DQ6 | ナノ
 1-1

「うわああ」
 
 悲鳴に近い叫び声を上げた。
 いきなり視界が反転し、派手な音をたててベッドから転がり落ちた。寝ぼけていたのか床に落ちた反動ですっかり目が覚めてしまう。
 例のごとく、またあの夢を見たようだ。一か月に数回は見るという胸糞悪い夢を。
 見たばかりなのに内容はほとんど覚えていない。覚えていないが、言いようのない悔しさと怒りと恐怖を覚えるのはなぜだろう。きっと、ろくでもない内容には違いないはずだ。頭と背中を強く打ったせいで意識が朦朧とする。荒い呼吸で肩を上下に揺らし、ぼうっとしたままヨロヨロと立ち上がる。そばに立てかけられた鏡で自身を覗く。鏡の向こうには眠そうな半開きの目に疲れたような顔の自分。白いヨレヨレのタンクトップに紫色の短パン姿の上、自身の青い髪が変な方向へと曲がっている。嫌な夢を見た後だというのに、寝癖の痕はしっかり残っているようで深いため息を吐いた。汗びっしょりで背中にシャツが貼りついたりして気持ちが悪い。はやく近所の井戸で水浴びでもしよう。

「大丈夫!?」

 ドアが勢いよく開いた。
「レック兄ちゃん!すっごい音したよ?」
 
 バタバタと派手な足音を立ててやって来たのは、レックと呼ばれた兄によく似た少女だった。レックはやってきた少女に「大丈夫」と一声返して気丈に笑う。
 彼の本名はレック・フォン・アルベルト。まだあどけなさが残る16歳。
 少女は一つ年下の妹ターニア・フォン・アルベルトである。

「怖い夢でも見たんだね。またいつものやつ?」
 ターニアが心配そうに顔を覗きこむ。
「ああ、そうみたいだ。どんな内容かは思い出せないけど。でも、所詮はただの夢だから」
 まだ頭がガンガンする。
「無理しないでね。もうすぐ村祭りだから忙しくなると思うし、あ、さっき早朝から村長さんがお兄ちゃんに用があるって訪ねてきたよ」
「村長さんが?」
「うん、寝てるって言ったらまたあとで来るって帰っていったけど」
「そっか、じゃあ後で村長さんの家に寄ってみるよ。木こりの仕事に行く前にさ」
「その前にそのひどい寝癖直してからね。近所の人に笑われちゃうから」
 ターニアがレックのひどい頭にくすくす笑っている。
「そ、そうだった」

 レックは慌てて頭を押さえて照れ笑いを浮かべた。
 寝癖を櫛などで手短に直し、いつものチュニックに着替えて外へ出る。開け放った途端に扉付近に止まっていたスズメが飛び立ち、一面紺碧の青空が広がっていた。まぶしくも温かい太陽が照りつける実に晴れやかな朝である。朝支度を行っている通りすがりのよろず屋のじいさんや、牛乳配達のおじさんに、おはようございますと笑顔で挨拶を交し合う。彼らは朝のやるべき作業に勤しんでいて忙しそうだ。農作業や店を切り盛りしている者の朝は誰よりも早い。自分も同じだ。これから木こりの仕事に行かなければならない。
 近所の井戸で汲んだ水で顔を洗い、からからになった喉を潤わす。清々しい山の空気と新鮮な水で、すっかり気分爽快に変わった。

「ふー今日もはりきっていってみようかな」
 ぐっと背伸びをして、恐れる事もなく遠い崖下の向こうを見下ろした。眼下に広がる大いなる大地を。






――第一章 村祭り――






 標高数千メートルにある山奥の集落ライフコッド村。
たった数十人だけの村人が身内のように助け合い、身を寄せ合いながら暮らしている。村の象徴である山の精霊がいつも見守ってくれていると信じて疑わず、毎日を平和で過ごせるのも精霊のご加護と崇めている。

