DQ6 | ナノ
 26-4

 外に散歩に出ていたレックは、野原の上で寝そべりながらこの先の事を考えていた。
 どの行く末によっても、自分は王族という立場からは逃れられない。
 何不自由のない暮らしに優しい両親だけれど、束縛されての自由のない生活。夢の世界の住人の記憶しか持たない自分が、王族として暮らしていく事なんてできるのか。
 そんな時はいつだって、『お前さんは…お前さんじゃ…レックとして生きていけばいい』と、グランマーズが言っていた言葉を思い出す。
 その言葉通り、自分は自分として生きていく事に躊躇いはないし、夢であった時の様に伸び伸びとしていけばいい。けれど、それによって父や母にはきっと迷惑をかけてしまうだろう。民衆にはダメ王子だって呆れられてしまうかもしれない。
 でも……自分はイーザでもイズュラーヒンでもない。
 夢の世界で生まれたレックという人格だから――…。
「あー考えるのよそう!まずは明日絶対に勝たないと…」
 寝返りをうつと、背後から気配がした。
「ここにいたんだ」
 ミレーユがランチバスケットを持ってやってきた。
「なんだ、まだ休んでなかったんだ」と、起き上がるレック。
「キミを置いて休めるはずないでしょう?夕食も食べないで…。はい、宿屋のキッチン借りて残り物で作って持ってきてあげたわよ。どうせお腹減ってるんでしょう」
 レックのすぐとなりに座り、ランチバスケットを開いた。中には今日の残りのおかずや、フルーツサンドやハムサンドなどが詰められている。一緒に持ってきたポットの紅茶をカップに注ぎ、レックに差し出した。
「うわーありがと。いただきまーす」と、フルーツサンドを鷲掴みにして一口で頬張る。次から次へと流れ作業の様に胃袋の中へ流し込んでいく様子を見ると、よっぽど空腹だったらしい。
 あまりにもはやい食べっぷりに「詰まらせるわよ」と、ミレーユがあきれて見ていると、案の定すぐに詰まらせて、背中を何度も叩いてあげた。
「あー死ぬかと思ったー」
 蒼褪めた顔から生還したレック。
「誰もとりゃあしないんだから、ゆっくり食べればいいのに」
「だって腹減ってたんだもん〜ぱくぱく」
 また勢いよく口に放り込む。
「そういえば、ここにずっといたの?」
「うん、まあ…ちょっと考え事」
 口の周りをクリームだらけにして言う彼は、まだまだ幼いと思った。体つきや顔つきは随分成長したはずなのに、どこか幼児性が抜け切れていない所が随所で見られる。
 ミレーユがポケットからハンカチを出して、彼の口の周りを拭った。前にもこんな事があったような気がして、レックは恥ずかしくなった。
「ねえ、考え事って…やっぱり戦いが終わってからの事?」
「…まあな」と、からあげをぱくり。
 もう夢の世界のライフコッドのように、自由に暮らしてはいけない身分だ。レイドックの王位を継げるのはレックただ一人なのだから。
「私はね…この戦いが終わったら、おばあちゃんの所で占いの修行をしようかって思ってる。自分にあってると思うし、人々が悩み苦しんでる時に道を教え導く立場になれたらって…ね」
「へぇ、ミレーユにあってんじゃんか。グランマーズばーさんも喜ぶだろうし…って、あのばーさんの事だからもうミレーユの考え自体知ってそうだよな」
 あのグランマーズの事だ。
 夢占い師という職業ゆえ、なんでもお見通しだろう。
「そんな俺は…城で皇子の生活なんだろうな…」と、遠い目で呟いた。
「あんまり…嬉しそうじゃないのね…」
 レックの少々曇った顔つきに気づく。
「あ、そう見えるかな?…まァ、政治の勉強とか、礼儀作法とかは嫌いだから、そういう所は嫌かもしれないけどさ、でも両親もフランコ兵士長達も結構庶民的な所があってさ、思ったより話しやすいし、いい人だしさ、人間関係的にはうまくいきそうだと思うんだ。…城の生活はともかくとしてだけど。…まあ、なんとかなるだろ、うん」
 まるで、自分に言い聞かせるようにして笑顔を見せた。
「本当に…大丈夫なの?」
「本当に大丈夫だって!俺が忍耐強いの知ってんだろ?前まで嫌いだった魔法の数式覚えるのだって、今じゃ楽しいと思えるくらいになれたし…ようは慣れだと思うんだ」
「なら、いいんだけど…。でもいくら旅が終わったからって、お城にいる…綺麗な女の子に惚れないでよね。あと…隣国のお姫様とか…」
「は…はあ?」と、素っ頓狂な声をあげるレック。
「あなたは…っ…これでも一応有名人なんだから、きっと女の子とかにもモテそうだから心配なの!デレデレしたりとか…言い寄られたりしないかとか…」
「……ぷ…な〜んだそんな事か」
 拍子抜けしたように笑うレック。
「なんだとは何よ?こっちは心配なのよ」
 半ば怒った顔でミレーユは口を真一文字にする。
「心配いらないよ」
 微笑んだ後、すぐに真剣な顔になる。
「俺がたった一人女として見てるのは…ミレーユただ一人だけだ」
「…じゃあ、他の女の子に誘惑されないって信じていいのね?」
「ああ。信じて構わない。俺が異性に対して鈍いの知ってるくせに」
「…そうだね。キミ、超がつくほど鈍くて女心わかってないものね〜」
「悪かったな、鈍感バカ男で」
 プイとそっぽを向くと、ミレーユが抱きついてきた。
「み、ミレーユ…!」
「本当…あなたに出会えて…よかった…」
 ミレーユは幸せの涙をこぼした。
 彼の存在に幾度となく救われて事に。
 レックに出会っていなければ、絶望の中で過去の傷に苦しんで、自ら命を絶っていたかもしれない。それに弟のテリーとも再会できなかっただろう。
 そう思うと、自分の運命を180度変えた人であり、本当に幸せを運んできてくれる天使のようだと思った。
ーー自分だけじゃない。
 ハッサンも、バーバラも、チャモロも、テリーも、アモスも…彼の存在に救われた。
「意外によく泣くんだから…ミレーユって」
 彼女の頬から流れ落ちる涙をそっと指で拭ってあげる。
「しょうがないじゃない。あなたのおかげなんだから」
「あーやっぱ俺って女を泣かせちまう顔してんのかなー。弱ったなァ」
「…ばか」
 

