DQ6 | ナノ
 1-2

「お兄ちゃん行ってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ、留守番頼んだよ」

 翌日、精霊の冠を買いに出発する事となった。
 ターニアに作ってもらった弁当と、民芸品と、両親の形見である破邪の剣を背中に背負う。破邪の剣は物心がついた頃にアルベルト家の片隅に飾られていて、気づけばレックの背中にあるのが当然の様になっていた。一般人が持てば重くて扱いづらい剣だが、なぜかレックが持てば羽の様に軽いのだという。

 武器屋のステファンに材質を調べてもらった所、オリハルコンという聞いたことがない金属で出来ているそうで、普通の武器屋には売っていない貴重な材質の剣らしい。
 元々は亡くなった両親が使っていたものらしく、どういう経緯でこの剣を手に入れて残していったのかはわからないが、今や形見として大事にするようになった。もちろん刃こぼれ一つない新品同様の剣で、毎日レックは手入れを欠かしていない。滅多な事でこの剣を使う事はないが、強敵に出くわした時のみ扱う事を決めている。と言っても、レック自身もこの剣を振るった事は滅多にない。どれほどの切れ味かもよくわかっていないけれど、途方もない魔力が込められているのだけは確かだった。

「みんないってきます」
「おう、行って来い!」
「魔物に気を付けてな、レックよ」
「足を滑らして崖から落ちんなよ」

 レックが精霊の冠を買いに行くと知って、村人も安心しきって農作業をしながら手を振っている。村人たちはレックの強さや身体能力の高さをよく知っているので、あまり心配はしていない。心配するほどの遠出でもないし、三日ほどで帰って来れる距離だ。何度か出稽古でマルシェへ出向いたこともあるので道は知っている。

 久しぶりに村の外へ出るので、小さな観光気分である。
 軽い足取りで村の外へ出ると、そこはすぐに山を下るための山道に入る。世に蔓延る魔王の影響なのか、だいたいの町や村の外には魔物が出る。地域によって出現する魔物は様々で。ここら辺はそれほど強い魔物もいないので比較的安全だ。出会うのはせいぜいぶちスライムやファーラットという可愛らしいものばかり。ライフコッドの子供でさえ、その程度の雑魚魔物であれば追い払えるのが当たり前だ。なにより、レックが村一番の剣の使い手でもあるため、雑魚魔物に遅れをとる事はない。

 剣術を覚えた経緯は、武器屋のステファンの父親から基本を習ってからの事。もしも村に悪党や魔物が忍び込んだ時のためにと基礎を習うのだが、それを自分自身に応用させたのがレックの剣術だった。ほとんど我流だけれど、剣術に携わった事がある者が見ると、少しレイドック城の古流剣術に型が似ていると言われたこともあった。
 レイドックとはマルシェの町の南東にある世界一大きな大都市だ。軍事力も経済力も世界一で、王様は眠らずの王だという噂がライフコッドにも入ってくるほど有名な国である。そんな大きな都市にマルシェ以外の国へ出向いたこともなく、ほとんど我流に近いレックがレイドック城の古流剣術が身についているはずもない。
 ただの偶然に過ぎないだろう―――。


「おいランド」
「ん…、レックか」

 山道を出てすぐの崖近くの草原で、ランドが昼寝をしていた。
 ぼさぼさの金髪にだらしのないヨレヨレのタンクトップ姿である。通りすがりのレックが声をかけると、眠そうに目を開けて起き上がり、両手をあげてぐっと背筋を伸ばしている。
「ふあ〜よく寝た」
緊張感のない声にこちらまで力が抜けてしまいそうだった。
「いい気なもんだな、こんな所で昼寝かよ。親父さんカンカンだったけど」
「おっと。おれの親父にはここにいるって事ナイショだぜ。酒場か狩人の仕事しろってうるさいからな。せっかくのいい昼寝場所が見つかってのストレス発散を邪魔されたくないし。このあたりはそれほど強い魔物なんていないしヨ」
「お前ってやつは…呆れた」
 相変わらずの怠け者ぶりに呆れるレック。帰ったら父親の雷が落ちるのも時間の問題だろう。
「ところで、今年の村祭りはターニアちゃんが神のつかいをやるんだろ?いやー楽しみだぜ!なあ、ア・二・キ」
 まるで媚び諂う言い方で、レックは気色が悪くなる。
「なんだそのアニキって。ていうかジュディがお前のペンダント楽しみだって言ってたけど」
「あ、ジュディのか。あーうーん…つい作り忘れ…あ」
 ランドがつい口を滑らしたように自らの手で口をふさぐ。
「は…なに?まさかお前…忘れてたとか」
「いや、な、なんでもないさ。そ、それよりお前さんも昨日は大変だったそうじゃないか。あの天下のジュディを怒らせちまってさ。村中におとろしい声が響いてたぜ。俺なんか声聞いただけで大爆笑しちまった」
「あー…あれはまあ…なんで怒ったのか俺もよくわかんなくてさ…なんでだろう。そんな悪い事言っちまったかなーって」
 レックとしては悪びれなければならないのだが、原因がわかっていない。
「げ、まじで本気でわかんねーのかよおまいさん。ほんと、鈍感だねーアニキは。バカというか女心がわかんないというか、そういうとこはウブでお子ちゃまで、いつか女を泣かせるのが当たり前になるぜ〜」
「う、うるせーな!アニキって言うんじゃねーよアホ!親父さんにここにいるって事ちくるぞ」
「げっ!それだけは勘弁してくれッ」

