シズちゃんに2週間だけ彼女がいた話 1

これはシズちゃんに2週間だけ彼女がいた話だ。


聞き捨てならない会話を耳にした。
休み時間のことだ。
臨也は自席に着いたまま読書をしているふりをしていた。
何故そんなことをしているのか?というと、こうすることで自然と周囲の会話が耳に入ってくるからだ。
適当にページを捲って、教室内の面白そうな会話に耳をすませる。すると、すぐ近くで談笑していた女生徒達の会話を拾ってしまった。
「ねえねえ、そろそろバレンタイン近いじゃん?誰かあげる相手いる?」
「私はいないなぁ。義理で友達とお父さんくらいかなぁ」
比較的活発そうな女子ふたりがそう言って、そこにいたもう一人の女子に「あんたは?」と話を振った。
「え、私は……」
おどおどした様子で口ごもる彼女に「えっ、あげる相手いるの?」と囃し立てる二人。「誰?誰?」と問い詰められて、どこか遠慮がちな声で一人の女生徒は答えた。
「…………平和島くん」

え?

彼女に詰め寄っていた女子に混じって、臨也も同じようなリアクションをしてしまった。
目を丸くして顔を上げると、彼女達の方を凝視した。
案の定、答えた女生徒以外の女子ふたりは、きょとんとした間抜けな顔で目をぱちぱちさせていた。
「平和島ってあの……しょっちゅう暴れてる不良の……?」
「この間も授業中に他校の不良グループが乗り込んできて大騒動になったっていうじゃん」
それだけ並べられると、とんでもないやつって気がするけれど。
「でも、いい人だよ。すごく」
気弱そうな彼女はそう言って反論した。
「みんなが言うほど怖い人じゃないと思うんだよね」
思わず臨也は彼女をまじまじ眺めてしまった。
どこにでもいそうな普通の女子高生。
お世辞にも綺麗とは言えない外見だが、だからといって不細工でもない。普通だ。普通という言葉がぴったりの普通の女の子だ。
しかし、その「普通」というのが臨也の気持ちを余計に焦らせた。
それ以上は会話を聞いていることが出来ず、もうすぐ休み時間が終わるにも関わらず臨也は席を立った。
教室を後にすると廊下を歩き出す。
歩きながら思いを巡らせた。
(――バレンタイン、か)
今年のバレンタインデーは確か日曜日だったはず。


平日だった去年のバレンタインデーには、臨也は嫌がらせという名目で静雄へチョコを贈った。
前の日に夜なべして作った自信作のチョコレートを愛らしいラッピング袋で包んだものを、朝一番に静雄の机へ忍ばせたのだ。
案の定、静雄は喜んだ。
登校して机の中身を確認するなり、そのチョコの包みと睨めっこしていた。静雄の教室の扉から、こっそりと様子を窺っていた臨也の脳裏に未だに焼き付いている横顔――頬を紅潮させて口元を緩ませて、束の間の幸せを噛み締めているようなその顔を見た時、臨也は胸が甘酸っぱく締め付けられた心地がした。
(……なんだよ。あんな嬉しそうな顔しちゃってさ)
思い出すだけでキュンッとなる。
臨也が裏で色々と仕組んだせいで去年、静雄がもらえたチョコは結局それだけだった。
臨也からしたら最高の嫌がらせになった。
唯一貰えたチョコが一番大嫌いな人間からのものだって知ったら、どれだけ静雄は落胆するだろうか?
そう思ったのに――
いつだって静雄は臨也の予想の斜め上をいく。
『そのチョコ作ったの俺だよ、シズちゃん♪』
昼休みを狙って盛大なネタばらし。
一体、静雄はどれだけ怒り狂うだろうか?そう思って、臨也はこっそりとナイフ背後に構えたのだが、
『……テメェが?』
手元のチョコと臨也の顔を交互見た静雄が口にしたのは、あろうことか感謝の言葉だった。
『サンキュな……』
その瞬間、臨也は体中がぶわあぁと熱くなったのを今でもよく覚えている。


(もう、本当にシズちゃんは訳が分からない……。なんで嫌がらせを仕掛けた俺の方が恥ずかしい思いをしなきゃいけないわけ?)
それでも、どうせまた今年も自分以外が静雄にチョコを渡すことなんてないだろうと思っていた。それなのに――
『みんなが言うほど怖い人じゃないと思うんだよね』
彼女の言動は、決して怖いもの見たさからくる好奇心とかそういうものではないように見えた。
今年のバレンタインは、臨也以外が静雄へチョコを渡す。考えてもみなかった。
ぐるぐると脳味噌を回転させながら廊下を歩いていたら、何かにぶつかった。
どんっとぶつかったそれは硬くて、けれど温かくて、どこかふわりと甘い香りがした気がした。
ゆっくりと顔を上げてその正体に気が付く。
「……シズちゃん」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、静雄はこちらを見下ろしていた。
「テメェよお……。ぶつかっといて謝りもしねぇのか?臨也よお?」 
「シズちゃんが突っ立ってたのが悪いんじゃん」
「テメェが、ぼーっとした間抜け面で歩いてくんのが悪い」
「失礼だなぁ……俺、別に間抜けじゃないし」
ふいに先程の女生徒達の会話を思い出した。目の前で仏頂面をする金髪の不良へ向けて、臨也は挑戦的に笑いかけた。
「そうだ。それよりシズちゃんに朗報だよ」
「んだよ?」
「今年のバレンタインは期待できるよ、きっと」
「あ?」
静雄は一瞬なんのことか理解できていないようだったけれど、すぐに去年のことを思い出して「あぁ」と呟いた。
「またくれんのか?」
「誰が?」
「いや、だからテメェが」 
これといって恥ずかしがる様子もなく、静雄はさらっと言ってのけた。
途端に臨也はじわじわと顔が熱くなった。
「なっ、誰がシズちゃんなんかに……!」
はくはくと口を動かす臨也に対して、静雄は少しだけ表情を緩めた。
「去年のガトーショコラだっけか?あれうまかったぞ?」
「う、うるさい……!去年は……どうせシズちゃんなんかにチョコあげる奴なんていないだろうから、寂しいシズちゃんのために嫌がらせしてあげようと思ってそれで――」
言いかけたところで、頭をコツンと小突かれた。
「いたっ!」
かなり手加減してくれたようだが、それでも頭蓋骨がじんじん痺れた。
「もう!なにするんだよ!!」
「ごちゃごちゃうるせぇ。うまかったからまた作れ」
「……なにそれ。シズちゃんってそんな俺様キャラだったっけ?」
赤く腫れた額をさすりながら、臨也は涙目でジト目を向ける。けれど臨也の問い掛けに応えることなく、廊下に響いたチャイムの音に反応して、静雄は教室へと戻っていってしまった。
「……なんだよもう」
誰もいなくなった廊下にひとり佇んで、臨也はどこか胸の内がほっこりとした気持ちになった。
そして、言葉とは反対に真っ先に思ったのは――
(今年はオーブンの温度と時間気を付けないと……去年は焦がしちゃったから)
そんなことを考えてしまい、ハッと我に返るとブンブンと頭を振った。
(もう!一体俺は何を考えてるんだよ!!)
バレンタインまであとちょっと。

この時はまだ、臨也は高を括っていた。
名前も覚えていない女生徒が静雄へチョコを贈ると言ったことを。
たいしたことないと思い込んでいたのだ。
まさかそれが誰にも言えない切ない恋の始まりになるとは。
この時はまだ思いもしなかったのである。


[ 228/346 ]



[もどる]
[topへ]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -