DQ6 | ナノ
 20-1

 実体を取り戻した事を報告するため、縁(ゆかり)の地レイドックへ立ち寄った。
 城下に入るなり、いきなり大勢の町の人々と兵士に囲まれて、圧倒される一同。偽王子事件のように牢屋に入れられたことを思い出し、一同は一瞬顔が引きつったが、それはすぐに違うことが判明した。
 町の人々は大いに盛り上がっていて、自分たちを歓迎しているようだ。
 トム兵士長の後継を任命されたフランコ兵士長がやってきて、事情を話す。
 聞くところによると、夢占い師のグランマーズが、今日あたりに実体を取り戻したイズュラーヒン王子と仲間達が現れると情報を流し、入口の方で待っていたそうだ。
 その情報通り、イズュラーヒン王子と仲間達は本当に姿を現し、兵士達も驚きと喜びの声をあげる。
 全員は馬車で手厚く城まで招かれた。馬車の窓から大勢の人々が手を振っている。一目皇子であるレック一行を見ようと興奮と歓声がいつまでも響いている。
 偽王子事件とは打って変わって待遇の差が激しいと思ったのだった。







――第二十章 蘇る記憶と伝説の防具 ――







「そうか。ついにわが息子として帰ったか。シエーラから事細かに聞いてやっとわしも理解したのだが、ムドーとの戦いで実体と記憶を失い、夢の世界の人間として今までいたが、ついに実体を取り戻して城に戻ったというわけじゃな?」
「はい…王さ…ち、父上」
 ぎこちなく父と呼ぶレック。
 なぜか、まだそう呼ぶのには慣れていないようだ。
「うむ。しかし、どうも気のせいか、以前のイズュラーヒンとは違うようだな」
「…あ…あの…それは…」
 レックが気まずそうに何かを言おうとする。
「ふふ、その通りですよ、あなた。イズュラーヒンはこうして戦いの中で立派に成長したのですから、雰囲気が変わるのも当たり前です」
 まるで、フォローするかのようにシエーラが返した。
「おお、そうか!それで雰囲気が前と違って感じられるのか。なるほど、よくここまで成長した、イズュラーヒンよ。わしは嬉しいぞ…」
「ありがとう…ございます」
 レックは精一杯の笑顔を見せた。
 笑顔とは裏腹に、心の中は暗いのを封じている。
「お、そうじゃ!こうしてはおれん!」
 王は玉座から立ち上がり、手を二度叩いた。
 奥の方から、小間使いや兵士たちがあわててやってくる。
「宴の準備を早急に行うのじゃ!我が息子が帰った事を改めて皆に報告したい」
「かしこまりました!」
 兵士や小間使い達が一斉に準備のために走って行った。
「イズュラーヒンよ。今夜だけはすべてを忘れて、ゆっくりするがいいぞ。仲間の皆さんにも最高の料理を味わっていただこう」
「おおお!うめえもんいっぱい食えるんだな!楽しみだぜ」
 よだれをじゅるりと垂らしかねないハッサン。
「最近ライフコッドで酒いっぱい飲んだばかりだけど、連続でどんちゃん騒ぎできるのねーばんざーい!」と、バーバラ。
「いやーレイドック名物の超高級霜降り肉を食べられる時が来るんですね…楽しみです!」
 アモスも目を輝かせている。
「ぼくも今日は旅の事を一切忘れようと思いますよ」と、チャモロもみんなと同調した。
「みんな食べ物やお酒の事になると、ほんとに目の輝きが違うんだから」
 苦笑するミレーユ。


