まじ恋物語

男と女。どっちなんだと訊かれたら、たぶん男なんだと思う。
性別とかそういうの、たいして意識したことなかった。
ただ漠然と、自分は男であるということは意識していたし、だからこそこうして男子の制服を身につけているわけだし。
女の子らしいものも好きだけど、男らしく豪快に体を動かすのも好き。
どっちつかずでアンバランス。
そのアンバランスが今の自分を作っている。
ただひとつ言えることは――

「はじめまして。帝光中学出身、赤司征十郎といいます」

はじめて彼に出会った時、その時の胸のときめきは少女のそれと同じであるように思えた。



春のはじまりは風が強い。
音を立てて、風が吹き抜けていく。
乱れた髪を優雅に後ろへ流して整えながら、実渕は困ったように溜息を吐いた。
「・・・まったく。今日も風が強いわね」
風情漂う京都の町並み。
石畳をローファーの踵が打つ音が響く。
この道を、一年間ほとんど毎日歩いていればいい加減に見飽きてくる。
朝の登校時間、せっかく早起きして気持ちがいいのに、こうも風が強いとテンションはがた落ちだ。
学校付近になると、同じ制服を来た生徒達の姿が増える。
彼等より頭2つ分ほど長身の実渕はよく目立つ。
男子生徒でありながら、化粧をしているみたいにぱっちりとした目に長い睫毛。
実渕に気付いた女子生徒達が声高らかに手を振ってくる。
「玲央くん、おはようー」
きゃーきゃーと騒ぐ女子達の横を通り過ぎながら「おはよう」と優雅に返す。
「やっぱり綺麗」とか「脚長い」とか「髪さらさらツヤツヤで羨ましい」とかいった声が、背後から聞こえてくる。
悪い気はしない。むさ苦しい男共に騒がれるよりは、可愛い女の子に騒がれたり羨望された方が気持ち良い。

そんなふうに得意げな気持ちに浸っていると・・・
「おっはよー!レオ姉!!」
「ぐふっ!」
やたらバカでかい声を張り上げて、背後から背中を叩かれる。
たいしたことはなかったものの不意打ちの一撃だ。
「・・・あんたねぇ」
ぎろりと睨み付けるも、そこにいた葉山はにっこりといい笑顔を見せるだけ。
「レオ姉、そこは『きゃっ』とかもっと女の子らしくしないと」
「うっさいわね!突然でびっくりしちゃったのよ」
「それで素が出たかんじ?」
ニッと白い歯を剥き出しで笑う葉山。
言い返すのも面倒になって、実渕は溜息を吐くとそのまま歩き出した。
「あ。無視とかってひどくね?」
「うるさい」
ツカツカと、数歩進んだところで何かにぶつかる。
「うす」
見上げると根武谷がいた。
口をもぐもぐさせて、肉まんだかを齧っていた。
「きったないわね」
じとーっと上目遣いに根武谷を窘めるが、こちらも葉山同様に効果なし。
言ってるそばから、ゲップを一発かまされる。
本日何度目になるか分からない溜息を吐くと、実渕は眉間をおさえた。


私の周囲にはろくでもない奴しかいない。
優雅に有意義に高校生活を送ろうと思っていたのに。
中学と同様に、また何のロマンスもなく学校生活を終えることになるのだろうか。


しかし、出会いは突然やってきた。
学年がひとつ繰り上がって、実渕たちは2年生になった。
そうすると当然、1年下の後輩ができる。
放課後の部活で実渕は運命的な出会いをした。
「赤司征十郎といいます。以後よろしくお願いします」
お辞儀をして顔を上げた赤司が、実渕達のいる方を一瞥した。
その瞬間、実渕は背筋がピリッと痺れた。
ガラスの切れ端のように、鋭くつり上がった目が秘める冷徹。
その冷たい印象とは真逆に情熱的に燃える真っ赤な髪。
「・・・素敵」
思わずぽつりと呟くと、隣にいた葉山にそれを拾われてしまった。
「えっ、なになに?もしかしてレオ姉の好みだったりすんの?」
赤司の方を指差す葉山を、実渕は冷たく見下ろした。
「あんたらもあれくらい繊細そうだったら良いのに」
「なんだよそれ〜」
軽い言い争いをする実渕と葉山の横で根武谷が、「牛丼食いたい」と呟く。
そんな先輩達三人の様子を、赤司は少し離れたところから眺めていた。

