DQ6 | ナノ
 26-1

 アクバーが倒れたことにより、要塞にいたすべての兵士や魔物の気配は消えた。
 立ち込めていた邪悪な空気がなくなり、薄暗く不衛生な牢獄の町であっても自由と希望に満ち溢れる。人々は歴史的瞬間に歓喜した。
 新たな夜明けの始まりに人々は泣き笑い、抱きしめあい、肩を寄せ合って歌い、祝い酒に酔いしれる。誰もが皆最高の笑顔だ。
 ある者は地下にたんまり隠してあったお宝を一目見に行ったり、またある者はアクバーのいなくなった要塞を全て探検して回ったり、そしてまたある者は久しぶりに外に出て自然の空気を名一杯堪能する。喜びを爆発させずにはいられない。
 今夜は我らを救ってくれた彼らのために、宴を開いて盛大に祝おう。はざまの世界に来てから、忘れかけていたこの気持ちを取り戻させてくれたのは、彼ら勇者一行の活躍あっての事なのだから。
 彼らならやってくれる。大魔王さえも倒してくれると――。
 居住区が盛り上がっている一方、レック達は一番最下層の地下牢へやってきていた。








――第二十六章 嘆きの牢獄…それぞれの前夜 ――




 アクバーが倒れる前は、鉄格子に強力な結界が張られていた。触れるだけで結界は反発し、人間を一瞬にして灰にしてしまう電磁波だ。しかし、その元凶がいなくなった事により、結界は解け、ただの鉄格子だけになっていた。
 鉄格子の向こうに誰かがいる。大賢者と言われている者が。
 ソルディ兵士長が鉄格子をピッキング技術で開けて突き進む。
「マサール殿!」
 だらりと脱力した姿勢で、両腕を壁際の鎖で繋がれている。
 白い髯面の痩せ衰えた老人に見えるが、体格はそれほど衰えているようには思えない。命の鼓動を感じ、弱弱しくも生きている事を確認すると、すぐに両手首の鎖を壊した。ハッサンが抱き抱えて下ろし、声をかけると「み、水を…」と、重みのある声で呻く。少しばかりの水を含ませると、顔色に少しばかり赤みが帯びて、青色の瞳を開いた。
「大賢者マサール殿…ご気分はどうですか」
 ソルディが声をかけた。
「…むぅ…その名前を聞いたのは随分久しぶりの事だ。もう長い間ここに閉じ込められ、目は見えなくなってしまったが、聴覚は働くようだ。しかし、残念ながら私はマサールではない。大賢者マサールの兄クリムトだ」
 一同に衝撃が走る。
「なんと…!違うとは…」
 面食らっているソルディ。
「…でも、クリムト様…どこかで名前を聞いたことが…」
 チャモロがうーんと考えこんでいる。
「兄は大魔王の元へ連れて行かれた。恐らく、嘆きの牢獄という場所で…私と同じように鎖に繋がれ、幽閉されているだろう」
「嘆きの…牢獄とは?」
 レックが訊いた。
「ふむ…そなた…聖なる力を感じる。まるで魔を祓い、邪を浄化するような透き通ったオーラを漂わせ…まさか!そなた…勇者か?」
 レックの透き通ったオーラを感じ、視力を失っても、聴覚や感覚で存在に気づく。
「…はい」と、静かに力強く答えた。
「おお、やはり…。我らが人類の救世主(メシア)が…目覚めてくれたのだな。そしてその勇者の仲間達…六人か。兄が預言した通りだ」
 クリムトは感激して涙を流している。
「私の兄マサールもそなた達が来るのをまっているはず。私には兄程の力はないが、どうかこれを…!」
 震えながら両手を前に突き出し「むん!」と、気合を込めた。掌からはキラキラ輝く光の球体が現れ、それをレックの掌にぎゅっと握らせて託した。
「これは真実のオーブ。ここより北の暗黒の岬から無の海へ投げつければ、この世界の真の姿が見えるだろう」
「真の姿…?」
「今の世界は…仮の姿…。どうか…兄上を…」
 そのまま体をのけ反らせて意識を失った。
「クリムトさん!」
 慌てふためく一同。
「大丈夫です」と、すぐさま脈拍を確認したチャモロ。
「かなりお疲れだったようで、眠っているだけです。無理もありません。ずっとここへ繋がれていたようですから」
「とにかく、クリムトさんをベッドへ運んだ方がいいんじゃないの?」と、バーバラ。
「俺が下まで運ぶぜ」
 胸を叩くハッサン。
「しかし、あまり動かさない方がいいと思います。今、彼の生命エネルギーがとても弱まっていますので、激しく動かすと逆に危険かと」
「じゃあ、ここまでベッドを運んでくるか。さすがにこのままじゃ冷えちまうだろ」