 魔王ムドーという輩が蔓延るこのご時世、村が恐ろしい魔物に襲われないのも山の精霊のおかげであるとされていて、毎日礼拝堂へ足を運んで深々と祈る村人は多い。礼拝堂にはこの村名物の山の精霊をモチーフにした美しい女神像が祀られてある。
 そんな小さなこの村での珍しいものと言えば、土産屋で売られている絹織物と木彫り細工の工芸品であろうか。職人が手塩にかけて作った伝統工芸品は、周辺諸国からは大変評判である。売れば結構な値が付き、旅の商人や観光ついでに買いに来る旅人が年々増えているそうだ。それ以外では、美しい絶景と空気がおいしいと評判の村だが、空気が薄いせいか高山病でぶっ倒れる者が後を絶たず、いい面でも悪い面でも周辺諸国からは有名な村である。

 レックもターニアも生まれてからずっとこの山奥の村の住人で、年々都会にあこがれを抱いて出て行く若者ばかりの中、村での数少ない若者達である。自分たち以外でも若者はまだいるけれど、いつか職を求めて都会へ行こうと考えている者も少なからずいる。自分達はそんな風に考えた事などないというのに。

 二人の両親や身内は物心がついた頃に病気などで亡くなっており、今は兄妹二人で仲良く暮らしている。昼間はターニアは絹織物の作業場へ働きに出て、レックはきこりの仕事と山を下った西の方にあるマルシェの町で、剣術を教えるという出稽古で生計を立てている。生活は裕福とはとても言えないが、それなりに充実した毎日を送っている。貧しくても、村人同士家族のような信頼関係が出来上がっているので、不幸と思ったことなど一度もない。毎日単調だけれど楽しくて、平和で、笑顔が途切れる事なんてない。
 レックもターニアもこの村が大好きであった。




「今年の村祭りの神の使い役はターニアちゃんですって。村長さんも考えたわねえ」
 
 一か月前、武器屋のステファンの奥さんが話しているのをレックは偶然耳にした。
 村祭りという単語を聞くと、今年ももうそんな時期になるんだとそわそわする者も少なくない。一年に一度しかないその村祭りとは、神の使いが精霊の冠を女神像に捧げるという神聖な儀式を通じて、精霊様へ感謝と村の平和を祈る行事の事だ。年間を通しての村一番のイベントであり、毎年この時期になると誰が神の使い役になるかで盛り上がるのも恒例となっていた。
 去年は近所に住む絹織物職人のお姉さんで、今年は村長の娘のジュディという噂もあったが、正式にターニアになったらしい。レックは妹の晴れ舞台の重役に兄として誇らしいと思った。村祭りはあと数日後と迫っている。


「え、ぼくが精霊の冠をですか?」

 レックは村長の家にあがりこんでいた。
向かい合うように白い口髭をはやした村長とレックが木の椅子に座り、紅茶を飲んでいる。テーブルの上には大きな袋が一つと村の民芸品の数々が置かれていた。
「そうじゃ。妹の晴れ舞台となるイベントに、兄であるおまえが活躍しないで誰がするんじゃ」
 村長がレックに用があると言っていたその要件は、精霊の冠を買ってきてほしいというものだった。
「でも、ぼくぁ、てっきり娘さんのジュディが神の使い役するのかと思ってましたよ」
「まあ、そこは大人の事情というのがあってだな…ターニアに決まったんじゃよ」
 こほんと話をそらすように村長が咳き込む。

(たしかに失礼だけど、ジュディは神の使い役って柄じゃなさそうだよなァ…)と、レックは苦笑う。

「で、行ってくれるな?」
「ええ、喜んでいきますよ。マルシェの町ですね?その冠職人が住んでいるのは」
「そうじゃ。剣術の出稽古でよく行っているおまえなら山を下るのも簡単じゃろうて。売物はこの木ぼり細工と絹織物十枚。売れた金額を冠の代金にしてくれ」
「わかりました。明日の早朝発とうと思います」
「頼んだぞ」
「はい」
 力強く返事をして、村長の家を後にした。

