DQ6 | ナノ
 27-2

「ねえレック!聞いてるの?ねえってば!お願いだから返事をしてよ!」
 バーバラがひたすら檻の中の彼に声をかける。
 彼はうっすら微笑みながら、仲間達の声に全く耳を傾けようとはしない。なんの反応も示さない。
 とても自分たちの声など聞こえているようには思えなかった。
「無駄だ。勇者にはもう貴様らの声は届かない。やつの心がそれを望んでいるからな」
「望んでるって…馬鹿な!」
「知らないのなら教えてやろう、コイツの心の闇を」
「なに…」
 ムーアはいやらしい顔をさらににやけさせた。
「ソイツは心のどこかで、勇者と王族という立場から逃れたくてたまらなかったのだ。生まれた時から王族としての自由のない狭い生活の上に、勇者としての使命まで命じられてしまい、逃れられない使命と立場に密かに苦しんでいた。全世界の人間どもの希望の光と持て囃されてしまえば、そりゃあ世間から向けられる重圧は半端ないだろう。好きで勇者にも、王族にも生まれたくはなかったのだから、誰もこの重さの気持ちなどわかってやれる者はいない…とな。だから、そやつの負の部分を少しさらけだして甘言をかけただけで、そのように簡単に堕ちよった。ふふ…勇者も人の心を持った一人の人間…。全責任をすべてこの少年一人に押し付けて…まあ…人間どもは気楽なものよ」
 全員は茫然とした。
 奴が話すこれらが嘘とは思えない。
「レックは…いつもそんな風に思いつめていたの…?私達が知らず知らずのうちに彼にプレッシャーを与えていたってことなの…?」
「そんな…」
 いつも彼は笑顔だった。
 皆を引っ張るリーダーで、いつも真っ直ぐ前を向いている。
 個性的な自分達を陰から支える太陽のような存在。
 全員の長所と短所をわかった上で、それぞれのいい部分ばかりを引き出すことがうまい。
 そんな彼は、一度たりとも自分の使命から逃げ出したいなんて言った事はない。いや、本当は嫌なのを我慢して、ずっと誰にも言わずに溜め込んでいたのかもしれない。
 打ち明けることもできず、もがき苦しんでいたのだとすれば…自分達はなんてバカだったんだろう。なんて愚かだったのだろう。彼をちゃんと支えてあげるべきだった。
 彼の太陽のような笑顔に報いるべきだったのだと――…
「レックは今までずっと黙っていたんだわ。辛いとか…苦しいとか…一言も口にしなかった。ううん、いつも反対側の立場として…逆に皆を励まして引っ張る存在だった。心配かけまいと…必死で使命を貫き通そうとしていたのね……本当は辛くて苦しかったはずなのに……」
 口を押えて涙ぐむミレーユ。
「ああ…どうして我々は気づいてあげられなかったんでしょうか…レックさんの苦しみに…最年長者である私がいながら…っ」
 アモスが後悔の念を抱いている。
「彼は…自分ですべてを溜め込むタイプだったんでしょうね…」と、チャモロ。
「おい貴様!…どうしたらレックを正常に戻せるんだ!」
 テリーがムーアをさらに睨みつける。
「無駄だと言っているだろう?心が現実を拒否しているのだ。もう辛い現実には戻りたくはないとな。そうやって、そいつは幻覚の世界で抜け殻同然に幸せな夢を見続ける事だろう。永遠にな。自ら自我を取り戻さない限り、永久にそこから出られやしないのだ。しかし、抜け殻と言えど、勇者という存在は利用価値が豊かだ。無限の浄化エネルギーを持っているいわば神と同じ。そいつをわしの肥やしとして肉体に埋め込んだ時、わしは勇者をも神をも超えた究極の生命体に生まれ変われる。そして…究極の生命体に生まれ変わった時こそ、未来の卵を孵化させる事が出来よう…くくく…そのために、わしはずっとこの時を待っていた。待っていたんだよ!」
 ムーアは長年の悲願を前に喜びに打ち震える。
「まさかお前は…そのためにずっとレックさんに目をつけて…」と、アモス。
「そう、勇者の誕生を最も喜んだのはわし。その男の無限の浄化エネルギーがほしくて、前から奴を陰から支えてきたのはこのわしなのだよ。未来の卵を孵化させるには、浄化の力が必要だからな。つまり、勇者を育てたのは誰でもないこの大魔王様だ」