 その夜、改めてレック達は人々とつかの間の宴を楽しんだ。
 余裕のなかった戦いの日々に、ほんのひと時だけそれを忘れる事ができた。はしゃいでいる子供達と鬼ごっこで遊ぶレックや、ハッサンやアモスがソルディやゴン達に腹芸を見せて笑いをとっていたり、チャモロが美容と健康にいいヨガ体操を町の女性陣に指南していたり、酒に酔ったテリーがいろんな人々に剣の舞を披露し、それをミレーユとバーバラが突っ込んだりと、終始笑いが途絶えることがなかった。
 宴は深夜遅くまで行われ、酒に酔った悪乗りコンビのハッサンやバーバラは最後まで暴れていた。あちこちに酒瓶や樽が転がっている。やっとみんな酒に酔いしれて眠りこけた頃…
『…あそばせておけば…いい気になりおって……』
 どこからともなく、地を這うようなおぞましい声が響いてきた。空気中に骸骨を描いた霧が、要塞全体を包むように立ち込め、見る見るうちに部屋の隙間にまで侵入していく。
『所詮人間など虫けら同然。わしの力をとくと思い知るがいい!キッヒヒヒヒヒ』
 冷酷な金切り声とともに、禍々しい魔力が一斉に解放された。
「……なんだ…この霧は…」
 嘆きの巨人は空を見上げた。気のせいか、いつもより紫色の空が薄暗く感じる。
 何百年も門番を務めてきたが、こんな霧は見たことがない。それに、あきらかにおかしい邪悪な気配を孕んでいるではないか。
(これは…!)
 気が付けば、骸骨のような霧が自分たちを包み、声をあげようとする前に体が動かなくなるのを感じた。
 足先の方から上半身にかけて、徐々に血が通わなくなっていく。兄の方も見る見るうちに顔色を失い、自分と同じように体が石とも鉄ともいえない無機質な物体になり代わっていくのが見えた。
 忌々しい魔力…これが大魔王か。ここで命が尽きるのか――と…。
 しかし、悲観はしない。
 きっと、必ずや彼らはやり遂げるであろう。このはざまの世界をぶっ潰し、大魔王を倒し、世に光を齎してくれる。たとえ我らが死に絶える事になったとしても、我らの無念を晴らしてくれるはずだ。
(がんばれよ…勇者達…)
 命の灯が消えつつある事を受け入れ、巨人たちは彼らを信じ、すべてを託していったのであった。
 その一方で、展望塔を眺めていた青年も何かがおかしいと気づき、中へ入ろうとした時には既に遅し――猫に変化された。その下方にいた女性も、おかしな霧に変だと気づく前にニワトリにされる。居住区で宴に疲れて眠りこんでいる人々も、次々といろんな動物に変えられたり、無機質な物体にされたりと、大魔王の魔力の前で成す術なく事切れた。
『キヒヒヒヒ!ざまあ見ろ!俺様の力をみくびるからいけないのだ!むごたらしく殺さなかっただけでもありがたく思え!ぎゃっはははは!』
 下劣な哄笑が辺りに響き渡る。
 まるで自分だけのおもちゃを見つけて喜び、弄び、ひたすら破壊を繰り返し、それが楽しいのだと言わんばかりに笑い転げている幼子そのもの。
 すべてを変化させた後、要塞を覆っていた霧は跡形もなく消え去った。


