DQ6 | ナノ
 23-3

「ヘルハーブ温泉へようこそ。順番に入って行ってね」
 なぜかバニー姿の女性が温泉の入り口前に立っている。
 デレデレしている裸の男を前にしてもしれっとしている様子に、営業魂を感じさせた。 ここでもハッサンがバニーの色香に誘惑され、スケベを発動させたが、四人全員で総力を合わせて押さえ付け、なんとか痴漢で訴えられることは避けられた。
 やっと順番が回ってくると、腰にタオルを巻いた男どもはぞろぞろと露天風呂へ入っていく。レック達むさい男共五人集も湯に浸かって行った。湯の色は緑色で、温度も適温で丁度いい。思っていたより普通の温泉である。
「あーこりゃあいい気持ちだぜ〜」
「ほんと…いい気分ですー」
 ハッサンとアモスが極楽な顔を浮かべている。
「フンっ…こ、こんなもの…俺からすればまあまあ…だな」
 テリーもツンデレな台詞を言っては満足そうである。
「それにしても、ここに入っていると体の力が抜けますね」
 チャモロが脱力した様子で手足をぶらんとさせている。
「ほんとだ…うまい具合に前に進めないっていうか…体力消耗が激しいっていうか…」
 風呂に入って結構な疲労を感じるなんてなんだか危ない気がする。
 冷静に考えれば、この湯が人に害を与える成分が入っている事くらいわかるのだが、この湯に入ってからのおかしな効力のせいか、人間の思考力を著しく低下させるようだ。
知らぬ間に自分たちが温泉の周りを何度も流され、徐々に気力を奪われている事にも気づかずに。
 手足を動かそうとしても、酒に酔ったような脱力感でうまい具合に流れに逆らえない。 おまけに、あまりの気持ちの良さに脳内が漂白されそうだ。このままじゃ大変危険である。レックは危機を察知した。
 仲間達がうっとりぼうっとしている中で、レックだけはなんとか強い意志を持ち続けて流れに逆らおうとする。
「うへー…ここまで来るのにめちゃくちゃ疲れた…はあ。温泉に入るのに疲れるってどういう事だよまったく…ん」
 偶然やってきた大きな岩場から、妙な通り風を感じた。
 ふとその風が流れてくる場所を辿ると、人一人が通れるような小さな洞穴が空いているではないか。
 湯に流されたまま遠くで見ていた場合は絶対に気づかないだろうが、近場で見るとどこかへ繋がっている洞穴に見えなくもない。レックは不審に思い、洞穴に入ってみる。
 それほど深くはなく、奥の方は何やらぼんやり光っていて、恐る恐る近づくと…
「…こ、これは…!」
 とんでもない大発見に、急いで流されている男共にもこちらへ来いと呼んだ。


「なんだなんだ?ここに何があるってんだよ…せっかくいい気持ちで入ってたってのによ」
 ハッサンはすっかり温泉の虜になっているようである。
「いいから見てみろ」
 そこには、おなじみの井戸がぽつんと一つ。ぼんやり青白い光を放っている。見る見るうちに仲間達の顔つきが驚きに変わる。
「こ、こりゃあ…もしかして…!」
 一気に正気を取り戻し、顔を見合わせあって期待を抱く。
「この光はきっと元の世界へ通じる夢見の井戸だよ。決してデマなんかじゃなかった。ちゃんと元の世界に戻れるんだよ」
「そうと分かれば、服と武器と魔法の絨毯持って出発ですね!」
「ミレーユとバーバラはどうする?」
「事情を説明して外で待っててもらおう。男共と一緒に混浴なんて嫌だろうし」
「…だな」と、どこか残念そうなハッサン。
「では、私が二人の護衛をして待っていますので、急いで行ってきてください」
 チャモロを残し、すぐに衣服と武器を取りに戻り、再度洞穴までやってきた。
 ここまで来るのに相当な体力を要し、湯の効力に疲れ切ったが、やっと元の世界へ戻れるかもしれない希望を抱いて井戸へ飛び込んだ。
 闇に瞬く光を追って手を伸ばすと、視界がグニャリと歪む。もはや見慣れたお馴染みの光景だ。
 気が付けば、久しぶりにまぶしい太陽を見た。ここは、現実世界のガンディーノから北の大陸のようである
「やったァ!元の世界に戻ってきたんだなっ」
「じゃあ、急いでザクソンの村に行かないと」
 地図で確認しながら、空飛ぶ絨毯で北の方角を目指した。