まず、一年生は初回の部活は設備と練習の見学となる。
選手層の厚い洛山高校のバスケ部で、一軍にまで上がれる選手は少ない。
一年生はたいてい、三軍からのスタートでそこから昇格試験を受けて上がっていく。
一般的な強豪と変わらない。
しかし、ごくまれにあり得ないくらい突飛な才能を持った者が現れることがある。
「本日から一軍の練習に参加させてもらいます。赤司です」
きっちりとお辞儀をするその人物に、実渕は目を丸くした。
「今日からって・・・あなたまだ一年生じゃない?」
「監督から許可は頂いてます。特例だと」
「そんなことって・・・」
この小柄で可愛い一年生が?特例なんて有り得るのだろうか?
「腑に落ちないようなら確かめてみますか?」
すっ、と赤司が目を細める。
赤と金の目が不気味な光を放った。
今度は背筋が、ぞくりとなる。
思わず身震いする実渕を押しのけて葉山が、
「おもしろそーじゃん。やろうぜ」
と愉快そうに足踏みをした。
「威勢がいいのはいいことだよな」
根武谷までもがノリノリで、ボールを指先でくるくる回している。

(・・・なんだか嫌な予感がするわ)
実渕の予感は的中した。
監督の指示により赤司を混ぜたチームを相手に、実渕達は対戦することになった。
結果は実渕達チームの惨敗だった。
「うそだろ・・・」
一軍メンバーが唖然とするのも無理はない。
たった一人――赤司という一年生の存在がゲームの結果を大きく左右した。
悔しいとか以前に湧き起こってくるのは・・・
「・・・すごい」
コートにいるだけで、その赤髪は鮮やかで圧倒的存在感を醸し出していた。

「僕に従う覚悟はできたか?」

敗者に向けられるのは支配者の眼。
しかし、彼は決して自分達を切り捨てようとはしていなかった。
この日、洛山高校のバスケ部一同は赤司に従うことを決意した。


―――――――


こんなことがあって、赤司はバスケ部では一目も二目も置かれる存在となった。
一年生で主将にまで君臨した赤司を咎める者は誰もいない。
赤司の言うことは絶対で、逆らう奴なんていなかった。
「征ちゃん、お昼一緒に食べましょう?」
昼休みに赤司がいる一年生の教室まで赴いた実渕の手には、愛らしいピンク色の巾着が提げられていた。
「征ちゃんのためにお弁当作ってきちゃった」
顔の横の位置にそれを掲げながらアピールをする。
赤司は左右で色の違う大きな猫目で実渕をじっと見上げた。
どきっ
(やっぱり征ちゃん、すごく綺麗・・・)
陶磁器のように白くて滑らかな肌と真っ直ぐに跳ねた赤い髪。
見れば見るほど、作り物のように整った顔立ちをしている。
「?僕の顔になにかついてるか」
「へっ!?べ、別に・・・」
思わず見惚れていたなんて言えない。
赤司は席を立つと実渕と向かい合うように立ってから軽く俯いた。
「その・・・ありがとう・・・」
「え?」
どこか、はにかみ気味の赤司の視線が実渕の手に下げられた巾着へと向けられる。
「玲央は気が利くと思って」
ようやく弁当の礼を言われていると理解した実渕が微笑を浮かべる。
「征ちゃんだけに、ね」
そして赤司の頭を優しく撫でてやる。

部活においてはストイック、普段は誰より大人びている赤司の意外な一面。
時折見せる、こういった仕草に実渕は胸を締め付けられた。

春の風もだいぶ収まってきた。
人通りの少ない中庭で二人きりのランチタイムを取ることにした。
「ねえ、征ちゃん。征ちゃんってモテるでしょ?」
「あまり意識したことはない」
「そう?彼女とかいなかったの?」
妖しげに微笑みかける実渕に動じることなく、赤司は黙々と箸を進める。
「いない」
たった一言で切り捨てられる。
がっかりしたように実渕は「そう」と言って、箸を口に含んだ。
「・・・だが、気配りの出来る女性は素敵だと思うよ」
赤司が実渕の方を向く。
その眼差しは今までに見たことがないくらい憂いを帯びていて、なんとも言えない色をたたえていた。
「玲央みたいに」
「えっ・・・――」
開きかけた唇が止まる。
赤司は真剣な顔で、実渕のことを見詰めたまま頬を染めていた。
「玲央は母親みたいで素敵だ」
それだけ言って、赤司は素早く食事を済ませるとその場を立った。
「弁当箱は洗って返すよ。ありがとう」
引き止める隙も与えずに、赤司はその場を去っていった。
「母親、ねぇ・・・」

この胸のときめきはなんだろう?
胸がどきどきして苦しくなる。
時折、きゅんっと締め付けられる。
甘酸っぱくて心地良い。

「私は母親以上の存在になれるのかしら」

多分、これは恋なんだと思うから。











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