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「ああ。しかし、なにぶん古いことなので今でもいるかは知らんがの…。それで助けついでにこれをやろう!」
ネックレスをレックに手渡した。
「これは…?」
「デセオのパスじゃ。それがあれば町に入れるじゃろうて」
「へえーパスなんているんですね」
ネックレスを眺めている。パスにしては綺麗なものだ。
「話した鍛冶屋がいるかはわからぬが、それを持って行ってみるといい」
「それにしても、そこはならず者の町なんですよね?聖職者であるあなたは何者なんですか?」
「それは聞かぬ方がいいぞ。知らぬが仏じゃ」
ザムはにっこり笑った。
ロンガデセオは城壁にかこまれたような、スラム街に近い町であった。
侵入者対策をしているかどうかが疑わしいほど壁は崩れかかっており、もろそうなバラック小屋があちこちに立ち並んでいる。
壁はスプレーかペンキによるらくがきだらけで、おまけに目つきが悪い自警団が門を護っているのを見ると、やはり普通な町とは思えなかった。
ザム神官の言ういかがわしい者が住む町…その名の通り毎日いざこざが絶えず、乱暴で、不衛生で、目つきが悪い荒くれたような者が大勢住んでいるイメージであったが、意外に人々の様子を見ているとそれほどでもなく、普通の人も住んでいるようだった。
御者台を降り、馬小屋にファルシオンを繋げて、レック達は目つきの悪い自警団の門番に会釈をした。
「おいあんたら。だれに聞いてこの町に来たんだ?ここはならず者の町ロンガデセオ。悪いが、あんたらみたいな人はこの町にふさわしくないぜ」
門番数人がレック達を取り囲む。
「あのーこれで通れますか?」
デセオのパスを見せた。
「ん?こ、これは……!あんたらがあの方の知り合いとは!さあどうぞどうぞ。こんな町ですが殺しだけは勘弁ですぜ」
門番達は急に態度を180度コロッと変えたように、すんなり門の前を退く。
「ほんと、ザム神官って何者なんだろーね…」と、溜息まじりのバーバラ。
「案外、昔はやくざとかの組織の大ボスだったりするかもしれないですね」
アモスはザム神官の昔を想像した。
「あーそうそう。この町には決まりがあるんですわぁ」
門番が振り返る。
「盗み、恐喝、殺し、何をしでかしてこちらに参ったのかは存じませんが、あの人の知り合いならほとぼりが冷めるまでのんびりして行ってくだせぇ。誰にだって、一つや二つは知られたくない過去を持ってるもんですから」
「知られたくない過去…かぁ」
「………」
ミレーユが一瞬だけ曇った表情を垣間見せたのにレックが気付いた。
「そーゆーわけで、あんまり人の事を嗅ぎまわらないでほしいっつーのが掟なんですわ」
「わかりました」
一同はぺこりと頭を下げた。
「さあ!この町にいるっていう鍛冶屋をさがしましょー!」
バーバラが俄然やる気を見せた。
「…って言っても、めちゃくちゃ広そうだよな、この町。酒場がたくさんあるのはうれしーけどよ」と、ハッサン。
「まあ、とりあえず手分けして探してみましょうよ。三時間後にここで落ち合うという事で」
アモスの言うとおり、バラバラに散らばる事にした。
「さーて…どこへ行ってみようかな」
一人になったレックは、狭い露天商を歩くことにした。大勢の商人が客引きまがいな事をして、本当に効果があるのかないのかの道具をいろんな人に売りつけている。
まるでマルシェのバザーのようだ。
(たしかあの時は変な商人兄弟がいたよなぁ。懐かしい…)
しばらく歩いていると、いかにもいかがわしい店が並んだ路地裏に入っていた。
下品で派手なネオンの看板が、男のスケベ心を煽ろうと必死である。知らぬ間にこんな場所にたどり着いていて、レックは焦り、元来た道を引き返そうとすると…
「ねえそこのカッコイイお兄さん」
「え…」と、女の声に振り向く。
「ぱふぱふしていかな〜い?」
露出度の高い格好をした派手な女性が、レックにすり寄ってきた。
いわゆるそこらは遊女屋で、彼女はその手の店の娼婦であった。
客引きに捕まった男性達が、デレデレした顔で張見世に入っていく。
「い、いいです!結構ですー!」
レックは顔を赤くして一目散に逃げた。
その手に免疫のないレックにとって、刺激が強くてたまらなかった。
「あー…怖かった。ある意味ああいう客引きって魔物より怖いかも…」
疲れた顔でまた歩いていると、馴染みある長い金髪美女が目に付いた。よく見ればミレーユだった。
険しい顔をしていて、どうやらまた数人の男に絡まれているらしい。確かに彼女は綺麗だから、男共が寄ってくるのも頷けるが、少し無防備すぎると前から思っていた。
まるでサンマリーノを発つ時のあの頃みたいで、やはり一人にするべきではなかったと後悔した。
「放してって言ってるじゃない!」
鋭くにらんだ顔で荒々しく怒鳴っている。
ミレーユの手首をそのチンピラのリーダー格の男が掴んでいた。
「放すもんか。こんないい女滅多にお目にかかれねえしな。それに…色気も半端ねえ。男を何度も抱いたことがあるような色気がな」と、男はにやりと笑う。
ミレーユはぞくりとした。
脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。先代の王の妾にされていた時の場面が。