 ランドとのいつものやり取りを追えて、再びレックは山下りの道中へと戻った。何度ものぼり降りを経験しているので、険しい山を制覇することなど造作ない。途中、洞窟へ入ってねずこうもりという魔物の群衆にちょっかい出したり、ファーロットの可愛い仕草に癒されたり、ぶちスライムの親玉を怒らせて鬼ごっこをしたりと半日程度であっさり山を下った。
 山を下りてしまえばこっちのもので、マルシェの町は南西へと目と鼻の先。一泊野宿をして休んで翌日の朝から歩き通せば、昼間にはマルシェの町に到着した。



 マルシェは丁度世界中の行商人が集結するバザーが数日間開催されており、たくさんの露天商が軒を連なっていた。
 いろんな風俗の者が流動的にごった返している。どの商品を購入しようか品定めをしてはスローペースで動いている人々。数少ない狭い道幅は人で埋まっていてなかなか通れそうもない。先ほどから行きたい方角へなかなか進んではくれず、ウンザリしている者も結構いる。
 食べ物から雑貨や武器防具までありとあらゆるものが売られており、買い物客たちはできるだけ安く手に入れようと品定めに余念は尽きない。そんな口が達者な商人達も、どうやって高く買わせるか、他のライバル店に先をこされてたまるかと客を口説こうと必死である。
 大勢の人で少し圧倒気味のレックだったが、自分のすべきことを思い出して、民芸品をいい値で売ってくれる店を探し歩く。

「お客さん、ライフコッドから来なさったようだな。一目見てわかったぜ。で、民芸品を売る店は決まったのかい?」
 露天商を見て回っていると、仮面をつけたいかにもいかつい感じの商人に声をかけられた。
「え、ぼくですか?まだですけど」
「ならこの俺ドガに売ってくれよ!ライフコッドの民芸品は貴重でほしがる奴が多いからな。俺の店はあそこにいるボガってやつの店より高く買うぜ」
「う〜ん…どうしようかなあ」
「ほら、ぽんと決めちまえよ!でないと、もう俺以上に高く買ってくれる店なんてそうは出てこないぜ。男なら四の五の言わずに決めちまいやがれガキい」
「いや、そんな事を言われても…よく考えてからって決めてるんで」
「ノリ悪いナ。そんな優柔不断じゃ男として名が廃れるだろうが。山奥で育った男子力を見せやがれ!」
「男子力って…なんなんすか」
 売ってくれと強引に迫られ、圧倒されるレック。
 これではまるで強制されているようだ。
「お客さん!そんな乱暴なドガ兄さんの店で売るより、私のところへぜひ売っていただけますか?」
 そこへ助け船を出すかのように、ドガによく似た風貌の商人が現れた。どうやら弟らしい。
「あんだと!乱暴な店ってどういう意味だボガ!」
「その通りじゃないですかドガ兄さん。まるでチンピラヤクザみたいで、客が逃げちゃいますよ。その方だって怯えちゃってるじゃないですか。商売の基本は、愛想よく丁寧にって子供のころに習わなかったんですか?」
「てめえこそそんなチマチマ女々しい売り方してちゃあ、落とし甲斐がある客が現れても落とせねーなァ。時には強引さも必要なんだよぼけぇ」
「お客様は神様も一緒。大事にするべきでしょう。兄さんの猪突猛進精神にはホトホト呆れますよ。こんな兄を持ってぼくァ恥ずかしいです」
「そこまで言うかてめー!もう我慢ならねえ!表へ出ろや!」
「兄さんこそ出てくださいよ!ぼくは負けませんからね!」
「このーー!」
「なにをーー!」
 ついには乱闘騒ぎになる荒くれ商人兄弟。
 見ている客たちは呆然としている。
「どうしよこれ…」
 途方に暮れるレックであった。

「いやー災難でしたねー。あの商人兄弟は腕はたしかなんですが、今年張り合ってまして、どちらの売り上げ値と買取り値がいいか対決しているんです。巻き添えを食うとろくなことにならないんで、逃げて正解でしたよ」
「そうなんですか。例年に比べて出店が騒がしいのもわかる気がする、かも」
 なんとか手ごろな値段で民芸品を売れる店を見つけ、やっと一段落した。
「でも、今年はレイドック王がバザーにこられなくてがっかりしている者も多いのです。客は例年ほど少ない感じがしますし。魔王ムドーが力をつけてきているご時世だから、他国へ赴く暇なんてないのでしょう」
「魔王ムドー…か」
 生まれてから何度この名前を聞いただろうか。
 庶民の自分からすれば直接関わり合いのない存在だが、その名を聞くとなぜか燃え滾るような闘志が沸きあがってくる。
「そういえばお客さんは精霊の冠を買い行くんでしたね?冠職人のビルデさんの家はあそこですよ。町はずれの緑色の屋根の家だからすぐわかると思います」
「なるほど、じゃあすぐ行ってみようかな」



「まあ、ライフコッドからの使いの方ですね。遠い所をわざわざ…」
 冠職人の家の玄関先で出迎えたのは、そばかすを散らせた若い娘であった。
「どうも」と、頭を下げる。
「去年まではおじいちゃんが来ていたのに、今年は随分と若い方がいらしてくれたのですね。それで申し訳ないんですけど、父であるビルデはまだ帰って来てないんです」
「え、まだ帰られてないんですか?」
「ええ、出かけて行ってから今日で三日目。今年はいい材料の木がなかなか見つからなくて、橋を渡って西の方へ行くとも言っていました。さすがに心配だなって思っていたところなんです」
「じゃあぼくが探してきますよ。戻ってくるまでひまなんで」
「まあ、それは助かりますわ」



prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -