DQ6 | ナノ
 20-2

 続いて、一階の大食堂にやってきた。
 床でまだ酒の余韻が消えない兵士たちがだらしなく眠っている。まだ新しい酒瓶や樽がそこらじゅうに転がっていた。
 フランコ兵士長がここを通りかかったら、きっと大目玉だろうなと笑う。
 そんな時、ここでもかつての記憶が呼び覚ます。
『まあ、セーラ様!そんなにお手を泥で汚されてっ!しかもそれは陛下が大切にしてらっしゃったお皿ではありませんか』
 掃除中のメイドの一人が、ままごと遊びをしているセーラという少女に声をあげた。
『だって、イーザお兄様にお料理作ってるんだもの。さ、お兄様食べて〜!』
 にっこり微笑む少女は、ターニアにそっくりの実の妹。可愛らしい外見に似合わず、結構なお転婆である。
 そんな彼女がテーブルに持ってきたのは、泥だらけのスープだ。
『ふふ、セーラ様は本当にイズュラーヒン様が大好きなのですね』
『うん!セーラ、お兄ちゃんだぁいすき!ほら、はやく食べて〜お兄ちゃん』
『…あ…あはは…こ、これはすごいなあ。あ、ありがとうセーラ。い、いただきま…す』
 とても食べられたものではないが、セーラのこの満面の笑みをぶち壊すわけにはいかなくて、無理やり胃の中へ流し込んだ。
 そのあとはもちろん腹を壊して、三日ほど寝込んでしまった。トムにやたらと重病かと心配され、セーラは泣いて謝り、両親は苦笑気味。ちょっとした珍騒動に発展した事件であった。
 そこで、映像は途切れた。
(セーラ…か…。そうだ、俺には妹がいたんだ。ターニアそっくりの可愛い妹が。…でも、彼女は数年後に労咳にかかって…亡くなってしまったんだ。今じゃ労咳もゲント族の治癒術で治る病気なのに…。セーラ…君が生きていたら、今どんなに幸せだっただろうか…)
 中庭にやってくると、また別の記憶がよみがえる。
 ああ、これは…あいつとの初めての出会いの時だ。俺が旅に出るきっかけとなった人生の転機の場面でもある。
『っいたた……あんたが例の…泥棒…か?ちくしょう、大きな奴だな』
 侵入者が現れたと聞いて、中庭にやって来てみれば、突然空から大男が降ってきた。
 王子はその大男の下敷きとなっていて動けない。あまりの重さと図体の大きさに驚いた。
『わ、わるい!わざとじゃねーんだ。ちょっと確かめにきてよ』
――そう、この時にこのハッサンと出会って、共に魔王を倒そうと意気投合したんだ。
 城に書き置きを残して旅立ち、すぐにミレーユと出会って、いろんな所を巡って、初めてムドーの島へ乗り込んだ。
 まだ14歳のちっぽけなガキで、世の中の厳しさを知らなくて、城での生活が長かったからとんでもない世間知らずで、弱かった時の自分。
 外に出て、いろんな町や村を見て、魔物と対戦するようになって、やっと世の中の仕組みを理解して、ムドーの事もどんどん知るようになった。
(懐かしいな…。あの時…浮世離れしすぎてたお坊ちゃんだったんだよな)


 それから、いろんな記憶を思い出した。
 セーラが労咳で亡くなった時の事、大臣ゲバンが幅を利かせてきた時の事、シエーラが魔王ムドーについて調べるようになった時の事、そして、王が魔王討伐に行く事を決めて不安になった時の事。
 どれも、自分の記憶の中に封印されていたものだ。
 思い出したのはこれだけだけれど、この城で過ごした数少ない貴重な思い出達。
 忘れない。これだけは…きっと永遠に忘れないだろう。



「あれ…起きてたのか」
 元の寝室に帰ってくる途中、二階のバルコニーの方で、長い金髪が風になびいているのが目に入った。
 そっと覗きこむと、ミレーユが絹のローブ姿で手すりに寄りかかり、星を眺めている。 彼女はこちらに気づいた。
「あなたも起きていたのね」
 月の光のせいなのか、彼女がいつもより綺麗で違って見えた。
 流れる金髪もだが、粉雪のような白い肌はどこかの女神をイメージさせた。レックは思わず見惚れる。美しい…って。
「………」
「………」
 レックも彼女の隣に来て星を眺めてから、しばらく沈黙が続く。
 なんだか恥ずかしい。
 久しぶりに二人きりになっている事もだが、普段見せないお互いのラフな格好にもドキドキする。変に息苦しい。このまま沈黙続きじゃあ余計に会話に困るだけだと思い、レックはなんとか口を開いた。
「え…えっと…空、みてたんだ?」
「…え、ええ。綺麗だったし」
 満点の星空に目を奪われながらも、お互いの胸の鼓動は鎮まらない。
 二人きりという緊張感は、時が経つにつれて大きくなっていく。
 前から二人はお互いを意識しあっていた。
 それは相思相愛と言っても過言ではなく、二人はいつも互いに思いを募らせていた。
 レックはミレーユを一人の守りたい女として。ミレーユはレックをとても頼りになる凛々しい男として。
 最初のころは、レックも彼女を女として見ていないどころか、ただの旅仲間としてしか見ておらず、ミレーユも彼をすぐ子ども扱いしては、弟的な存在位置でしか見ていなかった。
 長い旅を共にするようになって、お互いの魅力に気づきあい、意識しあい、戦いの中で絆も深まって、一緒にいるのが当たり前に考えるようになって…そして…今は――…
「そ、そういえばさ…ミレーユって…自分の事はあまり話さないよな」
 高鳴る鼓動を抑えながら、別の話題に切り替えた。
「え…」
「ほら、弟がいるって言ってたけど、知っているのはそれだけじゃないか。今まで一緒に旅をしてきても、あんたの事は謎だらけ。別にミレーユがどこ出身で、どんな過去をもっているかって知りたいわけじゃないけどさ」
「知りたい?」
 ミレーユがふっと微笑む。
「…言いたくないなら無理して話さなくていいさ。話したくないんだろう?なんとなく、そう感じてた。そういう話題になった時、あんたはいつもどこか遠くを見ていたから」
「じゃあ…あなたにだけ…教えてあげる」
 ミレーユは微笑む。
「…え」
「そろそろ、潮時かなって思ってたのよ…。あなたも頑張って自分を取り戻した。だから、私も頑張らなきゃって思った」
「ミレーユ……」
「…話しておかないと、私に対してあなたはいつか不信感がわくわ…。ううん、そんな事ないっていくら言っても、人間だもの…知りたくなる。だから…話して、お互いすっきりしておきたいでしょう?」
「…ミレーユがよければ…」
「じゃあ、話すね。あたし…出身は……ぅ…」
 途端に、ミレーユの体はガタガタ震えだした。
 顔色が悪くなり、動悸がはげしくなり、いつも戦闘では勇ましいあの彼女が、とても怯えた様子に変わる。
 口元をおさえて吐き気がするのを我慢しているように。
「い…いいんだよ。無理して話さなくても」と、心配するレック。
「でも…」
「そんなに震えるくらいの過去があるなら尚更じゃないか。無理に話して倒れたり、あんたの心を傷つけちまうくらいなら、話さないほうがいいんだ」
「でも…っあたしは…っ」
「いいんだよ!」と、彼女を労わる様に抱きしめた。
 そうしただけで、なぜか震えていた彼女の体が鎮まる。
「レック…!」
 茫然としているミレーユ。
「あ…あの…ごめん。なんとかしないとって思って…心配して…その…すまない」
 真っ赤になって慌てたようにすぐに離れた。
 しかし、ミレーユは「いいよ…」と、一言。
「え…」
「そのまま…私を…抱きしめててくれるかな…」
 レックはどきりとする。
「そうしたら…安心する。がんばれるんだ…」
「で、でも…」
「ほら…お願い…」と、哀願した。
 彼女は気丈に笑顔を見せている。
「わ…わかった」
 レックは再度彼女に近づき、そっと抱き寄せた。
「こ…これで…い、いいのか」
 抱きしめた途端、官能的な香りが鼻につく。お互いのにおいさえも感じられる距離にますます緊張するけれど、悪くはない。むしろ、心が満たされていく。
「うん…ありがとう…レック」
 やはり、レックの腕の中にいると震えがしなくなるし、不快な気持ちもむせあがってこない。なんて居心地がいいんだろうって思った。
「…私…出身はガンディーノなんだ…」
 ミレーユは逞しい肩に顔を埋めながらぽつりとつぶやく。
「が、ガンディーノって……!」と、レックが眉をひそめる。
 今は平和そのものな国だが、彼女が住んでいた時代はもしかして、あの悪名高い先代の王がいた頃なんじゃないだろうか。
「私、小さいころから孤児で…本当の親がいなかったんだ…。ずっと、ガンディーノの孤児院で弟と生活してて、よくみなしごだってばかにされてたのよ。でもね、私達を不憫に思った老夫婦がいて、私たちを引きとって育ててくれたの。老夫婦はもちろん優しかったわ。パン屋を経営しててね、貧しいながらも四人仲良く暮らせて楽しかった。今思うと、あの幼い頃が…一番幸せだったのかもしれない。でも…ある日、怖い人が家に借金を返せって怒鳴り込んできたのよ。それがギンドロ組…」
「ギンドロって…あの…大悪党の組織の…」
 ガンディーノで襲い掛かってきた連中だ。
「そう…家には借金があった…。私たちがとても一生働いても返せないくらいの金額を、お父さんが知らないうちに作ってたのよ。たぶん、奴らに詐欺まがいな事をされて、無理やり作らされた金だわ。おかげでパン屋だった家も売り払う事になって、学校でも余計にいじめられて、弟も泣いて帰ってくる日が増えた。お母さんと私も新聞配達や靴磨き、内職などをして一生懸命働いた。でも…全然足りなくて、とうとう家族は毎日言い争いが絶えないくらいバラバラになった。だから、わたし…みんなを助けたいって思って、借金の肩代わりとしてギンドロに行く事をきめたわ…。奴らは、女をよこせば借金はチャラにしてくれるって言ってたから…弟には猛反対されたけどね…。でも、それしか家族みんなを救えなかったから…」
 彼女はとても辛い日々を送っていたようだ。聞いているだけで胸が痛くなる。そういえば、ガンディーノに行った時、変わった老人がいたっけ。娘を返せって。
(あ……)
 もしかして、あの老人が返せって言っていた娘は――…

