DQ6 | ナノ
 27-5

「う…ぐ…はっ」
「…ッ…!…て、テリー!」

バーバラをかばうように、ムーアの爪がテリーの腹を貫いたのだった。

「ちっ…まあいい。順番が変わってしまったようだ」

鈎爪を引き抜くと、テリーは大量に血を吐いて流し、のけ反って倒れる。

「し、しっかり…しっかりして…ッ!」

すぐさま、バーバラはテリーを抱き止める。
腹部から流れ出る血は止まる様子を知らない。

「…何、そんな顔…しているんだ…ばか…」

血を吐きながら、荒く呼吸を繰り返すテリー。
彼の命の灯が弱弱しくなっていくのがわかる。

「どうして…あ、あたしなんか…かばったのよ!あたし…もう…魔力がない役立たずなのにッ!」

大粒の涙がテリーの頬に落ちて濡らす。

「それ…でも…体が…勝手に動いちまったんだから…しょうがない…だ…ろ………」

テリーは何も言わなくなり、手の力ががくんと抜けた。
青白くなっていく彼に、バーバラは蒼褪めて絶望する。

「い……いや…うそでしょ…うそって言ってよ!目を開けなさいよッ!!…いやぁああああッ!!」

冷たくなっていくテリーと、激しく泣いているバーバラの前で、無情にも大魔王は笑うだけ。
レックもミレーユも辛そうに震えている。

「ふふふ…はははは…!人間とは面倒な生き物だな…。数人の顔見知りが死んだくらいでそこまで狼狽えるとは……だが、それをもっともっとぶち壊したくなる」
「テリーが何をしたっていうの……みんなが何をしたって言うのよ…こんなやり方…ひどすぎる…ひどすぎるわよ…」

バーバラは体を小刻みに震わせ、「アンタ残酷すぎるわよッ!!」と、キッと睨み、涙をこぼしてムーアを怒鳴りつける。

「ひひひひひ…いい顔だ。その憎しみに満ちた顔…たまらん。なあーに寂しくないぞ?今からお前達もあの世へ行けるんだ。死んだ仲間が先にあの世で待っておるぞ」

右手がバーバラに向かって振り下ろされた。

「む…」

間一髪、レックがラミアスの剣で受け止めていた。

「俺が…俺が…狙いなんだろう?もう…仲間を傷つけるのはやめろ…お願いだ…」

レックは泣きながら訴えた。
仲間達の残酷な死にざまに、心折れそうだった。
刀身はガタガタ震え、立っているのもやっとな状態で、あちこちから血が流れてとまらない。

「勇者…か…お前が潔く俺様の肥やしになるのなら、やめてあげてもいいぞ?くくく」

言いながら、イオナズンを唱えた。
その時、二人の前に飛び出すように影が横切る。
バーバラだった。
彼女は覚悟を決めたように、こちらをちらりと見て泣き笑っている。
それに気づき、二人は茫然としている。

「バーバラッ!」

その刹那――…大爆発が起き、彼女はその爆発の中で燃え尽きるように消えた。
魔法の力を失った彼女は、おそらく死体の欠片さえ残らない。
恐る恐る煙の中を確かめると、やはり何も見当たらなかった。

「ああ…そ…ん…な…バーバラ…が…」と、茫然自失なレックとミレーユ。
「フハハハハ!次々と犬死にしていくおろかな人間どもだ!お前らがしてきた事は、俺様のシナリオ通り何もかも無意味だったんだよ!」
「ッ…貴様…!」

キッと涙をこぼしながら睨みつける。

「やはりその顔はいいものだ。…もっと憎むがいい。その憎しみがわしの糧となる。さあ、もっと!もっとだ!」

ムーアが二人に向かってメラゾーマを飛ばした。
レックが怒りで受け止めようと身構えると、彼を押しのけ、かばうようにすぐにミレーユが前に出る。

「ミレーユッ!?」と、驚愕するレック。

彼女は炎を全身で浴びた。
ボロボロな体のミレーユはもろく、服や皮膚は簡単に焼け焦げる。
全身に大やけどを受け、ダラダラと血を流し、ぐらりと倒れる彼女の体を咄嗟に抱きとめた。

