DQ6 | ナノ
 27-1

 ふふふ…。
 ついに…ついに…わしが全世界の神となる。
 たしかに彼奴ら人間どもは、時にわしの予想を超える行動をとって、こちらの計算を狂わそうとしたが、まあどれもこれもまだ想定内にすぎぬ。
 わしの最終目的が断たれたわけではないからなぁ。
 その最終目的が叶った時こそ、わしが真なる神として君臨できる瞬間。
 長年求めていた神となれる器が自らこちらへとやってくる。
 くくく、わざわざ出向く手間が省けるというもの。
 嗚呼――はやく欲しい。
 あの宝石のようなセレストブルーの瞳を宿す少年が。
 無限の再生力と未来の卵を孵すあの浄化のエネルギーが。
 そのためには、我が肥やしとするための勇者以外の人間を……抹殺する――…!





――第二十七章 光と闇の最終決戦――





 旅の扉に飛び込んだ勇者一行は、城の宮殿内に進撃した。
 20メートルはある大きな扉を全員で開け、恐ろしく広く迷宮じみている中へと侵入する。豪華絢爛な宮殿の反面、鼻をつまみたくなるほどの異臭が漂い、そこらじゅうに邪な影が潜んでいた。
 濃度が濃い邪気の中で、四方八方と反応できるように常に身構え、彼奴らの気配を読む。さっそく現れる一際強い魑魅魍魎(ちみもうりょう)数十匹が通せんぼし、バトルレックス、キラージャック、ヘルクラッシャー、ダークサタン、ブースカ、サタンジェネラルなどが襲い掛かってきた。どれもが見たことがないボスクラスの魔物である。
「イオナズンッ!」
「メラゾーマッ!」
 戦闘開始直後、ミレーユとチャモロの最強魔法でバトルレックスやキラージャック一味を吹っ飛ばした。バーバラのグリンガムの鞭がダークサタンの群衆を薙ぎ払い、アモスの変身での灼熱の炎がブースカ数体を燃やし尽くす。テリーのはやぶさ斬りとメタル斬りの連続コンボがヘルクラッシャーやランドアーマーの群れを真っ二つにし、ハッサンの連続での爆裂拳がガーディアン十体を破壊。この城最強の魔物であるサタンジェネラル相手には一気にレックの凄まじいギガスラッシュで浄化させた。
「………」
 初めて放った時より数段威力の増したギガスラッシュに、レックは自分自身でも驚いていた。以前よりまたさらに浄化の力が強まっている事と恐るべき破壊力に。
 自分が末恐ろしく思えてしまう。
 こんな恐ろしい力を普通の人間である自分が持つべきなのだろうかと。
 自分は何者なのだろうかと。
 勇者と言われればそれまでだけれど、それだけじゃないような気がする。
「どうしたの?」と、ミレーユ。
「いや…この土壇場で力が上がった気がするなあって」
「あはは〜レックってばどんどん人間離れしちゃってるよね〜。もはや神様より強いんじゃないの?」
 ふざけ半分で茶化すバーバラ。
「よしてくれよ。勇者とかそういうのきらいなんだよ。俺は普通の人間なんだから」
 レックは前を向いた。武器を片手にまた進む。
 広い廊下から長い階段をのぼった先には、長ったらしい矢印の滑る床フロアに出た。
 間違えた床を踏んでしまうと、真っ逆さまに暗闇広がる地下へ転落してしまう。ここは矢印の方向をしっかり見定めて、階段のある先の矢印を探す。方向さえわかってしまえば意外と楽だ。
 その先でも、一際強い呪いの鏡やトロルボンバーたちが行方手を遮る。先ほどと同様な戦法で蹴散らし、骨だらけの螺旋階段をのぼりつづけた。そのまた奥では高いのか低いのかわからない崖上に出たり、謎のエレベーターに乗ったり、いろんな場所にいろんな仕掛けが待ち受けていた。
「げーなにこれぇ」と、バーバラ。
 今度はたくさんの銀の扉が四方八方とフロア中に並んでいた。
 どれが本当の扉かを探せというものだろうが、その数は半端なく多い。
「ど、どうやってさがすんだよ…こんな数百もある扉を…」
 この手の仕掛けは、ハッサンからすればもちろんさっぱりである。
 間違った扉を開ければまた初めから戻されるか、もしくはおかしな場所へ飛ばされてしまいそうだ。
「一つずつ探してたら確実に日が暮れるな…」と、テリー。
「簡単だよ」