 ザクソンの村は山々に囲まれた素朴な農村であった。
 地図によっては載っていない小さな村なので、知っている者もごくわずかな隠れた田舎村である。ライフコッド村よりかは大きく、人口も100人程度と多め。
 農民が汗水たらしてくわで畑を耕したり、田植えをしたり、農作業に明け暮れている。大きなナスやかぼちゃ畑を見ると、レックもライフコッドで過ごした懐かしい日々を思い出す。どこかライフコッド村に似ているなあとつい一喜一憂してしまうのだ。
 そんなこの村は、数年前は有名な防具職人が住んでいたらしいが、忽然と姿をくらましていなくなってしまったとか。
「えーと…エンデさんの家は…あれかな」
 意外にすんなり見つけられた。
 エンデの家の周りには、使い捨てられた金具や、不良品の防具達が並んでいてすぐにわかった。
「ごめんください」と、二度ほどノックする。
「…どちらさまでしょうか…?」
 数秒ほどでエンデの妻らしきお婆さんが玄関先に出てきた。
 やつれたような印象で、あまり元気がいいとは言えないほど貧相に見えた。傍にイヌのシルバーがワンワンと吠えている。
「あの…旅の者なんですけど、こちらはクラーク・エンデさんのお宅ですか?」
「そうですけども…主人は今は…」
「これを…」
 レックは古びたパイプを見せた。
 途端、見る見るうちにエンデの妻の表情が驚きに変わる。
「こ、これはあの人の!一体どうして…?」
「エンデさんから預かったんです。彼は…こことは違うはざまの世界という場所へ飛ばされてしまったんです」
「はざまの…そんな場所に…」
「今は戻れなくて辛い思いをしていますが、あっちでも彼は前を向こうと必死で生きています。それで…これをあなたに届けてほしいと」
 パイプを手渡す。
「ああ、やっぱり…!どんなに絶望しても、あの人は死ぬような弱い人じゃありませんもの」
 エンデの妻は感極まった顔になって涙ぐんでいる。
 いなくなってしまった旦那が生きていることを知り、元気をなくしていた第一印象から、希望を取り戻した表情に変わった。
「あっ、そうだわ!ぜひ…あれを…」
 狭い工房の方へ向かい、引き出しをあけてゴソゴソと何かを取り出している。戻ってくると、防具職人が使うための金具などが入った道具箱を持ってきた。
「これはあの人が命より大事にしていた仕事道具です。どうかこれをあの人の元へ届けてあげてくださいませんか。この仕事道具を見れば、きっとまたあの人も、どんなに絶望しても元気を取り戻してくれるでしょう。あの人は…作業をしている時が一番楽しいとおっしゃっていましたから」
「わかりました!責任を持って届けます」
「それにしても…あなた方は…一体…?どうして主人の事を…」
「偶然、旅先でエンデさんと会っただけのしがない旅人ですよ」と、笑顔で返した。


「で、どうやって狭間の世界へ戻るんだ?」
 ザクソンの村を出てからテリーが訊いた。男共は魔法の絨毯で上空を彷徨っている。
「元来たあの井戸に行けばいいんだろ」
「で、その場所覚えてます?」と、ニコニコ顔のアモス。
「「あ」」
「どの大陸かは覚えてるんだけど…元の世界に戻ってきた喜びでいっぱいで……忘れちゃった。てへ」
「………」
 その後、半刻以上かけて、草木をかき分けながら井戸を探す羽目になったのだった。


「はあ〜レック達、はやく帰ってこないかなあ。ずっとこんな所にいたら本当に無気力になっちゃうよ」
 一方で、ミレーユとバーバラとチャモロはヘルハーブ温泉の近くで焚火をしていた。
 枯れ葉を集めてサツマイモを焼いている。丁度いい焼き具合の芋を枝ですくい上げ、バーバラが美味しそうに頬張る。ミレーユは隣で夕食の準備をしている。
「きっともうすぐ戻ってきますよ」
 チャモロが時計を確認しながら言った。あれからもう十時間ほど経っている。そろそろ戻ってきてもいい頃だ。
「おーーい!帰ったぜー!」
 そんな時、向こうの方からハッサンの声が聞こえてきた。
 やっと戻って来たかと三人が重い腰を持ち上げて振り向くと、全裸姿の大男が一人走ってくる。風呂上がりのそのままで、隠すものは隠していない。三人は呆然としながらも次第に仰天する。
「キャアアアアー!」
 見た途端、バーバラの甲高い悲鳴が森中に響き渡った。
「一体なんて格好してんだテメー!こんのド変態がああッ!」
 バーバラが勢い余ってグリンガムの鞭をピシピシ叩きつけた。無様な姿で断末魔をあげる全裸のハッサン。当然の行いだろう。ミレーユとチャモロも盛大に顔を引きつらせている。汚いものをみてしまったという表情で。
 急いで服を着てやってきたレック達は、やっぱり…と案の定の展開に頭を押さえたのであった。
「さすがに女性の前で全裸は破廉恥ですよ、ハッサン」
 アモスが半死人のハッサンを前に笑いをこらえている。
「僕の治癒術にも限界があるのですけど。無駄な魔法力消費はよくないんですよ」
 溜息を吐いて合掌しているチャモロ。ザオリクをかける羽目になってとても面倒くさそうである。
「もう…全裸の変質者かと思ったわ…」
 ミレーユもおぞましさを感じていた。
「あれほど服着て行けって言ったのに、無視してそのまんま外に出るから…ったくこいつは…!」
 呆れ果てるレック。
「フ…アホの極みだな」
 腕を組んで侮蔑に笑うテリー。
 ハッサンの公然猥褻には、一同はしばらく空いた口が塞がらなかったのであった。

