いたずら連鎖

※紫赤前提で実赤、紫氷要素あり。

――――――――――

携帯電話というのは実に便利で画期的なアイテムだ。
好きな人とすぐに繋がることができるし、会いたいと思えば声を聞くことだってできる。
でも、そんな便利な端末は時としてものすごく残酷な知らせを告げることもある。

「・・・はあ」
重々しく溜め息を吐いて、赤司はスマートフォンの画面を消した。
そのまま画面を下にして机に伏せる。
机に肘を着いてから、髪をくしゃっと掴んで頭を抑えるともうひとつ溜め息が零れる。
「あら?征ちゃんどうしたの?元気ないわね」
心配した実渕が声を掛ける。
すると赤司は実渕を見上げて、
「なんでもないよ・・・」
と素っ気なく返した。
「なんでもないように見えないわよ」
赤司の顔を覗き込むと、額をつんつんとつっつく。
「やめろ」
すぐに手を振り払うと、どうやら赤司はいじけてしまったようだ。
「放っておいてくれないか・・・」
「放っておけないわよ」
時刻はもうすぐ夜。
部活を終えて、一年生ながらに主将を務める赤司は毎日遅くまで残って部員の練習メニューを練ったり、スケジュールを組んだりしている。
そんな赤司のそばで、実渕は書類をまとめたり掃除したりと雑用を請け負うのが日課になっていた。
「征ちゃん、最近元気ないわね?」
「そんなことはない」
「さては征ちゃん――」
にやり、と実渕の口端が吊り上がった。
「紫原くんとケンカでもしたかんじ?」
「!?べ、別にそういうわけじゃ・・・」
言いながら、どこかおどおどと視線を泳がせる赤司。
ますます面白そうに、実渕はニヤニヤとした笑みを向けた。
「紫原くんからメールがこない」
「・・・・・・」
「LINEの既読がつかない。もしくは既読無視!」
「・・・ちがう」
返答しながら、赤司はスマートフォンをおもむろにひっくり返す。
電源ボタンを押して画面を点灯させると、パッと紫原の寝顔が写し出された。
「あら」
やけに嬉しそうな声を上げる実渕。
すぐに赤司は顔を真っ赤にした。
「ち、違うんだ・・・これは敦が――」

前に敦がうちに遊びに来た時に撮影したものだ。
あまりにも幸せそうに昼寝をしている敦を見て、どうしても撮りたくなってしまったのだ。
撮った直後で、
『赤ちん、今オレのこと撮ったでしょ?』
と問い詰められてひどい目に合った。
その時のことを思い出すと、胸がどきどきして体が熱くなる。
それはさておき――

赤司が指を滑らせて開いたのはTwitterだった。
「征ちゃんでもツイッターなんてやるのね」
感心する実渕をよそに、赤司はタイムラインを眺めてからそっと目を伏せた。
どれどれ、と実渕が画面を覗き込む。
「・・・『室ちんとコンビニなう』、『室ちんに買ってもらったチョコボール、銀のエンゼルでたし』、『室ちんと英語なう。帰国子女やばい』」
読み上げてから、実渕は「しまった」と思い赤司を見やった。
案の定、赤司はすごく不機嫌そうな顔をしていた。
「・・・もしかして征ちゃん、これに怒ってたの?」
「・・・・・・」
少し沈黙が流れてから、赤司は小さく頷いた。

「・・・敦のやつ、最近こんなのばかりだ」

何をしているのか気になるから、Twitterを開いてみれば高確率で「室ちん」と一緒にいる。
それが赤司の胸中を、なんともいえずにモヤモヤさせて締め付けるのだ。
「あらまあ・・・」
ちょい、と実渕が画面に触れて下方へスライドさせれば新しいタイムラインが読み込まれる。
黄瀬が『今日もしんどかったスけど、女の子達の応援があったから、オレ明日も頑張れる予感☆』とどうでもいい呟きをして、それが早くもいくつもリツイートされてファボられていた。
そんなことはどうでもいいとして、次にきたのはまたしても紫原で――
『風呂るし。室ちんにジュース買ってもらおうっと〜』
そしてわざわざ氷室と一緒にいる画像を添付してくるものだから、赤司としては悲しくてしょうがない。

僕の知らない敦を知る存在――
氷室の姿を見ていると、憎らしい感情とか嫉妬とか羨望とか、そういうのが入り混じった複雑な想いが込み上げてくるのだ。

「ま、まあ・・・征ちゃん気にしないで。紫原くんも別に悪気があるわけじゃないと思うけど?」
「・・・でも」
「ん?」
「気にしすぎなのかもしれないが・・・。電話をすれば敦は必ず出てくれるんだ、だけどすぐに忙しいからと切られてしまう。氷室さんとはこんなにずっと一緒にいるのに・・・」
タイムラインに並ぶ『室ちん』の羅列。
心臓が抉られて、その塊が喉を塞ぐみたいに気持ち悪い。