 レックは目を伏せて笑う。
「え…どこが」
 全員がレックの方を見る。
「みんな…目を閉じて邪気の流れを感じるんだ。どこからそれがながれてくるかを…」
「おお、そうか!」
 彼の言うとおり、仲間達が目を閉じて邪な空気の流れを探る。
 遠くの方で、邪気の濃度が一番濃い扉を感じる。誰もがカッと目を開いてあの部屋にぴんときた。
「という事は、あの真ん中の扉だろうな」
 一番先にテリーが反応した。
「…ですね。あそこからの扉だけ異様に空気が淀んでます」と、アモス。
「あたしもあの扉だと思う〜!」と、バーバラ。
「正解だ。きっと、あそこがさらに奥へ続いているはずだ。いくぞ」
 力を入れてその扉を開けた途端、紫色の靄がかかった謎のフロアに出た。
「ひゃーこの靄のせいでなんにもみえなーい!」
「大魔王の城は仕掛けだらけすぎるぜ…」
「やみくもに歩いては迷うな…ここは慎重に行って………あれ…」
 ふと気づくと、仲間達の気配が消えていた。
「…みんな…?」
 辺りを見渡すも、紫色の靄の中で自分一人きりとなっていた。
 仲間達は忽然と消えてしまっていない。気配すらも感じない。
 自分一人だけ迷った?
 しかし、先ほどまで、たしかにそばにみんながいた。
 ならば…罠…?
 レックはしまったと焦る。
「みんな!どこだっ!」
 これでは大魔王の思うつぼだ。
 はやく何とかして合流しなければ…。でも、やみくもに歩けば余計に迷うだけなのに。
「可哀想な…お兄ちゃん…辛いのね」
 誰かがつぶやく気味の悪い声が聞こえてきた。
「だれだ!」
 叫ぶと、うっすらそいつが姿を現した。
「あれ…私の事忘れちゃったの?お兄ちゃん…ひどいなあ」
 その顔は忘れもしない妹の姿。
「……ターニア!?」
 どうしてここに…いや、ありえない。
 自分は今大魔王の城にいるはずだ。こんな所に彼女がいるはずがない。だとすれば、これは幻覚!
 大魔王が見せているまやかし以外に他ならない。
「魔物め!姿を見せろッ」
 袋からラーの鏡を取り出す。
「ふふふ…せっかくお兄ちゃんの大好きなターニアになってあげたのに…魔物扱いだなんてひどォーい。でも…無駄だよ?」
 相手はカッと目を見開いて、体中からまぶしい光を発した。
 慌てて瞼を閉じたものの目が白熱し、焼け付くように痛い。思わぬ行動に目をやられてしまって、これでは完全無防備となってしまう。当然相手はその隙を逃さず、ターニアモドキはラーの鏡をレックから奪いあげてしまう。
「こんな余計な鏡持ってるから…お兄ちゃんはダメなんだよ…」
 モドキは鏡を持ったまま両手でぐぐっと力を込めると、鏡に徐々に亀裂が走り、無残にも粉々に砕け散った。
 掌から砕けた粒子が、パラパラと滝の様にこぼれ落ちる。
「ああっ…か、鏡が…!」
 音だけで鏡が割られたと感づく。レックはまだ目が癒えていない。
「ふふ…これでもうお兄ちゃんは私から逃げられない…」
 レックの瞳が見えるようになった頃、辺り一面は靄が晴れた。その視線の先に待っていたのは、なぜかライフコッド村の風景だった。レックは呆然としている。
「どうしてこんな所に村の景色が…?」
 場違いな光景に警戒する。
 当然ながら100%幻覚だ。幻覚に違いない。
 こんなのに引っかかるわけ……アレ?
 気が付けば、体が勝手にその村の方へ向かっていた。自身の意志とは反して。
 ダメだと意志を働かせても、足取りは操られたように止まらない。
 どうせ騙されるはずがないとわかっていて、力づくで誘い寄せる気なのだろう。なんて姑息なやり方だとレックは思った。
(こんなものっ…!)
「さあ、今までの事なんて忘れて…私達と平和に暮らしましょう…。大魔王デスタムーア様が私たちを幸せにしてくれるよ…」
 猫撫で声で誘うターニアの偽物。妹の姿をしているから余計にこちらは苛立つ。
「そ、そんなの……ふざける…な………………」
 レックは嫌だ嫌だと必死に抗うも、幻覚に吸い寄せられてしまう。
 このままでは……
 次第に意識が朦朧とし、心の奥底で見え隠れしていた負の感情があふれだす。


