DQ6 | ナノ
 26-2

 辺りは紫色の靄がかかっていた。
 ボストロールに似た緑色の魔物と動く石像に似た石像の魔物二匹。そしてクリムトによく似た男がその空間の中で漂っていた。二体の魔物は5m以上ある巨体で、その足元に立っている男は、怯みもせずにただただ無表情で事の成り行きを待っていた。
 そんな二匹と一人の光景を傍観している自分たちの姿はなく、空気と一体化したように視線だけがそれを捉えていた。動くことはできないが、視覚の他に聴覚も感じ取れることができる。なんとも不思議な感じだ。一体自分達は今どういう状態なのだろう。
 わけがわからないが、すぐ近くに仲間達の存在を感じることができるので幾分か安心して、目の前の光景に集中した。
「誓え」
「誓え」
「大魔王様に忠誠を誓え、マサールよ」
「その力…我々魔族のために捧げると誓うのだ」
 二匹の魔物が交互に恫喝するように同じ言葉を何度も続ける。
「断る」
 マサールと呼ばれた大賢者らしき男は低く凛とした声で返事をした。
「はいと頷くだけで貴様は自由になれるというものを」
「………」
 男は黙っている。
「ならば、これを見るがいい」
 魔物の背後に円形状の映像が現れた。一見どこかで見た覚えがあると思ったら、そこは牢獄の町の居住区。中央のギロチン台が映し出された。ギロチン台の刃が鈍いを光を放っている。
「あれが誰かわかるだろう?」
 魔物が指す人物こそ、先日助け出した弟の方だった。彼は数人の牢獄兵に拘束され、首台に頭をはめ込まれている。見ていたレック達は動揺と当惑する。彼は本物か、これは真実の映像なのかと。いや、真実ではないはず。あのギロチン台はアクバーとの決戦の時に破壊したし、牢獄兵だって一人残らず消えたはずだ。ならば、あの魔物二匹が恫喝しているに過ぎない。しかし――…あまりにもリアルだった。
「お前の弟クリムトだ。これから処刑されるところだぞ」
「どうする?今なら間に合うぞ。貴様がウンと言うだけで弟も助かる」
「………」
 マサールは黙ったままだった。
「仕方ない。やれ」
 ロープが切られると滑車がまわり、刃が落とされた。見ていた一同は目を強く閉じて息をのんだ。画面が真っ赤に染まり、生首が転がる。そのまま映像はすぐに消えた。
 あまりにも一瞬だったにも関わらず、衝撃度は凄まじかった。
 幻影とわかっていても、残酷な光景がいつまでもマサールの心をえぐり続けてやまなかったのである。そんなマサールの心の痛みが、傍観し続けているレック達一同にも響いていた。
「ふん…かろうじて動じなかったようだな。だが、この世界の時間は無限。お前が発狂し、心折れるまでこの映像は永久に繰り返されるのだ」
「果たして、いつまで弟が処刑される光景を我慢し続けられるかな…?」
 魔物の冷酷な微笑から、空間がグニャリと元のあるべき場所へ切り替わる。マサールと二匹の魔物は消え、全員は気が付くと暗い牢獄に戻っていた。
「今のは…何を見ていたんだろう…この人の…心…?」
 一同は放心していたようだ。
「ひどい光景でした…。マサールさんはずっとあの地獄のような責苦を、魔物に受け続けているのでしょうか…」
 アモスが心の痛みに打ち震える。
「だとすれば、ひでぇ拷問だ…あんなのをずっと…」
 考えるだけで気が狂ってもおかしくはないと思った。
「マサールさん…心の中でとても苦しんでたよ。…血を流す以上に痛そうだった」
 バーバラが彼を憂う。
「なんとかして助けられないのか…。あのバカ魔物二匹をぶった斬るにしても何もできなかったし」
 もどかしそうなテリー。
「しかし、いくら声をかけても、我々の力では鎖で繋がれたマサール様の意識を呼び覚ますことはできないようです。彼が目覚めない限り、あの鎖や棘の罠を解除できないようですし…」
 眠っているマサールはまるで意識をなくしたままの植物状態の人間に近い。
「うーん…とりあえず、この事をクリムトさんに報告してみないか?弟である彼ならどうするべきかわかるかもしれないし…」
「あの映像が真実かもしれないぜ?」
 テリーが冗談っぽく笑う。
「バカな事言わないの!あれは作り物の映像に決まってるじゃないの!」
 ミレーユが容赦なくテリーにゲンコツを見舞うと、見ていたバーバラが「ざまあ」と言いたげに舌を見せていた。テリーは舌打ちをし、不貞腐れたのであった。 


「どうかしたのか…?」
 静かになった牢獄の町の地下牢で、クリムトは回復の瞑想を行っていた。
 先ほど見たクリムトが処刑されている光景がよぎり、あれがつくづく幻影でよかったと一同はほっとする。彼が無事でよかった。
 痩せ衰えて弱弱しかった彼は、昨日見た時より朗然としており、ヨロヨロとしか動けなかったのが、今では普通に歩行ができるようになっていた。
「それが……」
 嘆きの牢獄で、マサールが心の中でもがき苦しんでいる事などを逐一説明した。
「そうか…兄上が魔物に…」
 険しい顔を浮かべ、
「ならば、私をそこまで連れて行ってくれまいか?」
 

