DQ6 | ナノ
 25-1

 湖の底にあった宝箱の下には、秘密の道に通じる穴が開いていた。奥からはここよりはるかに濃い邪気が流れ、おぞましい魔物の遠吠えが聞こえてくる。より強い魔物の気配も当然する。全員は慎重に中へ侵入した。
 薄暗くて狭い洞窟に入った途端、魔物や人間の骨が至る所に散乱している。ここで朽ち果てた者のだった。おまけに瘴気まで漂い、死臭や血の匂いに吐き気がしそうだったが、二時間ほど歩いた先にやっと出口が存在した。そこは見知らぬ大陸の荒れ果てた山のふもと。
 深い樹海を越え、森を越え、荒野を越え、魔物も欲望の町周辺で見たものより手ごわかった。力を合わせて撃退しつつ、双眼鏡で確認しながらやや北東へと進んだ。





――第二十五章 牢獄の町 ――






 深い森の中心部に、ある老人と神父が井戸の底で暮らしていた。
 こんなはざまの辺境の場所に人間が住んでいる事にも驚きだったが、二人は北東にある牢獄の町という所から命からがら逃げてきたという。
「お前さん方、どこへ行きなさる?大魔王が存在する限り、どこへ行こうとこの世は闇。わしらはこうやって聖なる結界を張って、ここで身を隠しているが精一杯。大魔王を止められる者など…もはやいないのかもしれぬ…」
「そんな事はありません」と、レックは否定した。
「その闇を祓うために、大魔王を倒すために俺達は来たんです」
 老人はレックの澄んだ瞳と、凛とした透き通った雰囲気に驚く。
 彼の周りに漂う空気が、この邪悪と混沌渦巻くはざまの世界であろうとも清廉に満ちているのである。
「…まさか…お前さん…」
 驚きつつ、すぐに冷静になり、
「そうか…お前さん方が大賢者様が言っておった世界に光を齎す勇者達…か。ならば、道に迷わぬよう、いつも己の心に光を満たしておきなされよ。大賢者様は牢獄の町に幽閉されているそうじゃ。気を付けて行きなされ」
 少し休憩を取ってから再び出発した。
 北東の牢獄の町は、絶望と欲望の町で不始末を犯した者が連れて来られる。不始末と言えど、大賢者マサールを慕い、魔族に抵抗し、絶望とも欲望とも取れない人間が、辛い桎梏のもとで生活を強いられる所だという。
「誰かいる…」
 生命の気配を感じ取った。
 邪悪とも聖ともとれないものだ。近づくと、要塞の入口の前には巨大な人間が立っている。それも十メートルはあるんじゃないかという大きさ。最初は大きな銅像かと思いきや、近づけば言葉を発し、人間の様に動くではないか。
「んー?なんだおぬしらは?」
 巨人は小さきレック達を見下ろす。
「一体どうやってここへ…フッ…まあよい。どちらにせよ、よほどこの牢獄に入りたくて来たのであろう。おのぞみとあらば、入れてやってもよいぞ。ただし…地獄という名の牢獄へな!」
 巨人が巨大な鉞を、目にもとまらぬ早業で振りまわして襲い掛かってきた。全員が一斉に四方八方へと避けて散る。
 唐突に始まった戦闘に慌てるが、テリーが颯爽と剣を抜き、巨人の乱撃をすべて剣で打ち払う。横から飛び出したハッサンが強烈な回し蹴りで鉞をへし折り、レックが高らかに飛びあがり、ラミアスで弧を描いて斬りつける。痛みに悶絶する巨人に、アモスが聖なる十字架を作り、グランドクロスを放った。
「ぐはぁああっ!」
 巨体は十字架の威力に吹っ飛ぶ。トドメと言わんばかりに全員が構えをとると、別の巨人に遮られた。
「待て。私たちは別に悪い者ではないのだ!」
「え…?」
 全員が武器を持ったまま立ち止る。
「むぅ…まさか…百年も門番を務めてきた私の兄を倒すとは…。お主ら一体何者なのだ?やはり大賢者の予言通り、大魔王さまの存在をゆるがす者が現れたというのか? 」
「いや…あの…俺達は…」
 そんな時だった。どこからともなく温かくなるような光が現れたのは。
『大魔王の部下に身をやつしながら、聖なる心を持つ門番よ…』
 慈しみある声が響いてきた。
「こ、これは…一体!?」
『そこにいる者たちこそ、長い間そなた達が待ち望んでいた大魔王の存在をゆるがす者達…。さあ、門を開きなさい。この者たちは、必ずや人々の光となるでしょう…』
 そこまで言うと、柔らかな光は消えた。巨人たちは凛々しい声に茫然としていたが、すぐにレック達を見渡し、ため息が漏れた。
「…そうか。お前たちが大賢者様が言っていた通りの勇者とその仲間達か」
「あの、あなた方は…」
「我々兄弟は、大魔王に国を滅ぼされた巨人族の生き残り…。大魔王に従うフリをしながら、ずっとこの時を待っていたのだ!光ある勇者が現れるのを。さあ通るがいい」
 巨人は巨大な門の前を退く。
「この牢獄の町を支配するアクバーはかなりの手強い相手だ。いくらそなたたちが強いとはいえ、正面から入るのは危険だろう。一先ずは囚われたフリをして、内部の様子を探るといい」
「アクバーかぁ。そんな奴がここを牛耳っているんだな」と、ハッサン。
「腕が鳴るぜ」と、好戦的なテリー。
「よし、このカギを持ってゆけ」
 巨人が大きな掌から複数連なっている黒い鍵をレックに差し出した。
「これは?」と、両手で持つ。
「それはマスターキーだ。それがあれば、この牢獄の町すべての扉を開けられるだろう。自由に中を行き来し、まずは囚われている人々から情報を集める事。大魔王の城へ近づく方法は、大賢者様が握っているはずだ。アクバーを倒し、必ずや大賢者様を助け出してくれ」