 あれ、どうして自分はこんな風に必死になっているんだろう…。
 どうしてボロボロになるまで戦ってきたんだろう。
 辛くて、しんどくて、傷つくだけの戦いなど、自分だけが損をするだけじゃないのか。
 自分が勇者だから?みんなが喜ぶから?違う――…!
 成り行きで――だ。
 自分が勇者だと知ってしまったから、仕方なく今まで戦ってきて、みんなを救ってきただけの事。たしかに誰かを助けられて感謝されるのは嬉しいし、がんばろうって気持ちもあふれてくるけれど…それ以上に…どうして自分がその大役に選ばれてしまったんだろうって気持ちの方が強かった。
 自分じゃなかったらよかったのに…ってそう考える日も多くなっていって――…
 本当は、本当はね……オレ、戦いたくなんてなかったんだ。
 最初はあこがれていた勇者という立場も…背負ってみるとプレッシャーが半端なくて、ガタガタ震えて、逃げ出したかった。辛かったんだよ。なんで俺なんだろうって。
――ああ、もう何もしたくない。
 誰かのために自分が何かできるだなんて、なんでそんな風に考えているんだろう。
 そんな事を考えること自体がおこがましいんじゃないだろうか。自惚れているんじゃないだろうか。
 無理して自分が頑張らなくたっていいんじゃないのか…?
 自分じゃない次世代の勇者がなんとかしてくれるんじゃないの?
 嗚呼、できる事なら戻りたい…。
 妹ターニアと楽しく暮らしていたあの頃に…。
 何もかも忘れて…静かに暮らしていたいんだ。
 精霊様はどうして俺を戦いに引き込もうとするの?
 俺は本当は戦いたくなんてないんだよ。
 傷つきたくもない。
 苦しみたくもない。
 実は臆病な自分をひた隠しに生きていただけに過ぎなかったのだという事。
 今なら、バーバラや現実の世界で生きていた自分(アイツ)の気持ちがよくわかる。
 どこか遠くへ逃げたい気持ちが…。
 勇者なんてなりたくてなったわけじゃないのに。
 王子だなんて身分にもなりたくてなったわけじゃないのに。
 どうして……?
 どうしてみんなは俺を戦わせようとするの?
 どうして俺に期待するの?
 どうして………どうしてなんだよッ!!
……もう…戦うのは嫌だ…。
――辛いのはたくさんなんだよッ!!

 負の感情が膨らむ。
 これはまやかしではなくて、真実だからこそ否定が出来ない。
 心の扉が緩くなっていく。
「大丈夫だよ…お兄ちゃん…。私達と一緒に来れば…もう辛い事なんてなにもなくなる。勇者からも、王族からも…戦いからも解放されるんだから…」
「ほん…とう…?」
「本当だよ」
(ああ、嫌な事から逃げ出せるのなら…もう、すべてどうだっていい…どうだって…………)
 目の焦点が定まらなくなったレックはうつろな表情に変わる。
 流されるまま幻影のターニアの手を取り、フラフラと幻覚のライフコッド村へと流れてしまったのだった。