 決戦当日の朝、レックは自室で静かに目を覚ました。
 むくりと起き上がり、朦朧とする意識の中で窓辺の外を眺める。いつもと変わらない紫色の景色は、相変わらず晴れとも曇りともとれない空虚な天候だった。
 この景色を眺められるのも最後にしたいものだと思う。
 世界の人々が笑って暮らせる世の中にするという事、平和な未来を守っていくという事、その使命が今日で達成されようとしている。
 サイドテーブルに置かれた時計を見遣れば、朝4時の刻をしめしていた。そろそろ起きる時間だ。
 そして、隣で静かに寝息を立てている愛しい彼女を見つめる。生まれたままの格好で艶めかしくシーツに包まって、自分の手をずっと握ったまま離さないでいたようだ。可愛いらしいなあって。
「…おはよう、レック」
 ミレーユも目を覚まして起き上がる。
「…おはよう…ミレーユ」
 幸せそうにおはようのキスをしあった途端、二人の頬が真っ赤に染まった。
 昨晩の事をはっと思い出してしまい、なんとも言えない恥ずかしい空気が流れる。あの後、ミレーユに抱きしめられ、愛を囁きあって、そして、初めて彼女を抱いたこと。
「妊娠したら…責任とってよね」
 その発言にビクッとする。
「いきなり生々しいなあ。戦う前なのに」
 そうなったらテリーが怒り狂いそうである。
「…一応…言っておかないとって思ってね。でも…今日…たとえどんな結果になろうとも…死ぬときは一緒だから。あなたと一緒なら…どんな事も受け入れられるから」
「…ミレーユ…」
 彼女を引き寄せて強く抱きしめた。
「オレが…あんたも…みんなも守ってみせるから」
「レック…あたしも…あなたを守る」

 服を着て、食堂へ出向いて、いつも通りにみんなと少し早い朝食を食べて、最後の身支度を整えて、町の外へ出た。
 既に農夫や新聞配達の町人は、本日の準備のために朝早くから動き回っている。彼らには彼らのするべき役割があり、自分達にも自分達にしかできない役割がある。
 やるべき事は違えど、明日の未来のために運命を切り開いていくのである。
「いよいよだな…。困難続きだったけど、旅はめっちゃ楽しかったぜ」
 燃えているハッサン。
「長いようであっという間の旅でした。約二年ほど旅をして…ついにって感じですね」
 しみじみと話すアモス。
「全ての世界の命運をかけて戦うんだよね。責任重大だけど、今回もいつもみたいにぱぱっとやっちゃおうよ」
 いつも通り明るいバーバラ。
「腕がなるぜ。強い相手と戦えるのは悪くないが、一応平和ってのが好きだからな…最後までやってやる」
 不敵に笑うテリー。
「あとは、我々の旅の最終目的となる相手の討伐だけです」
 祈る思いのチャモロ。
「この戦いで人類の未来がかかっているのね。でも、どんなに相手が強くても…私達は今までそれを何度も乗り越えてこれた。今回だってそうよ…きっと」
 力強く言うミレーユ。
「そうだ。もうここまで来たからには、負けなんて絶対考えられない。ううん、許されないんだ。だから、みんなで力を合わせて、全てを成し遂げて、それで…みんなで……」
 レックが一間おいて向き直る。
「みんなで帰るんだよ。俺達が住む世界に…」
「「おう!(はい)(うん)!!」」
 今、最後の戦いが始まる――。



二十六章 完

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