動悸が苦しくなる。
眩暈がする。
気持ちが悪い。
「っ…ちが……」
「ははは。男の体…知っているんだろう?その綺麗な顔でぜひとも俺達に試してくれよ。男を昇天させる方々をな!あははは……ぐえっ!」
耳障りに笑っていた男が吹っ飛ぶ。
ミレーユから引き剥がし、蹴られたのである。
「な、なんだてめえは!ぐはっ」
もう一人の男が腹を押さえて跪く。レックが腹に肘鉄をくらわした。
他の連中も無言で軽くひねり、まわし蹴りや背負い投げ等で投げ飛ばした。
あっという間に倒された男達は、痛みに呻きながらお約束の「覚えてやがれ!」とほざいて逃げて行った。
それに目もくれず、レックはミレーユに駆け寄る。
「…大丈夫かよ」
「…レック…」
ミレーユが怯えた表情で震えている。
「やっぱり、こういう場所ではあんたを一人にするべきじゃなかったって反省してる。こういう町は酒に酔った変な男が大勢いたり、柄の悪い奴多いだろ?いくらあんたが魔物相手に強くても…男を見て怯えてるようじゃ心配だよ」
「…私は…」と、何かを言いかけようとしたが、レックは掌を向けて何も言わなくていいと目線で訴えた。
「さあ、とりあえず町をまわろうか。一緒に…」
レックはさも当たり前のように、彼女の手をとって握った。そして、前を歩く。
何事もなかったように、何も言わずに、彼は笑顔を見せていた。
彼を怪訝に思いながら茫然としていたミレーユだったが、つられて彼女も徐々に微笑みを見せる。
レックと手を繋いでも不快になんて全然思わない。むしろ、自分自身の心が洗われるようで、幸せな気持ちに変化していく。たちまち、二人は陽気に笑顔を見せ合った。
「なあ、俺…腹減ったから、さっき露天商で売ってた中華まんとか買っていい?」
お腹を鳴らしたレックがお茶目に照れ笑う。
「ちょっとだけよ?どうせお昼もここで食べるんだから。食べれなくなっても知らないから」
「大丈夫。俺がハッサンより大食いだって事知ってるだろ?」
「そうね〜。あなた…一番バカみたいに食べるものね。昨日なんて30人前は軽く平らげちゃって…レックのせいでどれだけ食費がかさんだことか」
「ハッサンだってバーバラだってあいつらも相当食うだろ。どんぶり飯20杯とか余裕なくらい」
「あなたの食べる量が別格なのよ。どんな胃袋してるんだか…」
「じゃあ、大食いで食費かさむ俺…きらい?」
「な、なに言って…」
「俺…これからもめちゃんこ食べると思うからミレーユを苛つかせちまうかも」
「ばかね…今更じゃない。そんなんであたしは…」
だれもいない柱の死角に差し掛かった所で、二人は触れるだけのキスをそっとしあった。
「嫌になるはずないじゃない。好きなままよ、ずっと」
抱き締めあう二人。
そこには仲間内だけの世界では味わえないような、二人だけの幸せな世界が広がっていた。
「あのーすいません」
途中で見つけた酒場にいる獰猛な男に声をかける。
「ん?なんだお前は。一丁前に美女と手をつなぎながら町の散歩とはうらやましいな。坊主の彼女か?」
「まあ、ね…」と、照れあう二人。
「で、この町に凄腕の鍛冶屋がいるって聞いたんですけど、知ってます?」
「あ〜?鍛冶屋ぁ…?そんなもん知らねえなぁ。どうしても知りたかったら、ホックっていう情報屋にききな」
「ホック?」
「そうだ。あいつがこの町で知らねえ情報はないと言っても過言ではない。事実しか話さない諜報屋なんだよ。ま、この町は他人を詮索するのは御法度な代わり、情報料がいるんでね。ホックが誰か知りたきゃコレだしな」
にやりと男が笑いながら、指でマルを描いた。
「つまり、お金を出せってことね…」
ミレーユがため息を吐く。
そっと百ゴールドを差し出した。
「まいどあり」
男はにやりと笑って金を懐にしまった。
「んで、そのホックはあそこにいる男だ。だが、あいつはあれが本当の素顔じゃねえ。誰もあいつの本当の顔は見たことがねーからよ。勘違いすんなよ」
「ふーん…まあ、訊ねてみるか」
レックは奥の席にいる一人で酒を飲んでいる太った男に声をかけた。
髪はぼさぼさの剛毛で、ブヨブヨとした三段腹を覆い隠すように、白シャツにステテコと腹巻をしただらしのない格好だ。
「あのー…あなたがホックさんですか?ちょっと知りたいことがあるんですけど」
「あーわかってる」
みなまで言うなと、野太い声で返した。
「え」
「あんたら、鍛冶屋について知りたいんだろ。そこで話してるのを偶然聞いた。なんか直してほしい武器でもあんのかよ?」
「…ええ、そうなんです。どうしても直してもらわなきゃいけないんです。たとえ、大金をはたく事になったとしても」
レックは真剣に言った。
「ふーん。わけありのようだな。だが、鍛冶屋の情報が知りたかったら、その大金とやらがいるけどな」
「いくらですの?」
ミレーユが訊いた。
「まー普通なら五万ゴールドって言いたいが、お前さんの澄んだ目に免じて二千で負けてやろう。ただし、俺の変装を見破れたらな」
「え、変装…?」
「そうだ。三通りの変装をみせるからよ。明日の昼までに三度俺だと当てることができたら、二千ゴールドで手を打とう。いいな?」
「わ、わかりました!」
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