DQ6 | ナノ
 25-2

 兵士はまるで信じられないという様子で驚きながら、すぐにすっと兜を脱いだ。その顔に見覚えがあって、レック達も驚く。
「…あなたは…そ、ソルディ兵士長!」
 いや、トム兵士長でもあるか。
 でもこの感じはトムの夢であるソルディ兵士長だ。現実はまだ穏やかさが滲み出ていたが、そのきりっとした厳しさがある目付きに、シャキッとした雰囲気は紛れもなくそうだ。まさかこんな所で再会するとは思わず、目を何度も凝らして顔を見た。
「やはり…やはりレックだったのだな。それにハッサンやあの時の女性の方々も…」
「どーも!お世話になりやした〜!」と、ハッサン。
「お久しぶりです」と、微笑むミレーユ。
「こんな所であえるなんて…ムドー戦以来ですね!」と、軽いノリのバーバラ。
 約二年半ぶりの再会である。そんな彼らは、あの時より一回りも二回りも成長した姿をソルディに見せることができた。
 新しい顔のチャモロやアモスが軽くぺこりと頭を下げ、テリーは腕を組んで不敵に笑っている。ソルディは頼もしく一同を見渡した。
「心配していたんです。ソルディ兵士長がどこに行ったのか…城のみんなも必死で探しておられました。こんな所にいたんですね」
「ああ、それがな…こちらもいろいろあってだな…」
 以前あった時より、とても成長した村の少年を感慨深く見つめる。
 あの時はまだあどけない少年であったというのに、今はどこから見ても逞しい立派な若者になっていた。凛々しく、精悍な顔立ち。きっと、この二年半の間にいろんな試練や経験を積み重ねてきたのだろう。あの王宮兵士志願試験の時が随分と昔の様に思えた。
「私はあの日、兵士らと共に無事陛下をお城へ警護した後の事だった。城での職務に戻ろうとした時、なぜかゲバンという謎の悪漢が気になってな…奴を追いかけているうちに、気が付けばこの世界に来ていたのだ。なぜ、この世界に迷い込んでしまったのかはわからぬ…」
「そう、だったんですか」
 彼はトムの夢の存在だというのに、心のどこかでゲバンが許せなかったんだろう。現実のトムのその強い思いは、確実に夢のソルディにも伝わっていたのである。相変わらずの正義感ぶりに脱帽ものだと皆は思う。
 きっと、実体であるトムがいなくなったのも、彼がこの世界に迷い込んでしまったからだ。夢と現実…どちらかが欠けてしまうと、その存在はどちらの世界からも消えてしまう。元の世界に確実に戻らない限りはずっと…。しかし、今のソルディのように、特殊な事情があってこのはざまの世界に迷い込んだ場合は、自分の目的が達成されない限りは元の世界に帰る事はできない。彼のするべき事はゲバン討伐のようである。
 二年半前に奴も同じ時期に姿をくらましたと聞いていたが、その男もこのはざまの世界にいるのだろうか…。
「ゲバンって…あいつか」
 ハッサンが偽王子事件でのゲバンの事を思い出す。
「それで、私はどうにかしてこの世界の事、大賢者様の存在を知り、この牢獄の町に潜入する事ができた」
 最初はそれはもう奴隷同然の生活で、大魔王に忠誠を誓えと迫られる地獄のような毎日であった。精神的に狂い、発狂し、自害した者も何人か見てきた。それでも私は歯を食いしばって這い上がり、忠誠を誓うふりをして、この町の兵士長としての地位までのぼりつめることが出来た。
 いつか反撃できる機会を虎視眈々とうかがっていたのだ。
 噂に聞く大賢者様とは、大魔王が恐れるほどの魔力をもっているだけではなく、人々に道を示し、希望を与える存在である。あの伝説の勇者の様に、人々を陰から支える存在なのである。
 もっとも、欲望の町では大賢者マサールを支持する者はマサール教と呼ばれ、カルト宗教だと馬鹿にされるが、ここで生活するうちにそれは完全な間違いだという事も改めて知った。
「日々、兵士共の非道な行いや残虐な処刑を目の当たりにする度、私は何度も取り乱しそうになったが、血の滲む思いでぐっとこらえてきた。いつか、必ずチャンスは来ると…。牢獄の町であっても希望は訪れると…。そう、お前たちという頼もしい味方と再会できた事だ」
「…ソルディ兵士長…」
 彼はここで辛く残酷な光景をたくさん見てきたのだろう。その苦しみと痛みがヒシヒシ伝わる。
「大賢者様はここより一番深い地下牢に幽閉されている。これは兵士長クラスしか知らない重要な機密事項だ」
「そうなんですか!そこに大賢者様が…」
「うむ。しかし、その幽閉されている檻には強力な結界が張られていてな…迂闊に近づけばただでは済まないのだ。数人が強力な結界の餌食となり、それで亡くなっている。大賢者様を助け出すには、おそらくアクバーを倒さない限り結界は消えないらしい。そういえば、そなたらもこの世界に迷い込んだのか?」
「…いえ。俺達は…大魔王を倒すために望んでこの世界にやってきたんです」
「なんと…!自ら望んでか」
 やはり、只者ではないと思っていたが、この者達はずっとずっと高い所を見ているようだ。あのすべての元凶の大魔王相手でも、怯まずに立ち向かおうとしている。
 この少年が言うと、本当にできるかもしれない。大魔王打倒を――…。
「頼もしい奴らだな、そなたらは…。よし!ここはぜひ、私も協力させてもらおう」

