DQ6 | ナノ
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 さらに上の階層へ上ると、一定の方向へツルツル進む動く床のトラップに遭遇した。足を乗せた時点で勝手に床が進み、意図しない場所へ連れて行かれるという厄介な仕掛けである。ここでも数名の志願者が間違った床を踏んでしまい、壁にぶち当たって目をまわしている。石の壁に顔面から激突とは痛い…。
 レックは脱落した志願者達を哀れみの眼差しで通り過ぎ、矢印の方向を見定めて難なく攻略。
 そのまた次の階層にはちょっと頭を使う謎解きが待っていた。

「若者よ、年寄りのいう事をよくききなされ。この先は言ってはならん。怪我をするだけじゃ」
「あなたならきっと私のいう事を信じてくれますわね。一番左の人が正しいことを言っています」
「だから〜一番右の扉が正解だって言ってるじゃないですか」

 見張りの兵士が言うには三つの扉があり、その扉の前にも三人いるので、どれが正解かを当てるもの。扉を守っている三人のうち二人が嘘をついているらしく、真実を言っている者の扉を探さなくてはならない。間違えた扉を選ぶと、それはもう痛い仕掛けがまっているそうだ。

「うーんどれだろう」

 一人の大柄な志願兵の一人が、この階層の手前で深く悩んでいた。
 ブロンズの肉体に、とても筋肉質のいかにもケンカなれした見た目で、頭のてっぺんの一筋だけを残したモヒカン頭の男だった。いかつい風貌ながらも、雰囲気からして悪い人間には思えない。
 一目見て、実力は相当なものだろうと察知した。

「どうだ、あんたわかったのかい?」
 大柄な男に声をかけられる。
「まあね」
 レックはすぐに正解を見いだせていた。この手の謎解きや頭を使うものは得意分野なのである。
「まじかよ!あんたすげーな。ガキのくせに頭いいんだな。ここまで来るのもたいしたもんだぜ」
「ガキっていうなよ。まあ、よく考えたら簡単だからすぐ解ける」
「簡単って…まじかよ。いいよなあーすぐわかる奴は。俺こういう頭使う系だけはだめでさー。なあ、こっそり答え教えてくれよ」
 耳を寄せてくる大男にレックは呆れた。
「答え教えたら試験にならんだろ」
「だってマジでわからないんだよ。この三人の言っている意味とかよー」
「でも、そういうのは自分で考えるもんだろ。見つかったら失格どころの騒ぎじゃないと思うけど」
「…だよなぁ…不正ってのもやっぱ男としてよくねーだろうし。男のカンで行くっきゃねえかな。じゃなきゃいつまで経ってもわからねーままだし。そういえば、お前名前は?」
「え、レックだけど。レック・フォン・アルベルト」
「レックか。俺はハッサン。ハッサン・サザーランドだ。旅の武道家。運がよけりゃあまた後で会おうぜ!じゃあな」
 言いながら、ハッサンは真ん中の扉へ突入した。
「あ、ちょ、その扉は…!」
 呼び止める時にはすでに遅し。
「ぎゃああぁああ〜〜!」
 ハッサンの凄まじい叫び声が塔中にこだました。
「あちゃー……真ん中は不正解なのに…」

 顔をひきつらせながら頭を押さえるレック。
 彼の言っていた男のカンとやらは盛大に外れたようだ。脱落していったハッサンを横目に、レックは正解の部屋であろう扉を開き、真っ暗な廊下をひたすら走りつづけた。階段を見つけ、駆けあがると出口の方から光が差し、冷たい風が頬をかすめる。
 出口の外は、夕暮れが近い青空と遠くの山脈が美しく見えた。雄大な景色を眺められるこの場所は、どうやら頂上らしい。

「やっとここまでたどり着けた者が現れたか。随分と待ちぼうけをくらったものだ」
 全身を鋼鉄の鎧で覆った男が大剣を携えて待ち構えていた。
「あなたは…」
「わしはレイドック王軍直属の第一部隊黒の隊長ネルソン。この試験の最上階を任された最後の砦。まさか最初に辿り着く者がこんな子供とは驚きだ」
「子供って言わないでほしーんですけど」
 レックはむっとした顔になった。
「おっと、これは失敬。こんなに若い志願者を初めて見たものだからな。まあここまで来れたという事は相当な実力者と見させてもらおう。おぬし、名前は?」
「ぼくはレックです」
「ならばレックよ、わしを見事打ち負かしてみるがいい。さすれば、お前が探し求めているものは与えられん」
 ネルソンがもう言葉はいらないとばかりに、大剣の切っ先をレックに向ける。大剣は剣と言うより槍に近いほど刃の部分が重々しく長い。
「わ…かりました。お相手します」
 背中の破邪の剣をすらりと抜く。

 ここまで来るのに破邪の剣は使わず、町で買った安物のブーメランで魔物を撃退してきたが、この男の実力ならば剣を抜いても大丈夫だろうと己の感がそうさせた。あまり戦闘に乗り気ではないが、これが試験というのならばお相手するほかない。
 一転してピリピリした空気が孕み、ネルソンの目が細めいた。

