DQ6 | ナノ
 25-4

 他の仲間とは別に、レックだけが違う牢に閉じ込められてしまった。
 簡単に逃げ出せないように、念には念をと両手を鎖で壁にはりつけにされる。
 数時間後、「うぅ…」と呻きながら目を覚ますと、目の前には鞭を持った見覚えのある顔がそこにはあった。あのゾゾゲルが兜を取っていたので、正体はすぐにわかったも同然。見た目からして悪人顔で、下劣な雰囲気を漂わせるこの男などあいつしかいない。
「…やっと目を覚ましたようだな…。麻痺の痛みにも慣れたようで…くくく。勇者レック…いや、イズュラーヒン・クルス・レイドック王子殿下」
 声を聞いてなお不快に感じる。
「…ゲバン…」
 物憂い顔をあげる。
 出来る事なら二度と見たくなかった顔だが、ソルディ兵士長がこの男を追ってここまでやってきたのだ。再会するのは必然的と言える。
 ゾゾゲルの正体は、レイドックを苦しめた元大臣の悪漢ゲバン。元々は人間であった者。魔物となり下がっていたようだ。
「まさかこんな所で再会するとは思いませんでしたよ」
 それはこっちの台詞だとレックは思った。
 二年半経っても、この男の顔から漂う醜さは変わっていないようだ。
「くくく…あの時のあなたはまだまだひよっこな少年だったというのに、あろうことか、あなたが人間どもの救世主と言われている勇者だとは思いもよりませんでした。王子殿下は泣き虫で臆病で…とても勇者としての器とは程遠いと思っていたのでね。しかし、暁の御子の生まれ変わりと言われていたのは、あながち間違いではなかったようですね。現にあれから随分と立派に成長されたようですから…ねえ?王子殿下」
 レックを陶酔するように眺め、そして一気に邪悪な瞳を細めた。
「…やはり…あの王と王妃が眠らされていた絶好のチャンスの時に…あなたを殺しておくべきでしたよ」
 ぴしゃりと皮の鞭でレックを叩きつける。
「うあぁ!」
 痛みにのけ反って喘ぐ。生傷が増え、肩から鮮血が流れた。
「ああ、すみません。いかんせん力が有り余っているのでね。途中で死んじゃうかもしれませんなぁ。でも、簡単には死なせはしませんよ。虫の息まで痛めつけた後、アクバー様にあなたの身柄を引き渡さなくてはなりませんから」
 言いながらまた鞭を数回叩きつけられ、今度は髪を掴まれて腹に蹴りも入れられた。
「う…ぐぅっ…げほっ…げほっ!」
 手足から鮮血がどろりと滲み出る。苦痛に咳き込み、血反吐を吐いた。ボロボロな体は弱っていく一方で、反抗的な瞳で睨みつける事しかできない。
「なんとも綺麗な血ですこと…。勇者の流す血液は穢れのない聖なる血というのは本当のようだ。ただの人間風情の安っぽい血とは違う。高貴な王族の血と聖なる血の混血…最高の組み合わせですぞ」
 レックの鮮血をゲバンが厭らしく舌なめずりする。その様子がえらく生々しく、不快感のあまり鳥肌と悪寒が凄絶に走った。
「それにいい顔です…イズュラーヒン王子殿下。痛みに顔をゆがめている顔がたまらなく快感だ。その顔は私が一番好きなあなたの顔です」
 不気味なほど優しい言い方で、ゲバンは恍惚とレックの傷つく様子を眺めている。
「さっきから気色悪い事を…ほざきやがって…ッ!」
 装備を取り上げられた自分の体は脆い。動かない体の上に、マホトーンのおかげで魔法さえも唱える事ができない。
 このままじゃ、別の意味で力尽きてしまうんじゃないだろうか。
 そんな中、「キャアァッ!」と、隣から悲鳴やら騒がしい音が聞こえてきた。
 しかも、今の声はミレーユらしきものだ。
 レックは彼女の身に何かあったのかとぞっとする。
「ふふ…隣も丁度尋問中のようだな。ドグマが王子のお仲間の尋問をしているらしい…。ふふふ…あやつは私より残虐非道な奴だからなぁ…。どんな風かどれ、見せてやろう」
