DQ6 | ナノ
 20-3

「あんた…まさか…その先代の王に…」
「そう…私、先代の王の…妾にされていたのよ。娼婦同然だわ」
 はっきり言った。
 言葉が出てこない。
 大半が王妃の嫉妬を買い、国王に引き合わされる前に地下牢へと送られたというが、彼女は違うらしい。
「私…こんな自分嫌いだから…話す事なんてないと思ってた。でも、あなたが苦しんで頑張ってる姿を見て…私も…私も前に進みたくなったの。少しでも…前向きになろうって…だから、話したかった…。あなたにだけは知られたくなかったけど…もう…黙っているのにも疲れたのよ…」
「ミレーユ…あんたっていうやつは…」
 レックは苦しげに呻く。
「あたし…こんなにも汚いから、今でもこんな自分を誰も好きになってはくれないって思ってる。でもレックは優しいから、きっと…こんな私でも受け止めてくれるって心のどこかで期待してて…。たとえ、嫌ってても…あなたは誰に対しても手を差し伸べようとする人だもの。だけど、いくらなんでも…こんな私…やだよね…。レックはやだよね。ごめんね…こんな事話して…。もう、大丈夫だから…」
 ミレーユはそっとレックから離れた。
「あなたに話せて、すっきりできたから。もう…なるべく…近寄らないようにするね…私…汚れてる…から…」
 彼女の頬から、朝露が花からこぼれるように涙が一筋流れた。
 純真な心を持つレックと、穢れた自分とじゃあ釣り合わないと前から思っていた。
 決して結ばれる事なんてないと…。
 しかし、レックはいきなり「バカか!」と、一言怒鳴った。
 ミレーユはびくつく。
「汚くなんてない…汚いはず…ないじゃないかっ!綺麗…なのに」
 より強くミレーユを抱きしめ返した。
「綺麗じゃ…ないわよ!私なんか…私なんか…汚れて…」
「何と言おうと綺麗だ!人を虐げるような人間なんかよりもずっとだ!いくら体が汚れていようとも、泣いている人を助けられる人間は誰よりも綺麗な人間なんだよ。ミレーユはそれに当てはまってる。それ以外でも…あんたは外見だって綺麗な女だよ。…み、見惚れるときだって…あるんだからな…」
「……」
 ミレーユは何度も涙をこぼす。
「許せないよ…その…先代の王ってのが…絶対に…!あんたに一生消えない傷を残しておいて…人を人とも思わないで、民衆を家畜扱いした最低な野郎が。ズタズタにぶっ殺してやりたいくらい…憎い…!俺がもっと早く王子として気づいていれば…あんたの国を救えたかもしれないのに…」
 当時、世界中はムドーの脅威だけじゃなかった。
 野蛮な国の体制や、争いに苦しむ国はいくらでもあった。そんな彼女は、その国の恣意的な悪政の渦に巻き込まれた被害者だ。
 先代の王が病気で亡くなったと同時に奴隷たちはすべて解放されても、その受けた心の傷は永遠に消えないだろう。彼女もまたその一人で。
「守ってやれなかったんだ…」
 レックの声が次第に涙声になっていた。
 彼もまた真摯に受け止め、泣いてくれている。同じ気持ちでいてくれる。
 誰でもない自分のために。
「…レック……」
「…畜生…っ…」
 心の底から怒りと悲しみがわいて出てとまらない。
 自分が悩んでいた事が馬鹿らしく思える。
 ミレーユが受けた傷は、想像以上にひどいものだったのだから。
 冒険中、ずっと彼女はこの過去を背負ってきたんだろう。仲間の誰にも自分の事を告げず、ひたすら隠すようにして。本当は…過去を思い出すたびに、この責め苦から逃げ出したくて辛かったはずだ。隠れて泣いていたはずだ…。
 手を差し伸べて助けてあげたくなる。
 男として…守ってあげたくなる。
 (こんな俺でも…彼女をずっと支えてあげたい。この俺が…王子としてでも勇者としてでもなくて、一人の人間として)
「なあ…あんたは…自分を誰も好きになってはくれないって言ったよな…?そんな事…ないから」
「でも…」
「でももくそもなし。もし、本当にそうだったとしても…俺はちがうから」
 わきあがる気持ちを言葉にして、レックは告げる。
「みんながミレーユを悪く言っても、みんながミレーユを否定しても…俺だけはあんたの味方でいる…。たとえ、それで世界中のすべてが敵になったとしても…だ」
「そんな事…」
「…できるよ」と、簡単に言うレック。
「だって…俺…ミレーユにめちゃくちゃ惚れてるから」
 彼は笑顔を見せる。ミレーユは目を大きく見開く。
「あんたが何者でも、どんな過去を持ってても、関係ない。そのまんまのあんたがいいんだからさ。もし、それで嫁の貰い手がいないってんなら…お、俺がもらってあげてもいいし」
「え…」
「あ、いや…その、だな…えっと」
 それに反動してレックの顔は真っ赤だ。
「な…なーんてな!っ…だ、だ…だから…辛くなったら…俺が受け止めてあげるからさ。無理なんてしなくていい」
「……っ」
 ミレーユは感極まったように、とめどなく涙をこぼした。
「レックってば…よりにもよって私を選ぶなんて…相当なバカよね…」
「いいよバカで。喜んでバカになるから。だいたいあんたはさ…辛い目にあった分…これから幸せになる権利が十分あるんだよ?そんな将来を悲観しなくていいと思うし、あ、俺が幸せにしてやるよ。そうすりゃあ万事解決だと思うんだ。いいと思わない?」
「……ばか」
 ミレーユは顔をあげ、はっきりレックを見つめる。
「…私でいいのね?」
「あんたじゃないと駄目だよ…」
 お互いの顔が近づき、二人の影がゆっくり重なる。
 初めて想いが通じ合った時の口づけは甘く、切なく、でも幸せな味だった。
「…好き…大好きよ、レック」
「俺も…ミレーユが大好きだよ」
 もう一度口づけを交し、しばらく抱きしめあった。


