DQ6 | ナノ
 25-3

 中央広場では、巨大なギロチン台が聳え立っている。
 逆らえば処刑だと言わんばかりの無言の威圧感を放っている。見せしめに数日前も処刑されたばかりのようで、真新しい血の痕跡が生々しく残っていた。子供などにはとても見せられない残酷な場所だ。
「あの…ボクの兄は…おととい牢に入れられたボクの兄は…無事でしょうか?」
 一人の青年が声をかけてきた。
 ここでは兵士の服は必要ないようで、三人は同時に帽子を取った。
「すみません。実は私達…兵士のふりをしていたんです…黙っててごめんなさい」
 アモスが説明した。
「あ…なんだ…兵士じゃなかったんですか。拍子抜けしたというか…逆によかったというか…」
 青年は複雑な心境だった。
「お兄さん…牢に囚われているんですか?」
 チャモロが訊いた。
「ええ…。おととい…兵士との言い争いで逆らってしまって…地下深い牢屋へ入れられてしまったんです。逆らった者はほとんどが処刑されるそうで…ぼくの兄さんが…うっ…うっ…」
 青年は不安で嗚咽をこらえている。
 何もできない無力のもどかしさと恐怖も含めていっぱいいっぱいのようだ。
「くそ…兵士とアクバーの野郎…ゆるせねぇぜ…。人々をこんなにも苦しめやがって。これじゃあ人間は家畜同然じゃねえか」
 ハッサンがぎりぎりと拳を握る。
「本当に許せません。人をなんだと思っているんでしょう。彼らに天罰を与えなければ…!」
 あまり感情を表に出さないチャモロでさえも怒りを露わにしている。
「こうなったら、一刻も早くアクバーを倒さなければなりません。これ以上犠牲が増える前に…」
 アモスが改めて決意すると、隣で聞いていた青年は呆然としている。
「あの…アクバーを倒すって…あなた達は一体…」
「私たちはあなた達の味方です。通りすがりの正義の味方というやつですよ。辛いかもしれませんが、もう少し待っていてください。必ずやあなた方を助け出しますので」


 レックとミレーユはこの要塞の二階の方を歩いていた。
 魔物である兵士達が路地のど真ん中でだらしのない格好で葡萄酒を煽り、ペチャクチャと話している。
 最近入った新入りの噂話や、シスター・アンナという女性の事、アクバーが大魔王の右腕として恐れられている事などを聞いた。隅の小部屋の方では、怒鳴り散らしている兵士の声が聞こえた。二人はドア越しからそっと中の様子を窺う。
「ええい!はやく大魔王様に牙を向く勇者とかいう虫けら共の存在を調べぬか!勇者を亡き者にし、すべてを根絶やしにした時こそ、大魔王様がすべての世界を一気に取り込むチャンスなのだ!」
 兵士が人間の研究者に声を荒立てている。
「そんなに急かしてもすぐには見つかりませんぞ。どうやらその勇者達には聖なる結界が張られていて、私の千里眼を使っても何も見えませぬ」
「ちっ…使えぬ人間だな。だが、今日中に見つけられないようなら、貴様を牢にぶちこんで処刑する。いいな?」
「そんな…」と、顔色を失っていく研究者。
 あまりの理不尽さにレックは飛び出しそうになったが、ミレーユが手を握って戒めさせる。今は出て行くべきではないと。
 そんな時、別の扉から二人の位の高い黒と黄金色の鎧兵と、黄色いローブを纏った髯もじゃの男が現れた。
「おい、お前ら」
「おお、これはこれはゾゾゲル様にドグマ様」
 兵士と研究者が畏まる。
「勇者の居所はわかったのか」
「い、いえ…それが…こいつが使い物にならなくてですね…」
「ふん…やはりそういう事だと思っておったわ。まあいい…アクバー様は今日はすこぶるご機嫌がよろしいようだからな」
「…と、いいますと…あの地下牢にいるシスター・アンナが…」
 心躍るように兵士が訊く。
「ああ。いよいよ明日にあのシスターをアクバー様のそばにおいて、我ら魔族の魂を植えつける時がきたのだ。さすれば、あの女は晴れて魔物に進化するであろう。そして、いずれはアクバー様の妻に…。さらに魔族の血が増えると思うとたまらぬ事よ」
 ゾゾゲルがうっとりとして言った。
「ひひひ、あのシスターの聖なる心が穢れ、暗黒に染まると思うとぞくぞくするぞい…」
 ゾゾゲルと同じように心酔するように笑うドグマ。
 見ていたレックもミレーユも思わずぞっとした。人間が魔物にさせられるだなんてあんまりだ。尋常じゃない上におぞましい。