「あら、レックじゃない」

 村長の家の入口で、入れ違いになってジュディと出くわした。
 ジュディはレックと同い年で幼馴染の少女。村長の娘という立場から少し高飛車でわがままだが、意外に他人思いでいい所もある。黙っていれば世話好きの美人だが、怒ると鬼の様に怖いと有名で、そんなジュディにレックも苦手で頭が上がらないのである。

「お父様に買い物を頼まれたのね」
「そうなんだ。精霊の冠を買いに行くっていう大役で…」
「レックにぴったりじゃない。毎年買いに行ってる飲んだくれのじーさんが行くより、レックが行く方がよっぽど安心よ。ていうか、なんで今年はあたしが神の使い役じゃないのかしらね。あたしの方がターニアより綺麗だし、可愛いのにさっ。もーお父様ったら何考えてるのかしらっ」
「あはは…ま、まあ、決まっちゃったし」
 なんだか気まずくなってぎこちなく返す。
「レックだってあたしの方がいいって思うでしょ!?ね?ね?」
 ジュディが悲劇のヒロインにでもなったようなうるうる目で、レックにすり寄る。
「い!いや〜…そのまあ…よくわかんないし、俺」
 レックは目をそらしながら頭をかく。
「もーはっきりしないわねえ。でないと、あたしランドの元へ行っちゃうわよ」
「え、ランドの元って…」
「その言葉通りよ。あたし、ランドとはいい感じなのよねぇ」

 ジュディが流し目をすると、レックはびくっとして目を泳がせた。
 ランドとはレックとジュディの同級生で腐れ縁。酒場の息子で、不良で口が悪くて、働きもせずにフラフラしているろくでもない人間である。そして、ターニアにお熱で、よく自分達兄妹の家に上がりこんではちょっかいをかけてくるのである。村中からはダメ大人の見本として、子供の反面教師となっているのだ。

 ひどい言われようだが、一応小さいころから苦楽を共にした腐れ縁でもあるので、憎めない部分もたしかにある。ジュディと付き合っているという噂をよく村人から聞くが、果たしてどうなんだろうかとレックも少なからず気になっていた。

(いや、気になるっていうか、別にそれほど気になるわけでもないけど…)

「ランドはね、あたしに可愛い木ぼり細工のペンダントをくれるって約束したのよ。うふふ」
 まるでレックにアピールするかの言い様だった。
「へぇ、そうなんだ。よかったじゃないか」
そんなレックはどこ吹く風な様子。
「そうなんだ…って、なによその反応」
「え、なにが…?仲がいいっていい事だと思うし、友達同士じゃんか。俺もジュディの事友達として好きだしさ、何かあげたいとは思うけど余裕がなくて、ごめん…。ランドの奴も無職でサボり魔だけど、手先は器用な方だからいいペンダント作ってくれると思う」
「…友達…」
 それを聞いて、ジュディはむすっとした。口を真一文字にして、半ば怒った顔だ。
「って…あれ、どうしたんだよジュディ」
 まさかこれほどまでに鈍いとは…と、ジュディ。
「ほんと、レックって鈍感よね。相当な天然(バカ)っていうか…まあそういうところがレックのいい所だと思うけど…でも、これはひどすぎだわ。女心がわかってなさすぎよ!重症だわ!」
「…ジュディ?」
 彼女は何やらぶつぶつ言っている。そしてぷるぷると拳を震わしている。あまりの純朴さゆえに、純粋すぎて手も出せやしない。これは強敵だ。天然をプラスした鈍感ほど難攻不落な奴はいない…と。
「あのー…」
 あろう事か、首をかしげたままよくわかっていないレック。
 わかるのはジュディが自分のせい?で怒っている事だ。
「あの、ジュディ?どうしたのさ…なんでそんな目くじらたてて…」
「うるさいわね!乙女がこんなに悩んでるのに女心がわからないなんてっ!とっとと冠買いに行けーーー!あほーーー!!」
 ジュデイの大声が村中に響き渡った。


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