▼ 21-5
さっそく、ホックを探すことになった。
町に散らばっていた仲間達とも協力して探すことになり、広い町中のいろんな場所をくまなく見て回った。
一度目の変装は教会の神父に成りすまし、慣れない言葉を使ったもんだから舌を噛んで偶然見つけることができた。二度目はセクシーキャバクラの店にハッサンがスケベ心で入った所、キャバ嬢に化けていたホックに惹かれ、キスをした時に髭の剃り忘れでなんとか見つけることが出来た。言わずもがな、キスをされたハッサンは吐き気を催した顔を浮かべていた。
三度目は見つけるのが一番難しかった。
変装を見破るどころか、彼がどこにいるかさえも分からず、あっちをフラフラこっちをフラフラと町を半日以上歩き回ったほどだった。
歩きついた中で、偶然にも隠れた酒場を見つけた。
その酒場の店主が、なんとなくだがあのホックに似ているような気がした所で、この男なんじゃないかと判断し、問い詰めてみるとやはりホックであった。
「まさかこの俺が三回とも見つかっちまうなんてよ。あんたら人を見破る天才か?」
ホックが酒を飲みながら悔しそうに笑っている。
「いや、俺達…気配を読むことができるんです。旅慣れた腕のいい戦士クラスなら、誰の気配かって自然と身に付く能力なんですよ」
レックが言いながら二千ゴールドを差し出してホックも受け取る。
「ほー…さすがは勇者一行だな」
「げっ!なんでそんな事知ってんだよ」と、ハッサン。
どこから仕入れてきた情報なのかと全員が仰天する。
一言も自分たちを名乗った覚えなどない。
「ふっ、それくらい朝飯前の事よ。俺はこの町一の情報屋だからな。毎日どんな奴がこの町に来て、どんな奴が何をしたのかぐらい俺の張り込み捜査と舎弟共の情報で筒抜けってわけだ。で、お前さん方が知りたがってた情報ってのは、コブレやサリイの事だな」
「コブレ…?サリイ…?」
全員が一斉にホックを見つめる。
「ああ。伝説の剣職人コブレとその娘のサリイだ。コブレは年は生きていれば五十歳くらい。というのも、十年ほど前に伝説の剣を探すために旅に出て、それ以来行方知れずだ」
「じゃあ…その人はもう…」
落胆する仲間達をよそに、ホックは続ける。
「コブレには妻のメアリと娘のサリイがいた。コブレは二人を置いて出ていっちまって、おかげで苦労がたたって、メアリは数年後に労咳で亡くなっちまった。今はサリイ一人がこの町に住んでいるってわけだ。さて、この娘のサリイだが、小さい頃から親父にかなり厳しく鍛冶屋技術を仕込まれたらしいぜ。それも、親父の腕を凌ぐかも知れないとか」
「へえ…それはすごい…!」と、アモス。
「でも、お母さん亡くなったのは可哀想だね…」と、バーバラが悲しむ。
「そうですね…。労咳なら、わがゲント族でも治せた病気なのですが」
チャモロがつぶやいた。
「サリイの鍛冶屋のとしての腕は相当なものだ。本人はそれをよく思ってないようだが、おそらくその腕は世界一だろう。これでこの話はおしまいだ。後はサリイに直接聞いてみるんだな。サリイの家は隠れ酒場から北の家だ。もし家にいなかったら、町はずれの墓地にいってみな。そこにメアリの墓があるって話だからヨ、きっと墓参りだ」
そこまで聞いて、レック達はサリイという娘の家へ訪れたが留守だったので、町はずれの墓地へ向かった。町から少し歩いた北の方に、花やお供え物と共に墓が並んでいる。
その中央付近に、茶髪のそばかすを散らせた十七、十八歳ほどの若い娘が祈りをささげていた。
「おや、あんたらも墓参りかい?」
背後から近づいてきたレック達を見透かしたように声をかけてきた。
「…いや、俺達は別に。君がサリイさんだよね?」
「あたいがサリイだけど、何か用か?」
「伝説の剣の事を知ってる?」
レックが訊くと、サリイの顔つきが驚いたように変わる。
「伝説の…剣…だって?なんであんたがその事を…!もしや…持っているのか?」
「…持ってる」と、頷いた。
「どうしてあんたらが!まさか…魔王の…いや、違うな。そうは見えない。なら…持っているなら見せてみろ」
レックもそのつもりで剣が包まれた布袋ごと取り出し、ひもを解いてサリイに手渡した。
「これが…伝説の…」
じっくりその刀身を眺める。
「随分と寂れちまってるな…。まるで人間のカサブタだらけみたいに…。親父はこの剣のために…こんな錆びた剣のために…家族を捨てて……ははは…」
悲しみとも可笑しさともとれる顔で力なく笑う。
「…サリイ…」
事情を知っているだけに、レック達は押し黙る。
「…で、その剣をあたいにどうしろっていうんだ?錆をとって磨きあげてくれとでも言うつもりか?」
サリイの目がきつく鋭利な刃物のようになる。
「…その通りだ」と、静かに答えた。
「ふざけるな!」
激しい剣幕を見せ、声をはりあげて怒鳴った。レックを除いた仲間たちはびくつく。
「その人殺しの道具のおかげで、どれだけあたいらが苦労したと思っているんだ!」
