DQ6 | ナノ
 26-3

 魔物が奇声と共に倒れ、視界全体が真っ白になった。一瞬の瞬きと同時に、全員が元の薄暗い要塞の中へ戻ってきていた。
 依然とマサールは鎖に繋がられたまま。
「兄上!」
 我に返ったクリムトが駆け寄る。
「うう…」
 覚醒の兆しが見え、ゆっくり目をあけた。
「気分はどうですか兄上。今、鎖を」
「い……いや。大丈夫だ…はっ!」
 気合で両腕の鎖が外れる。
 棘の罠もなくなり、この要塞の仕掛けもすべて解除されたようだ。
 二人の兄弟が改めて再会を果たし、嬉しくもあり、清々しくもあり、とても生き生きとしているように見える。始めの頃とは見違えるようで、青白かった顔色もすっかり血の通った赤みのある顔になっていた。
「マサールさん…よかったです」
「うむ。奴らは死んだ。もう私をこの鎖で縛りつけることはできまい。そなた達には感謝してもしつくせないほど感謝している」
 口元を綻ばせるマサール。
「私からも改めてお礼を言う。兄と引き離され、牢獄の町の地下牢に放り込まれた時、もう二度と兄とは逢えないだろうと覚悟していた。心のどこかでも勇者一行を信じてはいたはずが、その予言はやはり幻想に過ぎないのかと悲観していたのだ。だが、こうして予言通りそなた達が現れ、兄を助ける事が出来た。心から感謝している」
「…いえ。俺達は当たり前のことをしたまでですから」
 レックや一同は微笑む。
「勇者殿…そなた達の力をとくとみせてもらった。人間でありながら、その神がかりな力…。やはり…えらばれし者達だけの事はある。そなた達なら…大魔王デスタムーアの野望を阻止できるであろう」
「そういえば、大魔王はあなた方の力を恐れて牢獄に繋いだようですが…」と、チャモロ。
「うむ。我ら兄弟は、生まれながらに不思議な力を持っていてな、空間を超える。そんな力が備わっているのだ」
「空間を?」と、あまりに漠然としていてよくわからない。
「ある地点と、別のある地点に空間を結ぶという、旅の扉を作ることができるのだ」と、マサール。
「大魔王はそれを欲し、我らを恐れたらしい」と、クリムト。
「なぜ、恐れたか…今から見せてやろう。丁度ここは大魔王の城の真下にある。奴を驚かせるにはいい機会だ。クリムト、フルパワーで行くぞ」
「はい!兄上!」
 二人は互いに距離を取る様にフロアの端に移動し、両足を開いて踏ん張り、両手を突きだして構えの姿勢をとった。
 静かに念じながら気を高めていくと、見えない途方もない力が互いに集まり、陽炎がたちのぼる。
 高温度の熱エネルギーを感じ、部屋の空気温度は一気に高まった。やがて、バチバチと二人の掌から気を高めた白い結晶が現れ、それは徐々に大きくなっていく。ある程度の大きさに到達すると「「かあっ!」」と、同時に気合をこめて互いの結晶体をぶつけあった。
 ぶつかると同時に巨大な光の柱が現れ、要塞の天井を突き破って上昇する。どんどんのぼっていく柱は、大魔王の居城がある恐ろしい高さの岩山に亀裂を入れて砕きつつ、天へ向かってのぼっていく。柱は丁度大魔王の居城と衝突し、城で張られている闇の結界とで激しく相対しつつ、反発して大爆発を起こした。凄まじい爆風で、周辺の岩や木などがあっさりと吹っ飛ぶ。
「…すげえ…」と、あまりの破壊力に息をのむ一同。
 目の前にあった巨大な岩山は、二人の力によって木端微塵となった。
 しかし、大魔王の城が見当たらない。
「大魔王の城は…」
「おそらく、はざまの地上のどこかに降りているはずだろう」と、クリムト。
「闇の結界に護られていたせいで、彼奴めの城にはたいしてダメージを与えられんかったようだ。申し訳ないが、我らの力はここまでのようだ」と、肩を落とすマサール。
「そして、これが旅の扉じゃ」
 床には青色に輝く渦の水たまりができていた。
「ここに飛び込むと、ある場所へと飛ばされる」
「それって…もしかして…」
「そう、大魔王の居城の中へだ」と、マサールが答えた。
 一同の顔つきが引き締まる。
「全世界の命運がかかっているという責任重大な役回りだが、我らは信じているぞ。そなたらが大魔王の野望を打ち砕いてくれるのを」
「彼奴を倒すには全員の力をあわせるのだ。おぬし達は深い絆で結ばれている。友情、愛情、信頼、それらが合わさってこそ、また奇跡の力を生み出せる。今のおぬし達なら、それができるのだから」
 今までの旅は、仲間同士の絆を強めるようなものだった。ここまで来るのに、いろんな出会いがあって、騒動があって、強敵と戦ってきた。
 時に仲間内でケンカしたり、敵対しあったり、辛い事で涙を流す事もあったかもしれない。
 でも、どれもわかりあえる仲間がいたからこそ、乗り越えられた。仲間達と苦楽を共にしていくにつれて、信頼や友情、愛情が芽生えたのもこの旅のおかげ。だからこそ今があるし、仲間達との絆は出会った時より確固たるものとなった。
 もう、これは永遠に途切れる事なんてない。それらの力を、見せつけてやる時がきた――。
「出発は明日の朝にして、今日はゆっくりするといい。大魔王との勝負は体力勝負でもある。パワーを蓄えておかないとな」







 仲間達はそれぞれの前夜を過ごすことになった。
 最後の戦いを前にして、誰もが眠れない夜を過ごす事になる。この戦いが終われば、みんなとの旅は終焉を迎えるのだ。それが嬉しいようで、少し寂しいような複雑な心境がわきあがる。
 この戦いが終わってしまえば、みんながそれぞれの道に歩んでいく事になってしまうのだから。分かっていた事なのに、やっぱり寂しさが残る。またみんなで旅ができたらいいのに…。


「明日でついにこの旅が終わっちゃうのかぁ」
 希望の町で前夜を過ごすことになったバーバラは、町はずれの木の上で浮かない顔をしていた。
「あたし…やっぱりみんなに言えないままだな…」
 この戦いが終わると同時に、自分の存在はここにはなくなるんじゃないかと不安を募らせていた。
――そう、自分には実体が存在しない。
 今も精神体のまま行動している。魂だけの肉体だ。
 だとすれば、大魔王を倒した時、自分はどうなるのだろう…?平和を取り戻して、仲間達と帰るべき場所はあるのだろうか…。自分には居場所があるのだろうか。もし、そうじゃないとすれば…自分は――…
「そんな所で何してんだお前」
 テリーが夜の剣の訓練に出て戻ってきたところだった。
「テリー…あたし…言わなきゃいけない事あるんだ。聞いてくれる?」
 すとんと、木から飛び降りてテリーに向き直る。
「あ?なんだ…急に改まって」
「あたし、もしかして…大魔王を倒したら……」
 バーバラが言いかけた所で、テリーが丁度良く「くしゅん」とくしゃみをした。
「あら、ちょ…あんた風邪?」
「いや、はざまの世界の空気が淀んでるからだろ。元の世界と違って綺麗とはいえないからな。ハウスダストみたいなもんだ。それに、大魔王と戦うってのに、風邪なんて引いてられねーだろう」
「そう…。それならいいんだけど、ねえ、あんたは…この戦いが終わったらどうするの?」
 バーバラが訊いた。
「気になるのか?」と、にやり。
「べっつに〜。ただなんとなく知りたいだけよっ」
 そう言いながらも、気になって仕方がなかったりする。魔物がいなくなった世界で彼がどうするのかを。
「旅だ」と、テリー。
「へ…?」
「だから、旅をするんだよ。世界が平和になったからって、俺はじっとしてられない性分でね。また世界を巡るんだ」
「へぇ…魔物がいなくなる世界なのに?」
「魔物がいなくなったからこそだ。まだ見ぬ宝探しってのをやってみたいしな。あ、ドラゴンやらはぐれの悟りってやつをクエストするのもいいかもしれない」
 かの有名な悟りの書は、この世に二つとない伝説の書物らしい。それをすべて読み終えた時、ドラゴンにもはぐれメタルにもなれるそうだ。
「楽しそうじゃない。宝さがしなんてあたしにもぴったりそー」
「だろうな。なんなら…お、お前も一緒にきてもいいぜ?」
「へ?」
「お、お前がどうしてもヒマで、何もする事ねーとかほざくくらい超絶ニートになるつもりならな!」
 妙に頬が赤いテリーは、彼なりに勇気を出した台詞らしい。いつも勝気で、エラそうなくせに。
「あんた…」
 バーバラは言葉に詰まった。
 出来る事なら、精一杯の笑顔で頷きたい。
 せっかく誘ってくれてるテリーと一緒に行きたい。けれど、自分は…
「ま、まあ…考えといてあげる!あんたが大魔王戦でちゃーんと活躍するのなら、一緒に行ってあげてもいいけどォ〜?」
 決して叶わぬ事を約束してしまうかもしれない。夢に浸るだけでおわるかもしれない。
 けれど、今だけ。
 今だけは…この幸せで楽しい時間をぶち壊したくない。
 このひねくれ野郎と二人で過ごすのが、今日で最後になるかもしれないのだから。
「当然だろう。俺を誰だと思っている。これでも天下の青い閃光と呼ばれた男だ。大魔王に致命傷の一つや二つ、入れてやる」
「へぇ…楽しみにしてるんだから!」
 気取った態度を見せながらも、心の奥底では自身が消えてしまう不安を拭えなかった。