 クリムトと共に再び訪れた嘆きの牢獄で、棘に囲まれ、鎖で繋がれた兄マサールを見たクリムトは何かを感じ取った。マサールの必死な思いだ。まだ微かに体は温かい。必死で命を繋ぎとめようと、心を完全に奪われまいともがいているのがわかる。
「どうやら兄上は心だけが魔物によって奪われ、意識が戻らないようだ…。そして、そなたらが見た光景は、おそらくだが兄の心のごく浅い部分に触れたのだろう。ということは、兄上はまだ魔物に忠誠を誓っておらず、完全に心を奪われたわけではないようだ。完全に心を奪われた時、心は見る事も触れることもできないはず。だとすれば…もっと心の深い部分に入り込めれば、兄上を苦しめている心の淵から助け出せるかもしれぬ」
「本当ですか?」
「うむ…私の祈りが通じれば…」
 クリムトは強く祈りを捧げ、神通力でマサールに呼びかけた。
『兄上…私です…クリムトです。どうか私の思いよ…届け』
 全身を奮い立たせてひたすら祈り続ける。すると、クリムトの体がぼんやり白い光を帯び、周辺の空気中に紫色の球体空間が出現した。
 むき出しになったマサールの心の中心部だ。
「成功したようだ。このまま兄上を助け出すために中へ入り込む。みんな…ついてきてくれ」
 クリムトが心の次元空間に飛び込む。
 後を追うように、レック達も顔を見合わせて一斉に空間に飛び込んだ。


「さあ、我らに忠誠を誓え!」
 依然と彼を脅迫し続ける魔物共。
「こ、断る」
 先ほど見た時より意志がぐらついているマサール。満身創痍でむき出しにされた心と精神はもう限界に近かった。
「ふふふ…今まで何度も心を傷つけられたせいで、脆く弱くなっているのがわかるぞ…。だが、それもここで終わりだ。今一度弟の死にざまをもっとも生々しいやり方で見せてくれよう」
 前回同様、牢獄兵がクリムトを拘束してやってくる光景が映し出された。
 今度は彼を無理やり丸太越しにしばりつけ、足元に積まれたワラに火が放たれる。
「火あぶりの刑だ」と、動く石像。
 クリムトの足元のワラが徐々に大きく燃え上がり始める。
「可哀想になあ。お前が強情なばっかりに、弟は苦しんでむごく死んでいく…。ほら、見てみろ。あのように苦しんで助けを求めているではないか」
 熱さにもがいているクリムトの様子を見て、マサールの心が大きく揺れ動く。
「く…クリムト…ああ…」
 ハラハラして見ていられない。
「どうする?大賢者よ。今ならまだ間に合うぞ」
 舌をべろべろ出すボストロール。
「……ああ…」
「ふふふ…よし、地獄の業火で一気に燃やしてしまえ!」
「…ま、待ってくれ!」
 マサールは言ってはだめだとわかっているのに、咄嗟に口が出た。
「お願いだから…もう…やめてくれ…。わかったから。クリムトを…たった一人の弟を…傷つけないでくれ……お、お前たちに…忠誠を…ちか…「兄上!騙されてはいけません!」
 どす黒いものが体中を駆け巡ろうとする寸前、どこからともなく凛とした声が響いた。
 夢なんじゃないかと思ったが、この声は紛れもなく聞き覚えがあった。これは懐かしの弟の声だ。
「く、…クリムト…?」
「私は…クリムトはここにいます」
 すうっと空間上にクリムトが姿をあらわした。背後にいる勇者一行とともに。
「おお…く、クリムト…クリムトなのか?」
 おずおずと半信半疑に近づく。
「はい、兄上。紛う事なき私です」
「…無事、だったんだな…」
 涙ぐむマサール。
 もしかしたら、もう二度と逢えないんじゃないだろうかと不安でたまらなかった思いが晴れていく。確かに不安ではあったが、心のどこかではずっと信じていた。
 いつか「彼ら」が現れてくれると。
 この責苦から解き放たれる日がくるのを。
 大魔王によって離れ離れにされ、もうあれから何十年と経ってしまったが、あの頃の弟の姿は何一つ変わってはいないようだ。
 ただ違うのは、このクリムトの希望に満ちた顔。何事にも負けない強い意志を秘めた瞳は、背後にいる選ばれた者達の存在に触発されての事か。
「とうとう目覚めてくれたのだな…。伝説の勇者とその仲間達が…」
 マサールがレックや仲間達を見渡す。
 どれも凛々しく力強い顔ぶれの若者たち。本当に大魔王を倒してくれそうだと確信した。
「ありがとう、クリムトを救ってくれて…。私がクリムトの兄マサールだ」
「話には聞いています。やっとあえましたね」と、微笑むレック。
「うむ…。君たちがきてくれてよかった。私は長い間、奴らに心を拐かされていたようだ。でも、もうここには長居は無用。私は心を解放するとしよう」
 マサールは目を閉じて念じる。
「ちょっと待てい!俺達が黙っていかせると思うのか?」
 このまま逃がすはずがないだろうと立ち塞がる魔物二匹。
「思っちゃいないさ」と、躍り出るテリー。
「ここでお前らを叩き斬っておくに決まっているだろう」
 腰に下げている剣を抜きつつ、ボストロール向けて走る。瞬時に唱えたミレーユのバイキルトを受け、刹那――横に一閃。
「ぐはぁ!」
 ブヨブヨした緑色の体に致命傷を与えた。そこへ、バーバラのグリンガムの鞭の乱れ撃ちから、早口で詠唱したチャモロのイオナズンで絶命させる。
「なっ…なんだとお!」
 あっさり相棒がやられてしまい、焦る動く石像。モタモタしているうちにハッサンが走りこみ、気合を入れて正拳突きを腹に叩きこんだ。硬い石の腹に亀裂が走り「ぐふ…」と、呻く。
 すぐに横からアモスがマヒャド斬りで両手を切断。最後はレックのギガスラッシュで跡形もなく消し去った。



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