「これは…!どういう…」
 翌朝、仲間達全員は目の前の光景に絶句した。
「なんで…どうしてこんな事っ…ひどい…!」と、跪くバーバラ。
 居住区のありとあらゆる場所に、姿を変えられた動物たちが徘徊していた。昨晩まではあんなに元気だった住人達は、物言わぬ姿に変えられてしまったのである。ソルディ兵士長やゴンやトンヌラ達もすべて。
 残酷な光景に、全員は茫然と立ち尽くした。
「みんな動物か石像のようにされています…」
 ショックを隠せないチャモロ。
「しかもこの石像…見たことがない金属でできてる…」と、ミレーユ。
「こんな事ができるのは…大魔王しかいないぜ…」
 怒りに奥歯をかみしめるテリー。
「許せない…!大魔王め…」
 レックは拳を握りしめ、絞り出すように呻いた。
「そういえばクリムト様は…!」
 アモスが気付くと、背後から「私ならここにいる」と姿を現した。昨日はあれほど弱っていたというのに、すっかり歩けるまで回復していたようだ。
「クリムト様は無事だったんですね。それに、元気になられて…」
「ああ…食事をいただき、幾分か瞑想していたのでな。それより…町の人は…無事か?」
 クリムトの顔が曇っていた。
 町の人々がどうなったかなど、聴覚や感覚でわかっているのだろう。だが、目が見えないからこそ聞かずにはいられなかった。
「町の人々は……全員姿を変えられました…」
 どんよりムードの中でレックが辛そうに答えた。
「…そうか…」と、沈痛な顔に変わる。
「精霊ルビスの加護によって護られているそなた達は、大魔王の魔力は効かなかったようだが、町の人々はまんまと大魔王の魔力の餌食となってしまった。私は咄嗟に光の結界を張って難を逃れたが…それしか…できなかった。兄であれば…この要塞すべてに結界を張れただろうが……私には…」
 さらに仲間達とクリムトの間に重苦しい空気が漂う。
「今の私にはどうすることもできない…。どうか…その真実のオーブで…嘆きの牢獄へと兄上を…」
「…クリムトさん…」
 全員が胸の痛みを感じてやまなかった。



 クリムトが言った通り、暗黒の岬の前までやってきた。
 牢獄の町があった辺りよりかは薄暗く、荒野だけの淋しい景色。託された真実のオーブを取り出し、向こうの底なしの海へと投げつけた。キラキラと輝きながら落ちていくオーブは、途端水面に石ころを落としたような波紋が広がり、徐々に今いる空間そのものが歪んで混沌とする。
「うげぇ〜気持ち悪ぅ〜」
「よ、酔っちまうぜ…吐きそう…」
 おどろおどろしい混濁する光景と不思議な重力に、口を押さえているハッサンや、嫌悪感に涙目を見せている仲間達。伸びたり縮んだりして、混ぜ返されたような視界から新たな空間と大陸が形成されると、クリムトが言っていた真実とやらが姿を現した。
 新月の闇よりも暗い空に、何もない淋しい世界。
 飽きてしまいかねないほどの殺風景な荒野が、はるか彼方の地平線まで広がっている。
 ずっと遠くには天まで届きそうな巨大な岩山。すぐ近くには寂れたような小さな要塞だけが建っていた。
「本当になにもないところだな」
 音もなく風もない無音の世界。何も聞こえなさすぎて耳がおかしくなりそうだ。
 ただ、時々かすかに聞こえてくるのは、薄気味悪い誰かの笑い声だけ。
 これじゃあ前の方が幾分マシに思える。大魔王の理想は、もしかしたらこのような虚無の世界を望んでいるのかもしれない。
「…なんだか不気味なところですね…」
「幽霊とかでそう…やだなあ」
 テリーに引っ付くバーバラ。
「フン…幽霊なんか俺がぶった斬ってやる」
「でも、ゴキブリは苦手なんだよねぇ〜?」
「うるさい」
 一番近くにぽつんと建っている小さな要塞に向かった。
 牢獄の町によく似た作りで、建物自体がもう何世紀も経ってしまったほど古く朽ち果て、蜘蛛の巣やシミだらけであった。
 灯りをつけて中へ入ると、奥の部屋に何者かの影が見えたので咄嗟に身構える。そいつは気配も感じさせないし、幽霊かと思っても動きもせず口も利かない。よく見れば、骨だけになった魔物の死骸が、死んでからずっとそのままの状態で放置されていたようだ。状態からして、この建物同様にかなりの年月が経っている。
 隣の長い階段を下った先には、牢獄の町で見たような鉄格子が奥を塞いでいて、その向こうに誰かがいた。
 一面棘だらけの中心に柱があり、両手首をその柱に繋がれ、脱力したそのままの体勢で立っている男が。生命の息吹は感じられるが、様子がおかしい。
 この人は……!
 その時、レックたちの意識は別の場所に飛んだ。


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