DQ6 | ナノ
 23-1

 天馬の塔は雲に届くほどの恐ろしい高さだった。
 山を軽く越えるほどの細長い塔の中は広く、階段も長ったらしく、そして迷宮じみていて、頂上まではえらく時間がかかってしまった。方向音痴なハッサンを除いて、残りのメンバーで「あっちではない、こっちではない」と言い争い、仲間同士で口喧嘩に勃発した珍騒動もあったが、なんとかてっぺんの階(きざはし)に辿り着くことが出来たのは丁度茜空の刻。一日ずっと塔をウロウロしていた気がする。
 途中、何度か雑魚魔物と戦闘し、新たに仲間に加わったテリーの俊敏な動きや、成長した仲間達の力により、魔物で後れを取ることはなかった。
 頂上ではファルシオンが喜びに咆哮を繰り返していた。仲間達も自分の事のように嬉しくなり、すんなり実体を取り戻せるかと思えたが、おかしな大魔王の手下共が邪魔するように現れた。
 ホロゴーストとランプの魔王とデビルパピヨンの妙な三人組である。
 地上では見たことがない魔物で意外と骨があったが、テリーのゾンビ斬りやアモスの稲妻斬り、レックのギガスラッシュによって倒された。
 手下どもが滅びたことにより、ファルシオンの魂が解放される。精神体から実体へ、ついにファルシオンはペガサスの力を取り戻したのだった。








――第二十三章 はざまの世界――







「よくやった。これではざまの世界への入り口は開くはずじゃ」
 ペガサスの実体の封印を解き、一同は再びクラウド城の玉座に戻っていた。
 ゼニス王がファルシオンにはざまへ行くための鍵の力を解放させたばかりだ。
「そういえば、大魔王はなぜはざまの世界を作り出したんでしょうか?」
 レックが訊いた。
「それは、彼奴めは現実でも夢でもない世界を作り、はざまの世界に現実と夢の両方の世界を飲みこむつもりじゃ。つまりは世界統合し、自分の理想郷を作るのじゃろう。未来の卵の力を使ってな」
「未来の卵の力ですべての世界を取り込むだって…!?そんな事を…!」
 忌々しき事態だと誰もが思った。
 本当にそうなってしまえば、全世界が事実上の大魔王の箱庭になってしまい、永久に人間達は家畜として奴の掌で踊らされることになろうだろう。そんな事は絶対に阻止しなければならない。未来の卵を絶対に奴に渡してはならないし、野望をなんとしてでも食い止めなければならない。
「最近では多くの人間達が、あちらこちらの町や村からはざまの世界へ連れていかれているらしい。その者達は元は希望を持った人間であったが、大魔王の邪悪な力に誘い寄せられ、はざまの世界で希望を失い、生きる気力も失い、絶望となり、無気力…いや廃人同然となる。そして、その廃人さに付けこみ、それを糧にして自身の力もつける事が出来る。遅かれ早かれ、そのうち大魔王はほとんどの人間をはざまの世界へ引き込むじゃろう」
「そんな事…させません!」
 仲間達に目を合わせて頷きあう。
「うむ。勇者と仲間達が力をあわせれば、大魔王の野望を必ずや打ち砕くことができるじゃろう。それだけの力を持っていると信じて、そなたらをここへ導いたのじゃ。だが、一度はざまに行けば、そこは大魔王デスタムーアの作った箱庭。どんな事が待ち受けているかわからぬ。もしかすれば戻ってこれぬかも知れないだろう。心してかかるがよいぞ」
「「はい!!」」