 はやくこの事をみんなに知らせなければ…と、足早に引き返した。
「こんな事をしている間にも人々が苦しんでるってのに…。はやくアクバーを倒さないと…」
 焦燥感にかられているレックを見かねて、ミレーユが彼の手をぎゅっと握りしめる。
「気持ちはわかるけど…焦らないで。焦ると…見えるものも見えなくなるわ」
「ミレーユ……すまない」
 つくづく、彼女がそばにいてよかったと思った。
 もしいなかったら、自分一人で無謀にも突っ込んでいたかもしれない。そうなれば何もかもがパァだった。
「とにかく…みんなと居住区で落ち合ってからよ」


 居住区では兵服を脱いで集結し、それぞれの得た情報を話し合った。
 勇者の存在を探している事や、処刑待ちの囚われている人々の事。そして、アクバーが大魔王の右腕だという事、シスターアンナの事を。
 特に処刑前の人々の事やシスターの事が気がかりだ。
「シスター・アンナさんて人…とても綺麗な人だったよ。なんとかして助けてあげたいよ」
「だが、いかんせん兵隊の数が多すぎるな」と、慎重なテリー。
「数千の数を相手にするとなると、途中でじり貧にでもなってアクバーと戦えなくなるなんてのは御免だ。二手に分かれるにしたって…この町の住人を逃がすことも考えないといけないぜ」
「…難しいですね。これだけ大規模な人々の逃亡を誘導するのも大変ですし…」
「あんた達…アクバーと戦うつもりかい?」
 噂をききつけた町の人々がぞろぞろやってきた。
「…はい。そうです」と、力強く答えた。
「やっぱりそうか。って事は…アタシ達は同志なわけだね。あんた達がその気なら…アタシ達も手を貸すよ」
 度胸のありそうなおばさんが、フライパンを持ってやる気に燃えている。その背後から、獰猛そうな男も前に出てきた。
「みんな同じ気持ちさ。残虐非道な兵士やアクバーを許せないと思っているんだよ。そんな俺はゴンって言うんだ。だいぶ前から反乱の計画を立てていたんだが、なかなか奴らは隙を見せねえし、奴らの強さを前にずっと棚上げになっていたんだ。けどよ、あんた達が何かを起こそうとしているのを知って、ぜひ俺もみんなも打倒アクバーに協力したいって思ったんだ」
「そうでしたか。それは頼もしい」
「シスター・アンナが明日にでもアクバーのとこへ行っちまうんだろ?なんとかして助け出さないと…」
「うーん…まず作戦は…」
 その時、向こうの方で「ドドン」と、ひときわ大きく太鼓が鳴った。
 中央広場への集合の合図である。
 住人達が怯えたようにびくりとして直立不動になり、一斉に向こうの扉へ視線を向けた。せっかく話し合っていた反乱計画もここで中断となり、名残惜しそうにばらけて広場へ向かう。嫌でも中央に集まらないと連帯責任を課せられて、同じように処刑されかねないのである。
 薄暗い扉の奥から数十人の兵士がぞろぞろ現れた。人々が中央広場のギロチン台を取り囲むようにして並ぶ。一方で地下牢へ続く長い階段からは、両隣で兵士に拘束された一人の男が姿を現した。
「ダン兄さん!」
 拘束されている男の弟が、今にも取り乱しそうな青い顔で叫んだ。
 ダンは両腕を縛られ、ひどく傷だらけで、やつれた顔をしていながらも、強い意志を抱いたまま奥歯をかみしめている。
 弟の顔を見るなり「弟よ…お前はどうか長生きしろよ」と、一言。
 町の人々は苦痛な顔で見ている。
「くそ…こんな時に兵隊が…っ」と、ゴン。
「兄さんが…兄さんがっ…!」
 顔面蒼白でもがく弟。
「よせ!今いくとお前までやられちまう」
 ゴンが弟を必死に取り押さえる。
「でも…っ兄さんがァ」
 しかし、このままではダンが…
「これより処刑を執り行う」
 高らかに兵隊の一人が宣言した。
「この男はアクバー様や大魔王様に忠誠を誓いながら、我々魔族に反抗的な態度を取った。これは我々に対する冒涜と反逆も一緒。まったく人間風情が不実きまわりない。よって、処刑する。お前たちも我々に逆らうとこの男と同じ運命を辿る事になる。わかったな?」
 執行人の兵士が見下した言い方で言い聞かせると、ダンは無理やり引きずり出され、首台の手前に跪かせられる。
 首が入る丸い穴に固定させられ、兵士が設置を終えた。
「さあ、今回もとくと見るがいい。我々に逆らった者の哀れな末路を…やれ」
