たまには優しくしたいから

「シズちゃんってさ。最近、爪の手入れとか気を付けてるよね?」
爪切りを片手に苦戦している様子の静雄へ向けて、臨也は口元を緩めて言った。
「あ?」
イライラしたみたいに眉を歪めた静雄が爪切りを握ると、刃の部分で挟み込んでいた爪が「バチンッ!」と音を立てて切断された。普通の爪切りよりはるかに壮絶な爪切りの音に、一瞬だけ臨也は目を丸くした。
「すごい音……もしかしてシズちゃんって爪まで丈夫なの?」
「わりぃかよ」
風呂上がり。
ジャージ姿で爪切りに奮闘する静雄。対する臨也も部屋着に着替えて寛いでいた。静雄の部屋でベッドにごろごろ。
シーツに鼻先を押し当てると、煙草のにおいが香った。
少しだけ臨也の顔が不機嫌そうに曇った。
「……ていうかさ。一日どれだけ煙草吸ってるんだよ?」
「言うほど吸ってねぇよ」 
バチンッ!
爪切りの音が響く。
それに合わせるようにして、臨也は眉根を寄せた。
「俺、煙草きらい」
「そうかよ。テメェの好き嫌いなんて関係ねぇよ」
バチンッ
さっきから静雄はこちらを向いてくれない。ずっと下を向いたまま、臨也の方を見向きもしてくれないのだ。
それを不満に感じた臨也はますます静雄を煽りにかかる。
「嫌いなものと嫌いなものの組み合わせって最悪だと思わない?」
「テメェのことかよ」
「なんで?」
ようやく静雄が顔を上げた。その顔は嫌悪感を固めたみたいな表情をしていたけれど、それでも静雄と目が合うと嬉しい。
ほんのちょっとだけドキドキした。
そして臨也目掛けて、ぬっと伸びてくる手。 片手で臨也の顔が掴まれる。
静雄の大きな骨ばった手の親指で左の頬を、人差し指と中指で右の頬をムニムニされる。
「ノミ蟲とペラペラ喋るうるせぇ口」
顔を掴まれたままで、臨也は反発するように頬を膨らませた。
「ひどい!別に俺、シズちゃんのことだなんて言ってないのに」 
静雄の目に臨也の顔が映り込む。
勝ち気につり上がった短い眉毛を捉えると、静雄は心なし今までよりも唇を引き結んだ。
「本当かよ?」
「うん。でも、シズちゃんのことじゃないとも言ってないよ」
へらへらとした笑顔を向けた途端、静雄の手の力が強くなった。
「いいいたい!」 
苦痛に顔を歪めて声を上げれば、案外あっさりと静雄は手を離してくれた。
「ったく、テメェはよ……」
呆れた面持ちで、静雄は再び爪切りと向かい合う。臨也の頬を挟んでいた手を引っ込めて、その指の先の爪を刃の間に挟み込んだ。
「せめて二人でいる時は吸わねぇように我慢してるっつうのに」
「え……?」
溜め息混じりに吐かれた静雄の言葉。臨也が拾わないはずがない。
「ただでさえテメェといるとイライラするってのに、喫煙できねぇんじゃ余計に体にわりぃよな」
淡々と静雄は述べてみせるけれど。
そんな静雄を見詰める臨也の顔は、みるみるうちに赤くなっていった。
決して静雄に頬っぺたを弄られたからではない。ドキドキと高鳴る心臓の鼓動に押し上げられるようにして、一気に顔に体温が集中したのだ。
「……じゃ、じゃあ、シズちゃんは俺のために煙草がまんしてくれてるの?」
「一緒にいる時は気を付けてるよ。これでも」
どこか静雄の口調に照れを感じた。
ますます顔が熱くなってきて、臨也は顔を見られたくなくて下を向いた。
もごもごと口を動かしながら、必死に言葉を探し出す。
「シズちゃんでもそういう器用なことできるんだ……」
「悪かったな」 
バッチン!
どうやら最後の爪切りを終えたようだ。静雄は爪切りをたたむと、近くにあった引き出しにそれを放り込んだ。そんな静雄の後ろ姿を眺めた臨也は、意を決したようにもぞもぞと体を動かした。
むくりと起き上がると、ベッドに座り込んだまま静雄を見詰める。
「ねえ、シズちゃん」
んー、と形だけ返事をしながら静雄が振り向く。
「口、寂しくない?」
どこか弱々しい口調で尋ねながら、臨也は身に付けていたパーカーの裾を掴んで捲り上げた。
ぺろん、と真っ白な素肌が晒される。上までたくし上げて、わざとらしく胸を反らせば、白い肌を彩る淡い色をした小さな粒が露わになった。
「なっ!……にしてんだよテメェ!!」
「お口が寂しいシズちゃんにご褒美あげようと思って」
自らの肢体のラインに沿って体を撫でる。蛇のような指が胸元まで辿り着くと、臨也は自分の指と指で突起をキュッと挟み込んだ。
刺激されて、ぷっくりと膨れるそれを思わず直視してしまってから、静雄はパッと顔を背けた。