 巨人の言葉通り、見張りの牢獄兵にわざと捕まった。ここでの様子を探るため、内部から探索する。
 始めは新入りという事で手痛い尋問を受けたが、一時間程度で解放され、地下深い牢屋にぶち込まれた。地下牢全体は不潔で異臭がし、数えきれないほどの檻が並んでいる。見渡す限り、牢屋だらけ。そこには罪のない他の人間達も新入りとして入れられているようだ。
「さっきの巨人戦の時の声って…精霊ルビス様かな」
 狭い錆だらけの檻の中で、レックは懐かしそうに言った。
 先ほどの長い尋問によってできた生傷だらけの体をヨロヨロと動かし、石壁にゆったりとよりかかって座る。傷だらけで足枷の重たい鉄球をつけられていても、ぼんやり別の事に思考を傾けていた。
「ルビス様って…あなたの村で言う山の精霊様でしょう?」
 こちらも傷だらけのミレーユが訊いた。
 彼女も同じ檻の中で足枷をつけられ、レックのすぐそばで壁にもたれかかっている。
「ああ。ライフコッドにいた時からずっと…力を与えてくれていた気がするんだ。きっと、今も見守ってくれているはず…。それにしても、あんたは牢獄兵の奴らに何もされなかったのか?」
「ええ。テリーやアモスも尋問室にいたから、変な事をされないようにって護ってくれたのよ」
「それなら…よかった」
 レックがミレーユの様子を窺いながらほっと肩を下ろす。
「キズ…痛むだろ?女相手にひでー事しやがるな…あいつら」
「…平気だよ。キミに比べたら全然だから」と、強がって見せる。
「俺は男だし頑丈だからいいんだよ。ミレーユは女なんだから…さ」
「レック…」
 ミレーユは勢いよくレックに抱きついた。あまりにも勢いがありすぎたため、そのまま二人とも冷たい地面に倒れた。
「ちょ…おい」
 ミレーユはレックの上で抱きついたまま離れない。
「ど…どうしたのさ急に」と、照れるレック。
「嬉しくなっただけよ…」
「ミレーユ…。あ、そういえば…バーバラもハッサンやチャモロと一緒だったから大丈夫だろうと思う。みんなが戻ってきたらが…勝負だからさ…」
「うん。そうね…」
 他の囚人に話を聞くと、この牢獄の町にいる人間のほとんどが大魔王に忠誠を誓うふりをして日々を生きている。
 絶望や欲望の町と違い、アクバーの監視の中にあっても、今でも強い意志を持った人間達が暮らしているそうだ。しかし、反抗的な態度を示したり、不始末をしでかした者は、ここより深い地下牢へ閉じ込められ、兵士の気分次第で恐ろしい処罰を受ける。下手をすれば近日中に処刑される事も。
 レック達はその話を聞いて、一刻も早くなんとかしなければと急かされた。このままこの地下牢でじっとしているわけにもいかない。悲劇がまた繰り返される前に早く皆を助けなければ。

 仲間全員が牢屋にぶち込まれて合流を果たした後、情報収集のために行動を開始する。
 巨人にもらったマスターキーで牢屋から脱出し、通路を隔てた仲間達の牢屋も開け、コソコソと忍び足で兵士をやり過ごしながら路地を進む。
 しかし、この姿では目立つ挙句、武器なども兵士共に取り上げられてしまったので、いちいち気配を消して隠れながら進むのにも限界があった。どこにでも兵士が目を光らせて徘徊しており、なかなか遠くの方まで出歩けない。
「兵士がウジャウジャいやがるぜ。どうする?」
 ハッサンが柱の死角から向こうにいる兵士の様子を眺めている。ざっと数十人程度があそこで固まっているようだ。倒せない人数ではないが、全員を倒して進むにしろ、追っ手を呼ばれでもしたら厄介である。数千の兵士がこの町に潜んでいるとの事で、全員と相手をする羽目になれば骨がいりそうだ。
 捕まればまたさらにひどい尋問を受け、このマスターキーも取り上げられてしまうだろう。情報を何一つ入手してもおらず、囚われの町の人々に危害を加えられる恐れがある。 おとなしく時が来るのを待つべきか…それもとも…
「…あ…!いけないっ…誰か来ます」
 勘の鋭いチャモロが、気配と足音に敏感に反応した。
「この感じは…おそらく、牢獄の町でもかなりの使い手だな…」
「ええ。雑魚兵よりかは若干強いってとこですか」
 相手の力量さえも察知するテリーとアモス。
「え、ええ!ど、どうしよ。か、隠れる場所なんて…」
 あわてるバーバラ。
 丁度何もない路地のど真ん中で、数人ならともかく、この人数が気配を消して天井などに隠れるには無理がある。元来た道を引き返すわけにもいかず…
「そこで何をしている!」
 どうすることもできずに、あっさり位の高い兵士に見つかってしまった。このまま、またもや尋問室経由で牢屋行きかと思われたが…
「お、おまえは…!」
 全身金色の鎧を纏った兵士は、レックの顔を見て驚く。



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