 その一方で、宿屋の屋根の上でチャモロは静かに瞑想をしていた。
 きっと明日は死闘になるであろう予感から、戦術や魔法のイメージトレーニングは欠かさない。少しでも素早く動くことが重要だと考え、できるだけ無駄のない動きを想像する。大魔王に確実にダメージを与えるために。
 そのすぐ近くで、アモスが馬小屋にいるファルシオンに餌をあげていた。
「はい、今日はいつもよりたくさん奮発したんですよ。遠慮なく食べてくださいね」
「ひいいいいん」
 ファルシオンはガツガツ差し出されたエサを食べている。あと少しでこの旅は終幕を向かる。静かに食事をとれるのは今日が最後かもしれない。
 考えたくはないが、本当にある意味最期になってしまうことだって考えられる。厳しい旅を最後まで共にしてくれたファルシオンにも、感謝をこめて最後くらいは大目にエサを差し出したのである。
「お、二人ともやっぱここにいたか」
 ハッサンも最後の鍛錬を終えて戻ってきた。首にかけたままのタオルで汗を拭っている。
「ええ。いざ明日が決戦だと思うと、たぶん今日は深夜遅くまで眠れないと思いますから。疲れをとるために寝なきゃいけないのはわかってるんですけどね」
「その気持ち、わかるぜ…。今の俺もそうだからよ…まるで好きな子に告る数分前みたいな心境だ」
「へんな例えですねえ」
「この戦いが終わったら、俺は親父の後を継ぐんだろうな。あれほど嫌だった大工仕事も、今ではこの通りやる気にみなぎってるんだぜ。たくさん働いて、世界一の大工職人として稼いでやるんだ」
 旅立った頃は、大工仕事なんて嫌で家を飛び出した自分。今や新たな夢を持ち始めた。世界一の大工職人という夢。
 始めの頃がもう遠い存在の様に思えた。
「ハッサンにはぴったりだと思います」
 瞑想を終えたチャモロが、ぴょんと屋根から降りてきた。
「ぼくは次期長老として、怪我や病で苦しんでいる人の手助けをしながら、村で修行したいと思います。この世界にはまだまだ解明されていない不治の病がありますので、その病気を治す研究もしたいですねぇ」
「それもチャモロにあってるよな。アモスは?」
「私はモンストルに戻り……嫁さん探しですかねえ。お見合いをしようと思いまして」
 お茶目に言って見せるアモス。
「お見合い、ですか」
「ぷっ…あはは!嫁さがしって…やっぱそうかい」と、笑うハッサン。
「ハッサンも、そろそろお見合いしてはどうですか?彼女いない歴年齢ではさすがに示しがつかないでしょう。大工仕事と言っても、やはり将来の伴侶は必要ですよ」
「まあ…このままじゃマジで婚期逃しそうだしよ…一発してみっかなぁ」
 今まで何度も女性に告白をしてきたが、どれも当たって砕けての終わりだった。でもお見合いなら、自分にあった女性を見つけられるかもしれない。普通の恋愛結婚より、わりとうまくいくかもしれない。
 途端、ハッサンはでれっとした表情になった。何を考えているか手に取る様にわかるほど、単純な思考回路である。チャモロは半笑いを浮かべた。
「言っておきますけど…お見合いと言ってもそう簡単ではないと思いますけどね…」と、アモス。
「お見合いにフラれたからと言って、ぼくやミレーユさんにどうやって女性が落ちるかって占いをさせないでくださいね」
「そ、それはねーよ!…た、たぶん」



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