DQ6 | ナノ
 23-2

 近くの町は想像以上に悲惨だった。
 入った途端、悲嘆し、銷魂し 打ち拉がれる人々が目に入る。森や草木はあまり生い茂っておらず、砂地ばかりが目立つ殺風景な町。
 生きる気力を失った人々が、死ぬのを刻々と待つために存在している…そんな荒廃したこの町は隔離されたスラム街に近い。レック達は苦しげに町を見て回った。
 ほとんどの家が瓦礫と布だけのバラックのような小屋に住んでいる。
 住んでいるというより、場所関係なく地面に座り込んで寝ころんでいるだけに過ぎない。壁にもたれて遠くのあの世を見ていたり、希望を失ったように将来を悲観している者だったり、自傷行為に走って笑っている者がいたりと、誰もが死んだ魚のような瞳を宿している。この現状に誰もが異常だと思うが、この町ではそれが普通。むしろ、元気があるというだけで可笑しいという目で見られてしまうのである。
 元は夢や希望に満ちあふれていた者ばかり。しかし、突然はざまの世界に連れて来られてからというものの、この世界の現状を知り、決して元の世界に戻れない事実も知り、町の絶望しきった雰囲気に伝播するように呑まれ、このような廃人同然の人間となってしまうのだという。年々それは増加傾向にあり、今じゃ町の九割である千人以上が廃人と化してしまっている。
 いかに人間という生き物が無力かを思い知らせる常套手段として、大魔王がすき好みそうである。
「…ひどい…町です…まさかここまでひどいとは」
 チャモロが疲れ切った顔で言った。
 昨日、宿屋でたっぷり休んだはずが、一晩休んでも全然疲れは取れなかった。むしろ、さらに疲労がたまった気がする。
 なんせ、宿屋の主人も無気力なのか、ワラを持ってきてはこれ敷いて勝手に寝てくださいと投げやり。冷たい地べたでワラに包まれての雑魚寝だから、これじゃあ休まるはずもない。その相乗効果もあり、仲間達も昨日以上にやつれた顔を見せていた。
「大魔王の魔力のせいでもあるんだろうが、大半は自分の抱えている負の問題からああなったんだろう。自分から立ち上がる気力が出ない限り、この町がよみがえる事はないだろうぜ…」
 テリーもまた重そうな体で言った。

