DQ6 | ナノ
 2-1

 レックは先ほどレイドックに到着したばかりであった。
 マルシェの町のはるか南東に存在するこの大都市は、世界でも有数の面積と経済力を誇る国である。軍事力もさることながら、世界で唯一魔王ムドーに対抗しうる強国と名が轟き、周辺諸国からは一目置かれている。城下町だけを見てもマルシェの数倍規模の広さだ。大勢の人々のほかに、馬車やら荷車やらが何十台も通り過ぎ、都会に住まう人々は立派な城を前にしても当たり前の様に忙しく行き交っている。

 ここの人々からすれば毎日見慣れた景色ではあるが、初めて訪れた者からすれば立ち止まってつい見入ってしまう。それほど威風堂々とした立派な外観である。
 王が住まう城の中は、迷子になるほどの広い廊下と部屋の数を誇ると言われ、数千年と続いた皇室は世界で最も古い歴史が詰まっているらしい。それだけでこの国が世界から注目されている所以でもあった。

 ライフコッドから出てきたばかりのレックは、まだ一度もレイドックを訪れた事はなかった。本日初めて訪れて、国の大きさに圧倒されている。
 噂には聞いていたが、そのあまりに発展した城下の雰囲気と王宮の立派さに驚き、キョロキョロと田舎者丸出しの挙動不審さをお披露目したせいで、レイドック憲兵に職務質問をされたほどだった。当然ながら不審者ではないという疑いが晴れたものの、田舎者だとバカにされたのは言うまでもない。
 おおよそ予想はしていたが、やはり田舎者扱いされるだろうなと懸念していた事は当たった。








――二章 レイドック城――






「だから駄目だと言っているだろう!」
 城下町を通り過ぎたお堀にかかった跳ね橋の先には聳え立つレイドック城。その真下で城門を守る門番兵が、一人の若い旅人に声を荒立てていた。
「いや、ちょっとだけ。質問一回でいいからさ。このとーりお願いします」
 到着したばかりのレックが両手を合わせてお願いしている。
「何度言おうとダメなものはだめだ!お前のようなただの旅人が、恐れ多くも陛下がお会いなさるはずがなかろう。陛下は朝から晩まで一睡もせずに魔王ムドー対策に忙しい日々を送られている。今も一分一秒でも惜しい時だというのに、山奥のド田舎からやってきたお前などを相手にしている余裕などないのだ。とっととあっちへ行け!しっしっ」
 邪魔だと言わんばかりな態度で追い返された。
「ちぇっ…ケチー!」
 レックは子供のようにわめいた。

(まあ、そりゃあいきなり王様に会わせろだなんて無理か)

 これでは何度交渉しても平行線だろうと思い、しぶしぶ城下町へ戻って行った。
「はーどうしよっかなぁ。これじゃあ王様に幻の大地について聞けないし…ん」
 城下町にある一番広い中央広場では、噴水付近で子供たちがサッカーやらキャッチボールに興じている中で、妙な人の多さに気づいた。
 その片隅に立てられた掲示板には、一段と人だかりができている。なんだろうとレックも気になり、人をかきわけて覗き込んだ。白い張り紙にはこう記されてある。
「何々…レイドック志願兵募集。興味がある強者は本日13時に王宮前広場まで」
 これだ!と、レックはひらめいたのだった。


 13時王宮前広場――…レイドック兵士達がやってきた。びしっときまった格好で旗を掲げ、ラッパを鳴らす。参加者を含めた大勢の人々が一斉に視線を向ける。指令台の方へと。
 背筋をぴんと伸ばした位の高い兵士が指令台の上に立つ。