 その言葉に一同は身震いする。
 ムーアのおぞましいまでの欲望に。
「わしはこいつがまだ生まれたばかりの赤ん坊の時から、勇者ではないかと目をつけていた。思った通り、こいつはあの勇者ラミアスの血を引く生まれ変わりであった。わしは長年の夢の実現が近くなったと歓喜に打ち震え、こやつが将来的に真の勇者に目覚めるまで、勇者育成の計画を裏から始動させたのだ。不本意だったが、あのムドーやデュランとかいう雑魚をそれぞれに配置したのも、育成させるための手段として、勇者が打ち倒す目標として仕向けただけの事」
 さらに追い打ちをかけるように捲し立てる。
「そいつが両親の呪いを解くために旅に出て、まるで偶然のように都合のいい貴様ら人間と出会わせたのもこのわし!あの雑魚のムドーめに実体と精神体をわざと乖離させろと命令を下したのもわしよ。これも試練のためにとやむを得なかったがな。だが、絶妙なタイミングで精神と肉体が合体したおかげで、こうして晴れて夢の存在が実体になった事は思わぬ収穫だった。臆病者の方が実体となっては、今ほど強くはならなかったからなぁ。まあ、つまりだ…この少年にわざと試練を与え、鍛え、成長させ、真の勇者として目覚めさせ、ここへ来させるように仕組んだのは、すべてこのわしじゃったという事よ」
 全てが大魔王の壮大なシナリオだった。今までの事すべてが。
 壮大な計画だった事に、全員が茫然と立ち尽くす。
「そん…な…じゃあ今までの事は全部……おまえの筋書き通りだったのですか」
 アモスが悲痛に震えている。
「そういうことだ。何度かそいつは死にかけたり、予想外の事も幾度とあったが、こうしてハラハラしながら見守っていたというわけだ。ひゃひゃひゃ…皮肉なものよのぅ…全ては壮大な作り話と露知らず、悪を滅ぼすためと言って、わしの目的のために助力していた貴様らがひどくお笑いそのものだったぜ」
 全員の脳裏に、今までの事が走馬灯のように流れる。
 レックと出会い関わり合いを持った事も、魔王を倒しながら旅をしていた事も、全て決められていたんだって。自分達は都合のいい存在だったに過ぎなかったんだって。
 そう思いたくはないけれど、彼の存在が大魔王を喜ばせていたのなら、レックと自分との思い出が無残に粉々に砕かれていく気がする。
 そして、全ては大魔王の掌で踊らされ続けていたんだと――。
「思い知ったようだな…。だが、嘆くことはない。結果として、貴様ら自身もこの男と出会って、心身共に救われたのではないか?この勇者の少年と出会っていなければ…お前たちはどうなっていたと思う?何にせよ…お前らはその少年の存在に感謝するべきだろう。自分の居場所を与え、生かしてくれたことにな。わしにとっても感謝しているぞ?ここまで勇者と一緒にいて育ててくれた事にな…!ひひひ…今頃、精霊ルビスやゼニス神どもは真実を知って嘆いている事だろう。間接的に大魔王であるわしの目的に加担していたのだからな」
「いい加減にしなさいよ!」
 我慢できずにミレーユが怒鳴る。
「もしそれが本当にそうだとしても…お前がレックを勇者として目覚めさせた存在だとしても、お前などにレックは渡さないわ!彼はお前の欲望のためなんかじゃない!人間のために戦ってきたのよ!」
 魔力を溜めながら、怒りの激情を見せるミレーユ。
「全てはお前の筋書き通りかもしれませんし、たしかに彼の存在に僕たちは救われていました。彼がいたからこそ、私たちはここまで来れた。それは彼を勇者だからとか…そんな風に見ている仲間は今じゃ一人もいません!一人の人間として…レックさんという存在だからこそ、ぼくは彼に救われたんです!彼がいなかったら、ぼくは…村で…ずっと友達もいないまま…独りだった…みんなだってそうです!」
 チャモロが全員にバイキルトとスクルトをかける。