「まてッ!」と、見ていられないとばかりにレックが叫んだ。
 あまりに兵士の非人道的なやり方に、こんなに怒りを覚えた事はなかった。
「…おや…?この期に及んで誰か文句があるというのかな?」
 いい獲物が釣れたと牢獄兵がにやりと笑う。
「あるに決まっているだろう…残虐非道な奴らめ!」
 レックはきつく睨む。
「貴様…我々に不服を申し立てるつもりのようだな。いいのだぞ?この男の代わりに貴様が死ぬというのならな!」
 数人の兵隊がレックに槍を突きつきる。
 怯みもせずに軽く槍を地面に叩き落とし、ひじ打ち、手刀、回し蹴りで全員を地面に伏せた後、矢継ぎ早にラミアスで斬りつけた。兵隊どもが一斉にバタバタと絶命する。
 兵隊の正体はどれもがホロゴーストという影であった。空になった鎧から煙が立ちのぼっている。
「な…貴様ーっ!よく見れば最近捕まえた新入り囚人ではないか!ええい、かかれかかれーっ!奴を殺せぇっ!」
 呆気にとられていた兵士たちは、今度はその場にいる全員で襲い掛かる。
 助太刀のために仲間達も脱兎の如く飛び出して、同じように応戦。拳や魔法や剣が次々さく裂し、縦横無尽に蹴散らしつつ、そのどさくさに紛れてダンを救出した。
 すべてのホロゴースト兵士の断末魔が響き渡ると、今度はレックとミレーユが上の階層で見た二人の男が入口に現れた。
 兵士長クラスのゾゾゲルと魔道師ドグマである。
「地下が騒がしいものだから来てみれば、このような事態になっていたとはな…実に面白い」
 周辺に無造作に転がっている兵隊の残骸を見て、この余興にゾゾゲルは愉悦に笑う。
「ひひひ…楽しそうじゃのぅ…」
 厭らしくにやつくドグマ。
 アクバーほどではないにしろ、一同はこの二人を手ごわい相手だと察する。
「我々に反抗するとは随分と命知らず…いや、勇気があるものよ…。人間どもにしては骨がありそうだ」
「なぁ〜にこんな奴ら…全員わしの死眼力(シガンリキ)でイチコロじゃ」
「死眼力…?」
 全員がなんだそれはと訝しむと、
「うひょひょ〜くらえい…」
 ドグマの瞳が怪しく紫色に変色する。
「なにあの瞳…」
「いけない!あれは…」
 チャモロが気づいて何かを言おうとするも、ドグマの気合の方が早かった。
「ハア!」
 カっと奴の紫色の瞳が見開く。視線を溶け合わせた途端、吸い込まれそうな瞳に全員がぴたりと硬直した。まるで全身の関節を外されたような感覚で、身体に力が入らず、おまけに動かない。
「か、体…が…動か…ない…っ」
「う…いたっ…い!なに…これ…」
「くっ…くそ…!」
 全員が必死にもがく。そのまま各自バランスを崩して倒れこみ、体をガタガタと痙攣させた。
 あのムドーが使った金縛り術を全員にかけたのと似ている。いや、それを凌駕し、手足にまったく力が入らないのである。辛い。もどかしい。悔しい。
 全員はもがきながら体を動かそうとしても、腕一本動かす事もままならない。
「ひゃひゃひゃ!わしの死眼力の前で貴様らは無力にすぎないのだ。全身が動かないじゃろう?動かせば動かすほど力が入ってこない仕組みじゃ。なんせわしが暗示をかけているようなものじゃからな」
 ドグマは満足そうに笑う。
「く、畜生…」
 悔しがる面々。
「反抗したこやつらの処刑は近日中に執行される。さあ、牢へぶちこんでおけ!」
 ドグマが命令を下すと別の兵隊たちが殺到し、動けない一同を担ぎあげた。暴れようにも暴れる事も出来ない。その場で武器やマスターキーもあっさり取りあげられてしまい、おまけにラリホーマをかけられてしまう。微睡む一同に成す術はなかった。
「…こいつは…」
 ゾゾゲルが空虚な顔をして、眠るレックを見下ろしている。
「ん…どうかしたのかゾゾゲル」
「こやつ…」
 しゃがみこんで顔を覗きこむ。
「どこかで見たことがあると思っていたら、やはりレイドック王子だ」と、断定した。
「なんじゃと!…となると、この小童は我々が探していた勇者のガキではないか!」
「そういう事だ」と、この上ないおもちゃを見つけたように口の端を持ち上げた。
「処刑までこいつは私が預かろう。手痛い尋問をしたいのでなぁ」



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