 がらりと隣の柵のドアを開けると、案の定、ミレーユが寝台に寝かせられてもがき暴れていた。
 動けない中で、彼女は逃れようと必死だが、すぐそばでドグマがにやついた顔で襲い掛かろうとしている。手足の束縛の前では無力で、その様子をドグマは快哉に嘲笑う。
 レックは彼女が手籠めにされそうになっている光景を前に、かぁっと顔が熱くなり、絶え間ない憤怒にわいた。
「くくく…面白い光景じゃないか。見るがいい、あの女がドグマの凌辱の手に落ちていくのを…。これほど興奮する歌舞音曲はないぞ」
 彼女はしきりに顔をふって涙を流している。レック――!と、愛しい人の名を叫ぶようにして。
「…ッ!!」
 内臓がひっくり返りそうな憤りに、ドクンと心臓が大きく高鳴った。泣き叫ぶ彼女を前に、見ていたレックはもう我慢ならない。
 彼の逆鱗、すなわち彼女が危機に晒されているこの状況では、もはや何も思い浮かばなかった。
「ぅおおおおおおおおお…」
 気が付けば、体中のありったけのエネルギーを振り絞り、解放していた。
 カッと全身から青白い聖なる光があふれ、部屋中に迸る。
「な…っ!なんだこの光はっ…!あ、熱い…溶け…グギャアアアアアア!」
 ゲバンはその聖なる光を一気に浴び、体を保てずに一瞬で溶け尽きた。
 隣の部屋での騒ぎに、ドグマは何がなんだかわからずに放心し、神々しい光を帯びて豹変したレックを前に怯える。
 蒼の瞳が凄まじい気迫と怒りに燃えて、只ならぬ状態である。これがもしや噂に聞く勇者の真の力か…と。奴の逆鱗に触れたのかと――…。
 両手を不自由にしていた鎖が割れて粉々になり、さらに光が強まる。光は柱となって要塞の天井を突き破り、上空の雷雲に一気にぶつかる。凝縮されたようにカッと光ると、落雷。
「ギャアアアー…馬鹿なぁアア!」
 天からの凄まじい電撃が脳天に突き刺さり、ドグマも一瞬で絶命する。
 麻痺していた体はドグマが死んだことで全て解かれ、自由になったミレーユは起き上がり、乱れた衣服を整える。光は徐々に小さくなって消えると、彼の瞳もいつもの漆黒に戻った。
 レックは力を使い果たしたようにふらつきながら、すぐに「ミレーユ」と、弱弱しく呼んでボロボロな体で駆け寄る。彼女も「レック…!」と、呟きながら近づく。
 二人はすぐに無事を確認しあって抱きしめあった。
「あなた…ボロボロで…死にかけじゃないの…」と、涙ぐんでいる彼女。
「平気…だ…。あんたが…味わった恐怖ほどじゃ…ないさ…」
 安堵感に薄く微笑む。
「レック…ありがとう…わたしのために…」


 二人は体を支えあいながらそこから脱出し、ひたすら広い廊下を走った。かなりの追手が、今の騒ぎで背後から迫ってきているようだ。
 ボロボロで疲労困憊の体では、先ほどのようなとてつもない力を使えず、武器防具も取り上げられてないまま。心もとない状態だが、ここで捕まるわけにはいかない。
 彼女を守らなければ…と、レックは痛々しい体に鞭打って逃げ道を考える。しかし、「このままでは…」と焦燥にかられている時、居住区で会ったゴンやダン達が現れた。彼らが追っ手に向かって催眠スプレーを一気に浴びせると、見る見るうちにその場にいる全兵士達は眠りこけた。兵士達は全く起きる様子がない。
 思わぬ助け船が出され、二人はなんとか逃げ切る事ができたのだった。
「あんた達無事でよかった…。大半の奴らは薬で眠らせたんだがよ…まだ飲んでない奴もいて…」
 追手が来ないか見張りながらゴンが言った。
「薬…?」
「ああ。奴らに昨日の夜、大量の眠り薬入りの葡萄酒を飲ませたんだ。おかげでこの要塞の警備は手薄状態だから、あんたらを助けにきたってわけだ。飲んでない連中もまだまだゴロゴロいるが、この後の反乱でなんとかなるだろう」
「反乱って…ついに…」
「ああ。決行する事がきまった。だから、ぜひあんた達にも協力してほしい」


「もう大丈夫なのかレック」
 居住区に戻ってくると、仲間達が無事な姿を見せていた。
 全員、尋問されている最中、レックやミレーユのように間一髪の所で町の人々に助けられ、事なきを得たそうだ。麻痺していた体も、ドグマが死んだ途端に解けたとか。おかげで取られたすべての武器も再び戻ってきて、マスターキーも取り返した。
「ボロボロだったけど、怪我も擦り傷ばかりでたいしたことなかったから、もう全快に近いさ。さっき、チャモロに回復魔法かけてもらったしな。みんなも無事でよかったよ」
 レックが改めて安堵している。
「ええ。危うく牢獄兵の連中に殺されるかと思った時、町の人々が助けに来てくれたんですよ。ハッサンやチャモロ君と一緒に尋問されていたんですけど、もー命の危険だけじゃなくて、別の意味で危険でしたから」
 ため息交じりのアモス。
「そうですね…。もうとんでもない兵士で、ある意味大魔王より恐ろしかったです」
 アモスとチャモロがあの時の心境を思い出している。よっぽど恐怖を味わったらしい怯えた顔だ。
「大魔王より恐ろしいって…どんな兵士だよそりゃあ」
「それがな…尋問する兵士が大の男好きで、魔物の癖になんと魔性のゲイだったんだよ。入ってくるなり、いきなりケツを出せとか言われてよ…命だけじゃなくて、貞操喪失の危機もあったんだ。ケツの穴をファックされる前に、なんとか町の人々の助けを借りて命辛々逃げてきたけどよ、あれは間違いなく大魔王より恐ろしいぜ。その恐怖はうまく説明できねーが、まあとにかく恐怖だったって事だ。女好きな俺様が男の魔物に好かれるなんてホラーそのものだからな」
 しみじみ恐怖を語るハッサン。
「私も女性が好きなので、ゲイだけは勘弁です…。あー思い出すだけで鳥肌がっ」
 アモスがガタガタ震えている。
「男好きな兵士って……こえー」
「……本当に恐怖だなそれ」
 ぞっとしているレックとテリー。たしかに他の兵士もゲバンも嫌だったが、そんな兵士に尋問されなくて、ある意味よかったとつくづく思った。
「三人ってそんな変な兵士に当たっちゃったんだ。まーテリーもあたしも趣味悪い兵士だったけどさー…さすがに男好きだっていう色キチガイはいなかったかな」
「そんなのが大量にいてたまるかよ。もー恐ろしいぜ」
「バーバラとテリーもうまく逃げ出せたみたいだな」
「まーなんとかね。トンヌラさんって人があたし達を助けてくれたんだ。この反乱軍のリーダーなんだって」
 バーバラが紹介すると、素朴な農夫の男が近づいてきてぺこりと頭を下げた。
「全員無事でよかっただ。おらがこの反乱軍のリーダーのトンヌラだ。以後、よろしくたのんます」
「あ、よろしくおねがいします」
 レックと握手を交わす。
「聞いてのとおり、あと数時間後にアクバー軍に対して反乱を決行するだ。兵士どもの眠り薬の効果は今夜で丁度切れちまうだからな。その間に決着をつけにゃあならん。もっと前から決行するつもりだっただが、いかんせんアクバーを倒せる実力を持った者がここにはおらんので、いつも計画が棚上げされていただ。けんど、あんたらはその実力を持っているだ。おら達はあんた達に懸けるだよ」
「それに…」と、ソルディが続ける。
「シスター・アンナの身も危ない。眠っている兵士はしばらく放っておくことができるが、催眠スプレーが効かなかったり、葡萄酒を飲まなかった連中もまだ大勢いるだろう。そんな残党共の相手は私や反乱軍の面々が力を合わせて片付けよう。レック達はアクバーからアンナを助け出してほしい」
「わかりました。必ずアクバーを倒してシスターを助け出します」
「片付け次第、すぐに私も駆けつける。頼んだぞ」
 かくして、反乱軍とアクバー軍との革命戦の火ぶたは切られた。





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