DQ6 | ナノ
 15-2

 正午をまわった頃、やっと二人で休めるような足場までやってきた。
 下を見下ろせば随分登ってきた事がわかる。一番下が小さくかすんでいるほど。それでもまだまだ中間地点すら超えていない。太陽に隠れてまだ頂上付近は見えず、一体あとどのくらいなのだろうか。
「しばらく休憩しよう」
「ええ…そうね。まだまだ先は長いから」
「洞窟に入ってしまえば楽なんだけどな」と、袋から食料を取り出すレック。
「まずは黄金のつるはしっていうのを見つけないと。司祭様が言ってたでしょう?」
 ここを登る前、壁の入口付近にいた司祭に声をかけると、彼はこの壁で命を落とした者達を弔っていた。
 話をきくと、この壁の頂上を登りきるには、まずは「黄金のつるはし」なる物を見つけなければならないのだとか。黄金のつるはしがなければ岩で塞がれた洞窟奥には進めず、頂上へは辿りつけないのだという。中間地点あたりにそれがどこかにあるらしいとの事。
「辛くない?魔物もヘビとかたまに出てくるだろ」
「平気…って言ったらうそになるけど、大丈夫。あなたがついてるし」
「俺の事…頼りにしてくれてるんだ?」
「ええ、そりゃあね。子供みたいな所はあるけど」
 途端、レックはむっとした顔になる。
「…どうせ子供だよーだ」
 面白くないレックをくすくす笑うミレーユであった。

 わずかな休憩後、二人はまた上を目指して登る。
 上に行けばいくほど急斜面になり、足場も少ない。襲ってくる魔物どもをイオラや斬撃で倒しつつ、またさらに登る。
 夏真っ盛りの暑かった気温はどんどん下がり始め、空気も徐々に薄らいできた。うっかり下を見てしまえば、足が竦むほどの高さと大地が広がっている。中間地点に差し掛かった頃には空は夕暮れになり、壁も威容に染める。やっとの事でどこかの休める洞穴を発見。
 夜の壁は危険なので、冷えた体を温めるために翌日まで休戦する事に決めた。
「なんとか中間まで来れたな」
「黄金のつるはしも偶然ここで見つけることが出来たし、一石二鳥だわ」
「って事で腹減ったー」
「待ってて、もうすぐできるから」
 鍋をゆっくりかき混ぜるミレーユ。
 鍋の中の彼女お手製の野菜と鶏肉のシチューは、舌鼓を打つほど絶品。大食いなレックなど、大きな鍋の中が空になるまでひたすら食べ続けたのだった。
「ミレーユってさ…いい嫁になるんじゃない」
 食った食ったと腹を撫でているレック。
「突然何言ってるのよ」
 頬を赤らめるミレーユ。
「だって、料理はできるし…家事とか裁縫とか編み物だってできるだろ?ホルストックの洗礼の洞窟の時に、みんなが絶賛してたのわかる気がするっていうか…」
「あなたも料理できるじゃない」
「俺はまあ…趣味でしてるようなものだから」
 趣味と言っても、レックの料理の腕前はミレーユとほぼ互角の腕である。その気になればどんなジャンルの料理もお手の物で、料理研究家にでもなれるほどだ。
「今日はもう休みましょう。結界を張っておくわ」
「結界があるのはいいけど、一応見張りもしておくよ。あんたは先に休んでな」
「でも…」
「いいんだよ。俺の方が頑丈だし、ヘビ嫌いなあんたはヘビが出て来た途端気絶でもされたら困るしさ」
「もう…一言多いんだから」
 ミレーユは壁に寄りかかりながら目を伏せて眠り、レックはヒマだからと剣の手入れを行った。当然気配を探りながらを忘れずに。

 翌日から、手に入れた黄金のつるはしを使っての洞窟内の探索が続いた。
 爆弾岩やメタルライダーなどの敵がよく出現し、刺激を与えないようにうまい具合に蹴散らしていく。メガンテなんて自己犠牲魔法でも詠唱されて、洞窟の落盤事故になんて巻き込まれでもすればたまったものではない。
「爆弾岩が恐ろしいんだよな」
「私はヘビも恐ろしいわ」
「ヘビが出たら俺がやっつけるからさ。あんたは援護を頼むよ」
「わかってるわ。でも、無理しないでよ?」
「無理なんてしてないよ。それに、俺…アンタを絶対守るから」
「レック…」
 そんな時、レックの顔つきが鋭くなる。
「敵だ」と気配に気づき、背中の破邪の剣を抜く。
「10匹以上はいるわ」と、魔法の詠唱を始めるミレーユ。
 敵の群衆は爆弾岩の群れとマドハンドの集団だった。二人は背中合わせで構えたまま、どうするべきかと相談しあう。
「マドハンドはあんたのヒャダルコで何とかできそうだけど、爆弾岩が厄介だな」
 敵の方を見据えながら彼が剣を握る。
「ここで唱えられたら、落盤に崩落は間逃れないわね」
「とりあえず、マドハンド共を蹴散らしてそこを強行突破だ。いいな?」
「ええ」
 ミレーユが詠唱し、すぐさま「ヒャダルコ」と、無数のマドハンド集団を凍りつかせる。今だ…!と、マドハンド集団の前を走ると、その氷の破片がわずかにでも爆弾岩をかすめてしまっていたのか、爆弾岩の顔色が赤く変わる。
「メ…メ…ガ…「やべぇ!」
 爆弾岩がメガンテを唱える兆しを見せる。
 レックは呆気にとられているミレーユの腕を引っ掴み、そのまま横抱きにして逆方向へ全速力で走った。
「きゃああ!ちょ、ちょっと!何するのよッ!」
 突然の事に吃驚して暴れている彼女。
「いいからおとなしくしてろッ!こんな所で死にたかないだろ!掴まってろッ」と、怒鳴る。
 そのまま出口を飛び出した途端、カッと洞窟内で光が反響して大爆発が起きた。
 メガンテの爆発で足場は崩落し、ガラガラ崩れていく。二人は爆風で吹き飛ばされながら、袋から鎖鎌を取り出し、レックが勢いよく壁に向けて投げつける。鎌が壁にめり込み、綱代わりの鎖がぴんと二人の重さに耐える。
 宙ぶらりのまま片手一本ですべてを支え、かろうじて危機から逃れた。
「か…間一髪セーフだな…」
 安堵のため息を吐くレック。
 ミレーユはレックの首に両腕を巻きつけてぞっとしていた。パラパラと小石が下の方へ転げ落ちていく。
「ご、ごめんなさい…私うっかりしてて…」
「いいんだよ。俺もすぐに反応できなかったし」
「てことで…どうするの…この状態から…」
 どうしようか…と、半笑いのまま周りをくまなく見渡すと、すぐ近くに降りられそうな足場があった。下の階層に落盤が起きてしまった以上、もう引き返すことはできない。
 彼女の腰を抱いたまま、鎖の勢いをつけて近くの足場まで飛び、なんとか着地。
「きっともうすぐだと思う。ほら、頂上が見える」
「うん…あと少し」
 頂上まで目と鼻の先。
 運よく着地した場所に上へ続く階段が存在し、ひたすら歩を進める。
 魔物を退けながら洞穴の出口に出て、頂上まで数十メートルという所でラストの登り作業。
 しかし、最後の最後という所で厄介な魔物が立ち塞がる。