「ミレーユ…!ミレーユ、し、しっかり……」

激しく狼狽えているレック。
涙がとめどなくこぼれる。

「ごめん…ね……レック…」

荒く呼吸を吐きながら、彼女は薄く微笑む。

「みん…な……あな…たを…信じ…てる…から…だか…ら………」

彼女は涙をこぼしながら、レックの腕の中で静かに息を引き取った。


「…っあああああぁあああ…!!」

とてつもない深い悲しみが突き上げ、レックは悲痛のあまり慟哭する。

「ぎゃはははははは!死んだ!勇者以外全員死んだー!ふはははは!」

邪魔者はいなくなったと耳障りに笑い続けるムーア。

「さあ、残りは世界を滅ぼし、お前を取り込むだけだ」
「………」

レックは絶望した顔で座り込んでいる。
涙を流したまま。

「ひひひ…失意のどん底のようだな。抵抗の意思を見せなければ、このまま器ごと貰い受けよう」

右手がレックを鷲掴みにして持ち上げた。
はっとして我に返るもおそい。
ムーアの手中に捕らわれる。

「は…はなせ…はなせよッ!みんなを…みんなを殺しやがってッ!!貴様なんかぁっ!!」

狂ったように泣きわめき、血だらけでもがき暴れるも、右手の力が強くて振りほどけない。
それどころか、もはやボロボロの体で振りほどける程の力など残っていない。

「うるさいから一先ず眠っていてもらおうか」

レックをぎりぎりと力任せにそのまま締め上げる。

「うぐ…あぁあ…ああああああぁぁ…」

息が出来ないほど苦しげに呻く。
体中の骨がすべて砕けていく感じだ。

「痛いか?苦しいか?それとも一人ぼっちになって辛いか?だが、安心しろ…お前だけは殺しはしない。虫の息程度にしておいてやるよ。殺してしまえば、今までの事がすべて無駄になるからな。それに、世界を滅ぼした後、どうせわしの中に取り込まれれば、痛さも苦しさも寂しさも何もなくなるぞ」

さらに強く絞められると、とうとうレックは動かなくなった。
ぐったり気絶した彼を見て、大魔王デスタムーアはこの上ない嬉しさに口元を歪ませた。

「ふはははは…ぎゃーっはっはっは!!とうとう手に入れた!人類で最大にして最強の男の器を!これでわしは全世界の神となるのだ!」


レックを右手に携えながら、狭間の世界全体を飛び回り、狂ったように破壊の限りを尽くす。
希望と欲望の町を襲撃し、逃げ惑う者達と無残に殺されていく者達。
もはやこの世界すべてが、瓦礫の山だけになってしまったように、見渡す限り死の世界に成り変わる。
もう誰も止めることができないのか…。
もう大魔王相手に抵抗できる者は存在しないのか…。
そんな中で、まだあきらめきれない若者が心の中で呻いた。





お願いだ…みんな…俺に…力を…貸して…くれ…。




このままじゃ、本当に奴の好き勝手にされてしまう…。

みんなの世界が…奴に改変させられてしまう…。

そんなの…だめだ…だめだ!

このままで終わりたくない…終わりたくないんだッ!



心の中でもがくレックは、もはや戦える力なんて少しも残っていなかった。
当然ながら、倒れて死んでしまった仲間達も同じ。
でも…このままにしておけるはずがない。
たとえ死んでしまっても、どうしても奴をここで野放しにしておくわけにはいかない。

その時、かすかに「レック…!」と、倒れた仲間達の声が聞こえた。

ああ、決して途切れていなかった。
俺の声がみんなに届いていたんだ。
たとえみんながいなくなっても、みんなの魂だけはすぐそばにいるのがわかる。
自分達の心はいつだって一つだって。
いつも俺のそばについてるって。
奴だけは倒す!
そうだろう?
みんな…!

レックの体に流れる血潮が大きく滾り、ドクンと大きく心臓が脈動する。




「ふははは!さあ、今度は地上で全世界を滅ぼしに参ろうか…勇者よ…ん」

レックを鷲掴みにしている右手に、妙な熱を感じる。
よく見れば、気絶しているはずの彼の体から、ぼんやり青白い光を帯びているではないか。

「なんだこの光は!浄化の光…?」

光の力が強まる。
徐々に熱が超高温度に上昇する。
それはムーアの皮膚さえも溶かしてしまいかねない程に。

「ぐあああっ!!」

あまりの熱さに、持っていられないとばかりにレックを手から放した。
彼はそのまま光の膜を張りながら地上に着地し、無意識ながらも手を振り上げた。
ひゅんとうねるようにラミアスが彼の手に飛び込み、さらにレックも剣も光り輝く。

「ぅ…おおおおおおおおお…」


見えない六つの霊気がレックに吸い寄せられた。
これは倒れていった六人の魂だ。
すうっと自分の中へ注ぎこまれ、自らの力となる。

「…みんな…」と、涙を流すレック。

彼らの命、力、絆、決して無駄にはしない。


「な、なんだ…一体なにが…!こいつは…もう死にかけのはずで…」

そう、自分は死にかけだった。
今でも、自分が生きているのか死んでいるのかわからない。
全身だってボロボロだ。
もう目も見えないし、耳も聞こえない。
でも、感じることはできる。
この禍々しい元凶の魔物と、注ぎ込まれるみんなの思いだけは。

――ただ、今までの事すべてを無駄にしたくなかった。
倒れていった仲間達のしてきた事が、なかった事にされたくなかった。
無意味だなんて言葉で片付けられたくない。
自分と仲間達の絆は強く結ばれているのだから。
それは決して、大魔王でさえも壊す事なんてできない鎖だ。
愛情、友情、信頼、すべての絆が繋いで合わさり、ほら、全員の力を合わせるだけで、こんな風に奇跡の力が生まれる。
今の俺のように――…!