「その通り!レックは俺の大切なマブダチだ!今までの事が全部作り話だったとしても、テメーの狙い通りだったとしても、レックと出会わせてくれた事にめちゃ感謝してやりたいぜ!あいつがいなかったら、俺は大工仕事の楽しさもわかんなかっただろーし、仲間っつーかけがえのない友の素晴らしさにも目覚めてなかっただろうしな」
 爆裂拳の構えをとるハッサン。
「私も…レックさんがいなかったら、ずっと魔物のまま…町を破壊しつくす悪魔として生き続けていたでしょう。けれど、彼に命を救われた身として、大切な友人として…彼がいなくなる事なんて考えられません!いいえ、考えたくなどない!ここでお前を倒してしまえば、レックさんも私達も晴れてお前の手から自由の身となれる!だから…負けない!」
 奇跡の剣に炎を吹きかけて火炎の剣を握るアモス。
「あたしも…あたしも救われた。レックのおかげであたし…臆病だった自分から脱出できたし、自分を受け入れることが出来たんだ。あいつがいなかったら、きっとあたし達…みんな……みんなずっとひとりぼっちだった…孤独だったのよ」
 バーバラが過去を思い出して涙をこぼす。
 他の仲間達も同じ気持ちだった。
 レックがいなければこのメンバーは成り立たず、それぞれが孤立無援のままだった。彼が自分達を孤独の闇から救ってくれたのだ。
「だから…仮にもしあんたにレックが奪われたとしたら、どっちみちあたし達人類は死んだも同然だわ。レックがいない世界なんて…みんな考えられないと思うから。でもね…そうならないように、あたし達は人間として最後まで抵抗してやる!お前を倒すわ!」
 グリンガムの鞭を構え、もう片方にメラゾーマをこめるバーバラ。
「レックにはいろいろ世話になった。俺を魔の闇から救い出し、姉貴と再会させてくれたでかい恩がある。やつがいなきゃ…俺と姉貴は確実に死んでただろうな…。だからこそ、これからちゃんとそれらの借りを返さなきゃいけないんだ。それに…あいつがいないと剣の相手をしてくれる奴がいないんでね。てめえのシナリオだかなんだか知らんが、俺が認めたダチを取り込むなんて真似…寝言は寝てから言いな!」
 テリーも自慢の剣を持ち直す。
「情愛ほしさに自分勝手な事をほざく人間どもが…。勇者を目覚めさせたのはこのわし、大魔王デスタムーア様だ!この日のためにずっとずっと先に待っていたわしより、後釜の貴様ら人間風情が渡さないだと…?生意気な口を利きやがって…わしの大事な大事な器を奪うなあ虫けらがあああ!!」
 怒声と共に、ムーアの右の金の珠から凄まじい冷気が放たれる。
 マヒャドの威力を数段超える猛吹雪が一同を襲う。
「「フバーハッ!」」
 ミレーユとチャモロが前方へ出て障壁を張る。
 あまりに強いこの猛吹雪では、フバーハでも押さえきれない。なんて威力だろうとそれぞれが肌で感じる。
「っうわああ!」
「きゃああ!」
「ぐあああ!」
 フバーハの壁が破られ、全員が荒野に吹き飛ぶ。
「…くっ…凍傷が…」
「こ、こんなの大したことありません」
 全員の手足に凍傷や切り傷を作るも、負けじとヨロヨロと立ちあがる。このまま黙ってレックを渡すわけにはいかない。自分たちの唯一の希望の光を。守るべき存在を。彼奴の野望を達成させるわけにはいかないのだ。
「勇者がいないと何もできない貴様らなど、このわしの相手にもならんわ!だが、それでも抗うというのなら、よかろう…この大魔王様が相手をしてくれる!」
「ああ!抗ってやる!いくぞ」
 テリーと続けてハッサンが飛び出す。
「「はぁああ!」」
 テリーが魔人斬りを放ち、ハッサンが連続で爆裂拳をムーアにぶつける。
「きかぬ、きかぬ。その程度の非力…わしの全身にかけた防御の結界の前では貫通せぬ」
 皮膚にどんな爆裂拳や魔人斬りなどをぶつけても、意にも介さないとばかりにまるで手ごたえがない。しかもムーアは片手でそれらを防いでいるではないか。
 今度はチャモロのバギクロスとイオナズン、ミレーユのメラゾーマとマヒャド、バーバラのべギラゴンとメラゾーマがさく裂した。
 しかし、ムーアは痛くもかゆくもないという顔で、たいしたダメージを与えられていない。