「志願兵の諸君!よくぞ集まってくれた。私は兵士長のソルディ。レイドック全兵を束ねる者だ。志願してくれたキミたちを歓迎する」

 金髪に髭をトレードマークにしたソルディ兵士長が、集まった志願兵をじっくり見渡す。ざっと三十数名の志願者たちが並んでいた。
 どの者も大柄で、ゴツそうないかにも格闘なれしていそうな男達が大半だった。就職目当ての者、なんとかなるだろうと生半可な気持ちで志願した者と、志願理由はそれぞれ異なる。
 その中にはレックもいた。
 別にとりたてて兵士になりたいわけではないが、兵士になれば王様にあえるかもしれないという微かな望みをかけて応募していたのだった。自分の知りたい疑問のためには兵士にでもなるしかやむを得ない。

「知ってのとおり、ここに集まった者すべてが兵士になれるわけではない。正義の志をもって志願した者もいるだろうが、中には国のために働く気がない者、根性がない者、生半可な気持ちで集まった者も中にはいよう。そんな軟弱者を我が栄誉あるレイドック兵士にさせるわけにはいかない。そこで、だ。君たちを試させてほしい」
 ソルディが合図すると、側近の兵士数人がかりで大きな地図を開いた。そこにはこの城から南の方角の目的地が示されている。
「この地図にも記されているように、ここより南の方角に試練の塔と呼ばれる古い塔が建っている。そこへキミたちがたどり着き、ある物を取ってきてもらいたい。何を取ってくるかは各自で判断するように。いくら屈強といえど、頭もある程度使えなければな」
 そこまで言うと、志願兵だった一人が自信をなくしたように退場していく。続けざまに、生半可な気持ちで志願した者も怯えた様子で去っていく。ソルディはその様子にふっと笑う。

「言っておくが、試練の塔はただの塔ではない。仕掛けが巧妙に施された危険な塔だ。大けがをしたくない者、自信がない者はこの場で棄権してもらって結構だ。根性がない者に兵隊業務は長くは続かぬ。それどころか、兵士という職は命をかけて国を護るという使命も当然だが、いかなる時も敵を倒すという非情になりきらなければならない部分も必要である。それをよく考えてほしい」
 志願兵達がざわめく。また何名か青ざめた顔で棄権する者が出ていく。残った者はレックを含め、強さに自身がある十数名のみとなった。
 ソルディが残った一同を見渡して口ひげをゆがめて微笑むと、またきりっとした顔に戻す。
「それでは開始しよう。さあ、行け!憂国の者達よ。今、試練の塔の扉は開いた」
 勇ましく言い放つと、志願兵達が一斉に試練の塔へ目指して走って行った。

「あのーすみません」
 ただ一人、志願兵として残っていたレックがソルディに声をかけた。
「ん、なんだ君は。志願兵の一人のようだが、はやく行かないと他の者に先をこされるぞ」
「一つだけ質問なんですけど、兵士になったら王様にあえるんですか?」
 ソルディはレックのあまりに素朴な質問に一瞬呆気にとられるが、すぐに表情を元に戻した。
「…ふ、そうだな。あえるだろうな」
 曖昧ながらに返す。
「なら、ぼく…がんばります!必ずその必要なものを取ってきますから」
 レックはそのまま遅れながらも試練の塔へ走って行った。
「ソルディ兵士長、よいのですか?そんな嘘を言ってしまって。真に受けちゃいましたよあの無邪気そうな少年」
 兵隊歴が長い兵士が、同情するような顔でレックの後姿を眺めている。
「数年そこら務めた者でさえも、陛下には一度も生でお目見えできるかわからないんですよ。私もレイドックに務めて五年になりますが、まだ二回程しかお会いしたことがないですし」
「ふふ、陛下に会いたいという好奇心だけで動いているのだろう。その思いがどれほどかはわからぬが、好奇心は若者の特権だとよく言うしな。その思いがあっさりここで打ち砕かれるようならその程度の思いだったという事。そうじゃないのだとすれば、仮に兵士になったとしても、いつか会えるという希望を持ち続けられる。いつになるかはわからぬが、兵士にさえなれば必ずあえるだろう。そう、いつか必ず、な」