「きゃあああ!」
 下から彼女の悲鳴が聞こえた。
「み、ミレーユ!?」
 下を向くと、彼女のすぐ真横にウイングスネークが気持ち悪く蠕動している。
 彼女はそれを見て、恐怖と気持ちの悪さにそのまま気を失ってしまう。ふらりとよろける彼女にレックがすぐさま下へ手を伸ばし、なんとか彼女を掴んで抱き寄せる。持っていた破邪の剣でウイングスネークを串刺しにし、岩に縫い付けて絶命させた。
 ほっとしているのもつかの間で、今度は頭上からフーセンドラゴンや雲の巨人一味の登場。頂上付近という事で、魔物達もより邪魔をしてくる回数が多い。
 次から次へと現れる魔物に舌を打ち、串刺しにしていた剣を抜く。
「くそっ…最後の最後で面倒な…っ!全てを一掃できる魔法でもあればいいのに…」
 レックは目を閉じた。
 自分の中で眠っている勇者の力があるのならば、こういう時にこそすぐに開放したい。
 ムドーやジャミラスを倒した時のような、あの覚醒した力が…っ!でなければ、このままでは確実にやられる。彼女を守れずに、こんな所で終わってしまう。彼女を支えながらの戦いは意外に荷が重く、足場も不自由で、うまく避けることもできない。
 レックは深く心の中で念じながら、剣の柄を握り締めた。
「しねえ〜!」
 雲の巨人やフーセンドラゴンが一斉に襲い掛かる。
「こんなところで……死んでたまるかぁああああッ!!」
その心からの咆哮が、彼の中のもう一人の自分を奮い立たせた。
 体に青白い光がカッと迸り、自分に襲い掛からんとしていた魔物どもが浄化の光によって消え失せていく。
 澄み切った青空の下が異様に明るくなると、レックは全身が光と途方もない力で満たされるのを感じ、ゆっくり瞼を開ける。
 浄化の光を纏った自分は、彼女を横抱きにしながら宙に浮いていた。
「これが…勇者の…自分…」
 意外に自分自身の力をはっきり自覚したのは、この時が初めてだった。
 ムドーを倒した時もジャミラスを倒した時も、あんまり覚えていなかったからうろ覚えで、自分自身の事がよくわかっていなかった。しかし、こうして自身で自らの聖なる力を感じてみると、自分が勇者だったんだと改めて知る。体が熱い。鼓動が高鳴る。
「とにかく…奴らを倒す…!」
 セレストブルーの瞳で残りの残党共をにらみ、目線を空へ向けた。晴天の空なのに雷雲が集まり、ゴロゴロと轟く。
 普通の稲妻なんかじゃない。勇者がだけが呼び寄せる事ができる浄化の雷。
 レックが一言「落ちろ」と呟くと、聖なる雷がぴしゃあんと天空を裂いた。数十いる魔物共に次々と落雷させてぶつける。たちまち浄化して消えていく群衆達。あっという間に全てが萎んで吹き飛び、殲滅させた。
「…ぅ……」
 瞼の向こうが明るいのに気付き、レックの腕の中で気絶していた彼女が目覚める。視線の向こうには、宝石のような蒼い瞳の彼が自分を心配そうに覗きこんでいた。
「レック…」
「ミレーユ…平気か?」
 いつもより低音の声のレックは、あの覚醒時のものだと知る。
 人格は違えど紛れもなくレックには変わりない。勇者としての人格がレックの中に混じりこんでいるだけである。
「…平気よ…。でもごめんなさい…私…お荷物だったよね…?ヘビなんかで気絶して…」
「いや…何はともあれ無事でよかった。約束したからな。…アンタを絶対守るって」
「…ありがとう…」
 ミレーユはレックに抱きついた。
「オレ…自分の力の事がやっとわかった気がする。誰かのためにって思うと、この力が発動するんだって。もっと戦えるんだって。特に…ミレーユがそばにいてくれるからだよ」
 抱きしめる力が強まる。
「レック…」
彼と彼女の距離がまた縮まる。
互いの存在が心の中で大きくなった。




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