 絶望の町に戻り、さっそくエンデに道具を持ち帰った事を報告しに向かった。相変わらずの絶望しきった雰囲気は変わらずで、本日も天を仰ぐ人々。はやくなんとかしてあげたいものである。
 エンデの家へ伺うと、数日前より物憂い顔で玄関先に出てきた。
「なんじゃお前さん達…。まだこの町にいたのか」
「エンデさん。あなたの仕事道具を持ってきたんです」
「…何…?」
 レックは道具袋からエンデの仕事道具を取り出し、差し出した。
「こ、これは…!たしかにわしの仕事道具じゃ」
 目を見開いて驚いたままそれを受け取る。すぐにエンデは道具箱の中を開き、一つずつ確認し始めた。どれもが大切な工具。一つでも欠ければいい防具は作れやしない。工具は職人の命。そんな事をブツブツと呟くエンデの脳内は、懐かしい思い出に浸っているようだ。使って喜んでくれる旅人の顔を――…毎日のように防具作りに情熱を注いだあの日々を――…。
 すぐにでも使えるようにと、一つ一つが綺麗に丹念に磨きこまれてあるのは、妻からの愛情の表れ。手に持てば使い慣れた感触に涙がこぼれそうになった。
「お…お前さん方は…本当にザクソンの村に行ってきたんじゃな」
「はい。あなたの奥さんもシルバーも元気そうでしたよ。どんなに絶望しても、死ぬような弱い人じゃないって言っていました」
「…そうか、わしの妻がそんな事を…。よかった…元気そうで…本当に」
 エンデは黙ったまま背中を向けて、肩を震わせている。ぐいっと片手で涙を拭っているのが見えた。
「まさかこの世界に来て、こんなに希望を持てる日が来るなんて思わなかったぞい。しかも、自分の力で望んでこの世界へやってくるなんて…とんでもない話じゃ。あの大魔王を倒すために…。バカな奴らじゃよ…」
「エンデさん…」
 エンデは腕を組んで少しだけ考えた後、手をポンとたたいた。
「そうじゃ。お前さん方に何か便利な防具を作ってやろう」
「え…防具、ですか?」
「うむ。これでもザクソンの村におった時は、世界一の防具職人と言われておったんじゃ。お前さん方が大魔王と戦うつもりなら、わしも一肌脱いで協力するぞい。こうして仕事道具も戻ってきたわけじゃしな。体を久々に動かしたくなってしょうがないわい」
 エンデははりきって防具作りに取りかかった。
 材料は持っている鉄や銅、周辺で取れる珍しい鉱石などを用いた。この世界でしか採れない材料は貴重な物ばかりで、大魔王の箱庭であっても素材は豊富である。レック達も材料集めを手伝った。
 それから材料が手に入ってからすぐに、エンデは家にこもりっきりとなった。
 あまりに一生懸命すぎて手が離せないものだから、三日三晩徹夜で作業に没頭し、食事もほとんど手を付けないで打ち込む。煙突から見慣れない煙がたちのぼり、外からはなんだなんだと様子を見に来た町の住人たちが、エンデが防具作りを始めたと知り、大層驚いていた。もう二度と仕事はしないと固く誓っていたあのエンデが…と――。
 そのエンデの一生懸命な姿を前に、何かを感じ取っていく町の住人達。不思議と揺り動かされていく。自分も何かできるんじゃないか…まだがんばれるんじゃないか…という活力が一人一人に伝播していくように広がりつつある。
 レック達が元の世界へ戻れる抜け道を発見した事や、エンデが一生懸命仕事に励んでいる姿に胸を打たれ、町全体に一筋の光明を齎した。


そして――…一週間後。
「あれ、なんだか町の様子が変ですね」
 朝、宿屋から出てくると、町の人々の様子が見違えるほどハキハキしたものに変わっていた。
「ああ、みなさん。おはようございます。今日も相変わらず薄暗い空ですが、天気はいいみたいですよ」
「え、あ…はい」
 まぶしい笑顔で話しかけられて、一同は呆気にとられている。


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