DQ6 | ナノ
 1-5

 精霊の使いが礼拝堂へとゆっくり入っていくと、それに導かれるように村人全員も教会へ入る。並べられた椅子に一様に静かに着席していく。夜の礼拝堂は昼間とは違った雰囲気だ。もう何年も見ている光景なのに、何度見てもうっとりする。
 ロウソクに一本一本火が灯され、礼拝堂全体が暖色の明るみを増す。祭壇の奥には微笑みを浮かべた女神像がいつも以上に美しく見えた。その女神像に神父が聖水をふりかけて祈りをささげると、神父と神の使いの神聖な儀式が始まる。

「一年を経て、今夜再び精霊の使いが訪ねてきてくださりました。大いなる精霊の使いよ、さあその聖なる冠を我々にお与えください」
「はい」
 ターニアが恭しく精霊の冠を神父に差し出す。
「おお、これこそが聖なる加護を受けし精霊の冠。山の精霊よ、たしかにあなたの冠をお受けしました。そして今年も女神像を通して我らが民の平和を御守りください…アーメン」

 神父がそっと精霊の冠を女神像の頭部に飾ると、村人一同が手を合わせて祈る。
 しばしの静寂――。

「精霊の使いよ、これであなたの役目は終わりました。どうぞ精霊の元へお帰りください」
「わかりました。ではまた来年参りましょう。皆様に平安を……う」
 儀式を終え、軽く会釈をして踵を返そうとするターニアが急に立ち止った。
 石像になったようにぴくりとも動かない。
「ん…どうしたんだターニア」
「ターニアちゃん?」

 様子がおかしいターニアに周囲が心配そうに見ている。
 神父が怪訝そうに駆け寄ると、精霊の冠が飾られている女神像から透明な幽体のようなものが現れ、ターニアを包むように乗り移った。
 不思議な現象に、村人は茫然として凝視する。
 そして、ターニアじゃない声がターニアを通して語りかけてきた。

『…レック…レックよ…私の声が聞こえますか?』

 いきなりの名指しに、レックに視線が集中する。
 聖母を連想させる慈愛に満ちた声だった。

「あなたは…山の精霊様…?それになぜ俺の名前を」
 驚きつつ返答で返す。

『あなたは不思議な運命を背負いし生まれてきた者。やがて世界に闇が覆う時、あなたの力が必要となるでしょう』

「…俺の…力?」
 レックは何が何だかわからない。

『今のあなたには何の事かわからないでしょう。ですが、世界に闇が覆う前に解き明かすのです。閉ざされた謎を…そして…どうかあなたの本当の姿を…』
「本当の…姿…?」
『レックよ、旅立ちなさい。それがあなたに与えられた使命なのですから…』


 凛として言い終わると、ターニアに乗り移った幽体はスウッと女神像へと還っていった。
「あ、あれ…私…今何をしていたのかしら。温かくて、ふわっとした感触がして…」
 程なくしてターニアは我に返った。
 放心していた村人たちもやっと声をあげる。
「なんだったんだ今のは!」
「す、すげえ!本物の山の精霊様みたいだったぜターニア!超カンドーしちゃった俺!」
 ランドが椅子から立ち上がって盛り上がる。
「え?え?」
 ほんの数十秒の出来事さえも、ターニアからすればわけがわからない。
「本当にそうじゃ!わしもびっくりして腰が抜けるかと思ったわい!いや〜長生きはするもんじゃ」
「すごかったわあ!ターニアちゃんの美貌と清廉さに精霊様も認めてくれたって感じよね」
 しんと静まり返っていた礼拝堂の雰囲気が、一気に拍手と歓声が巻き起こる。
「えーこほん。みなさんお静かに」と、一声かけると村人は静まる。
「ともかく精霊の使いターニアはごくろうさまでした。もどってよいですぞ」
「あ、はい。失礼します」
 神父に促されて、そそくさターニアは退場していった。
「では、これで精霊の儀式は終わります。今宵は盛大に楽しい夜をお過ごしください」
 かくして、生涯心に残るであろう精霊の儀式は幕を閉じた。