「吸っていいよ?シズちゃんの口でキュイキュイして欲しい」
「……恥ずかしいこと言ってんなバカ」
「照れてるの?」
「…………」
静雄は何も言わずに横目で臨也を見やると、仕方がないといわんばかりに臨也の隣に座り込んだ。ベッドのスプリングがぎしっと軋んだ。
「腹冷えるぞ」
ぶっきらぼうにそれだけ言う静雄の横顔を見上げる。
「じゃあお腹なでなでしてよ」
「なんで俺がそんなことしねぇといけねぇんだよ」
「わがままだなぁ、シズちゃんは」
「っ、あのなぁ……」
言い掛けてこちらを向いた静雄と視線がかち合う。すると臨也はそっと目を瞑って、にゅっと唇を小さく尖らせた。
「なんだよそれ?」
「んー?ちゅう?」
やはり行動を起こしてくれない静雄に焦れて、臨也は睨み付けた。
「てか、なんだよシズちゃん。俺がせっかくサービスしてあげようとしてるのに、全部否定しちゃってさ」
刺々しく言いながら、臨也は身を乗り出して静雄の首に腕を絡めた。
「わざわざ俺がシズちゃんの家に泊まりにくるなんて、何を期待してるかなんて分からないわけないでしょ?」
「それは……」
気まずそうに静雄が視線を逸らす。イラッとした臨也は、その顔を両手で挟み込むと無理矢理にこちらを向けて唇を重ねた。
ふわり、と同じ匂いのシャンプーが香る。ついでに静雄の髪をくしゃりと撫でてみると、ふわふわして気持ちが良かった。
「ん、しずちゃ……」
ちゅっちゅっと啄ばみながら隙間から舌を忍ばせる。案外あっさりと口を開いてくれた静雄の口内に、そっと舌を忍ばせて絡ませる。
驚くほど従順に静雄はキスを受け入れてくれた。臨也はそれが嬉しくて、目を閉じると積極的に唇を貪った。
にゅるりと口内に忍び込んできた静雄の舌の先を軽く噛んでやったら、それがスイッチになったのか、突然押し倒されてしまった。
「は、う……しずちゃん?」
臨也の細い肩に静雄のごつごつした指が食い込む。臨也の表情が僅かながらに苦痛に歪むと、静雄は鼻先をちょんとくっ付けて不気味な笑みを見せた。
「明日仕事だから、なんて言わせねぇぞ?」
「へ?」
「手加減なんてしてやらねぇからな」
興奮に頬を上気させた静雄が舌舐めずりをしてみせる。不覚にもその仕草に臨也の体をゾクゾクとした感覚が駆け巡った。
静雄の手がパーカーの裾を掴む。乱暴に捲り上げられると、ぷっくりと尖った乳首を眼下に拝む。
「ん」
軽く喉を鳴らして静雄はそこにしゃぶりついた。やんわりと歯で挟み込んで、ちゅうっと強めに吸い上げる。
突起を以外の薄皮も巻き込んで吸い上げると、静雄は意地悪く笑いながら臨也を見上げた。
「こんな小せぇんじゃ満足できねぇよ」
「う、うるさ……しょうがないだろ……」
――女じゃないんだし。
そう言いたかったけれど、臨也はその言葉を呑み込んだ。
文句を言いながらも、しっかりと静雄は臨也の胸を弄り倒す。片方にしゃぶりつきながら、もう片方を指先で捏ねて。
「んぅ、しつこ……」
「好きなだけ吸っていいっつったろ」
「おっぱいひりひりしちゃう……」
震える声で告げてやると、名残惜しそうに静雄は頭を上げた。
そうして見詰め合うと、再び唇を重ねる。
舌を絡めて離れると、互いに啄ばんで見詰め合う。
「……指」
「あ?」
「しずちゃんの指」
臨也の手が静雄の手を取る。
同じ男の手なのに、その大きさとか形はだいぶ違っていた。
あまり骨ばっていない色白でつるんとした女性的な臨也の手と、程良い血色と所々骨と筋の浮き出た男性的な静雄の手。
「しずちゃんって手えろいよね」
「よくわかんねぇけど」
「俺ね。しずちゃんが標識とかパイプとか握ってる時の手、好きだよ?」
臨也が目をくりくりさせた。大粒の目できらきら輝く色が、まるでカラメルソースみたいだ。
「……そうかよ」
思わず静雄はドキドキしてしまった。
目を伏せると、静雄が見ていない隙に臨也はどこか勝ち誇ったような顔をした。
そして、静雄の指をおもむろに口元まで運ぶと、その指先にかぶりついた。
「!?な、なんだよテメェ……」
ねっとりと湿った熱い口の中。
臨也は躊躇することなく、静雄の指を口に含む。爪の先を舌で撫でて、乳飲み子みたいに、ちうちう吸い付く。
「……テメェの方が口が寂しいんじゃねぇか」
「んふ……」
うっとりした顔をする臨也の前髪を優しく梳き上げてやる。すると臨也は飼い猫みたいに気持ち良さそうな顔をした。
「しずちゃんに撫で撫でしてもらっちゃった」
「頭撫でられるの好きだよな?テメェ」
「うん、好き……」