「ゆくぞ!」
 勢いよく地面を蹴り、間合いを詰めてブンっと大剣を振り下ろす。稲妻が落ちたような一撃で、大剣が石畳の地面にめり込む。レックは間一髪避けており、続けざまに放たれた二撃目や三撃目も受け流してバク天で後方へ逃れる。
「ほう、今の攻撃をかわせるとはたいした奴だ。それだけで相当な腕だと手に取るようにわかるぞ。なら、これならどうだ」
 ネルソンが大剣を持ち返る。

 そっと平手突きの構えから、レックの体めがけて神速の突きが連続して放たれた。次々放たれる突きの連撃。驟雨の勢いで刀身同士がぶつかりあう。素人戦士が受ければあっという間に全身に風穴ができているだろう。けれど、レックは無表情で連撃を受け流し続けている。重そうな鎧と大剣を携えているはずなのに、突きスピードは恐ろしく早い。だが、実際には早いのは腕だけで、人間自体が早いわけじゃない。それをレックは最初から読んでいた。

「おらおら!いつまでそうして身を固めているのだ。一発でも反撃してきてはどうだ。それとも、早くて手がだせぬのかな」
 ネルソンが挑発を繰り返す。
「…わかりました。ではいかせてもらいます」
「青臭いガキが…」
 さらに突きのスピードが上昇する。レックは頃合いだと踏み込んだ。破邪の剣が煌めき、ネルソンの大剣を横に薙ぎ払うように打ち払う。打ち払われた大剣は背後へと宙を舞い、その刹那――レックが次の動作をする。
「な…!」

 真の力を発揮と言わんばかりに懐に詰め寄っていた。
 まるで風のような一瞬の出来事で。ネルソンは何もできずに硬直。レックはそのまま素早く剣を返し、柄の先端でネルソンの腹部を数回ド突いた。
「ぐふ」
 何が起こったか見えなかった。
 突然、腹に激痛が走っただけとしかわからない。ネルソンは跪き、腹をおさえて呻く。重たそうな鎧が音を立てて崩れた。
「すみません。一応手加減したんですけど、痛かったですか?」
 その言葉にネルソンはさらに驚く。
 レックは何事もなかったかのように剣を背中の鞘におさめていた。もちろん、息一つ切らしてはいない。
「お前…何者だ?」
 長年相当な修行を積み、年齢を重ねるにつれて体力の衰えを感じながらも若い頃よりかは強くなったと自負していた。レイドック兵士の中では、ソルディよりかは剣の腕が上だと言われていた事もあった。しかし、あっさりそのレイドック最強であるはずの己を打ち負かしてしまったこの少年レック。子供に負かされたプライド云云より、興味の方がそれ以上に勝っていた。
「何者って…ただのしがない田舎者ですけど」
「田舎者…だと?信じられんな。ただの田舎者があのような超人的な動きなどできるものか。どうやってその実力を身に付けた?ぜひ知りたい」
「いや、その…ぼくもよくわからなくて…ライフコッドに住んでいる先生に少し基礎を教わっただけですよ」
「………」

 それにしたって、たかが村の剣の指南者から習うだけで、これほどの実力をそう簡単に身に付けられるレベルではない。レイドック最強の男でさえ、その動きが全く見えずに敗北したのだ。おまけに…

「お前、我がレイドックから古く伝わる古流剣術に型が似ているな」
「え」
「お前の先生はレイドック出身の者か?でなければその流派の理由がわからん」
「さあ…レイドックとは全く縁がないおじいさん先生なんですけどねえ…。普段は武器屋の息子さんの手伝いをしていて、畑でカボチャとかトマトを実らせて喜んでる人だから、本当に基礎しか教えてくれなかったんですよ。そんなぼくも剣術稽古より、木こりの仕事してた方が好きなんですよね。えへへへ」
 にっこりと曇りがない笑顔をみせるレック。
「むぅ…なんとまあ」
 実力は末恐ろしいほど底を秘めているというのに、心は透き通ったガラスの様にまっすぐで純粋な奴だとネルソンは思った。
「で、勝ったのでその例の物とやらがほしいんですけど」
「ああ、そうだったな。お前がほしいものはわしの後ろにある小部屋の中の宝箱に入っておるぞ」
 ネルソンが指さした。
「ありがとうございまーす」
 レックはネルソンを通り過ぎて奥の小部屋に入る。薄暗い部屋の真ん中には、木で出来た四角い箱がぽつんと一つ。ふたを開けると、中には何も入っていない。
「あ、あれ?何もはいってない」
 何度箱の中を手探りしても感触を感じられない。
「入ってなくて当然だ。最初からその宝箱には何も入っていないのだからな」
 ネルソンがにやりと笑った。
「ええ!?そんな…」
「案ずるな。宝はもうお前が手にしたも同然だ。宝はくじけぬ心。すなわちどんな困難にもくじけずに立ち向かう心を持てという事だ。わしに勝ったお前なら、どんな部隊の兵士にでもなれるだろう」
「くじけぬこころ…か」
 たしかにこれなら、どんな宝よりも価値のあるものだとレックは思ったのだった。





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