すべてを簡潔に。

 幻の大地で自分以外の人間からは自分の姿が見えなくて、しかし井戸に入ると元の世界に戻っていたという不思議な体験をした事。村祭りで神の使い役の妹ターニアが山の精霊に乗り移り、その精霊のおつげで自分に使命がある事。旅立たなければならない事。
 王はどの話も神妙な面持ちで聞いていた。

「そうか、そんなことが」
「王様は幻の大地を見たことがあるんですか?」
「いや、話には聞いているが見たことはない。それを見てきた君は何かあるんだろう。やらなければいけない何かが」
「そうみたいなんですけど、それがよくわからなくて…」
「焦ることはない。いつかそれがわかる日がくるからこそ、山の精霊は君にお告げをしたんだろう。君はある種、精霊に選ばれた者なんだろうな」
「選ばれた…もの…?」
「そう。精霊というものは、神の使い以外において、一人の人間に対してお告げをする事はまずないのだよ。それがどんなに神に近しい人間だとしてもだ。そんな君は…山の精霊が目に付けた世界でたった一人の人間という事になる。君にはなにかあるんだろう」
「…ぼくが…そんな…」
 とても自分がそんな大層な人間とは思えなかった。
「山の精霊の加護がついている少年…か。不思議なやつだな、君は。そのネルソンを打ち負かした力もとてつもないが、心にまるで曇りがない。まるで赤子と話しているようだ」
「え?」



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