「デスタムーア。もう…貴様の好きにはさせない」

一片の淀みなく、夜明けのような光を帯びながら凛々しく言い放つ。
いろんな人々の思いや勇気が彼の中へ吸い込まれ、束ねられ、彼に力を与えるようにどんどん注ぎ込まれる。

「い、一体なんなんだ!わしにまだ刃向うつもりなのかぁ!」

右手や左手の鈎爪がレックを襲おうとするも、反発して触れることができない。

「なっ…」
「みんなの思い、絆、信頼、愛情…お前が虫けらと言った人間の力がどれだけすごいか…見せてやる!」
「生意気な口を…!」

さらに連続の打撃攻撃を加え続けるが、光に護られてレックはびくともしない。
ムーアは焦る。

「な…なぜ…なぜそこまでしてわしに抗うのだ!どうせわしが滅びても全世界は瘴気に塗れ、暗黒に呑まれて滅びるだけ。見えるだろう?夢も現実も…暗黒に蝕まれているのが。もう全世界を救う手だてはないのだ!」
「いいやッ…救ってみせる。みんなの二つの世界を…守って見せる!!こうしてオレが生きていられるのも奇跡なのに、それくらいの奇跡を起こせなきゃ、勇者なんてやってられないんだよッ!!」

さらに光が強まる。
神々しい輝きに目を開けていられない。

「くっ…まぶしい…!この小僧めがぁ!」

ムーアのありとあらゆる凄まじい攻撃を、光の障壁によって無傷で耐えるレック。
もちろん魔法も通用しない。
全く理解を越えている途方もない力に、次第にムーアは驚愕した怯えた表情に変わる。

「な……な、何者だ…オマエは…一体…何者…なんだ!なぜわしの攻撃が効かないッ!!」

勇者と言えど、これほどまでの底力があるのが信じられない…と、恐怖し、戦慄している。

「消え失せるがいい!みんなの力が一つになった浄化の稲妻で…!」

レックが叫ぶ。
何も見えなくなった瞳が、漂泊されるように蒼から真っ白に変わる。
はざまの虚無の空に、ラミアスの剣が上空に巨大な雷雲を作り出し、激しくゴロゴロと轟いている。


頼もしい仲間達、今まで出会った人々、世界中の生きとし生けるすべての者達の力を込めて、…オレは…オレは……今、巨悪を滅ぼし、暗黒を祓う!



「究極稲妻魔法ミナデイン」



とてつもない大きさの稲妻の柱が、デスタムーアの脳天に叩き落とされた。
ムーアは喉も裂けてしまうほどの悲鳴をあげて、驚愕な形相で伸びたり縮んだりしている。
それはマダンテと対局する威力を誇り、かつての歴代の勇者でさえも誰も成し得なかった究極と奇跡の稲妻系魔法ミナデイン。
仲間同士のあらゆる絆と、人々を救いたいという気持ち、そして自分自身の恐れない勇気、それらすべてが合わさって、究極状態まで高めないと絶対に唱えることが不可能な魔法である。
過去、どんな勇者であってもそれを唱えることは出来ず、勇者として未熟だったり、間違った者が放てば身を滅ぼしてしまうほどのリスクがある。
しかし、いろんな奇跡が重なった今のレックは、既存の勇者の枠を越えてしまったため、人類史上において初めてそれを成功させた彼は、神の領域を越えていた。
世界中の人々の思いが詰まったそれは、いくらムーアでさえも受け止められるはずがない。
悪には理解ができない、人同士のつながりが生んだ結果なのだから。
ムーアは何一つ欠片を残さず、完全に消滅した。



「終わ…った…」

レックは力を使い果たしたように体をよろけさせ、仰向けに倒れた。

「みんな…ありが…と…う……………」

彼は満足げに、安らかに力尽きた。
木の残骸が偶然にも十字架のように折り重なった手前で。
氷の様に冷たくなっていく勇者の若者。
もう、彼は動かない。
そこらには、勇敢に大魔王と戦った戦士たちの亡骸と、凄まじい戦いの爪痕だけが残っていた。

微かに天から一筋の光が溢れる。
この戦いで命を落とした者すべてを照らすようにして、光はいつまでも消えなかった。



二十七章 完




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