剣を折ってしまうんじゃないかという激情のまま、彼女はレックに剣を突き返し、そのまま一同の前を通り過ぎる。
「あたいは町へ戻るけど、二度とその剣を見せに来るんじゃないよ!あとを追って町に来たら…ただじゃすまさないからなっ!」
彼女は怒りのまま走って行ってしまった。
「…どうする?あんな状態じゃとても剣を直してもらえそうもないぜ?」
ハッサンがしんみりした顔でレックの肩をたたいた。
「……説得するよ。なんとしてでも。サリイしか…この剣を直せる人はこの世にいないと思う」
時間がかかってでも、あの凍りついた少女の心を溶かさなければならない。
この剣に生命の息吹を吹かせられるのは、彼女の手腕以外にあり得ないのだから。
「何しにきたんだよ…。来るなって言っただろう?帰れ…帰れよ馬鹿野郎!」
レックなりの誠意を見せるために、再度彼女の家を訪れていた。
いきりたったサリイが、レック達をほうきで叩いて追い返そうとするが、レックはまっすぐに彼女を見据える。
「帰らない」と、心の底からの決意を口にした。
「ここで帰ったら、今までしてきた事がすべて無駄になってしまうからだ」
「無駄になる…だとっ…そんな人殺しの道具でか?あんた…その剣で一体どうするつもりだい?」
サリイが訊いた。
「…魔王を倒す。その剣で…人々を…みんなを守りたいんだ」
レックが強い意志を露わにして言った。
「…魔王を…倒すだって…?途方もない話だな。うちの親父がここにいりゃあ、それ聞いたら涙流して叩き直すのを引き受けただろうね。でも…あたいは…そんな事で動かされやしないよ」
「サリイ…頼むよ。君しかこれを叩き直せない。この剣は意志と魂が宿っている。甦りたいって…泣いてるんだよ」
「剣に意志と魂を持ってるだって…?そんな事…」
あるはずがないと言いたげだった。
「本当だよ。もう一度じっくりさわってごらん」
レックが促した。
「………」
サリイがゆっくり剣に触れると、ドクンと一回脈動したではないか。
「っ…剣が…動いた…?」
あり得ないとばかりに面食らう。
「お願いだ…この通り…」
レックが土下座をしようと座りこむと、すぐに「よしな」と止められた。
「そんな事をしなくても、あんたの真意を確かめる方法はいくらでもある。あたいの目をじーっと見ろ。あんたが正しい事のためにその剣を使うかどうか見てやる」
「…わかった。いくらでも真意を確かめていい」
レックはじっとサリイの目を見つめた。
彼女もじっと確かめるように視線を合わせる。瞳の奥に蒼い光が見えて、彼の瞳が澄んだ蒼に染まる。
これほどまでに吸い込まれそうな瞳など見たことがない。
美しくて…綺麗で…神秘的で…燃えたぎっている。
「……綺麗な目をしているな…あんた。真っ直ぐで、穢れが全然ない。生まれたばかりの赤ん坊みたいじゃないか」
「…サリイ」
「…じゃあ、剣をかしな」
サリイが手を出した。
「叩き…直してくれるんだね?」
「ああ。その目をしているあんたなら信じてやる。ただし、鍛冶屋の技術を使うのは今回だけだ。金輪際、この技術は二度と使わないだろう。あたいは、普通の女として生きたいからな」
「…サリイ…ありがとう」
かくして、伝説の剣の叩き直し作業が始まった。
急いでやれば三日程で出来上がるといい、その間にサリイの作業を手伝ったり、休憩のための料理を作ってあげたりと、邪魔にならない程度に助力した。
「あちゃーやばいな」
途中、窯の前でサリイが汗を拭いながらある事に気が付いた。
「どうしたんだ?」
「刀身の地金の材料が足りないんだ。これと同等な材質の剣があれば補えるんだけど、相当な名刀じゃない限りそんな物は…」
「同等の材質…か。なら…」
レックは背中の破邪の剣を抜いて差し出す。
「これを使ってくれ」
サリイに手渡す。
「これは…破邪の剣…。たしかにこれほどの名剣なら補えるけど、いいのか?」
「ああ。その剣が生まれ変わるなら…破邪の剣も本望だよ」
きっと、先代のレイドック王も許してくれるだろう。この剣は誰かを守るため、世界のために使うんだ。
三日後の早朝、レックは一人で彼女の工房を訪れてみた。
彼女は疲れ切って燃え尽きたように、その場で大の字で眠っている。
そして、すぐ近くには見事なほど美しい秀逸な剣が床にささっていた。
稲妻の紋章を刻んだ柄の先、真っ赤な宝玉を銜えた竜の鍔、持ちやすそうな柄の部分。持つだけで羽の様に軽く、まるで重さを感じない。握るとしっくりきて、一度も振るった事がないというのに使い慣れているような感覚さえ覚える。刀身の方は透き通るほどまぶしく、美しい曲線を描いたなめらかなエッジ。破邪の剣の力も宿っているので、破邪の効果もおそらく付与されているだろう。
これぞ、地上最強の究極の剣に間違いない。
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