「おや、あなた方は…新入りのようですね…」
 物憂い顔で町人がレック達に気づいた。
「そう、ここには私のように、突然この世界に引きこまれた者達が、成す術もなく身を寄せ合って暮らしています。あなたがたもきっと何日かいれば絶望し、すべての希望を失う事になるでしょう。この絶望の町で…はははは…」
 青年が薄笑いを浮かべながらフラフラ立ち去って行った。続いて近くにいた女性もレック達に気づく。
「これは夢よ。きっと悪い夢…。このまま眠って、目を覚ませばもとの世界に戻っているはず。そう信じながら、もう何回眠りについたでしょうか。この世界は大魔王デスタムーアが作りだした箱庭…。この町に連れて来られた人たちは、皆平和を信じ、心ざしを強く持っていた人ばかり。しかし、元の世界へは決して戻れず、己の無力さを知り、こうして絶望して死んでゆくのです」
「ひっく。オレはなぁ…オレは素手でデビルアーマーを倒した事もあるんだ…ヒック!」
 武道家風の男が昼から酒瓶を煽っている。
「それがこの世界ではなんのチカラも出せやしねえ。これが飲まずにいられるかってんだ!」
 なおも飲み続ける男の目からは涙が滲んでいる。
「そういやあ…ひっく。この世界から抜け出せる抜け道がどこかにある…なんてデマが流れたこともあったな。そん時はみんなして、そりゃあ一生懸命探したものさ、ひっく。けど、やっぱ見つからなくて…あん時の落ちこみようったらなかったね。だから、希望なんか持たない方がいいんだろうよ。変な希望を持って、後でダメだった時の事を考えると余計に何もしないほうがいいんだ…ひっく」
「………」
 レック達は辛そうに押し黙る。ほとんどの町の住人はこのような有様であった。
 何もしたくない。
 何も考えたくない。
 もう死んでしまいたい。
 まるで鬱にでもかかったように、行きつく先は絶望と死。これじゃあいけないとわかっていても、この緩慢な空気と絶望の最果てからは逃れられないのである。
「…みんな…おかしいよ…こんなのって…」
 バーバラがもどかしく声を絞り出す。
「でも、私たちも徐々にこの空気に呑まれつつあります…。こうしている間でも体が重苦しくなってきていますし」と、アモス。
「このままじゃ、本当にあの人たちのように生ける屍同然になってしまうかもしれないわ。私達がなんとかしなければいけないのに」
 これは相当危機的状況である。
 下手をすれば、望んではざまの世界へやってきた自分達も同類になりかねない。同じように廃人同然になってしまえば、それこそ無意味な身の破滅である。ならば、どうすればこの町の淀んだ空気を解放感あふれるものに変えられるのだろうか。どうすれば、みんなが希望を持てるのだろうか。
 そんな時、ふと近くでフラフラして転げた老人を目にした。
「お、おじいさん…大丈夫ですか?」
 レック達が駆け寄って老人を支えた。
「なんじゃお前さんたちは…みない顔じゃな。それに…随分立派な防具を身に付けておるのぅ…じゃが、わしゃもう二度と防具なんぞ作らんぞ。ここで何をしたって、どうせもう家族の元へは戻れんのじゃ…。もはや大魔王に殺されるか、自分で死ぬかのどちらかの選択肢しかないのじゃから…」
 老人が悄然とした顔で前を向き、またフラフラと歩く。
「俺は…俺達は…自ら望んでこの世界にやってきたんです。その大魔王を…倒すために」
 レックが背中を向けている老人に訴えた。
「…なに…望んで…来たじゃと?」と、聞き間違いかと思って振り返る。
「しかも…大魔王を倒すためにと言わなんだか?」
「ええ…そうです」と、頷く面々。
「それじゃお前さん方は、自分の力でこの世界にやって来たというのか…?」
 老人は目を見開いて驚いている。
「…はい。その通りです」と、レック。
「あ…あり得ん…あり得ん!そんな夢みたいな話は絶対に信じられんぞい!これもきっと大魔王の罠じゃ!いつもみたいにみんなを騙すためのデマを流させる気じゃろ?そうやって、皆の心をえぐる真似はもうたくさんじゃ!」
「嘘じゃありません。本当です」
 レックが真っ直ぐな瞳で力強く言う。
「嘘じゃ嘘じゃ!し、信じられるはずがないじゃろう?今まで何度大魔王の甘言に騙された事か…。わしゃあ…自分自身でさえも信じられんようになっとるというのに、そんな言葉など…騙されぬぞい!」
 顔を横に振って聞く耳もたないとばかりに、怒りと怯えた様子でレックの言葉を拒絶する。
「…じゃあ、どうすれば信じてくれますか?」
「………」
 老人は黙りながら少し考えた所で口を開く。
「……もし、お前さん達が大魔王の罠でないというなら…お前さん達の話が本当なら、その証を…見せてくれ」
「証…ですか?」
「そうじゃな……こういうのはどうじゃ?ザクソンの村…まわりを高い山に囲まれた小さな村に、わしの家がある。そこには残されたわしの家族がおるはずじゃ。わしの妻と犬のシルバー…。きっとわしのことを心配しておるじゃろう」
「ザクソンの村…ですね?」
「ああ。そのザクソンの村のわしの妻に、これを渡してほしいのじゃ」
 ポケットから、古びたパイプを取り出した。レックに手渡す。
「それは若い頃、妻からもらった大切な物でな。これを見れば、妻はすぐにわしの物だとわかるじゃろう。そうしたら、わしの仕事道具を妻に出してもらって来てくれ。わしの部屋に置いてあるはずじゃ。言い忘れておったが、わしの名はクラーク・エンデ。わしの仕事道具を持って来てくれたら、お前さん達の話を信じる…。期待はしとらんがな…」
「……わかりました」
 本当に元の世界へ戻れる手段などあるのかわからないが、ここへ来れた以上、戻れる方法は必ずあるはず――…。