「ならばこれはどうですか!」
 アモスが聖なる十字架を作り、ムーア向けて一直線に放った。
 全力のグランドクロスである。
 奴が悪の存在ならば、対局となる聖の攻撃には弱いはず。
「む…こんなもの…!」
 片手で防ぎながらも、意外にムーアが圧されているではないか。
 やはり聖なる攻撃には弱いらしい。
「よし、今です!みんな!」
 続いてテリーが渾身の力で稲妻斬りを放ち、ハッサンも正拳突きをぶつける。
「ぐ…っ…」
 ムーアが一瞬だけ怯んだ表情を見せた。
 防御壁の結界が破られる手前である。
 チャモロやバーバラもその隙を逃さず、ありとあらゆる魔法や攻撃をぶつける。その時、ミレーユが見たことがない魔法陣を作って魔力を集約させていた。その魔法力は凄まじく、どんどん上昇する。
 彼女のレックを救いたい気持ちが、魔法力を飛躍的に上昇させている。
「おまえには負けない…!ここで負けてしまえば…世界は滅び、お前にレックを渡してしまうのだから…!みんな、退いて!」
 全員がムーアから離れると、ミレーユの白銀のサークレットが輝く。そして、片手を頭上を掲げると大火球が現れ、それを振り下ろした。
「巨大火球魔法メラガイアーッ!」
 とてつもない大きさの火球がムーアの頭上に落とされた。
「なっ…!」
 一瞬だけムーアは戦慄を見せ、火球が直撃した所で大火柱が巻き起こった。
「グアアアアーー!」
 燃え盛る火柱の中で奇声をあげる。メラゾーマの数倍の威力にさすがのムーアも防ぎようがなかった。
(ただの人間の女に、こんな大魔法を扱える力があるなんて信じられぬ)
 火柱が止み、煙の中から黒焦げになったジジイが現れた。
 防御壁である結界は今ので消えている。致命傷を与えたというわけではないが、初めてムーアにダメージを与える事ができて、相手にとっても自分達にとっても衝撃は大きい。
「ふふ…まさかメラガイアーとはな…。あれは魔族にしか唱えられん最強のメラ系禁呪文の一つ。たかが人間風情の女が唱えるとは…女、どこでその魔法を覚えた?」
 プスプスと焦げた匂いが漂っている中で、ムーアが無表情で訊いた。
「そんなの知らないわ!気が付いたら夢中だったんだから…!」
「そうか…なら…余計に貴様らを葬らなければならないようだ。そんな禁呪文を扱える人間が出てきては…将来的に必ず厄介な存在となる。ここで芽を摘んで絶滅させておかねば!」
 ムーアが両隣の二つの金色の珠を操る。珠から怪しいピンク色の煙が漂ってきた。
「な、なんだこれ…」
 仲間全員が霧に包まれると、気が付けば激しく咳き込み、体がけだるくなってきた。
「これってもしかして…げほっげほっ…」
「いけない!これは特殊な猛毒の霧です!」と、チャモロが叫ぶ。
「そう、ただの猛毒の霧ではないぞ…!キアリーでも効かぬ超が付くほどの猛毒だ。はやくなんとかせぬと…死ぬぞ?」
「っ…そんな…げほっげほっ…キアリーでも…きかないなんて…」
「じゃあ…ど、毒消し草もむり…だよね…げほっげほっ…ど、どうすれば…」
 全員が跪き、とうとう立ち上がる事もできなくなった。
 力が抜けていく。
 視界がぼやける。
「ひゃっははは!ジワジワ苦しみながら死ね!貴様らが死んだ後、世界も勇者もありがたくもらってやる。だから、安心して死んでいけ!ぎゃーははははは!」
 ムーアが勝ち誇った高笑いを繰り返している。
「こ、このままじゃ…」
 猛毒により全員が死んでしまう。
 ここで終わってしまう。
 終わりたくない。
 未来を見ないでここで終わりたくない!
(助けて……助けて……ッ)
 ミレーユは向こうの方の檻の中で、ぽつんと座っている彼を見つめた。
 彼は依然として幻覚の世界で夢見て微笑んでいる。なんてもどかしいのだろう。
(レックッ――…!!)
 愛しくて頼りになる人の名前を祈るように呼びながら、彼を信じ焦がれた。




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