「イズュラーヒン」
 シエーラが近寄ってきた。
「母さん…」
 レックが振り向く。
「ありがとう…そう呼んでくれて…」
「ぁ…あの…俺…」
 なんて言っていいかわからず、つい下を向く。
――言えない。
 自分が城で過ごした記憶のほとんどがよみがえっていない事を。
 合体した直後、時が立てば思い出すだろうと考えないようにしていたが、この城に帰ってきても、何一つ思い出せないでいた。
 本当に自分はこの城の王子なのかさえ、未だに疑問に感じるほど。
 こんな王子じゃない記憶と人格を持った親不孝な息子など、息子じゃないって言われるかもしれない。
 それがたまらなく不安だった。
「何も言わなくても、この母にはわかっているのよ…レック」
 心境を汲み取り、シエーラは王子としての名前ではない方を呼んだ。
 レックは顔をあげてぎくりとする。
「あなたはあまりに長い間、自分自身を引き裂かれていたため、記憶も戻らず、本当の元の自分には戻れなかったのね…。そう、あなたはイズュラーヒンではなくて…夢の方のレック自身。お城で過ごしていたあなたをよく知っているだけに、母としては少しさみしいけれど、あなたがイズュラーヒンであることには変わりないのよ」
「でも、ごめんな…さい…」
 知らず知らずのうちに涙腺が緩んでいた。
 本当の自分に戻りきれない事、夢の自分が実体となっている事、そして、城で過ごした記憶がほとんどよみがえらない事に、申し訳なさと寂しさが入り混じる。
「いいのよ!大丈夫…大丈夫よ…あなたはかけがえのない私たちの息子なんだから…。これからもずっと…ずっとよ。辛い中…よくがんばりましたね…」
 シエーラはレックを母として優しく微笑む。
「かあ、さん…ありが…とう」


 昼間はテラスで王子として民衆に顔を見せていた。
 慣れない装飾過多な貴族の服を纏い、髪もストレートにおろされ、いつもと違ったレックの姿に、仲間達からも溜息が漏れた。
 ミレーユとバーバラも一目見て「カッコイイ…」と一瞬見惚れるほどの容姿である。
 どこからどう見ても勇ましい王子の姿に、兵隊達やフランコも「立派です」と感動している。
 その夜も大いに国中が宴で盛り上がっていた。
 城の者も城下の者も、わけへだてなく王子の帰還を喜び、酒と豪華な食事をあおった。
 広い会場では、おなじみの酒乱コンビであるハッサンやバーバラが乾杯の音頭をとり、今までの冒険譚話や、アモスの腹踊り、かくし芸などを披露しては笑わせた。
 レイドックの兵士達も悪乗りし、一緒になって兵士長のモノマネ芸を披露し、調子に乗ったせいで、兵士長になったばかりのフランコに怒られるという珍場面もあって、見どころはたくさんあった。
 途中、ハッサンが歌を披露しそうになった時は、仲間達が総力をあわせて全力で止めたのは言うまでもない。
 最高の料理に最高の酒、最高の仲間達と最高の城の人達。
 この日だけは、みんなが大いに笑顔を見せて笑っていた。