「いやーすごかったよなあ。さっきのターニアちゃん。威厳があった感じでますます惚れちまったぜ」
 村祭りの宴の最中、ランドがテンション高く言うと、レックが眉根をひそめる。
「惚れちまったって、言っておくけどターニアはお前なんかにやらないからな」
「うぐっ…きっびしーなあアニキは。自分の事になるとてんで鈍いくせによ」
「あん?俺の事はともかくとして、ターニアの事は当たり前だろうが。大事な妹を万年自宅警備員昼寝ニート野郎のお前にやれるはずがねーよ。せめて誠意を見せられるくらい必死に働いて見せてからその台詞を言えっつーの」
「お、言ったな?そこまで言うなら俺、がんばって働いちゃうぜ!アニキをぎゃふんと言わせるくらいにさ」
 本当にやる気になってもらわないとこちらも困るのだが…。
「つーかアニキって言うな!」
「ちょっとレックぅ!」
 ジュディが未成年にも関わらず酒瓶片手にやってきた。頬を紅潮させて、足元が覚束なくてあぶなかっしい。
「お父様が家であなたを呼んでるわよォ…ひっく」
「え、村長さんが?」
「つーかジュディ、お前まで酒飲んでんのかよ。まだ未成年だろ」と、ランド。
「…るさいわねー今日くらい飲んでもいいでしょ。本来あたしが神の使いをやるはずだったのにさーひっく」
 どうやらやけ酒のようである。
「まだ言ってるし…よっぽど気にしてたみたいだな」


 村長の家に呼ばれた。
 レックと村長以外の人間は村祭りの興を楽しんでいる。この時間に呼んだのは誰もいない事を見計らっての事で、誰もが村名物の打ち上げ花火に夢中だった。外は夜に関わらず明るく、花火の彩に時々目を奪われる。外から興奮している様子が聞こえてきた。
「大穴に大陸…か」

 レックは村長に話した。
 先ほどの精霊のおつげの事も含めて、精霊の冠を買いに手間取った理由。不思議な大穴を見つけて、その真下に大陸があった事を。さすがに幻の大地に落ちたことは言っていない。

「ランドに話したら、寝ぼけて夢見たんだろって完全にバカにされましたけどね」
「いやいや、わしは信用するぞ。それはな、もしかすると幻の大地とよばれる大陸かもしれんからな」
「幻の…大地?」
 レックが目を瞬いた。
「そう、真っ暗な大穴の下に広がる謎の大地の事じゃ。まあ、大きな穴の下に大陸が見えたという噂はずっと昔からあったんじゃが、わしもその噂が気になってな。昔、レックくらいの年には幻の大地を探しに旅に出たことがあったんじゃ。数年かけて、世界中見て回ってとうとう見つけられんかったが、な。レックには見つけられたようだな。しかも大陸まで見えたとは…。大穴を見つけられた者はいたが、大陸を見れたものはそうはおらんという話だ」
「いや〜ほんっとたまたまなんですけどね」
 それどころか、その大穴におちて、幻の大地とやらで迷子になったなんて言えやしない。
「そうともいえんよ。先ほどの精霊様のおつげといい、おまえが幻の大地を見た事といい、レックには何かあるようじゃな。旅立つ事によってやらなければいけない何かが。それにその大陸を見て、とてつもなく知りたくなったんじゃろ?好奇心とは若者の特権じゃからな」
「でも、ぼかぁ…たしかに…幻の大地の事はすごく知りたくなりましたけど…けど…あいつを…」
「ターニアの事だろう?」
 レックの核心をついた。
「ターニアの事なら心配いらんよ。わしや村人全員が責任もって面倒見よう。それにターニアの事になると一番にすっ飛んでくるランドもいるしな」
(そのランドが一番心配なんですけど…)
 レックは心の中でぼやいた。
「お前もあと半年で17歳。自分の行く道を決めていい年頃じゃ。周りに流されてばかりじゃ自分の進むべく道も遠ざかる一方。自分から外へでて、何をするべきか探しに出かける時期が丁度来たんだと思えばいい」
 言いながら、すっと長方形の一枚の紙切れを差し出した。
「これはレイドックへ入るための通行証じゃ。レイドックの王様は幻の大地や魔王ムドーについて日々研究しておられるらしいから、お前が知りたい事も知っているかもしれん。おまえなら王様にあう事ができるかもしれんな」
「………」
 レックは何か言いたげに渋々しい表情を見せている。
「行ってこい。誰かのためじゃなく、自分のために」
 村長は笑顔で旅立ちを後押しした。