いつもは何が本音か分からないようなことばかり言う臨也だけれど。
これだけは違う気がした。
臨也は心から静雄へ「好き」をぶつけているのだ。
肌身でそれを悟った時、静雄は体の血液が全て中心へと集まっていく心地がした。
破裂しそうなくらい熱い。

「……くそ」
がしっと臨也の穿いていたズボンのウエストを下着ごと掴み上げる。
臨也が小さく「あ」と声を漏らした気がしたけれど、気にせずそれをずり下ろした。
現れた臨也のそれは触ってもないのに、ちゃんと芯を持っていて、先っぽがぬるぬるに濡れていた。
「俺の手が好きっつったよな?」
「……ぅ?」
臨也が不安そうに怯えたような顔をした。
「んな顔すんなよ。興奮すんだろうが」
「……変態」
可愛い顔をしておきながら、口から出るのは相変わらず可愛くないことばかり。
臨也の幹をそっと手の平で包み込んだかと思いきや、静雄はそれをギュウウッと握りこんだ。
「あっ!や、痛い……!!」
「目閉じるなよ。ちゃんと見てろ」
「……なにを?」
指示された通りに見下ろした臨也は、恥ずかしさと痛さで目に波が浮かんでいた。
「もの握ってる俺の手が好きなんだろ?」
「ち、ちがうよ……!俺はこんな……」
べとべとに汚れた自分のものを握る静雄の手。意識した途端、臨也は眩暈がしそうなくらい顔が熱くなった。
「し……しずちゃんこそ、どうなんだよ……?」
そっと視線を向けて見る静雄の股間。一目瞭然で、明らかに膨れ上がっているその箇所。
「俺はテメェの切羽詰まった顔見るの好きだけどな」
「やっぱり変態じゃん……」
ぼそりと呟くと、臨也の体液で濡れた指先が滑って脚の間を撫でられた。
そのまま窄まった箇所を優しく弄られる。
「んや……」
むず痒いような変な感じがする。
臨也が体を捩らせると、静雄はおもむろに唇を寄せた。そして、臨也の耳へ向かって言葉を吹き込む。
「……テメェよ。爪の手入れがどうこう言ってたろ?」
「ふぇ?」
「大事なものを傷つけないようにって言ったら、どうせテメェは笑うんだろうな」
どこか諦めたような口調でそう言いながらも、その頬はほんのり赤い。
静雄が放った言葉の真意。
それを悟ると、臨也は今まで以上に心臓が早鐘を打った心地がした。
「な、に……!急に真面目なこと言ってんだよ……!」
「あ?」
「馬鹿じゃないの……?ほんとに……」
――どうしよう?
(嬉しい……)
それが臨也の素直な感想だった。
ぎゅっと目を瞑ると、入り口をなぞってた指の先が体の中へ埋め込まれる。ぞわぞわする不思議な感覚をなんとかしてやり過ごしながら、静雄の指が体の奥を探ってくる。
ゆっくりと。傷付けないよう慎重に。
そんなら優しい静雄のスキンシップに、臨也がときめかないはずがなかった。
「ん、奥……」
「ここか?」
くいっと指が曲げられる。
「ひ!?」
尿意にも似た卑猥な感覚がお腹の中をのたうちまわった。
「あ、んや……っ!やぁ――!」
反射的に静雄の体を突き放しそうになってしまった。それをねじ伏せるかのごとく、静雄は臨也へ口付けた。
「ふぁ……ふ、ん……」
もっとキスして欲しくて自ら吸い付いてくる臨也の体の中がきゅうきゅう疼く。
舌を差し出して絡み合えば、静雄は指を締め付けてくるしっとりとした内壁に我慢の限界だった。
「おい……」
「ぁ……?」
「入れるぞ?」
いつの間にか静雄は昂りを取り出していた。
禍々しいまでに膨れ上がったそれを見た時、臨也はどこか期待したかのように虚ろに目を輝かせた。
「……おっきい」
思わず呟いてしまった。こつんと静雄が額を優しく弾いた。
「このビッチ野郎が」
「……ひどい」
静雄の口調は優しかった。
「痛かったら言えよ?」
「うん……」
静雄の熱の塊が体へ埋め込まれていく。
内側から体を焼かれているみたいに熱くて、痛くて、つらいけれど、それでも体が繋がることの幸福感は何者にも代え難い。
幸せなのに切ない。
それでいて寂しい気さえするなんて。
「――しずちゃん」
腕と脚を絡ませて静雄に抱き着く。静雄は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに微笑み返すと、臨也をそっと抱き返した。
「し、しずちゃ……、手……」
「ん?」
「手握って?」
涙目で訴える臨也に何も言わず従う。
優しく手を繋いでやると、絡めた指を見て臨也は幸せそうに破顔した。

静雄の指の先。
短くカットされた爪を見て。

だれよりも自分は静雄に愛されているのだと。
実感することができたから。



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