 深夜遅く、やっと一同がちらほら寝室へ引き上げていく頃、レックもイズュラーヒン王子の自室の豪華なベッドで横になった。
 あまりに豪華で広すぎる部屋なため、落ち着いて寝られやしないのが難点だ。
 今まで自分はただの田舎者だと思っていたのに、王子だと生い立ちが判明してから、煌びやかな社交界の世界に格差と戸惑いを感じる。
 やはり、みんなと同じ客室で寝ればよかったと後悔した。
(……なんで王族なんだろ…俺…)
 父や母を否定するわけじゃない。
 むしろ、尊敬する。
 城の人々や兵士達もみんないい人。
 でも、田舎育ちの記憶しか持たない自分からすれば、贅沢さが漂うこの空間は当分慣れやしない。
 きっとイズュラーヒン王子も、こんな生活に嫌気がさしていたんだろう。
 何不自由のない生活を続けていくうちに、自分が贅沢三昧で腐っていくのを見て、我慢ならなかったはずだ。
 だから、あの単調で平凡な田舎暮らしを夢見ていたんだろう。
 夢の世界で、貧しいながらも毎日が充実していた日々を――…。
(こんな無教養な俺が…王子として…やっていけるのだろうか…?)
「はあ…寝れない…」
 外の空気を吸って来ようと、白いワイシャツ姿のまま外に出た。
「おや、レック」
 目の前には見た覚えのある小柄な老婆が立っていた。
「あ…あなたはグランマーズばーさん」
「久しぶりじゃのぅ。お前さんの事はずっと水晶を通して見ておったよ。随分苦しんでおった事もな」
「……ははは…やっぱりわかってたんですね」
 レックは核心をつかれて力なく笑った。
「ほとんど、思い出せないのじゃろう?お前さんはやはり、元のイズュラーヒン王子ではない。いや、そのイズュラーヒン王子が生まれ変わったようなものじゃな。王子は泣き虫で臆病でおとなしい子だというが、レックはその真逆な性格で、勇敢で、まっすぐで、ひたむきなイズュラーヒンが憧れた夢(理想)そのもの。ミレーユやハッサンと違って、お前さんは自分の実体を見つけるのに時間がかかりすぎた。そのため、夢であったレックの意識が9割を占めることになり、記憶もほとんどもどらなんだ」
「俺はこの先…この城で本当に王子としてやっていけるかどうか…不安なんです。今も記憶として残っているのは、あの夢のライフコッドで過ごした記憶だけで…」
「不安になることはない。この城で暮らした記憶のほとんどが蘇ってこないのはさみしいだろうが、お前さんはお前さんじゃ。このままレックとして生きていけばいい。イズュラーヒン王子でもあるが、その前にレックという一人の人間なのじゃからな」
「…ばーさん…」
「目が覚めてしまったのなら、城の中を歩いておいで。あたしがお前さんの中に眠る王子としての記憶を、少しだけだけどよみがえらせてやるとしようかのう」
 グランマーズは水晶を光らせた。
 妙に頭の中がすーっとする。

「あ…ここは…たしか…」
 ふらりと作戦会議室に寄ってみた所、ぼんやり記憶がよみがえってきた。
 ここでは良き相談相手トム兵士長と、フランコ、兵士達と今後の事を話し合っていた一場面が目に浮かぶ。
『殿下、陛下と妃殿下が眠りについてしまってはやひと月。有名な学者にも、ゲント族という不思議な力を持つ者にも訊ねましたが、原因は未だに不明。やはり…殿下の言うとおり、魔王ムドーを倒すしかないのでしょう』
『…うん、それしか方法はないよ、トム』
 王子であった頃の自分が頷く。
『…しかし、殿下、トム兵士長。我らが魔王ムドー討伐に出陣してしまうと、城の警備が緩くなってしまいます』と、若い副兵士長時代のフランコ。
『うむ…たしかに城の警備を緩くしたまま討伐に向かうわけにはいかない。じっくり作戦や役割分担を考えねば…。お前たちも、何かいい案があったら報告書に記して提出するように』
『はっ…!』
 兵士たちが一斉に会議を終えて出て行く。
 そして、王子も出て行く。
『お待ちください!殿下!』
『……』
 立ち止まる王子。
『まさかまだ…お一人でムドー討伐などと考えていらっしゃるのですか?なりませんよ。陛下と妃殿下が目覚められない今、あなたまでいなくなっては、民衆の動揺は計り知れません。どうか、そのような無茶はなさいませぬように…』
『でも…!ぼくは…!』
『わかっていただけますね?イズュラーヒン王子殿下』
 トムが王子を戒める。
『……』
 そこで視界は元の夜のレイドックに切り替わり、我に返った。
「今のが…ばーさんが言ってた…俺の中に眠っていた記憶…なのか…」
 記憶の中で、懐かしいトム兵士長がいた。
 彼は一体どこに行ってしまったんだろう。
 きっと、どこかで生き延びていると信じたい。


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