共犯者

たまに、時々、頻繁だけれど。
アツシが楽しそうに電話をする相手がいる。


「うん。――うん、へいきだし。・・・え?そんなん心配しなくても大丈夫だし!」
普段の学校生活や部活動において、紫原がこんな笑顔で話をするなんてことはなかった。
ベッドに寝転がりながらお菓子を齧って楽しそうに通話する紫原を、氷室は横目で見やった。
(オレと話すとき、あんな顔しないのに・・・)
むすっとした表情を浮かべると、ひっそりと溜め息を吐く。
(いけないいけない・・・。何をムキになってるんだオレは)
ふるふると頭を振る。
なるべく紫原のことを意識しないようにと、机に向き合うと宿題に取り掛かろうとした。
が――

「えー、もう・・・心配性だなぁ。赤ちんは」

赤ちん。
その単語は今現在、氷室が最も敏感になってしまう単語。

――赤司征十郎。
アツシにとって一番大事な存在。

「・・・・・・」
俯いたまま、ペンを強く握り締める。
カタカタと手が震えているのが分かった。
「・・・――そんじゃあねぇ。赤ちんもおやすみ〜」
どうやら通話は終わったのだろう。
それでも氷室は紫原の方を振り向けないでいた。

アツシは赤司くんと何を話したのだろう?
赤司くんはアツシに何を話したのだろう?
オレの知らない秘密を・・・
オレの知らないアツシを赤司くんは・・・――

「室ちーん」
そんな氷室の心情などお構いなしに、紫原は背後から氷室に抱き着いた。
椅子に座ったままの氷室の体をぎゅうぎゅうと抱き締める。
「室ちん。あのね、オレ赤ちんに怒られちゃった」
「・・・そう、か」
「うん。室ちんはオレが悪いと思う?」
――なんだその突拍子もない質問は。
「どうして怒られてしまったんだい?」
なんとかポーカーフェイスを保ちながら、微笑をたたえて紫原を振り仰いだ。
相変わらず子供っぽい無垢な顔をして、紫原は唇を尖らせた。
「お菓子食べ過ぎだって言われた」
ぶー、と文句を言いながら氷室の肩に頭を預ける。
そのまますりすりされてしまうと、柔らかい髪がくすぐったい。
「アツシはたくさん食べるからな。でも確かにお菓子はほどほどにしておいた方がいいかもな」
「どうして?」
「監督にも言われたろ?栄養が偏るからだよ」
「・・・ふーん」
なんだかつまらなさそうな返事をして、紫原は視線を宙に泳がした。
「?」

アツシは子供だ。
大きくて手のかかる子供。
でも、だからこそ放っておけない。
誰かがアツシを導いてやらないと。
リードを握って離さないようにしっかりと。
じゃないとアツシはアツシじゃなくなる。
おそらくそれはアツシが一番良く分かっている。
アツシは賢い。
だから今、こうしてオレに甘えてくるのだ。
赤司くんの代わりに――

「・・・アツシ」
「んー?」
「アツシは、オレや監督が『お菓子を食べるな』と言っても言うこと聞かないよな?なのに赤司くんの言うことは聞くんだ?」
ぴくりと紫原の眉が跳ねた。
「・・・なにそれ」
言いながらゆっくりと体を離すと、真上から氷室を見下ろす。
その威圧的な態度に、見上げながら氷室は背筋がぞくりとした。
「室ちんさー、赤ちんに対抗してんの?」
「別にそういうわけじゃ・・・」
「言っとくけど」

ぴしゃりと冷たく言い放たれる。

「室ちんは赤ちんに勝てないよ」

ぴしっ
一瞬、目の前の景色が割れた予感がした。
「赤ちんには誰も勝てないし。だからオレは赤ちんの言うことしか聞かない」
「・・・・・・」
言葉が出なかった。
心のどこかで、氷室は紫原にとって特別な存在なのではないかと根拠もなく思っていた。
しかし、面と向かって告げられてしまっては敵わない。
「?室ちーん」
紫原が相変わらずな無邪気で残酷な目で覗き込んでくる。
顔を上げずに、氷室は唇を震わせた。
「・・・オレは」
「ん?」
「どうすればいい?」
ぱっと顔を上げると視線が交差する。
少しの間、見つめあったまま黙り込む。
「・・・好きにすれば」
それだけ言って、紫原は背を向けてしまった。
そのままベッドにダイブして寝転がる。
その一連の光景を眺めながら、氷室は紫原の言葉を反芻していた。

『好きにすれば』

どうしてだろう。
さっきからドクドクと身体中が脈打っている。
下腹部のあたりがゾクゾクして、全身が心臓になったみたいに鼓動を刻んでいる。熱い。

ぺろり
舌舐めずりをすると、氷室は椅子から立ち上がった。
そして、紫原のもとへ近寄ると仰向けに寝そべる姿を見下ろす。
「なに?」
紫原からは動揺の色は伺えない。
無防備なその様子を、恍惚とした表情で眺める氷室。
長い前髪を掻き上げると、なんとも色っぽい顔で囁く――

「後悔するなよ?」

紫原の表情は変わらない。
ぬっと長い腕を真上に伸ばすだけ。
その腕と腕の間に氷室が倒れこむと、そのまま口付けを交わす。
触れ合うだけのキスがいつしか熱を持って唇が繋がる。


本当はいけないことだと分かっている。
それでも、もう二度と大切な人を失いたくない。
頭をよぎるアメリカ時代の思い出――自らの過ちで失ってしまった大切な・・・

(オレもアツシと同じじゃないか)

本当は誰も敵わない。
アツシもタイガには敵わない。
オレが赤司くんに勝てないのと同じ。
アツシもタイガには勝てない。
だからつまり、オレたちは――

「・・・共犯者」

キスの合間で囁いて、あとは無我夢中で抱き合った。
堕ちるだけ堕ちてしまおう。
オレたちは『共犯者』なのだから。

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