 旅立ちの朝、レックは早起きしていた。
 やはり、あの後はいろいろな事があってそんなに眠れなかった。自分の記憶の事も、ミレーユの事も考えていたら、すっかり朝日が昇っていた。身支度を整えて部屋の外に出ると、通りすがりの見張りの兵士が「おはようございます、殿下」と、明るく挨拶をしてくれた。
 まあまあな朝を迎えられて、レックもまた「ああ、おはよう」と返した。


「昨夜はあまり寝つけなかったようだな。やはり…世界が気になるか」
 出発前、玉座の間に呼ばれて一同跪く。
「…はい。ライフコッドで村を襲った彼奴らや、夢と現実の世界を陰から操る大魔王の存在が気になるんです」
「むぅ…大魔王か。やはりそんな奴が…。そんな相手にお前たちが戦うことになろうとは…。外に魔物が出ておる限り、平和ではないようだな。お、そうじゃ。お前に渡したいものがあるんじゃ」
「え…?」
 王が立ち上がり、フランコに持たせていた木箱を受け取る。
 ふたをあけ、中から竜をイメージさせた立派な兜を取り出す。
「これはな、わしがムドー討伐に行った時に偶然拾った物なのじゃが、何やら由緒正しき兜のようでな…ほら、ここに紋章みたいなものが付いておるじゃろう?」
 兜には太陽の紋章が刻まれている。
 レックはハッとした。
「こ、これ…伝説の防具の一つですよ」
 聞いた話では、伝説の武器や防具には、太陽などの紋章が付いていると聞いた。なんとなくだが、これが伝説の防具の一つだと確信が持てた。
「む、そうなのか!いやあ、偶然じゃな。という事で、これをお前に託そうと思う。これを装備できるのは選ばれた勇者だけらしいが…お前なら装備できるだろう。ほれ、かぶってみるといい」
「…わかりました」
 レックはそっと頭に乗せた。
 まるで重さを感じず、邪魔にも思わない。力がわいてくる気がした。
「おお、やはり装備できたか。さすがは我が息子。似合うぞ」
 勇者以外の者が装備しようとすると、恐ろしく重くなり、兜自体がその者を嫌がるらしい。
「…すごい兜ですね、これ…」
 それに懐かしい感じがした。
「戦いの役に立つじゃろうて。それにしても、お前はやはり伝説の勇者だったんじゃな…。かつての先代のレイドック王暁の御子も勇者じゃったというし。この血筋には勇者の血が流れておるのかもしれん。誇れることじゃ」
 王が感心している。
「イズュラーヒン…いいえレック。あなたには苦労ばかりかけてしまうわね…」
 シエーラが近づいてきた。
「本当なら…母としてあなたをここで抱きしめてあげたい、行かせてあげたくないけれど、あなたには…精霊に選ばれた勇者として、世界を救うというずっと大きな使命があるのね…。でも、忘れないで。あなたは私たちのかけがえのない息子。あなたが帰ってくるのをずっと待っているから…」
 シエーラが潤んだ瞳で優しげに見つめた。
「母さん…」
「本来の息子と再会できたというのに、また旅立たせるのは心苦しいが、真の平和は真の勇者によってもたらされるもの。イズュラーヒン…いや、勇者レックよ。この世界のために…みんなのために…頼んだぞ」
「父さん…はい!必ず…必ず…やって帰ってきます!」
…行ってきます…!
 かくして、大魔王打倒の旅と伝説の武器と防具を探す旅に出発した。



「えーと…ゴイルの像から南にまっすぐ…つきあたったら左手を壁に…」
 レック達はさっそく不思議な洞窟の中にいた。
 ガンディーノの学者に教えてもらったスフィーダの盾の在り処は、この洞窟なのではないかという情報をもとに、洞窟内を探索していた。始めは不十分な情報だけしか持っていなかったが、旅の途中の海底で海の王ポセイドンと出会い、伝説の盾について有力な情報をくれた事で探索する事になった。
「えーと…このあたりに…茂みが…あ、ありました!」
 チャモロがメモを片手に見つけた。
「やっぱり下への階段があったわね…」
 ミレーユがたいまつを床に照らす。
「ふえー探すのだけで一時間もかかっちまったな」
 汗を拭うハッサン。
「テメーは何もしてねーだろ」と、呆れるレック。
「そーそー!ハッサンは頭使うの苦手だから、船にいればよかったのよ」
「へっ!魔物が出るんなら俺様の力が必要だろうが」
「だけど、まだ魔物と遭遇してませんけどね」
 アモスが何度目かのトヘロスを唱えながらにっこり言った。
「……こ、これから出てくるだろっ」



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