DQ6 | ナノ
 27-4

 目を閉じて深呼吸を一回し、古代文字を静かに読み上げ始めた。
 途端、彼女の周りに巨大な暗号が書かれた魔法陣が出現する。彼女の体からうっすら紫色の光の膜ができ始め、一つ一つの古代詠唱文字を読み上げる度に魔法陣の輝きも増す。
「ほ、本当にいいのか…?魔法力を失うのだぞ!」
 彼女の本気を知り、ムーアの顔が徐々に恐怖で狼狽えた表情になっていく。
 恐れているのだ、マダンテを。
「あたしはもう逃げない!たとえ魔法力を失っても、命さえあればなんだってできるんだから!それに…頼もしい仲間だっている!あたしは独りなんかじゃないんだから!」
 徐々にバーバラの魔力が強くなっていく。
「く、くそう…やめぬかああ!」
 ムーアがバーバラに向かって突進する。
「「させるかッ!!」」
 テリーとハッサンが真横からとび出し、命がけの不意打ちを仕掛けた。
「ぐはあ!」と、吹っ飛ぶムーア。
 そこへミレーユとチャモロが同時にイオナズンをぶつける。
 アモスも追い打ちをかけるように全力のグランドクロスを放ち、レックがムーアの邪魔をするようにギガデインを落とし続ける。
 全員、立っているのもやっとな程ボロボロなのに、バーバラの詠唱の邪魔をさせまいと必死になっていた。
「くそう…ゴキブリのようにちょこまかと動きおって…虫けらめぇ!」
 レック達の必死な攻撃が効き始め、巨竜を徐々にズタボロにさせていた。あと少しの辛抱だと全員が一丸となって、全力でいろんな攻撃をぶつけている。
 その時、一際魔法陣が輝きわたる。
「できたわ!これがマダンテだッ!」
 詠唱が完了したことを合図し、バーバラは目をカっと見開いた。
 仲間達がその場から退避し、バーバラのマダンテを見届ける。
 両の掌から溜まりに溜まった魔法力を頭上に掲げ、一気に腕を振り下ろす。大いなる波動が巻き起こり、魔法陣から巨大な光の柱が幾千にも迸った。
 ムーアの顔が恐怖と絶望にまみれた顔を宿し、ありとあらゆるものを吹き飛ばし、最大にして最強の呪文がムーアを襲う。
「グギャアアアアアアッ!!」
 デスタムーアの凄まじい断末魔が轟く。
 ボロボロと肉体が吹き飛び、崩れ、徐々に巨体が小さく萎んでいく。見る見るうちに小さくなりながらもまだ悲鳴を上げ続け、すべてを蒸発し続ける。
すべてを消し去った後、光は静かにやみ、魔法の残り香りだけが漂っていた。
「…や…やったの…?あたし…」
 力尽きたようにぺたんと座り込み、バーバラは放心している。大魔王の邪気はもう感じない。
「バーバラ…!よくやった…!」
 肩の力を下ろして駆けてくるレック。
「やるじゃないか…あの野郎を倒してしまうなんて」と、テリー。
「すげえ威力だったぜ」と、ハッサン。
「大魔王が恐れる魔法なわけです」と、チャモロ。
「天晴れです」と、アモス。
「すごかったわ…」
 ミレーユがバーバラを抱きしめた。
「…みんな…あたし…あたし、もう魔力が全部なくなっちゃった。でも…後悔してない…してないよ…。これで、よかったんだよね?」
「あなたがそう決めたのなら…それでいいに決まってるじゃない…。みんなを護ったのだから…」
「…うん…そうだね…」
 バーバラは大粒の涙をこぼした。
「とりあえず…すぐにここを出ましょう。大魔王が倒れた今、ここもじきに崩れるはず…」
 チャモロがリレミトを唱えた。