 レックの旅立ちは明後日と決まった。
 意外に早い旅立ちに村人全員は驚いたが、レイドックの通行証の期限があと数日で切れるという拍子抜けする事実により早まったとかなんとか。
 その日は村人全員から簡単な送別会を開いてもらい、ある者はさみしさから泣いていたり、またある者は笑って激励してくれたりとさまざまで。

 レックに好意を寄せるジュディは、半泣きな顔をプライドが邪魔をして我慢していた。
 出発を翌日に控えたその夜――…ターニアはいつも以上に忙しそうに振舞っている。
 先ほどから声をかけようと何度も試みているも、いざタイミングがつかめずにいた。旅に出ることは村人全員が知っているし、ターニアだって当然の事知っている。しかし、一度旅立ってしまうとそう簡単に帰る事ができなくなるし、何年も帰れなくなるかもしれない。戻ってこれる保証なんてのもない。あるいは、下手をすれば二度と…

 今生の別れだなんて考えたくはないが、もしもの時のために最後はちゃんと話し合おうとレックは考えていたのだった。

「ターニア、あのさ…話が…」
「ごめんね、今食器洗おうと思ってて…ていうか、ちゃんと明日の準備したの?朝早いんだから朝になって慌てないでよね」
「まあ…準備はしてあるけど…ターニアは平気…なのか?」
 恐る恐る訊いた。
「なにが?」
 食器を洗う手を止めないで、ターニアはけろっとした態度で返す。
「なにがって…」
「私なら一人でも平気だって言ったじゃない。だってお兄ちゃんは知りたくなったんでしょう?幻の大地の事やこの世界の事。それに…自分のやるべきことを見つけたいって。幻の大地の事がわかれば、きっと魔王の事だってわかるようになるし、みんなが知りたがっている事をお兄ちゃんが代表して探しに行くんだもんね。それに私ね、前から薄々感じていたんだ。レックお兄ちゃんはいつかこの村を発つ日が来るんだろうなって事。だって、お兄ちゃんは本当に昔からすごい人だったから」
「ターニア…」
「剣の腕だって、武術の先生を打ち負かしちゃうくらいとっても才能があるし、勉強だってできちゃうし。いろんな人から頼りにされて、人をひきつける力があって、みんなをまとめる力だってあって、私だけのお兄ちゃんがどんどん大きくなっていって…決してこの村に留まるような人じゃないなって前から思ってたんだ。あの精霊様のおつげだって、お兄ちゃんには何かしなければならない事があるって知って、私にはそれを止める権利なんてないもの。たとえ、妹でもね」

 ターニアの食器を洗う手が微かに震えている。表情は背中を向けているのでレックからは見えない。

「そりゃあ…寂しくないなんて言えばうそになるけど、でも私はとめたりしないよ。私はまたお兄ちゃんが元気に帰ってくるのを待ってるだけ。それだけだよ」
「……ターニア…」
 レックは鼻の奥がツンと痛んで、目頭が熱くなる思いだった。
「ありがとな」
 いい妹を持てて自分には勿体ないくらいだ。
「ふふ、おにいちゃんてば何泣きそうな顔してるの?」
 ターニアがくるっとレックの方を向いた。
 自分とは正反対なくらい笑顔である。
「べ、別に泣いてなんかいないさ」
「ほら、明日早いんだからもう寝なきゃだよ」
「…そう、だな。じゃあおやすみターニア」
「うん、お兄ちゃん。明日はたくさんお弁当作るから持って行ってね」
 レックが寝室へ入っていった直後、ターニアの頬から涙があふれていた。




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