「でも、どうやったらこの世界から脱出できるんだろうな」
 エンデとのやりとりを終え、町の前で今後の事を話しあう面々。この世界のからくりはいろいろと複雑そうである。
「…それさえわかれば、みんなに希望を与えることができるかもしれないんですけど」
「そういえばさっき…西にあるヘルハーブ温泉っていう所へはしゃいで行っちゃった人がいたよ」と、バーバラ。
「ヘルハーブ温泉?」と、レックが訊き返す。
「うん。この世界に温泉施設があるみたいでさ、町の人の唯一の楽しみはその温泉みたいだよ」
「気になるわね。行ってみましょう。どんな些細な事でも今は欲しい所だわ。何かあるかもしれないし、私たちの理性が絶望になり変わる前に」
 ミレーユが仲間の顔色を窺って言った。
「…そうですね。温泉ってのがまた珍しいですけど、行ける所は確実に調査せねば」と、アモス。
「行くのが億劫だけどな」と、テリー。

 西の方角には、大きな石造りの施設の前に人だかりができていた。
 看板にはヘルハーブ温泉とデカデカと記されている。温泉特有の硫黄の香りが鼻につき、白い湯気が柵の向こうの方から立ちのぼっている。
 順番を待って入口をくぐると、受付のカウンターの他に酒場もあり、風呂上りの連中が昼から酒を煽っている。どの者もなんだか目つきがだらけている気がする。
 向こうの方の脱衣所のノレンをくぐると、着替えている最中の老人やら荒くれらが、丁度パンツを脱いでいる最中だった。
 それをオブラートに包み隠さず見てしまったバーバラとミレーユは、顔を真っ赤にして仰天している。
「も、もしかして男湯しかないの?」
 バーバラが目を覆い隠している。
「女湯はなくて混浴みたいよ」と、恥ずかしそうなミレーユ。
「入湯料は10Gみたいで安いですね。こりゃあ繁盛するわけです」
 今か今かと裸の男達が腰にタオルを巻いて待ちわびている。入浴時間は決まっているらしく、繁盛しすぎて順番待ちのようだ。残念なのか良かったのか女性はほとんどいない。
 そんな温泉から出た者は、誰もが目をトロンとさせて昇天しきった顔で「最高…」と、床に大の字で寝そべっている。目の焦点が定まっておらず、まるで酒に酔いすぎた顔つきでぐったりしている。長時間浸かっていると、しばらく死んだように無気力状態に陥って危険なので、長湯は厳禁とされているようだ。
 どういう目的でこの施設が作られたのかはわからないが、これも大魔王の罠なんじゃないかと油断はできない。
「で、どうする?」
 レックが訊いた。
「様子を少し見てくる程度でどうですかねえ?ただ、害がありそうなので長時間入浴はできませんが…」
「そうだな。ちょっとだけなら温泉堪能してもいいだろ」
 ハッサンは様子見の目的を知っているのかいざ知らず、勢いよく上着を脱ぎだす。入る気満々である。
「あ、あたし達は外で待ってるから」
 そそくさ逃げるバーバラ。
「そ、そうね。お願い…」
 ミレーユも顔を赤らめて遠慮した。
「俺もパスで…」
 テリーもすました顔で続く。が、
「あなたは行ってきなさい」
 姉であるミレーユが命令した。
「え?俺は温泉なんかにゃあ興味ないんだけど…」
「だめよ。ここで少しは男同士の友情を深めておいて悪くないわ。折角なんですもの。さあ、一緒に行ってきなさい」
「いや、姉貴…でも…っ」と、渋る。
「そうよ、行ってきなさいよバカテリー!誰もあんたの貧弱な体なんて興味ないんだから、思う存分自分の裸体見せてきなよ」
「ふん…っ!貧弱な体なのはそっちだろうが寸胴の貧乳が」
「なんですってえ!」
 テリーとバーバラの間にバチバチと稲妻がぶつかる。毎度恒例の痴話喧嘩だ。仲間達がヤレヤレと面倒くさそうな顔をする。
「まあまあ、こんな場所でケンカはそこまでにして…テリーとはまだまだ付き合いが短いから、温泉にでも入って睦みあおうじゃねえか」
 ハッサンがテリーの首根っこを掴んで連れて行く。
「そうですね。男全員で行くってことで…」
 にやりとアモスも笑みを浮かべた。
「こ、こら!てめえら離せッ!俺は温泉なんかに入りたくないんだっ!離せったら…うわーー!」
 テリーはハッサンに無理やり服を脱がされていくのであった。
 それを見て笑っているアモスと、恥ずかしいので他人のふりをしているレックとチャモロ。ある意味誤解されそうな光景で、何とも言えない空気が漂っていた。



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