 はざまの地上に出た一同は、そこらの安全な木陰で回復魔法と傷の手当てを行った。
 骨が折れたままのガタガタな体は、チャモロやミレーユのベホマで完全とまではいかないが、大半は回復できた。しかし、完全に元通りになるまでは、しばらくは絶対安静が必要だという。
「しかし、大魔王を倒しても…邪気の反応が消えていませんね…。さっきはちゃんと消えていたのに…」
 不安げなアモス。
「もしかして…奴は生きて…」と、テリーが何気なく口にした。
「こ、怖い事いうなよ!あんな化け物を見るのはもうごめんだぜ…。こっちは全力でやったってのに…」
 ガタガタ震えるハッサン。
「けど…とてつもなく濃い邪気が漂っています…。しかも…恐ろしい速さで…この世界全体を覆い尽くすかのように。何かが起ころうとしている」と、チャモロ。
「この世界全体を…?うそだろ…!」
 ハッサンとバーバラが顔色を悪くする。
「そんな…あたしの…あたしのマダンテでもだめだったのかな。もしかして…効いてなかったの?」
「いや、確実に効いていた。奴が滅んだ時、邪気もすべて消えていた。だけど…」



 この謎の予兆は、はざまの世界だけじゃなかった。
 夢の世界も、現実世界も、世界全体に邪気と黄砂が降り注いでいる。
 全世界の空は真実のはざまの様に暗黒そのものに覆われ、太陽も消え、邪気を浴びた魔物は見る見るうちに活性化し、より凶暴になって旅人を襲い始めた。しかも、凶暴化だけではなく、自然災害も頻発している。
 世界中の人々が、この異常現象にパニックに陥っていた。
「なんだこの空は」
「真っ暗だ」
「一体何が起ころうとしているの?」

 その頃、レイドックの城下町も人々は混乱していた。
 開いていた店を早々に閉めたり、仕事や作業をすぐに切り上げ、人々は逃げるように自分の家に閉じこもったまま外を眺めて不安を募らせている。
 ある者は神にでも縋る思いで祈りを捧げ、またある者はもう世界の終りだと絶望して発狂し、そのまたある者は冷静に事の成り行きを見届けようと覚悟している者だったりと、世界中どこの国もこのような状態だった。
「陛下、先ほど…アモールの町に洪水による被害報告が出ています。そして…クリアベールの町にも地震被害が出ており、死傷者や行方不明者多数との事です…」
 苦しげにフランコが世界の状況報告を行う。
「…そうか…今日だけで六つの国や町が大災害に見舞われているとは…一体…世界はどうなっておるんじゃ」
 レイドック王は苦しげに呻く。
「ああ…あの子が…レックの身になにかが起きているのだとすれば……」
 泣き崩れそうになるシエーラ。
「大丈夫じゃ…あいつなら…あいつなら必ずやってくれる。信じるのじゃ…シエーラ。あやつは強い子じゃ…大魔王などに負けはしない」
「あなた…」


 誰もが世界崩壊の予兆なのではないかと思っていた。
 ここ現実のライフコッドでも、近くの山で火山噴火が起こったばかりで、全員が遠くの山のふもとへ避難した所だ。
「もう終わりよ…ムドーや村を襲ってきた奴らが倒れて、世界が平和になったなんて嘘だったんだわ。世界が…世界が滅びようとしているのよ…」
 暗黒に閉ざされた空を見て、泣き崩れる村人。
 それに伝播されるように、他の人々も絶望しつくした顔ですすり泣いたり、放心していたりする。
「ああ…勇者様…山の精霊様…わし達はどうすればいいんじゃ…」
 嘆くよろず屋の老人。
「大丈夫ですよみんな」
 泣いている人々ばかりの最中、ターニアが前向きな顔で声をかけた。
「きっと…お兄ちゃんがやってくれる。村に魔物が襲ってきた時だって、私達を助けてくれた」
「…あのイーザが…?いや、レックだったっけ」と、ランド。
「そう、自慢のレックお兄ちゃんだよ。お兄ちゃんは勇者様…ううん、みんなを救える人だから…お兄ちゃんだから信じてるの!」
「ターニア…」
 暗黒の世界の中でも、それでも彼らを信じる者もいた。
 遠い空の下で、彼らに力を与えるようにして…。