「やっぱり無理なのかな・・・」

近くにいれば、近くで支えてくれる誰かに気持ちが傾いてしまうのはしょうがないことだ。
顔を見て、話ができて、色んな事情を分かち合える。

(それに比べて、なんて僕は情けないんだろう・・・)

「氷室さんが相手で、僕に勝ち目なんてないじゃないか・・・」
こんなに弱気な赤司ははじめて見た。
思わず実渕は眼球が落ちる勢いで、目を丸くしてしまった。
「そう弱気になるものじゃないわよ?確かにいい男かもしれないけれど、紫原くんが好きなのは征ちゃんなんでしょ?」
「今は違うかもしれないじゃないか」
「そんなことないわよ。紫原くんがそう言ったの?」
「言われなくたって分かる・・・敦は本当は背が高くて綺麗系が好みなんだ」
「そんなの――」
「だから僕よりもきっと・・・」

ガッ

突然、実渕が赤司の顔を掴んで無理矢理にこちらを向かせた。
そして、大粒の潤んだ目を真っ直ぐに見据えてから小さく微笑む。
「・・・じゃあ仕返ししましょう」
囁いてから、チュッと赤司の頬にキスをした。
それもすごく唇に近い位置で、角度によってはマウストゥマウスに見えるキスだった。
一瞬、何が起こっているのか分からずに、赤司は目をぱちくりさせた。
が、やけに長く感じた時間の中で「カシャッ」というシャッター音が現実を呼び戻した。
「!?・・・ば、玲央!!」
「ふふふ」
唇に手を当てて、すごく嬉しそうにする実渕の手には赤司のケータイが握られていた。
「まさかお前――」
咄嗟に赤司が立ち上がるも遅く、実渕は慣れた手つきでタップを済ませると声高らかに告げた。

「『玲央と部室ふたりきりなう』」
「やめろ!!!!」

赤司がケータイを奪い取ろうとしても、軽やかに身を翻される。
「もう遅いわよん。画像も上げておいたから、これでちょっとは紫原くんも懲りるんじゃないかしら」
「玲央・・・」
「うふふ」
少女のようにいたずらに笑う実渕を見ていると、どうにも叱る気になれない。
(こういうところは、敦と玲央は似ているかもしれないな・・・)
ふと、赤司はそんなふうに思った。


一方その頃、秋田では――
「ねぇねぇ室ちん。ジュース飲みたい。オレンジジュースかリンゴジュース」
「お風呂上がりは水かスポーツドリンクにしないと体に悪いよ?」
「ぶー」
唇を尖らせて、紫原はいじけてみせた。
「室ちんなんて嫌いになってやるし。明日から室ちんとは口きかねーし」
そんな彼を見上げて、氷室は困ったように笑いかける。
「はいはい。しょうがないなぁ・・・」
ポケットから財布を取り出す氷室に、紫原はパアッと笑顔になった。
「やっぱ室ちんちょろいし。でもそういうところ好きだよ」
「はいはい」
氷室の「はいはい」はすごく適当な返事だったけれど、その声質には温かさとか優しさとかが含まれていた。

ガコンッ

自販機から落ちてきた紙パックのリンゴジュースにストローを挿そうとして、ハッと思いつく。
「ついったー・・・」
紫原がポケットを漁り始める。
氷室がスポーツドリンクのボタンを押しながら紫原を振り向いた。
「アツシは本当にTwitterが好きだね」
「うん」
紫原が画面を開くと、そこには幸せそうな赤司の寝顔があった。

赤ちんの家に泊まりに行った時に、あまりにも可愛かったらこっそりと撮影してしまった。
赤ちんはこういうの疎いから、気付いてなかったけど。
でも赤ちんがオレのこと撮ろうとした時、オレはすぐに気が付いたし。

「赤ちんにね。オレは元気にしてますよーって知らせたいんだ。室ちんがいるからひとりじゃないし、寂しくないよって」
「そういうことだったんだな」
「うん。赤ちん忙しいから長電話とかできないし、もっとたくさんオレのこと知ってもらいたいなぁーって・・・――」
そうしてTwitterを開いて、紫原は驚愕した。

「・・・うそでしょ」
「どうしたんだ?」
横から画面を覗き込んだ氷室が「Oh!」とアメリカンなリアクションを取ってみせた。
「・・・室ちん」
「なんだい?」
「オレ、今・・・ちょう怒ったし」
「アツシ・・・」
「こっちだって仕返ししてやるし!!」
ガバッと襲いかかってくる紫原を、間一髪で氷室はみぞおちに重たい一発を放って食い止めた。
「ウゲッ」
紫原の手に握られた携帯電話。
ふと、再び氷室が画面を見やる。

「……mouth to mouth」

横からのアングルで、大胆にもマウストゥマウスのキスをする赤司と実渕。
なにやら波乱の予感がした。

[ 181/346 ]



[もどる]
[topへ]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -