DQ6 | ナノ
 25-5

 町の中枢に存在する部屋の中は、禍々しい空気を孕んでいた。
 魔王アクバーの手前、二匹の紫鎧の魔物がシスター・アンナを両隣で押さえつけ、跪かせられている。
 目の前に悪魔の幼虫をズイと突きだされ、銀皿の上でそいつは不気味に蠕動(ぜんどう)している。アンナは気色の悪さに慄きそうになったが、両隣の魔物がそれを許さずに、ますます顔を銀皿に突き出される。
「これを私にどうしようというのですか?」
 化け物を前にしても、毅然とした態度で睨む。
「簡単な事よ。生きたまま呑むのだ。さすればお前は晴れて高貴な魔族となり、我々の仲間となる。さぞかし可愛らしい魔族に生まれ変わる事であろう」
 酷薄めいた緋色の瞳をぎょろりとさせる。
 この黄土色の巨体な化け物こそが、牢獄の町を牛耳るアクバーであった。
「そんな事…できません!私は人間です。人間として生きることができないなら、舌を切って死んだ方がマシです」
「ほほぅ…やはり私が見込んだだけの女だ。度胸もあり、美しい目をしている。だが…大賢者マサールは自ら死を選ぶことは恥とお前に教え説いたのではないか?マサール教とやらがどんなものかは知らぬが、どんなに辛く絶望の最中にあったとしても、死を選ぶことは罪だと…な」
「っ…ああ…私は…どうしたら…」
 アンナは耐えかねない現実に涙を流す。
「お前はもはや死ぬ事も、人間として生きることも許されないのだよ。人間は生きている事が罪なのだからな。なぁーにそれを呑んでしまえばお前の答えはすぐに出る。だから、呑みなさい…な?」
 猫撫で声でアクバーが誘う。
 一方、外の方は妙に騒がしく、不穏な気配に眉を顰めた。我ら魔族が最も苦手とするこの聖なる気配は…と、感じた刹那――扉が開いた。
「そこまでだ!アクバー!!」
 シスター・アンナのように清廉な心を持った若者が現れた。彼の背後には手ごわそうな仲間達一同もいる。
「なんだ貴様らは!大切な儀式の最中だというのに」
「アクバー様、今こいつらを片付けて…」
 紫鎧の魔物二人が大剣を向ける前に、テリーやアモスが左右に躍り出て、一瞬にして二匹を一刀両断させた。達人二人によって側近二匹をあっさり葬り、アクバーのもとに近づく。
「ふふふふ…面白い。実に愉快だ」
 あのデュランのように、勇者の存在をまるで喜んでいる。
「ドグマやゾゾゲルから勇者を捕えたと聞いていたが、私が向かうまでもなく、自らやって来てくれるとは手間が省けたとはこの事だ。その聖なる気配でわかるぞ…。貴様がデスタムーア様を脅かすかもしれぬという勇者なのが…。だが…」
 ぎょろりとした緋色の瞳を細める。
「魔を祓うという聖なる力を持ってしても、所詮は脆いただの人間。サル以下にも劣る虫けら同然よ。そんな虫けら共など…おそるるに足らん。勇者の預言など…今ここで打ち砕いてくれる!」
 たちまち戦闘が開始され、アクバーが激しい炎を吐いた。
 チャモロがフバーハで火炎から全員を護り、続いてスクルトを詠唱する。レックが女性陣に「アンナさんを頼む」と目配せして合図し、彼女らは頷いて動く。
 その隙にハッサンが突撃し、アクバーの懐で正拳突きを炸裂させた。
「ぐ…こんなもの!」
 よろけるアクバーを背後から回り込んだテリーが隼に斬りつけ、アモスがグランドクロスを放つ。
 紫色の血を吐き、ふっとばされて頑丈な壁際にめり込む。思った以上に実力をつけていた勇者一行に翻弄されるアクバー。これは誤算だと思っていた。
「おのれい!」
 怒りに震えるアクバーは、自慢の爪で火炎斬りをレックに振り下ろした。それをラミアスでガキンと片手で受け止める。
 床が風力と圧力で割れる。
「この程度の力…オレには通用しない」
 低くかすれた声で睨む。
 たちまちレックは神々しい光に包まれ、瞳の色を蒼く輝かせ、少年であった雰囲気の若者が大人びて精悍めいている。
「…青二才めが!」
 アクバーはドラゴン斬りをがむしゃらに放つも、すべてを紙一重で受け止め続けるレック。そして、その一瞬の隙で、ずんと巨体の腹をラミアスで貫いた。
「ぐはぁああ!」
 剣を引き抜くと、貫いた風穴に血液と共に白い光を放つ。部屋中どころか要塞全体に輝きわたり、遠くで見ていたアンナも、兵士どもを片付けて駆け付けていた反乱軍達も、溜息をもらして感激に涙する。
 人々の救世主(メシア)となる勇者の凛々しい姿に。
「アクバー…貴様はこう言ったな。所詮は人間だと。サル以下に劣る虫けら同然だと。だが、その虫けら相手に貴様はこのザマだ。なぜそんなに狼狽えているんだ?何を怯えている?…ああ、もしや恐れているのか…虫けらと言った人間の可能性を…」
「…き…さま…!」と、アクバーは屈辱に打ち震える。
「悪しき者よ!このオレが…今、貴様を浄化する!」
 ラミアスに全身全霊のエネルギーと稲妻をこめて構える。
「ギ、ガ、…スラぁああーーシュッ!」
 黄金に輝く鋭い幹がアクバーのどてっ腹に大きな風穴を開け、放電して吹っ飛ぶ。
「ぐぎゃああぁーー!!」
 薄れゆく意識の中でアクバーは戦慄した。
 勇者の預言が本当なら、あの二人を引き合わせてしまうと我ら魔族は――…。
 名残惜しくも意識は途切れ、巨体は浄化して消え失せた。勇者による必殺剣で倒されるアクバーの最期を、夜明けと共に人々は強く目に焼き付けて歓声をあげた。
「やったぁー!我らが勇者様と反乱軍が勝ったんだー!」
「おお…なんと勇敢で美しいお姿。まさかあの若者が勇者様だったとは…」
「あれが勇者様…キャー素敵」
 様々な人々が、セレストブルーの瞳を宿した勇者の姿に釘付けとなる。崇めるようにソルディやアンナ、町の人々一同は跪いた。
「ああ…我らが救世主であり、希望の光…勇者レック様…」
「勇者様…どうか皆をお救いください」
 神々しく纏っていた光がすうっと薄らいで瞳が漆黒に戻ると、人々の恭しい態度に慌てふためくレック。
「よ、よしてくださいよ!俺…勇者様とか言われたり、そういうの苦手なんです!」
 すっかりいつものレックに戻っていた。
「そうですよ、ソルディさん。こいつ勇者とか言われてますけど、てんで大したことないですから。普段は女を泣かせるようなバカが付くほどのバカなんですよ」と、ハッサン。
「そーそーバカで単純で抜け作でお人よしのただのバカでーす」
 便乗するバーバラ。
「フ…そんでもって、丼ぶり飯毎日二十杯は食う大食いバカでもあるしな」
 見下すように嘲笑うテリー。そしてそれを笑う他の仲間達。
「お前らバカバカ言いやがって…この三バカどもが…!」
 たしかに利口ではない方だとは思うが、何度もバカと言われて腹立たないわけがない。その場で三人にゲンコツという天誅をくわえた。
「いってええ!何も本気で殴る事ねーのに!」と、ハッサン。
「ちっ…本当の事だというのにむきになりやがって」
 頭を押さえているテリー。
「あたしまで殴ったああ!いたああい!レックのあほー!」
 半泣きでわめくバーバラ。
「ふんっ!挑発するお前らが悪いんだろうが!」
 腕を組んでまだ怒っているレック。
「ははは!楽しそうな仲間達で何より。なら、今まで通りでいかせてもらうよ」
 ソルディは砕けたように破顔する。
「見せてもらったぞ、そなたの戦いぶりを。ただ者ではないと思っていたが…勇者と聞いて納得したよ。どうりであの時から強かったわけだ」
「まあ、自分も勇者だって知って驚いたんですけどね。それより、みなさんも兵士たちをやっつけたんですね」
「ああ、大半は片付けた。アクバーが倒れた事により、眠っていた兵士も倒した兵士の亡骸も忽然と姿を消したようだな。あやつがすべての牢獄兵を動かしていたのだろう」
「これで、大賢者様がいる地下室の結界も解けますね」
「うむ。すぐに地下室へ参ろう」



二十五章 完






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