「どんどん暗黒に呑まれていく…。空だけじゃない、空気まで淀んできている…」
 恐る恐る何かを感じ取っているチャモロ。
「何が始まるってんだよ…一体」
「…くる!」と、ビリビリと凄まじい邪気を察知して立ち上がるレック。
「え…」
「この邪悪な気配の元凶が…!」
 その気配を察知したレックは、空を見上げた。仲間達も同様に見上げる。
 気配と共に、どこからともなくおぞましい地を這う声が全世界に響いてきた。
『ふふふふ…ははははは!人間どもが調子に乗りおって。もはや…お遊びもここまでだ…!』
 そんな時、ガラスが割れるような音がした。
 とてつもなく巨大な右手の鈎爪が、狭間の空間を突き破って出現したではないか。
 その中からさらにもう片方の左手も現れ、そしてその中心に、二本の角を頭上に生やした悪魔のような顔が姿を現す。
 体はなく、顔と両手が独立した生命体。
 それは変わり果てた大魔王の究極の姿であった。
 全員は絶句する。
 あまりの恐ろしさと邪悪さゆえに動けない。
「ふふふ…恐ろしさに背筋が凍え、震えるだろう。はざまの世界そのものがこのわしになったのだからな!ここまで再生するのに数時間もかかってしまった…遅くなってすまんなぁ」
「お、お前は…マダンテを受けたはず…どうしてその姿に!」
 動揺を隠せないチャモロが訊いた。
「たしかにわしはマダンテで一度滅びた。だが、そのカルベローナの女がどこかまだ躊躇いがあってか、または未熟者だったのか、そのエネルギーを逆に取り込む事に成功したのだよ。それはなぜか…わしのもっとも重要な心臓部分が、運がいい事にかすりさえもせずに破壊されなかったのだ。おかげでマダンテのエネルギーそのものを糧として吸収し、再び肉体は再生することが出来、超パワーアップを果たしてわしは大復活を遂げることができたのだ!はざまと一体化したようにな!」
「そん…な…」と、震えるバーバラ。
「マダンテすら取り込んだわしは、究極を越えた究極。このはざまだけではなく、夢と現実にもわしの力が及ぶようになった。今こうしている間にも…二つの世界は邪気と暗黒に閉ざされているはずだ。そして、やがてはそう遠くないうちに腐りきった死の世界となり代わるだろう。もう全世界崩壊は決まったも同然なのだ!」
「なんだと…!だったらお前をたおせば…」
「無駄だ。わしを倒した所で、全ての世界の暗黒を祓う手だてはない。それどころか、わしすら倒せずに、貴様らはここで死ぬのだ。もう手加減はせぬ。勇者以外の貴様らを含めて、全人類を虐殺してくれるわ!」
 ムーアがおぞましい雄叫びをあげると、凄まじい波動が起こり、全員が一斉に吹き飛ばされた。
「きゃあぁ!」
「うわぁあ!」
「ぐあああ!」
 それぞれがもんどりうったり、木や岩などに背中から激突して叩きつけられる。
血反吐を吐き、頭や手足から血を流す。
一発で肋骨などの骨が砕かれたようだ。
せっかく回復した体も、先ほどのガタガタな状態と変わらなくなってしまった。

「続いてこうだ!」

さらに追い打ちをかけるように、メラゾーマとイオナズンの雨を降らせる。
マジックバリアをかけていても、ガタガタな体ではもろくて傷つきやすい。
全員が致命傷となる集中砲火を浴びてしまった。
皮膚が焼け焦げ、血を流しながらピクリとも動かないアモスとハッサン。
まともに炎を浴び、青白い顔でこと切れているチャモロ。
運よく波状攻撃を浴びなくて済んだが、恐怖と絶望に震えているバーバラ。
唯一まだ立ち上がろうとしているレックとテリーとミレーユでさえも、瀕死の重傷である。
想像を絶する仲間達の無残な姿に、残りの三人が絶句した。

「ああ…みんな…みんながァ…!」

震えて涙ぐむバーバラ。

「弱い…なんて弱いのだろうなあ。これではおもしろくないぞ…くくく…もっと楽しませろよ…」

大魔王は全滅寸前の一同を見て、楽しくてたまらない。

「ああ、そういえばそのマダンテの女に礼を言っておかないとなぁ。マダンテでほんの少し俺様に恐怖を与え、滅ぼしてくれた礼をな!その体を引き裂き、ハラワタを食らいつくしてくれようぞ!」
「あ…ああ…いやぁああ……」

涙を流したまま、辛くて悲しくて恐怖で動けないバーバラ。

「しねえ!」

右手の鈎爪が彼女に及ぼうとした時、肉を刺す音がした。



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