 誰もいない事を見計らい、近くの倉庫へ連れて来られた。
 尋問で取りあげられた武器や道具も戻ってきて、とりあえずは一安心。ソルディ兵士長がロッカーから全員分のある衣服を一枚ずつ取り出している。
「これは…兵士の服ですか?」
 赤い生地の上着に、帽子やズボンなど一式そろっている。武器である槍までも。
「ああ。これを着用していれば、だれも不審には思うまい。変装すればいろんな情報をより掴みやすくなるはずだ」
「変装かぁ〜これはありがたいですね」と、さっそく着ているアモス。
「ただ、兵士の正体は魔物だ。奴らに人間の匂いを嗅ぎつけられるとまずいから注意する必要がある」
「匂いですか…なら、におい袋でも香水代わりにつけときますかね」
 チャモロが鞄の中から魔物の香りがする袋を取り出した。
「えー…臭くなっちゃうのぉーやだなー」と、嫌そうなバーバラ。
「我慢しろよ。こうでもしないとばれちまうだろ」
 それから兵士の格好のおかげで、牢獄兵に気づかれずに行動範囲がぐんと広くなった。誰が見ても人間だとは気づかれない。帽子を目深にかぶり、不審な動きさえしなければバレはしない。
 そのままこの要塞の事、アクバーについての事で諜報活動に専念するため、それぞれがバラバラに散った。


「ねえテリー。一体どこに向かうのよ」
 おなじみの痴話喧嘩コンビは、自分たちが檻に入っていた地下牢とはまた別の地下牢にやって来ていた。前をひたすら歩いているテリーと、それにくっついてくるバーバラ。慣れない兵士の服に重い槍を持って動くとなると歩きづらい。
「じゃあなんでお前は俺についてくるんだ。レックと向かえばよかっただろう」
「なんでそこでレックが出てくんのよ。あんた一人だといろいろと心配だと思ったから付いてきたのに」
「ふん…心配など無用だ。一人の方がいろいろと動きやすいんだがな」
 なぜかテリーの機嫌が悪いように思えた。
「そんな事言って、寂しいくせに」と、バーバラがにやりと笑う。
「何が寂しいだ。お前は…レックに気があるくせに」
 言うつもりなどなかったのに、ついこの苛立ちの大半をさらけだしてしまった。
「は…?な…な、な、何言ってんのよ!」と、頬を染める。
「あ、あいつとは…そ、そんなんじゃないわよ!」
 そう言いながらも、どこかしどろもどろになっているバーバラに、テリーは余計に苛立つ。
「どうだか…いつもアイツの方ばかり見てるな…オマエ」
「っ…そ、そうだっけ…」
 ぎくりとするバーバラ。
「そうだ」と、即答。
「…で、でも…あいつは…レックはミレーユと仲いいの知ってるでしょ?両想いみたいだし…あたしがあの二人の仲に入れるわけないじゃん」
「……知っている。知っているが…ムカつく」
 バーバラから見ればテリーの顔は見えないが、声で怒っているのがわかった。
(…くそ…なんでこんな…)
 姉が他の男に取られようとしている事に対してか、それともまた別の事に対していらついているのか自分でもわからない。ただ、自分は――…
「ぷ…ムカつくって…まるでアンタ嫉妬してるみたじゃない。やーね〜」
 バーバラが面白半分で言った言葉に対し、
「それもそうだな」
 テリーは即答した。
 よく考えてみればそうで、あっさり認めた。
「………え」
 バーバラは半笑いで固まる。その途端、テリーの足が止まり、こちらを振り向いた。
「嫉妬して何が悪い」と、睨んだ顔でズカズカこちらに近づいてくる。
「い、いや…べ、べつに…悪いだなんて…一言も」
「俺だって…一応人間だからなぁ」
「…あ…あんた…ちょ…どうしたのよ…」
 なんだかいつもと違って調子が狂う。
「で、お前は…アイツが好きなのかよ」
「え…いや…す、すきなわけ…ないじゃん。そ、そりゃあ…さ、最初は…そうだったかもわかんないけど」
「ほぉ…最初はそうだったのか」
 アメジストの目が細まる。
「で、でも!…今は…今は親友だと思ってるだけ。あいつとは本当にそれだけだから」
「……本当か?」
 ギラリと視線に鋭さが増す。
「本当だってば!」
 もはややけくそに言った。それは間違いない。
 レックはミレーユ一筋だと知り、自分はこっそり身を引いたのは確かだ。
「……ふーん」
 テリーは納得したのかしてないのか、そのまま前を向いてまた歩き出した。
「なっ…テメー!ふーんって何だそりゃあ!あたしだけ恥ずかしい思いして暴露したのにその態度!腹立つなー!」
 うしろの方で憤慨しているバーバラ。
 その様子に満足げに見て笑うテリーは、先ほどまで感じていた苛立ちが薄れていく気がした。