「レックー!どこだー!」
 全員が彼の名をひたすら叫んで探しまわる。
「くそ…あいつどこ行っちまったんだ」
「いきなり消えるなんておかしいですよ」
「罠に引っかかっちまったとか…」
「あ、靄が晴れてくよ」
 靄が晴れた場所は周りが真っ赤に染まった無の世界だった。
 赤い視界と地平線のみの気味が悪い場所である。音もなく、風もない。
「ここは……」
 全員が周囲を見渡す暇もなかった。
「ぎゃーははははは!いーひひひひひ!」
 耳をふさがずにはいられないような金切り声が響いてくる。
 何がおかしいのか、そいつは狂ったように笑い続けて姿をぱっと現した。
「人間どもがノコノコきやがって、所詮は勇者という柱がいなきゃ何もできないサル以下の下等生物よ」
「ッ…だ、大魔王…!」
 全員が一斉に警戒する。
 姿形は見たことがないが、この恐ろしく邪悪なエネルギーを漂わせている人物こそ、十中八九そうだろうと誰もが思った。
 魔力、邪気が半端じゃないほど感じる。かつての魔王クラスの比ではない。
 見かけは年老いたヨボヨボのジジイと侮る余裕さえない程。
 つららの様に長ったらしい口ひげを生やし、紫色の衣マントを纏い、肌の色は不気味な桃色をしている。
 トベルーラでもつかっているのか、それとも別な魔力で浮いているのか、宙にあぐらをかきながら両隣に金色の球体を下僕のように従わせていた。
「このわしが全世界の主となる大魔王デスタムーア様よ。そして、生きとし生けるすべての王として君臨する存在。王の御前だ…跪くがよい、塵芥(ちりあくた)共よ」
「はあー?跪けですって!冗談じゃないわよ!今からあんたをボコボコにしてやるってのに、そんなバカな真似できるもんですか!」
 バーバラが怖気づく事なく言い返す。
「そうです!私達はお前を倒すためにここにいるんです!あなたを王だなんて呼べるはずがないでしょう!」と、アモス。
「ふふふ…弱い犬ほどよく吠えるものよ。勇者がいない貴様ら等…アリを踏みつぶす程度にしかならんわ」
「ッ…!レックは…彼をどこにやったの!知っているんでしょう?」
 ミレーユが強く睨む。
「ふふ…あやつなら幻想の世界で幸せを見ているぞ」と、ムーア。
「は…幻想の世界…?」
 呆然とする面々。
「あいつは…お前たちのような能天気でおめでたい連中の事は考えたくないと自ら遠くへ行き、心を閉ざしてしまったのだよ。…可哀想に…」
「何を…言ってやがんだ…レックがそんな事考えてるわけないだろう!?」
「そーよそーよ!あいつは誰よりも仲間を大事にするバカが付くほどお人好しな奴なのに!」
「嘘だと思うなら…このしおれた状態の奴を見てみるがいい」
 ムーアが軽く手を伸ばすと、巨大な檻に閉じ込められたレックの姿が現れた。
 彼の周りには村の景色がうっすら見え、そこで幻覚の村人と楽しそうに話し込んでいる。
 全てがまやかしだというのに彼はそれに気づかずに微笑んでいる。
 よく見れば彼の瞳は焦点が定まっていない。まるで血の通わない人形のように。なぜこのような事に。
「「「レック!」」」
 仲間達が檻に向かって一斉に駆け寄る。
「くそっ!こんなちゃちな檻に閉じ込めやがって…」
「ねえ、レック!しっかりして!あなたはその幻覚にだまされているの!だから今すぐここから……うッ!」
 ミレーユがそっと檻に触れようとすると、バチンと静電気が走ったように反発した。
「こ、これは…檻に強力な結界が張られています!」と、チャモロ。
「おい!どうやってこの結界を解いたらいいんだよ!」と、焦るハッサン。
「わかりません…。たとえ檻の結界を解いても、レックさんがこのような状態では意味がなく…」
「ちっ…厭らしい真似を…!」
 テリーがムーアを睨む。



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