 その日から、念入りに旅立ちの準備を行った。
 大魔王の箱庭と言われている世界へ旅立つこともあり、戻ってこれる保証などどこにもないわけで、旅立つ前に心残りがないようにと、夢と現実の世界でやり残した事をやっておく休日の期間を設けた。
 ある者は過去に決着をつけるために故郷へ帰り、またある者は実家へ帰って家族と楽しい時間を過ごし、またある者は大魔王を倒すまで故郷に帰らないとひたすら稽古に励む者もいた。それぞれが数日間のオフを有意義に過ごす。
 そんな旅立ちを控えた前夜での事――…
 仲間達は城で早めに休息をとり、床に就いた。明日の早朝には旅立つつもりである。
 その一方で、レックはファルシオンに跨り、夜の散歩に出ていた。
 そこはゼニスの城から歩いて数分の湖のほとり。いよいよ大魔王との対決が近づいている中で、眠れない夜を過ごしていたのである。
 空には白い月が昇っていて、一人と一匹は静かに照らされる。
「明日は頼むな、ファルシオン」
「ヒイイイン」
 ファルシオンが静かに鳴く。
 まさか、ファルシオンが大魔王の世界へ向かうための鍵だとは思わなかった。
 出会った当初は、たしかに綺麗だけじゃなくてどこか不思議な馬だとは思っていたが、妙に懐かしいとも感じていた。
 遠い昔、自分が生まれるずっと前から知っていたような感覚さえ覚える。
「俺とお前はきっと…前世で逢っていたのかもしれないな…気が遠くなるような昔に…」
 レックはファルシオンの頭を撫でる。
 別の顔と姿であったころの生前の自分も、こうしてこの白馬を可愛がっていたんだろう。なんだかその姿が目に浮かぶようだ。
「ヒイィ…ン」
 そんな時、背後から人の気配がした。邪悪なものではない。これは……
 遠くにいる人の気配だけで誰かなんてわかるほど、自分は随分成長したと思った。
「レック」
 長い金髪を横結びにして、絹のローブにストールを羽織った彼女である。
「やっぱりミレーユか。まだ起きてたのか」
「眠れないのよ。だから、ここで湖でも眺めていようかなって思ったの」
 朧月に照らされた彼女は、あのレイドックの夜の時の様に美しい。
「バカ。一人でそんな無防備な格好で出歩くなんて危ないだろう。いくらあんたが魔物に強いからって言っても、あんたは女だろう。この辺に変な奴がいないとも限らないんだし」
「平気よ。近くにキミがいるってわかってたから…」
 ミレーユは微笑みながらレックの隣に座った。
 初期の頃にはほとんど見せなかった幼い少女のように、彼女はキラキラ輝いて見える。
 これも自分を頼り、信頼してくれている証だと思うと、自分もまた嬉しくなった。
「もし…何かあっても、レックが助けてくれるんでしょう?」
「当然だよ」
 彼女だけに見せる優しさを帯びた瞳で言った。
 あの両想いになった瞬間から、彼女とは物理的に距離が近くなった気がして、二人でいることが今まででより多くなった気がする。
 恋人として…よき理解者として。
「私…キミにお礼が言いたかったの」
 ミレーユがレックを見つめる。
「…お礼って別に…」
「私の事もそうだけれど…テリーの事。レックが助けてくれなかったら、私とテリーはずっと離れ離れだった。ううん、それ以前に…あなたと出会わなかったら、きっと不幸で悲しい結末に終わっていたと思うから。私がテリーに姉だと名乗れる勇気をくれたのは…あなたよ…レック」
「あー…そんな事か。テリーがミレーユの弟だって知ったのはびっくりしたよ。でも、俺は別になにもしてないよ。ミレーユ自身ががんばったんだろ?」
「それでも、すごく感謝してる…」
 ミレーユが涙ぐむ。
「あなたは…本当に人を守り、救い、幸せにする力があるのね。不思議な人…。まるで…あなた自身が幸せを運んできているみたい」
 彼を誰もが勇者だの救世主だの言うけれど、ミレーユにとっては別な意味で人々を救っているように見える。まるで天使のように――…
 レックといると誰もが希望を持ち、救われていく。こんな汚れた過去を持つ自分でさえも、彼に何度も救われた。
 裏表のない性格に、純真な部分に人が惹きつけられるのだろう。
(あたしの運命の人は…この人なんだよね…)
 ミレーユがレックの手の上に自分の手を重ねた。
 そして、次第に絡めて握り合った。
「ミレーユ…」
「…ありがとう…レック…明日はがんばりましょうね…」
「…ああ…」
 そっと逞しい肩に偏ってくっつくミレーユは、穏やかな顔を浮かべている。そんなレックも彼女にくっつき、居心地の良さから瞼を閉じた。
 静謐に眠る二人の様子を、ファルシオンはいつまでもしゃがんで見守っていたのだった。