「当時は…あの国…とてもひどいって事…あなたも聞いたと思うけど、丁度そのひどい時代の全盛期くらいだった。暗黒時代の荒波の中の中心にいたの。ギンドロに売られた私は…毎日雑用や掃除ばかりさせられて、怒鳴られて、叩かれて、まだ私は子供だったから、ギンドロ組も私には手荒な真似はしなかったわ。でもね、それはまだ生活するうえで全然マシだった。私が14歳だったある日、先代の王が法律を変えて、奴隷制度っていうひどい法律を作った。それは二十歳くらいまでの女を、否応なしに次々と城へ連れて行き、国王に捧げよというもの。はむかう者は容赦なく殺されたわ」
 レックもガンディーノで聞いた話だ。
 特に美しすぎる国王の奴隷は、王妃の嫉妬を買い、暗い地下牢に入れられるという事を。
「…あんたも…城へ…連れていかれたんだな…?」
 彼女は静かに頷く。
「そりゃあ…城の中はひどかった…。まだギンドロでタダ働きさせられていた時が、何十倍もマシだって思った。毎日看守や王妃に鞭で打たれ、蹴られ、食べる物もろくに出されなくて、感染症や伝染病が流行って、本当に死んでしまうかと思った。でも…特に嫌だったのが…国王の相手をする時だった」
 ミレーユが悄然と言った。


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