 橋を渡り、長い草原の先にぽつんと建っている古びた石積みの塔を発見した。
 入口の前にいる見張りの兵士に挨拶をして、レックはさっそく中へ侵入する。もう何人かの志願兵達は先に入っているらしく、上の階から叫び声やら奇声やらが聞こえてくる。兵士長が言っていた例の巧妙な罠に引っかかったのか、魔物に手痛い仕打ちを受けてしまったのかのどちらか。随分と古い建物なので、ここを住処にしている魔物もいるようだ。

「おーい助けてくれーおりられね〜よお!」
 中へ入った途端、助けを求めている間抜けな志願兵男が一人いた。ダンジョンに足を踏み入れたはいいが、いきなり床に突き出された無数の棘の仕掛けに遭遇し、間一髪持っていた長い鎖鎌を壁にひっかけて串刺しにならずに済んだものの、棘の上の宙づりのままで降りられなくなっているらしい。手を離してしまえば痛い仕掛けの餌食なのは一目瞭然。
「うわー足場が棘になってるし…」
 レックの顔がこわばる。
「おい、そこのあんただよ。俺を助けてくれよ」
 宙ぶらりのまま男が偉そうに言った。
「え、ぼくですか?」
「そうだよ、てめー以外にだれがいんだよ的な〜。はーこんな恐ろしい仕掛けだらけの試験なんて聞いてねえぜ。仕掛けっつーからもっと生易しいもんだと思ってたのによ。これじゃあ一歩間違えたらお陀仏じゃねーか。志願兵なんかに応募するんじゃなかったかもな。レイドックの兵隊って聞いたら給料超良いし、マジ女受けもいいからチョーモテるらしいし、なんか兵士っつったらマジカッケーっつーか、マジぱねえだろお?イケてる俺っちには天職にみえんだけどやっぱ死にたかねぇ的な〜。魔物とかチョーこえーし。あーなんとかコネでもつかってなれねえかなーぶつぶつ」
「あの〜ペラペラしゃべってるところ悪いんですけど…」
「あん?」

 レックが苦笑いで指さす方には、大柄な見張りのレイドック兵士が迫っていた。志願兵の男の顔が盛大に引きつる。

「くくく、お前のような女にモテたいなどという不純な理由で志願する奴が、コネで兵隊になろうなどと片腹痛い。さっさと出ていけ!貴様のような軟弱者など永久に不採用だ馬鹿者がああああ!」
「ひいいいい」

 他にも、数名の脱落者が兵隊達に担架で運ばれて行く。見るからに痛そうな顔だったり、泡をふいている者だったり、試験にしてはとても厳しいもののようである。

「こいつも失格、と。びっくりして転んで頭を打ったようだな」
「近頃の志願兵はてんで根性がねえ奴らばかりだぜ」
「この程度で脱落してちゃあ、ソルディ兵士長やネルソン隊長の厳しい訓練なんかにゃあとてもついていけないだろうよ」

 その様子を見て、レックもさすがに気を引き締めていこうと階段を駆けのぼった。話によれば、まだ頂上まで辿りついた者はおらず、残りの志願兵達が依然と罠と魔物に格闘中だそうだ。仕掛けが厳しいのか、将又志願者たちが腰抜けの集まりだからなのかわからないが、チャンスとばかりにレックは次々と襲い掛かる魔物や仕掛けを突破する。
 身体能力がすこぶる高いレックに、塔にいる雑魚敵や仕掛け程度では後れをとる事はない。しかし、思えば才能といえど、ここまで強くなれるものかと時々自分で自分を不思議に思う事がある。

 回復魔法のホイミにしろ、宝箱を見極めるインパスにしろ、誰かに習ったわけでもなく、自分で知ろうと思ったことなど一度もない。
 気が付いたら身についていた。
 この剣術の実力だって、たまたま剣術の指南者に教えられたものだが、それだけでここまで実力をあげる事なんて不可能に等しい。この自身の実力は、本当に自分自身の力なのだろうか……




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