 翌日の晴れた空、一行ははざまの世界向けて上空を飛び立った。
 ファルシオンの背中には純白の翼が生え、客車ごと空高く浮遊している。見る見るうちに上昇し、雲を突き抜けていく。あっという間に山の高さを越えると、全員が客車のドアから顔を覗かせた。
「わーいい眺め〜」
 バーバラが雄大な景色を眺めている。
「とうとうこんな空高く飛ぶことが出来るとは、我々は本当にいろんな境地を越えた感じがしますね」
 アモスが感慨深くなっている。
「だよなー。最初はただの旅人だったのに、今やあの大魔王とケンカ出来るまでになっちまったんだから。不思議なもんだぜ」
 ハッサンが自分で作ったサッカーボールの握り飯をがつがつ食べている。
「それにしても、綺麗な景色を眺めながらのお茶はおいしいですねぇ」
 チャモロが抹茶を飲んでいる。
「空飛ぶ白馬に神の城か…あんた達といると、つくづく変わった体験させてもらえるもんだぜ」と、笑っているテリー。
「当然よ。あたし達といた方がミレーユもいるし、憎っくき大魔王とも戦えるんだから。それに…あんたもこのメンバーといてまんざらでもなさげだし。面白いでしょ?」
「フンッ。お、俺は別に…」と、テリーはそっぽを向く。
「ま、テリーったら照れちゃってるのね。こんな顔も見せるようになって」
「ね…姉さん…」
 ミレーユが少しずつ変わりつつある弟の様子に嬉しくなる。
「おいみんな!そろそろはざまの世界への入り口みたいだ。しっかり掴まってろってファルシオンが」
 レックが言うと、ファルシオンがはざまへの次元を一気に突き進んだ。激しい気流と稲妻が走る歪んだ空間の中で、馬車が大きく揺れる。油断していた仲間達は悲鳴をあげてひっくり返った。
 ハッサンはチャモロの持っていた茶をまともに脳天から浴びて悲鳴をあげ、チャモロはハッサンが食べていたおにぎりを顔面で受けて御飯まみれになり、バーバラは勢いよくテリーに抱きついてしまい、そこでテリーも動揺しているところで、ミレーユの不可抗力な肘鉄を顔面にモロ食らってしまう。
痛みに呻いているテリーの横で、レックはミレーユを押し倒す形で胸に顔を埋めてしまい、すぐに離れた途端に背後にいたアモスにバック頭突きをかましてしまう。
 痛みに呻いている者や、顔を真っ赤にして弁解している者、熱さでわめいている者、御飯まみれで嘆いている者など、もはや馬車の中はめちゃくちゃであった。
「み…みんな、もうすぐだ」
 大混乱の馬車の中でレックが叫ぶと、とうとう次元の空間を突破した。視界は辺り一面夜のような世界。空も山も森も草原もすべて暗い色という味気のない色あいが広がっている。ここが――はざま。
 上空には不気味なオーロラが揺らいでいた。太陽は日食の様に暗く、海が存在しないせいか、森や山や大地が表の世界よりしぼんで干からびている印象だった。
 全員が世界全体に気を取られていると、突然馬車がガクンと大きく傾く。
「ヒイイイイイン」
 ファルシオンの力が抜けたように、馬車が真っ逆さまに急降下するではないか。
「ぎゃああ〜〜!」
「おちる〜〜!」
 馬車は操縦不能に陥った乗り物のように、ぐるぐるとまわり、墜落していく。そのまま深い森の中心部に突っ込み、客車部分は擦りきれて半壊した。
「いたた…森に落ちたおかげで…なんとか地面と正面衝突しないで済んだけど…」
 腰をおさえながら、クッションとなった草むらからよろよろと立ち上がる面々。
「みんな無事か?」
「レックが一同を見渡す。
「な、なんとか…」
「でも…ファルシオンが…」
 仲間達は軽い打撲で済んだようで無事であったが、ファルシオンだけは倒れたまま震えている。
「大丈夫かファルシオン」
 駆け寄ると、落ちた衝撃で足の骨を折ってしまったらしい。痛みに弱弱しく鳴いている。
「すぐに回復を…べホマ」
 チャモロが唱えた。しかし、回復の光が発しない。
「あ、あれ…か、回復の光が…出ない?」
「じゃあ私が…ベホマ!」
 今度はミレーユがかけても、なんの光も現れなかった。
「ど、どういう事…?魔法が使えないんだけど」
「それどころか…なんだか…体が…おかしくないですか?」
「そういえば…さっきから体が重いような…」
 鉛の様に重たい物が体に圧し掛かっている気がする。
 強く意志を働かせて動かそうとしても動かない。むしろ動かせば動かすほど余計に体は重くなってくる。この独特な空気がそうさせるのかひどく気持ちが悪い。腰が重たい。頭がクラクラする。何もしたくない。
 この世界に来ると廃人同然になるとゼニス王は言っていたが、その影響が早くも出始めているのか…全員は一気に疲労困憊になっていた。
「ねえ、とりあえず…あそこにある町に行ってみようよ…。馬車も直さなきゃだし…あたし、なんか疲れて動きたくない」
「そう…ですね…丁度、町がありますし…とりあえず休みましょうか…」
「賛成…」
 ファルシオンにはとりあえず薬草を食べさせ、全員はやつれた顔で近くの町へ寄った。


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