「あ、見て…!あそこにシスターが」
 しばらく歩いていると、二重になった鉄格子の中でシスターが囚われていた。
 随分痛めつけられたのか傷だらけで、足枷に手首を縄で縛られたままぐったりしている。なんとか助け出してやりたいが、鍵はあいにく自分たちは持ち合わせていない。
「随分頑丈な檻に入れられているな…この女に何かあるのか…」
「あのー大丈夫ですか?」
 外から声をかけると、物憂い顔でシスターは顔をあげる。
「あなたたちは…」
 化粧すらしていないのに、端正で綺麗な顔をのぞかせた。
「あたし達、こう見えて兵士の格好してるけど、アクバーを許せない正義の旅人なんです」
 誰もいない事を見計らい、バーバラとテリーは帽子を脱いだ。
「そうですか…兵士のふりをしていたのですね。私はシスター・アンナ。旅をしていた時にマサール様を慕ってここへ来ました。しかし、ここへ来てからというものの、このように捕まってしまいまして…あなた方も見つかればどんなひどい事をされるか…」
「大丈夫。きっと、あなたを助けてあげますからっ。ね、テリー」
 バーバラがテリーの方を向く。
「ふん…アクバーは必ず俺達が片付ける。嫌だと思うが、もう少しここで我慢していな。後で助けに来る」
「ありがとうございます…。でも、アクバーは気にいらない部下を殺す事も厭わない残忍で冷酷な魔物。大魔王の右腕と言われています。どうかお気をつけて…」
 アンナは祈りをささげた。


 アモスとハッサンとチャモロの三人衆は、人々が住まう居住区にいた。
 日の光も当たらないせまい地下の中で、大勢の人々が汗水たらして忙しく働き歩いている。アクバーの城の増築工事などの作業で駆り出されているようだ。日々、呪いの様に大魔王に忠誠を誓わせられ、毎日強制労働をさせられる。
 その一方で、子供たちはここがどこかもわからずに、無邪気に走り回って遊んでいる。中には絶望の町にいたような、将来を悲観して自殺しようとしている者も結構目に付いた。慌てて自殺を止めようとするも、その者は「死なせてくれ」と大声で張り上げて、町中を叫びながら暴れまわっている。とても見ていられない光景だ。
 毎日兵士達に虐げられ、大魔王とアクバーに怯え、大魔王に忠誠を誓わせられ続けた事で、完全に自分の意志を失い、自我が狂ってしまった者もいるようだ。
 そんな中でも、大賢者マサールを慕い希望を持ち続ける彼らを見て、なんてしたたかなんだろうと三人はけなげな思いで見ていた。
 はやく彼らを救ってあげたい、アクバーを倒したいという思いがより強く募る。



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